第85話 刹那の乗船

※推敲しました。細かい描写や誤字脱字の修正をしていますが、大まかな流れは変わりません。




「アキラさんが現在選べる乗船ルートは1カ所、王都アザスト方面ですね。時間は明日の朝9:00です」

「乗船するにはどうすればいい?」


 海洋漁港エステリアから出発するため乗船手続きをするためギルドの総合受付で方法を尋ねる。ついでのようにダンジョン講習を受けるか聞かれたが、既にダンジョン自体クリアをしているため辞退する。受付嬢も不信に思わず船の話に移ってくれた。


「乗船は初めてですよね? メンバーで乗船希望の方は依頼掲示板にある護衛依頼を受注してください。その後、受領所で乗船場所の案内がされます」

「ん? 俺が掲示板を見た時はそんな依頼は無かったけど」

「護衛依頼は時間が限られているので、朝の乗船時間1時間前に規定人数に達している場合は締め切ってしまうんです」

「そういうことか」

「確実に乗船するには朝早く来ていただいて依頼を受注するか、料金を支払うしかありません」

「そんじゃまた来るよ。どうもありがとう」

「はい、また何かありましたらお越しください」


 料金を支払ってはなんのために乗船許可証を得たのかわからなくなるため、アキラは明日の朝にまた来ることにした。


(飯も食って甘いのも味わった。サブクエストも後回しって決めたし、依頼するにも時間が中途半端だな……よし、今日はちょっと早いけどホームに戻ってナシロとメラニーの所でゆっくりしよう)


 そう決めるとすぐにホームへと戻る。慌ただしくも穏やかな1日を過ごすため、アキラは珍しく早めに帰宅した。






「……早く起きすぎた」


 ナシロとメラニーと戯れ、ナシロを枕にしてから一瞬で寝てしまったらしく、晩ご飯も食べずに夜を過ごしてしまった。早めに寝てしまったアキラはまだ船に乗る数時間前なのもあり、朝食がてら24時間営業しているマンプキングを求めて街中の喧噪の中を歩き回る。


(あいつの腹どうなってんだよ)


 ナシロを枕にしたせいなのか、リラックスしてよく寝むれたからかは不明だがその目覚めは身体がこれ以上休まないと抗議している程元気になっていた。


(あいつも目を開けて鼻提灯作ってたのに俺が頭退けたらすぐ起きるし、起きがけで目が合った時なんかすっげぇどや顔してたのが悔しい)


 口角を片方上げるだけでナシロの内心を察してしまったために、余計アキラは悔やしい思いをした。


(まったく……)


 そんな朝を迎えたが、嫌な気持ちは全くない。悔しくは思ってもアキラの表情は逆に嬉しそうだ。そんな若干弾んだ足運びで朝に立ち込めた霧を【暗視】のスキルで視界を確保しつつ、石畳の上を歩くアキラは裏通りとはまた別に人気が無くなった位置へ進んでいる。


(ニュースのマンプキング情報だとこの座標らしいが……)


 なぜ行ったこともない場所を目指すことができるのか? それはニュースでマンプキングを目撃した座標を書き込む記事が存在しているからだ。


 載っているリストには海洋漁港エステリアにあるマンプキングも記載されている。アキラはマップの座標を照らし合わせて暗視を使い、見過ごさないよう徹底してるらしい。


(えーっと……地下の階段、地下の階段っと、あれか?)


 はじまりの街、アジーンで見た看板とは違い鉄柵で囲われた階段の先にあるのは洋式のドアだ。その横に小さな看板でマンプキングと書かれているだけのシンプルな様相だ。ランプが一つ上にあり、霧の中に灯される淡い光は港町にマッチした雰囲気だ。


 アキラが階段を降りて中に入ると、ミステリアスな入り口とはなんだったのか、アジーンでもオラクルでも見かけた内装がアキラを待っていた。


(おしゃれな見た目かと思えば中に入れば見慣れた食堂かよ……)


 見た目は雰囲気があるのに中身は全く同じ作りだ。それを事前に知ってはいたはずだがショックは隠せない。若干がっかりしながらも、階段を降りている最中に漂っていたスパイスの香りで気を取り直してエステリアのマンプキングのカレーを堪能するため食券を購入する。




「はぁー、シーフードカレー美味かったな……エビにタコ、ホタテにマグロのカツは最高だった……」


 マグロカツをトッピングして若干贅沢をしたアキラは、ギルドで指定された乗船場から船に乗っていた。依頼内容も船の護衛で何かがあった時に待機していれば問題ないようで、それまでは自由に過ごして構わないらしい。


 当然動くべき時に動かない場合、依頼は失敗になり送り返されると注意を受けた。


「まぁ……なんとかなるだろ」


 そんな状況だが、出発までまだ大分時間があったアキラは早起きのせいと膨れた腹が原因で今頃眠気がやって来る。本来ならまだ寝ている時間から動いていたため疲れたのだろう。そのまま流れに身を任せ、甲板のベンチで横になり寝息を立て始めた。


(何かあったら……起きるだろ、多分)


 アキラの初船旅が、今始まる。






 そしてアキラの初船出が、終わった。


「おい、メンバーの兄ちゃん! いつまで寝てんだ!」

「……護衛の責任はちゃんと果たす。だからもう少し寝かせてくれ」

「何も起こらないで着いちまったよ! 邪魔になるから早く降りてくれ!」

「え?」


 既に回りは次の出向に向けて荷の積み替えなどで船員達しかいないため大慌てだ。どうやら一眠りしている間に目的地に着いてしまったらしい。


「お、俺の船旅が……」

「いいから早く行ってくれって、あんたが降りないと手続き終わらないんだからさ!」

「あ、あぁ済まない。すぐ降りる」


 降りるように促され、エステリアとは似ても似つかない船着き場だけの小さな町を眺めた。物流が活発なため小さくても活気はあるらしいが、見た目は荷を運ぶ人やあからさまに商品を仕入れに来た商人なんかがその割合を占めている。


「あ~あ、よく寝た。問題にならなくてよかったよかった」


 固まった身体を解しながら寝てるだけで問題が無いとわかると準備を終える。マップを使ってギルドへ向かい、依頼の報告をするためだ。それが終わるとついでに王都アザストへ向かうために受付で移動手段を聞くことにした。


「お姉さん、王都アザストに行きたいんだけど徒歩でどのくらい掛かるの?」

「アザストですか? 本来なら2日も歩けば着くのですが……問題が一つあります」

(2日って遠すぎだろ。おまけになんかトラブルもあるのか)


 アキラが現代の移動時間では考えられないギャップに内心首を傾げながら、続きの言葉を待っていると若干気まずそうに受付嬢が語る。


「数ヶ月前から王都アザストの山中にある道が溶岩で塞がれているんです。そのため、山を回って1ヶ月かけて向かうか、ビークルで行くかに別れています」

「え! 他に方法無いの?」

「あるにはあるのですが、あまりオススメ出来ません。参考までにお教えしますけど、その方法はダンジョンを通り抜ける道です」

「ダンジョンって通り抜けることが出来るのか?」

「はい、山の中にあるダンジョンは反対側から抜けられる構造になっているので問題なく行けます。ただ、当然ながら大変危険な道です。先程言ったとおりオススメは出来ません」

「ああ、それだけわかれば十分だよ。タクリューは使えないの?」


 回り道にタクリューが使えるかは重要だ。だが、ソナエ屋で聞いた回答と似たような答えが帰ってくる。


「王都アザスト周辺は警戒エリアで常にライダーが巡回しています。そのため生物であるタクリューで近づくことは出来ませんし、竜自身嫌がります」

「でもビークルはいいんだろ?」

「ビークルは空を飛ばなければ問題ありません」

「そっか、どっちにしろビークル持ってない俺には関係ない話か。ありがとう助かった」


 アキラは礼を言うとそのまま王都アザストへ向かうためダンジョンへと向かう。今回は何か事情があるのか、テラから依頼が来ていない。それを気にせずギルドを出た。遠回りしている暇などアキラには無いのだ。


 しかし、外に出てすぐにそれを呼び止める女性の声が聞こえたので足を止めざるを得ない。


「ちょ、ちょっとそこの人!」

「ん? 俺?」

「そうそう、君君!」

「……勧誘なら他を当たってくれ」


 一瞥してからアキラは適当にあしらおうとした。なぜならその呼び止める声はこの世界の住人だからだ。プレイヤーと見分ける方法の一つとして意識してキャラクターを選択するとプレイヤーはステータスの表示など、様々な項目が出る。それを参考にアキラは現地人との違いを判断していた。


 オンラインゲームでは基本的にノンプレイヤーキャラ、俗に言うNPCに対しては特殊な場合を除いてステータスは見れなくなっている。


「え、そ、そんなこと言わずに私も連れて行ってくれ!」


 見た目は綺麗めだが所々の手入れが疎かなのだろう。髪は若干荒れ、肌の荒れも目立ち、整えればそれなりに見える茶髪は台無しになっている。


 メンバーとしてそれなりに経験を積んでいるのはなぜか気配だけでわかったアキラだが、突然のことに若干動揺している。


「俺がどこ行くか知ってるのか」

「あれ? 君はこれから王都アザストに行くため、灼熱神殿エルグランデに行くんだろ?」

「受付との会話を聞いてたのか……そうだけど、なんで俺?」

「どのパーティも埋まってて入れなかったんだ。私は一刻も早く王都アザストに行かなくちゃいけないのに!」


 若干男勝りな態度だが、嫌な感じは無い。これが彼女の地なのがわかるが、何かを焦っているようだ。


「なんか事情がありそうだけど俺一人だぞ?」

「え、一人でダンジョンをクリアしようとしてるの!?」

「まぁな」

「……けど、それでも頼む。ダンジョンは私一人だとリスクが高すぎる。かと言ってもう1日は足止めを食らってるんだ」

「えぇ……」


 何が悲しくて実力の定かではない者をダンジョンに同行させなければならないのか? 多少経験を積んでいそうでも、一緒に行動するかどうかは別の話だ。


「どうしてもダメか?」

「俺になんのメリットがあるんだ?」

「くっ……わ、私はこう見えて高貴な家の出だ。望む報酬は可能な限り聞こう」

「そんな見た目で言われても説得力がねぇ……」

「厄介ごとを避けるために放置して作ったこの格好が、ここで裏目に出るなんて……」

「なんか証拠とか無いの? 証明できれば考えるけど」

「ほ、本当か!?」


 最初乗り気では無かったアキラだが、相手がもし本当に貴族と何かしらの関係があったとすれば裏カジノに入るための取っ掛かりになるかもしれないと考え、妥協案を提案した。明らかなメリットがあれば話は別なのだ。


 カッパのようなフード付きの若干年季の入ったコートで体型がわからなかったのだが、胸の間に手を入れようとしたのかコートが中からはだけてしまう。そのお陰で中の高級そうなシルクのブラウスを膨らませた豊満な胸が生地越しに飛び込んできた。


(結構あるな)


 彼女はそれを気にせずに胸をまさぐって谷間も見せてくる。首からぶら下げていたメダルを取り出す。色は金色で見ただけでも位が高そうだと印象を付けられた。


「これがその証だ。王都アザストの貴族を証明する身分証明書だ」


 今ここでそれを見せられても本物かどうかを判断することはアキラには出来ない。しかし、それで十分だった。


「よし、それじゃそっちの頼みを聞くんだからこっちの望みも聞いてくれるか? 勿論、無事に王都アザストに着くまでの間でいいよな?」

「あ、ああ! 信じてくれてありがとう!」


 アキラは口約束だが、取り交わした約束は守る。守るが、そんな相手を心配して見てしまう。


(にしても焦りすぎだろ、俺一人なのにダンジョン行くって聞いて付いてこようとするのは普通に考えて自殺行為だろ。俺が弱かったらどうするつもりなんだ? まぁ焦ってるけど一人で行くよりマシってことなんだろうな)


 こうして訳ありのメンバーとアキラの旅が始まることになる。

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