第84話 エステリアで最後の一服


 朝の喧噪に一役買っていた石畳の上を通る荷車の数が減り始める昼下がり、石畳と硬質なゴムから響く小さな足音を立てながら歩くアキラの姿がある。


「マップの位置だとこの辺なのに……こんな時にまでゲームあるある要らねぇって」


 どうやらマップ上では目的地には着いている物の、目的の店が目視できないようだ。メニューにあるサブクエストでマップに刺さるピンを頼りにしていたアキラは少なくなった人通りを彷徨っている。




 辺りを彷徨うろつくこと数分、他の角度からマップを調べた結果判明した事実がある。


「微妙にピンがズレてるから変だと思ったら……」


 呆れながら質屋を発見した場所は、石畳のある表通りの裏側だった。丁度凹型の一番窪んだ位置に質屋がある。表通りから近いため、マップの位置を勘違いしたのだろう。


(マップだって正方形っぽい形してるのに、窪地の方に入ったらマップの形が変わったってことは隠しエリアっぽい所なのか?)


 遠目で雑居ビル程度の大きさの質屋を観察しながら、若干心を弾ませながら進む。現代では中々縁の無さそうな中世の隠れ家らしき暗い路地裏は、裏道を通る時に感じた緊張感とはまた違った趣がある。


 質屋の方へ近づいていくと、その進行を遮るようにして壁際にある建物の階段で出来た影から一人の屈強な男が出てくる。


 見た目筋骨隆々でアキラ位の標準的な体型が小さく感じる。見た目はシャツにジーパンとシンプルな出で立ちだが、背筋は伸びていて堕落した雰囲気が無い。屈強なガードにも見える。


(……めんどそう)


 嫌な予感がしたアキラは気にしないように先に進むが、その男の横を通り過ぎようとすると声を掛けられる。


「待て、ここから先は私有地だ。関係者以外立ち入り禁止だ」


 思った以上に丁寧な言葉に一瞬呆気に取られたが、アキラはすぐに帰ったりはしない。


「……この先は質屋だろ? その質屋に用があるんだ。通してくれ」

「ここを通りたければ証を見せろ。でなければ帰れ」


 質問には答えず追い払おうとするが、アキラは動じない。ここは地球ではなく、見た目では強さの判断材料にはならないのを知っているアキラは食い下がる。


「道聞いてんだからそれ位教えてくれって」

「……質屋は確かにあるが、お前には縁の無い場所だ」

「それはアンタが決めることじゃないだろ?」

「いいや、さっきも言ったがここは私有地だ。ここから先に進むかどうかは俺が判断する」

「ん……そうだな、じゃぁここを通るにはどうすればいいんだ?」

「さっきも言ったろう、証を持っていなければ帰れ」

「証って?」

「教えるわけが無いだろ」

「さいですか……じゃまた来るよ」

「……」


 ガードらしき男は返事をせず、そのままアキラが消えるまで路地に居続けた。




(無理矢理入っても店使えなきゃ意味ないし……ちょっと難易度高過ぎじゃないか? 取り敢えず困った時のギルドだな)


 目的地がわかったアキラは入る手段としてギルドで情報収集を試みることにする。




「なんで誰も知らないんだよ……これ以上面倒くさくなるなら後回しに……いやいや、そういうのはよくないぞ! でもなぁ……」


 窪んだ配置をした建物について受付嬢やギルドで時間を潰しているメンバーに話を聞いたアキラだが、聞いた人は全員答えを知らない。仕方なくギルドから出ようとしたアキラだが、その時に丁度顔見知りと遭遇する。


「あれ? アキラか、何してんの?」

「ちょっと調べ物を、ディックこそ今日は一人か?」

「流石に昨日の今日だからな、今日は特別休暇で皆休みだ。調べ物ってことは依頼はやらないんだよな?」

「そうそう……あ、ちょっとディックに聞きたいことがあるんだけどさ」


 休みの日になぜかギルドに来ているディックに質屋について質問する。




「すまん、俺はここに来たのは最近だからあそこのことはよくわからないんだ」

「そっか……」

「あぁっと、でもグラッコならわかるかもしれないな。あいつそっち方面のこと詳しいし」

「ほんとか! 今どこに居る?」

「休みの日は飲み屋か、どこかに行ってる。飲み屋に居なきゃ今日は会えないと思った方がいいぞ」

「構わない」

「んじゃ付いてこい」


 気軽に告げるディックにアキラはギルドに来ていた理由を聞く。


「あれ? ギルドに用があったんじゃないのか?」

「んぁー、暇だから一人で受けれそうな簡単な依頼を漁りに来ただけだ」

「そっか、なんかごめんな」

「気にすんなって、いい暇潰しになるからよ!」


 ディックが気のいい笑顔で返しながら外へと向かい、その後をアキラが追う。グラッコが居るかもしれない飲み屋に行く道中、ディックもアキラがなぜその場所の情報を知りたいのか気になるらしく、横並びで歩きながらその話題について語る。




「へぇ質屋か」

「ああ、なんか質屋以外にもありそうな雰囲気だったけどな、ガードっぽい奴の言い方がそんな感じだった」

「俺も気になってきたな……おお! ここだここ、グラッコも居るな。おーいグラッコ!」


 食楽街の奥へとやって来たアキラは、オープンスペースで外からでも店内が全て見通せる空間に、日本で見る開放感溢れる飲み屋とダブって見えてしまう。


 長方形のテーブルは外まではみ出ており、椅子をビール瓶を入れるようなケースで代用し、簡単な布を敷いただけのラフなスタイルだが、海の男達にとてもマッチしていた。


(港って感じがしていいな)


 その一角にグラッコが飲み仲間らしき人達と酒を酌み交わしており、ディックの呼びかけに機嫌良さそうに手を振って応える。アキラはディックが遠慮無く奥に進むのでそれに倣って付いていった。


「珍しいな、ディックが飲みに来るなんて」

「いや、お前に用があったんだ」

「俺か? 昨日助けてくれたアキラに関連してそうだな」


 グラッコが後ろに居るアキラに目線をやると、アキラがそうだと言わんばかりに何回も頷く。


「ハハ、グラッコ! 仮面なのに愛想のいい奴のお誘いだ、俺らはいいから行ってこいよ」

「そうか? 悪いな、ちょっと席を外す」

「気にすんなって……それでな、その時足に網が絡まってよ……」


 飲み仲間の一人がアキラを見てグラッコを促し、その後を見送らずに話の続きをしている。


「ごめんなグラッコ」

「いいさ、それより用事ってなんだ?」


「……それが今の嫁になったんだってよ! 文字通り、絡め取られちまったってわけだ」

『ガッハッハッハ!』


 グラッコと話していた飲み仲間から聞こえる楽しげな話し声に、グラッコが気を利かせた。


「ここじゃ集中できないだろ、場所を変えよう」

「そうだな、話があるのは俺じゃ無くてアキラなんだけどな」

「ん? じゃぁなんでお前が居るんだ?」

「暇だから」

「まったく、休日に野郎とつるんでどうする」

「飲み仲間に女が居ないお前に言われたくねぇ!」

「ハッハッハ、違いない」


 アキラは友人特有のやり取りを見ながら、懐かしい思いでそれを眺めていた。不幸があってから立ち直るために手を尽くしてくたが、深緑の件から自分で疎遠にしてしまった友人達を思い出してしまう。


(帰る理由は深緑だけじゃない。ケジメを付けるためにも、皆にも謝りたい……)


 アキラは何気ないやり取りを見て、元の世界へと戻る決意を重ねる。




「酒飲んでから来る所じゃないが、静かに話が出来る所と言えばここだな」

「BAR喫茶か、俺は初めて来るな。別にギルドでも良かったんじゃないか?」

「飲むわけでもないのに人が多い所へ行くのは落ち着かない。それに色々話すにはもってこいの場所だ」


 グラッコがそう言いながら手を上げて店員を呼ぶ。可愛らしく、清潔感あるポニーテールの女性店員がオーダーを取りに来た。


「お伺いします」

「俺ココア」

「子供か!」


 アキラがメニューを見ずに即注文を告げる。その速度と内容にディックが反射的に突っ込むも、アキラが意味深に笑うと、グラッコは頷いて口を開く。


「じゃ俺も同じのを」

「え? ……じゃ俺も」

「子供か!」

「うっせ!」


 アキラが言われたことをやり返す。グラッコまでもココアを注文したせいで疎外感を味わい、つい同じ物を頼んでしまったディックは、自分がおかしいのか心配したが、アキラの突っ込みで自分の感覚は間違っていないことに安堵する。


「BAR喫茶とはいえ喫茶店だ。そこで飲むココアの美味しさをディックは知らないみたいだな」

「アキラの言うとおり、喫茶店のココアを初めて飲むならそのイメージは塗り替えられる筈だ」

「グラッコまでそう言うなら逆に楽しみになってきたな」

「そんじゃ飲み物が来るまでにさわりだけでも話すか、聞きたいことってのは……」


 アキラが質屋の話を終えると、タイミング良く店員が飲み物を運んでくる。


「失礼します。ご注文の品をお持ち致しました」

「ああ、ありがとう」


 アキラが礼を言うと店員が静かにココアをそれぞれの前に置く、店員が去ったのを見てグラッコが一言。


「先にいただこう」

「どれどれ……!」

(やっぱり喫茶店のココアはこうじゃないとな)


 喫茶店でしか味わえないココアの濃厚で鼻を抜ける深いコクは、子供の頃飲んだことのある水っぽいココアとは比較にならない出来だ。甘さも程よく、苦すぎずまろやかでコップに注がれたとろみのある液体は自然と吐き出す呼吸と共に落ち着かせてくれる。


「これが、本当のココアか……」

「一杯も普通に高いがな」

「え? いくらだ?」

「300G」

「げ!」


 通常なら一食は食べられる程の金額に驚愕の声を上げるディックだが、アキラがすぐ間に入る。


「安心しろディック、ここの払いは俺が持つから」

「いや、でも……」

「報酬は一人のおかげで大分入ったからな、この位は気にするな」

「ここは甘えとけ」


 グラッコまでもがそう言うので、ディックも安心したように頷く。その一言でアキラは何かを察する。


「質屋の話だが、あそこは質屋じゃない。知る人ぞ知る裏カジノだ」

「裏カジノ……」

「正確にはギルドのショートカットのように裏カジノへと繋がる入り口があるんだ」

「そこへ入るには証が必要と言われたんだが、どうすればいい?」

「簡単だ。特殊なホームカードを見せれば簡単に入れる」

「特殊なホームカード?」


 アキラはスリの少年がホームカードの買い取って貰えると言っていた言葉を思います。


(……まさか、ここで繋がるのか?)


 本来本人以外が使えない筈のホームカードが盗難されるのは、裏カジノで使用されるためだった。思った以上に深そうな闇は、関わり合いになりたくないと思うには十分だろう。そんなアキラの心境を知らずにグラッコが話を続ける。


「俺も詳しくは知らないが、そのホームカードは貴族のように特殊な伝が無いと手に入らないらしい」

「え? 貴族なんかいるのか?」

「あぁ……アキラはクロスの住人じゃなかったな」


 アキラは王都アザストの存在を知っている。そのため、王政でありその下に貴族が存在するのはわかりそうな物だが、中世の雰囲気は知っていてもアキラにその時代の常識や知識が教科書レベルでしか存在しないため、詳しく照らし合わすことが出来ないでいた。


「あの横暴で女に見境無くて、金のためなら子供さえ結婚の道具にし、権力を強めるなら相手の事情を気にせず……」

「待て待て、お前の知ってる貴族はどれだけ野蛮なんだ?」

「……え? 違うの?」

「確かにそんな奴も中には居ると聞く。しかし、そんなことをすれば他の貴族にあっという間に淘汰されるぞ。政略結婚なんかは道具扱いする家なんて居ないぞ?」


 この時代の政略結婚は家同士の絆や、政治の都合で行われるのが殆どだ。恋愛などは結婚後に行い、反りが合わなければ愛人などを囲うのが習わしだ。現代の感覚とは違い、アキラにとって一昔前の結婚観はこの世界クロスでは考えが噛み合わないようだ。


「へぇ~、俺の知ってる貴族と違うな」

「お前の知ってる貴族は随分野蛮なんだな、だがアキラの言うような貴族は稀に居る。育て方を間違えた貴族の子供とかな」


 特殊な環境で育つ子供の教育を間違えてしまえば、普通とは思えない思考に至ってしまう可能性がある。芯の強い者なら問題ないが、全員が全員そうではない。貴族にとっても子供の教育は細心の注意を払うのは貴族の義務でもある。


「そんな貴族はハイメンバーが依頼を受けて討伐される」

「……え? 人殺すの?」

「それを請け負うメンバーも少なからず居るってことだ。奴らは争いごとは避けるからな」


 ココアを飲んで一旦間を置く。アキラは冷静に努めてはいても、やはりと思わざるを得ない。生き物を殺してきてはいるが、例えファンタジーでも当たり前のように人が死ぬ現実に思う所がある。


 最近は冷静ぶった態度が目に付いていると自覚しているアキラは、その現実に直面した時に冷静で居られるか自信が無い。ポーカーフェイスのお陰で特に心配はされないまでも、このまま沈黙は不味いと思い、話を進めるために気になっていることを聞く。


「あ、それとハイメンバーってなんだ?」

「ああ上位ハイメンバーって言うのは、ギルドの決めた昇進制度のようなものだ。とは言っても他のメンバーに対して命令出来るとかじゃない。ただの肩書きみたいな物で、特典もあるらしいが調べてないてないから知らん。ただ、そう言う奴らは例外なくとんでもない力を持っている」

「ハイメンバーか……っと話が脱線したな、貴族の伝なんか無いから裏カジノへは当然行けない。他に方法はないのか?」

「あるにはあるが……」

「どんな?」

「それはな……」




「定期船の時間調べるか……」


 アキラは肩を落としながらギルドへと向かう。あの後、もう一つの方法を聞いたアキラは即座にそれを却下してサブクエストを後回しにすると決めた。グラッコはまだ飲み足りないためらしく、元の飲み屋に戻っていき、ディックも時間が中途半端になったためそれに付いていった。


(乗船許可証も貰えたし、大人しく船に乗って先に進むか。カジノの見世物になる気は無いからな。大人しく貴族との伝が出来るようになるまで後回しだな)


 サブクエストを後に回すことを渋々決め、アキラは先に進むことにした。王都アザストへ向けての船旅が始まる。

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