第86話 貴族のメンバー


 ある程度整地された芝生のような平地だが、灼熱神殿エルグランデへ続く陸路は草木も生えない程に剥き出し状態で固められた土のみが続いていたが、それも終わりが見えている。


 王都アザストを目指す道中、通常のルートが使用できずに特殊なルートを使う羽目になった“アキラ達”は、日が暮れる前に目的地の洞窟へと到着していたのだ。


「着いたぞクロさん」

「……アキラ、何回も言うが愛称で呼ばないでくれ。最後のエを付けるだけじゃないか」

「最後のエを付けるのが面倒くさいんだよ……ウソウソ、わかったよドローネさん」

「家名で呼ぶんじゃない!」


 不機嫌気味に返したのはアキラに同行を申し出た女性で、茶髪に年季の入ったフード付きのコートを纏ったクロエ・ド・ドローネだ。道中自己紹介がてら貴族の家名を教えて貰っていた。


「俺からしたらいきなり名前で呼ぶのはハードルが高いんだが」

「殆どの人が名前しか持っていないのに、君はどうやって人を呼んでいたんだ」

「おお、いいツッコミだな」

「……こんな人でも大丈夫なのかな」


 クロエの小さく呟く声は弱気なせいか、可愛気のある声となってしまう。


「ギャップ萌えか……俺じゃなかったら一発だったな」

「君は人を馬鹿にするのが好きなのか?」

「バカにはしてない。ボケるのが好きなんだ」

「ボケ? 惚ける? んー、訳のわからないことを……」


 彼女の言葉遣いは育った家柄のせいか、基本的には下の物に対する接し方に感じ取れる。しかし、偉そうにはしていないためこれが素なのだろう。口調は男勝りだが彼女の雰囲気を損なうことなく自然に振る舞っているようだ。


 クロエはアキラのようにふざけたやり取りをあまりしてこなかったらしいのか、冗談に対して理解が浅いのがわかる。だが、そのせいで一つ疑問が出てきてしまった。


「ごめんごめん、もうやらないよ」

「そうしてくれると助かる」

「ふと思ったんだけど、クロエはギルドのメンバーでソロなんだよな?」

「メンバーだがソロじゃない。普段はパーティを組んでいる」

「そんな格好してるのにか?」

「格好はさっきも言っただろ? 手入れのしない女は声を掛けられづらいんだ。私は冒険を楽しみたかったからな」


 歩きながら懐かしそうな顔で夢見ていた自分を思い出しているようで、表情はなぜか儚げだ。


「って言っても女なんだから回りはなんか言ってこなかったのか?」

「細かいことを気にする奴だな、そうは言っても私の場合は問題ない。パーティメンバーには気を使わなくてもいい奴らしかいないからな」

「というと?」

「……正確にはパーティとは名ばかりの護衛だ」

「なんで護衛なんか……あぁ、家柄のせい?」

「そうだ」


 貴族の面子的にも令嬢を護衛も無しにメンバーには出来なかったのだろう。パーティメンバーを護衛で固めることで、外部からの接触を最小限にする計らいがされたようだ。しかし、それが原因で護衛以外とのメンバー交流が少ないせいで、アキラの態度が気に触るらしい。


「私もこう見えて貴族の令嬢だ。人を付けずに外に出したことがわかれば家の名が落ちる。あの家は人も出さないで娘を外に出すのか、とな」


 そうは聞いても彼女の見た目からとても温室育ちのような印象は受けない。その疑問を問おうとする前にクロエが語り出す。


「一応護衛の中に一人だけベテランのメンバーも混ざっていた。父が冒険をしたい私に気を利かせてくれたのだろう。今の私が居るのはその人に色々教わり、満を持してメンバーになれたからだ」

「へぇ~いい人だったんだな」

「だが問題はメンバーになってからが多かった。さっきも言ったが、私に声を掛ける人がそれなりに居てな。護衛が居ようが居まいがお構いなしだ」

「まぁ、いいもん持ってるからな」


 アキラは目を瞑ってクロエのブラウスから覗いていた谷間を思い出す。


「持ってると言うのは顔のことか? 確かに、性格が男勝りな私でも器量はそこそこあるのは自覚している。そのせいで言い寄ってくる輩には参っていたが、その人が教えてくれたお陰で粗雑な格好と見た目をすれば大抵の男は寄ってこなくなる。そう学ばせてもらったんだ」

「ん? なんで今は一人で王都に行こうとしてるんだ?」

「……そのベテランの人と関係があるんだが、つい最近王都に行ってしまった。理由も単純で結婚することになったからなんだ」

「おお、そりゃめでたい。でも護衛が居ない理由は? それになんで急いでんだ?」

「そこに繋がるんだが……」

「あ、ちょっと待ってくれ」

「む……話に夢中で気づかなかった。すまない」


 既に灼熱神殿エルグランデの洞窟目前まで迫っていた。マップで名前を確認したアキラは今後の方針を決めるつもりで一旦腰を落ち着ける。


「ここは邪魔には……ならないか、そんじゃこれからの方針を決めよう」

「方針? ダンジョンを抜けるんじゃないのか?」

「それは目標だが、その前にもう日が沈むからな。すぐダンジョンに入るのか決めよう。移動で疲れていたりはしないか?」

「フッ、見くびってもらっては困る。これでもそれなりに鍛えているんだ。だが……」

「だが?」

「お腹が空いた」

「……昼、俺の飯あんだけ食っておきながらそれかよ」


 アキラは船旅で寝ていたため、特に時間を気にせず活動を続けていたせいで昼食も食べずにそのまま港を出てしまった。クロエ自身昼食を済ませていないことも有り、なぜかアキラがバッグに入れていた食事を提供して遅い昼食を取る羽目になった。


「あの時は焦って急いでいたからな。護衛の一人に食事関連の荷物を預けたまま出てきてしまったんだ。カードがあればご飯には困らなかったせいで忘れていた。許してくれ……それに私は出された物は残さない主義だ」

「正確には出させた物な」


 クロエが見くびるなと言っていたが、数秒後にアキラが見くびってしまうのは言うまでもない。


「最初はクロスの外から来たと聞いてもイマイチピンとこなかった。でもその便利な道具バッグを見てこういうことかと理解した! 家にも是非欲しい人材だ」

「ふぅん便利な道具持ってるのは俺だけじゃないから同意してくれる奴を探してみてくれ。中にはポーターの真似事で荷物運びなんかをやってる奴が居るかもしれないぜ?」

「そうさせてもおう」

「少し話が脱線したな、クロエが問題ないなら簡単に飯を済ませて中に入ろう。難易度は抜けるのを重視するから一番簡単なノービスでいいか?」

「ああ、構わない」

「後、俺はこのダンジョン初めてだから仕掛けとかあっても答えは言うなよ?」


 数少ないこの世界の楽しみを取り上げられないようにクロエへと釘を刺す。急いでいると言っても一分一秒を争う程じゃない。初見だけが味わえる数少ない楽しみを台無しにされたくはないのだ。


「安心してくれ、私もここに挑むのは初めてだ」

「それなら謎解き部分を一緒に考えるか?」

「……いや、遠慮しよう攻略は任せる。それに今の私は心にその余裕が無いし、考えるのは元々得意じゃないんだ」

「わかった、クロエがそれでいいんなら問題ない」

「ありがとう、アキラ」

「んじゃ先に飯にするか、食って一休みしたら中に入ろうちゃんと金払えよ?」

「わかっている」


 アキラは以前アジーンで買った黒い粉、通称洗い粉あらいこと呼ばれる物を取り出して手を綺麗にする。同様にクロエにも洗うよう促した。


「それじゃいただきますか」

「いただきます!」


 外国人が気合いを入れて日本風の挨拶をしている光景は、通常なら若干の違和感を感じる。だが、クロエはまるで日本人と同様に自然な所作で挨拶をしていたため、やはりこの世界のベースは日本と同様なのかと感じさせる物がある。


「これも美味しそうだな」


 エステリアの食楽街で購入していた海鮮焼きそばをクロエに渡し、アキラはアジーンで購入した肉巻きおにぎりを取り出す。米を肉で巻き、焦げ目を付けて特製のタレを滴らせたおにぎりは見ているだけで胃袋を刺激する。


「おお、それも美味そうだな、私の分もいいか?」

「今持ってるのを片付けたらな」

「ありがとう!」


 昼もこんな調子で出す物出す物食われていき、少し早めの夕飯は過ぎていく。




「食った食った、ごちそうさま」

「今まで護衛が居たから大口開けて食べる機会は少なかったが、今日は満足して食事が取れた。それも2回だぞ!」


 クロエが穏やかな笑顔で食後を満喫していた。


「……俺はいいのか? 別に気にしないけど喜んで貰えてよかったよ。そういえば王都に着くまでは身綺麗にしてもいいんじゃないか?」

「む……確かにそうかもしれない。汚す必要も全くないしな、しかし近場に洗う所が無い以上今はこのままで居るしかない」

「それもそうか……そうだ、ちょっと食休みの間に話の続きをしてくれないか?」

「護衛の居ない理由か?」

「ああ、別段隠すような感じも無さそうだし聞いても良いのかなって」

「そうだな、確かにそんな大した理由でもない」


 食休みの間はクロエの事情を聞いて時間を潰していった。




「……護衛を撒いてまで王都に行くなんて、そのベテランのメンバーってのに恋でもしてたのか?」

「ん? ……相手は女性だぞ?」

「何か問題が?」

「……」


 アキラの言葉にクロエは目を瞑って沈黙したが、すぐに目を開けると優しく語りかける。


「価値観は人それぞれだと思う。否定はしない」

「ちょ、ちょっと待て、なんで俺がそっち系なんだ? 冗談だって」

「む、なんだそうなのか……」

「……なんでちょっと残念がってんだ? いやいい、そろそろ行こうか」

「そうだな」


 何か嫌な気配を感じたアキラは質問するも、すぐに否定して先へ進もうと提案する。クロエは若干肩すかしな思いで立ち上がってアキラに続いた。少し早めの夕飯を食べたアキラ達は灼熱神殿エルグランデへの洞窟を潜るのだった。




「ちょっと熱気が強いな」

「……これがちょっと? 君はどんな感覚をしてるんだ?」


 クロエの額から頬へと汗がしたたり落ち、地面に落ちる。一瞬ではないが落ちた汗は音を立てず、静かに蒸発していく。その反面アキラは汗すら掻いていない。


 今二人は洞窟に入ってそれ程時間が経過していないが、ダンジョンの特徴が顕著に現れた通路を取っている。普通の人は難易度を選択する場所に辿り着いてすらいないのにクロエのように熱気で汗を掻いてしまう。


 その違いを見て、アキラが自分で着ている【絶酸の肌着】の効果を思い出す。


「そっか、平気で居られるのはこの服のお陰だったな」

「この暑さを軽減する程の服なら相当高いんじゃないか?」

「ダンジョンでゲットした奴だから値段は知らん。それはそうと、クロエもコート位脱いだらどうだ、暑いだろ?」

「私の装備はこのコートとこのハンドスタッフだけだ。フードも被れば頭の防御になるウィザード用の防具なんだ」


 クロエがコートの隙間から細い鉄筋幅の30cmもない杖を覗かせる。それを見たアキラは信じられないと言わんばかりの表情でクロエに聞くが、表情は仮面で隠れている。


「……え? クロエってウィザードなのか?」

「この格好で予想が付くと思うが、なんだと思ったんだ?」


 凜とした声で首を傾げる可愛げのある仕草で尋ね返すクロエに、アキラは自分の考えがバレる前に流す。


「いや、俺はここに来てあまり人と接してこなかったからわからなかったんだ。気を悪くしたならごめん」

「別に気にしていない。謝らないでいいさ」

(てっきり脳筋みたいにブレイブかと思った……)


 冒険に憧れてメンバーになったと聞いて勇ましく剣を振るうイメージをしていたアキラだが、難易度を選択するダンジョンの入り口に到着したのを切っ掛けに話題を逸らす。


「見ろクロエ、あれがここの難易度選択みたいだぞ」


 アキラが三つのマグマの川を指さす。川の上には青い船と緑の船に赤の船、と三種類ある。


「あれは、船? マグマの上なのに燃えずに残っているいるなんて……いつも思うが、ダンジョンの難易度選択は場所によって随分違うな」

「そうだな、俺は楽しみの一つにしてるぞ」

「楽しみか……確かに見ていて不思議な光景は心躍らせる何かがあるな」


 クロエがアキラの言葉に感心しながら今まで見てきたダンジョンの入場口を思い出す。思い出に浸るクロエに構わず、アキラは船を指して先を促す。


「青い船がノービスだからあれに乗ろう……ってか結構でかいな」


 遠目からはただの船と思えたが、帆が見当たらずボートのように自分で漕ぐ形式に見えたが、近づけばアキラの身長の3倍は超える大きさだった。横には階段があるのでそこから船に乗り込むのだろう。


「俺さ、初船出は寝て終わっちゃったから少し楽しみだ」

「私は途中で船が転覆しないか気が気じゃない」


 各々の感想を声に出し、アキラは初めての最弱難易度のダンジョンへと挑むのだった。

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