第87話 灼熱神殿エルグランデ
灼熱神殿エルグランデの難易度選択で青い船に乗ったアキラとクロエは、マグマの川下りで流され果てに居た。
「転覆せずに着いてよかった」
クロエがほっと一安心しているとアキラが茶化してくる。
「なんだ、クロエは泳げないのか?」
「……君はマグマを泳げるのか?」
「んーやったことないからわかんないな」
「泳いでみるか?」
「今はその必要が無いから止めとく」
「……」
「冗談だって」
「わかっている」
言外に出来ると言うアキラにクロエが訝しんだ視線を送るとアキラはすぐに訂正する。それを聞いて満足したクロエは率先して歩き出す。
「待て待てクロエ、ウィザードなんだから俺が先に進む」
「あ、ああ済まない。癖でな……」
「二人しか居ないんだ。いつもと違うんだから気をつけてくれ」
「わかった」
クロエの行動から普段は護衛が合わせて動いていると察するアキラだが、今は二人しか居ない。難易度が一番低くても命の危険があることには変わらないのだ。その言葉に素直に頷くのを見るに、ベテランのメンバーが施した教育はしっかりと行き届いているらしい。
「後ろの警戒もしてほしいけどあまり離れていなければそれも俺がやる。取り敢えずは気をつけながら急ごう」
「あ、ああ」
護衛が居ないダンジョンでの行動は初めてなのだろう。クロエは先程アキラとやり取りしていた余裕が揺らぎ始めていた。
「ゲートが見えたな」
「ここから、だな」
[D]灼熱神殿エルグランデ
選択難易度:ノービス
※ノービス用ゲートです。この難易度で挑む場合、以下の条件に同意したと見做します。
・セーフティによる強制退場
・ダンジョン放棄による退出は入り口への強制送還
以上の条件に同意していただける方のみゲートをお通りください。
ゲート突入と同時に[D]灼熱神殿エルグランデを開始します。
(パイオニアに比べるとお遊戯だな)
視界に表示された注意事項を読み、問題となる時間だけを気にすればいいと考えたアキラはすぐにゲートを潜る。
『パーン!』
「おお! ノービスのスタート合図はリレーみたいだな」
ダンジョンの開始合図はパイオニアのように驚愕を誘う音ではなく、スタートの合図に用いる火薬の炸裂音だった。
「私はいつもこの音に慣れないんだ。聞き覚えのない音だから来るとわかっていても、びっくりしてしまう」
「爆発音は苦手なのか?」
「ああ」
「……」
アキラは銃器をメインに扱うので炸裂音を出さないことは避けては通れない。イドにしてしまえば更に大きな音が出るのは仕方が無いことでもある。
「なんだ、どうした?」
クロエが黙ったアキラを見て声を掛けずにはいられなかった。喋る合間に毎回ふざけているアキラだ。それがクロエの苦手な物を聞いただけで黙ったしまえば嫌な予感が頭をよぎってしまう。
「あ、ああすまん。俺の武器のことを言ってないなと思ってな」
「なんだそんなことか、その手に付けている立派な物と足を見れば格闘がメインなのだろう? 似たような格好をしている人達がナイフ片手に戦っているのを見たことがある」
クロエはある程度の目利きが出来るらしく、声を掛けた理由も見た目以上に出来ると自身の感覚を信じての物だったのがわかる。そんなクロエの勘違いをアキラは訂正するように静かに話し出す。
「あのな、クロエ……すまんが俺の武器ってこいつなんだ」
アキラは手から黒いシヴァを出してみせる。
「おお! なんか手から出したと思えば……なんだこれは? 黒い……これは鉄か? だが、これ程見事な成形は見たことがない。手にとっても?」
「え? えっと……シヴァいいか?」
『ウン』
「どうぞ」
「……? ああ、ありがとう」
アキラが武器に名前を付ける程、大事にしていると取ったクロエは疑問を置いて更に品定めを進める。
「見るだけにしてくれよ? 扱いを間違えると危ないからな」
「わかった。これは殆どが鉄、いや鉄じゃない所が無いのか? しかし、鉄の肌触りとはとても思えない。何か特殊な金属でも使っているのか……」
クロエの推察通りアキラのオルターは特殊な合金で出来ている。基本的に破壊は不可能だが、それはソウルオルター内では破壊する術がないというだけだ。ゲーム内で設定された最大の硬度は例えノートリアスモンスターでも壊すことは出来ない。
リョウのように人形をオルターにした場合、性質上はその限りではないが。
「むぅ……私にはこれが凄い物としかわからなかった。かなりの
「そうなのか? 俺はよくわからないけどありがとう。
『ウンウン!』
「はは、まるで武器と意思疎通が出来るみたいだな」
「簡単にだけどな」
「え?」
「ん?」
地球とクロスでは、考え方の違いと常識の擦り合わせはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「ふぅ、ふぅ」
アキラの武器について軽く打ち合わせをし、先に進んだアキラとクロエは警戒を最小限にただただ歩いていた。だが進めば進む程、暑さで呼吸が乱れたクロエの足取りが重くなり、遂には歩みを止めてしまう。
「大丈夫か?」
「す、済まない。ちょっときつい……」
「ほれ水」
「あ、ありがとう」
クロエはあまり暑さに強くないようで、最低難易度のノービスでも難があるようだ。今は一本道の通路を歩いているが、それは周囲が溶岩でとても歩けた物では無いため、仕方なく熱の低い箇所を歩いている結果だ。
必然的に一本道となった通路の奥は、数十分程回り道をしながら進み、漸く洞穴の入り口のような場所へと着いた。
夢衣と華が通った時のように周囲がマグマじゃないのは、彼女達が中程度の難易度であるジュニアを選んだからだろう。必然、溶岩で周囲から敵が攻撃してくることがなく、ただただ暑さに耐える構造になっているようだ。
(ぶっちゃけ暇だな……歩くだけだから)
絶酸の肌着を着たアキラにとってはいつもより少し暑い位で、動いていても軽く汗ばむ程度だ。少し暑い日に出歩くのとあまり変わらないのだろう。
買っておいた水でクロエを介抱するアキラは、物足りなさを感じているせいか、声に出してしまう。
「敵出ないんだな……」
「み、水ありがとう」
「気にするな、取り敢えずはあの洞穴までは頑張ろう。ここまで来たんだ、行けるぞ」
「あ、ああ」
クロエはアキラの敵が出ない呟きに対して反応するのも億劫なようだ。数分後、励まされながら洞穴へと向かったおかげで漸く辿り着けた。
「おお!」
「あ、安全地帯のようだ……もう、ダメ」
「おい! 大丈……夫じゃないな、すっげぇ熱い。そんで思ったわ、俺も熱いわ」
クロエを肩で担ぎ、支える。体調は崩していないが、アキラも大分熱が上がっていたらしい。素手で身体の熱を確認をすると、はっきり熱が伝わった。
「取り敢えずはテントでも出すか」
片手でバッグからテントを取り出して放り投げる。それだけで設置出来るテントは、こんな時は非常にありがたかった。
「クロエ~お~い」
「うぅ……」
「ダメか」
気が抜けたクロエは体調も芳しくないせいで起きるのも辛いようだ。目も開けられずにただただ呼吸をするだけになっている。それを見たアキラはテントの中にクロエを入れ、安全地帯には必ずある自販機に向かう。
「……まさかとは思ったがあったな、これと……後はこれとこれも買っとくか。ついでに俺の分もっと、よし」
再びテントに戻ると、クロエはコートを脱ぎ捨てて横向きになっていた。
「やっぱ暑かったんだな、あんまり気は進まないけど体調崩されても困るからな。これは看病なんだ……」
アキラは自販機で買った氷枕に購入した氷と水、持ち歩き用に常備していた塩を入れて氷嚢を作る。クロエの綺麗な茶髪を掻き上げてタオルで汗を拭いてやり、これまた自販機で購入していた熱奪シートをクロエの額に張り付ける。
「自販機便利だな」
そしてクロエのブラウスのボタンを全て外して前を
(すっげぇ胸だな)
アキラは看病を終えて予想より少し大きい胸のサイズに感心していた。クロエがコートを脱がなかった理由の一端を担っているのだろう。一段落したアキラもダンジョンへ突入する前は夕方だったのも考え、少し早めに就寝した。
猫皿に注がれたクリーム色のキャットミルクから顔を上げたナシロはメラニーに自分から声を掛ける。ナシロから自発的に声を上げるのは珍しい光景だ。
「…ねぇ……メラニー」
「ドシタ!」
ピーナッツを食べていたメラニーが顔を上げると、水熊の着ぐるみを着たナシロが嬉しそうに口角を上げて語り出す。
「…なんか……ね…今回、アキラ……早く帰ってきそう」
「ヌ! ホント?」
「…ほら、ナシロは……そういうの…わかる系……だし」
「?」
メラニーは可愛らしくその小さな首を傾げるが、アキラが早く帰ってくると告げるナシロの言葉を一切疑わずに空を小さく舞い始める。
「ヨクワカンナイケド、ヤッター!」
「…お土産、あるかも……ね」
「カモ!」
ラウンジで愛らしくやり取りする二匹をいつもなら周囲が放ってはおかない。しかし、今回は近くに一人のフードを被った男が迫ってくるのを見ると近寄るのを躊躇ってしまう光景が出来上がっていた。
「そこの二匹は何をそんなに喜んでるの? よくわかんないけど」
「アキラガ、ハヤクカエッテキソウ!」
「ああ、それで喜んでたんだね」
二匹の元に近づいたのはワービーストのルパと一緒に居たダンピールのリッジだ。あまり猫が好きではない彼だが、無気力系猫のナシロには好感が持てるらしく、自身の都合のためにも話を聞きに来た。
「ねぇ、猫さんちょっと聞いて良い?」
「…やだ」
「ハッハ、断られちゃった。よくわかんないけど、アキラが早く戻ってくるかもしれないって本当?」
「…かもね」
「それだけ聞ければ満足だよ、ありがとう猫さん。さて、戦うつもりはないけど彼に僕のオルターが通じるかは試したいよね。よくわかんないけど」
何かを企んでいるリッジは、アキラを戦いたくないタイプの相手と公言している物の、何かをしようとしているのは明らからしい。アキラがホームに戻る頃にはまた一つの火種が転がっていそうだった。
「こ……こは」
テントの中でクロエが目覚め、現状を確認していた。
「そうだった……私は暑さで参ってしまってそれで……このタオルケットはアキラのか? む、コートを脱いでしまったのか、通りで動きやす……………………おかしい、なぜ、私のシャツのボタンが外れている?」
事情を知らないクロエは、自身の服がなぜ脱げているかわからない。しかし、男勝りと言ってもそれは性格であって、身体も思考も立派な女性だ。年頃の女性なら当然あってはならない想像力を掻き立ててしまう。
「ま、まさか……寝てる間に? そういえばティエラはいつも言っていた。男と二人きりで寝てはいけない、と。ど、ど、どうしよう、ま、まさか?」
ティエラとはクロエに冒険のイロハを教えた人らしく、自然とその名前を呟いていた。
「ど、どうすれば? 結婚もしていないのに同衾してしまうなんて、父様に知られたらどうなるか! ア、アキラはそんなことをするような人には見えなかったのに……くっ、こうなったら責任をとってもらうしかない。そうすれば父様もなんとかしてくれる筈だ。子供に家を継がせられないのは仕方が無いが、新しく家を興せばっおわ!」
「俺も冗談は好きだが、お前程センスは無い。どうして服が
クロエの声にアキラも目を覚ましていたが、話が膨らみ始めた辺りから雲行きが怪しくなったため、頭を軽く小突いてお家騒動に発展する前に止めた。
「ア、アキラ! き、君は私が寝ている間に、て、貞操を奪うとは! 見下げ果てた奴だな!」
「ブラウスのボタンが外れてるだけで何言ってんだ。ブラも下も脱げてないだろ?」
「む……」
「こっちは介抱しただけだってのに、まさか罵倒されるなんてな」
「な、何を取っているんだ?」
アキラはクロエに近寄って効能が切れた熱奪シートを剥がしてやりながら愚痴を零す。ある程度事情を聞いたクロエは大人しくなってしまった。
「……済まない」
「ほら、飯食ったらこれ飲め」
「これは?」
「そこの自販機で買った。熱奪ドリンクって言って、要は暑い所でも問題なく行動出来る代物だ。注意点として、寒い所で飲むと[低温]のバフが付くから用途は限られる」
「あり……がとう」
「これで進むペースは上がるはずだ。俺は気にしないからクロエも気にするな、服装を整えたら飯にするぞ」
アキラはクロエの考える余裕を与えないように言いたいことを全部言い切って誤魔化す。アキラにとっても看病は役得だったのだ。
(女の肌はマシュマロとか吸い付く肌とか聞くけど……確かにずっと触っていたい何かはあるな)
アキラの内心を知らないクロエは、赤面しつつ急いで準備を整えて元気よくご飯を食べ始める。食べ終わる頃には普段通りの彼女に戻っていた。だが、内心の恥ずかしさを押し殺しているのは言うまでも無い。
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