第88話 種族の力
一晩経ち、安全地帯から先へ進むため次に進んだアキラとクロエを待っていたのは最初の溶岩地帯とは違い、岩肌の下を流れるマグマだった。
それを見下ろしているクロエは口に溜まった唾を呑み込みながら想像してしまう。もし人が落ちてしまえば粘度の高い1000度程の液体が体中に絡みつき、息つく間もなく絶命してしまうのは想像に難くない。
『ボコッ……』
「うっ」
時折吹き出すマグマは、クロエの恐怖心をより一層煽ってくる。向こう岸に渡るためにはこのマグマ地帯を抜ける必要があるのだが、なぜかアキラは向こう岸に到着していた。
「クロエー! 慌てず、ゆっくり行けば大丈夫だぞー!」
「う、うるさい! 集中させてくれ!」
今アキラが大声でクロエに語りかけた理由は、このマグマ地帯が地続きではないためだ。流動するマグマの上に固定された岩の足場が一定の間隔で配置され、飛び乗らなければ次へは進めない。
幅は人一人が寝そべる程度は余裕があるため、地面に何も無ければ何も考えずに進めるだろう。
時折足場と足場の間からマグマが吹き出て一瞬だけ行く手を塞いでいるため、クロエは慎重に行動をせざるを得ない。そんなクロエに合わせず、次々に飛び移ってしまったアキラは待っている間に周囲を見回し始めた。
(山の中だからかな……くり抜いたドームみたいな場所だな。向こうも似たような入り口っぽいのあるけど、流石に遠すぎるか。後は……うん、それだけだ)
マグマ以外何も無いはずの一カ所を見つめていたが、すぐに視線をクロエに戻す。それで観察は終了してしまったらしい。
(コートじゃなくてスカートだったら凄くいい暇潰しになったんだけどなぁ)
クロエが慎重にアキラの居る場所へ渡っていき、やっとの思いで到着した。マグマが近く、温度もかなり上昇しているのだが、熱奪ドリンクのお陰で熱中症のような症状は無い。
「お疲れさん」
「なぜ君はあんなにひょいひょい飛んでいける? ここで落ちたらどうなると思ってるんだ?」
「勘だけど死にはしないと思ってな」
「……君は何を言ってるんだ?」
「まぁまぁ、行こうか」
アキラは先程見た場所へ一瞬だけ視線を送り、先へと向かう。向かう先はマグマの流れからして逆流する方向だ。
アキラ達の姿が消えて少し、その後を追うかのようにマグマの一部が少しだけ盛り上がりながら流れに逆らって移動しているのがわかったが、何かは不明なため良いとも悪いとも言えない。
しかし、このダンジョンの先で影響が出るのは避けては通れないのは明かだった。
「これじゃ渡れないな」
「君のお楽しみを奪ったりはしないからゆっくり考えてくれ」
「お楽しみって……まぁいいけど、これどうやるんだよ?」
ドーム状のマグマ地帯を抜けた先に待っていたのは、広めの幅を取った通路だった。岩で出来た足場は真っ直ぐ奥まで伸びているのだが、横は相変わらずと言っていいのか、マグマが流れており、落ちたらタダでは済まなそうだ。
岩で出来た足場には高低差が有り、低い位置にはマグマが流れている。飛び越えられそうな距離なのだが、厄介なことに地面の高低差に合わせて天井も下がっているので、飛び越えようとすると天井にぶつかるのでそれも出来そうに無い。
「潜るわけにもいかないし、ほんとどうすりゃいいんだこれ?」
「案はあるのか?」
「周囲には仕掛けらしい物も無いし、一旦引き返そう」
「随分あっさり引き返すんだな?」
「クロエが慎重に行動してたとこはまだ別の洞穴があったからな、多分ここはまだ通れないだけだ」
「……落ちるよりマシだからな」
「そうだな」
アキラはクロエの肩に手を置き、優しく同意している。クロエはその優しさと同時になぜかにやけた口元が癪に障ったらしく、アキラの手を
マグマ地帯でアキラがもう一つの洞穴を指さしながら伝えるが、クロエの反応は芳しくない。
「ほらあそこ」
「……確かに、だがどうやってあそこまで行けばいいんだ?」
「取り敢えず近づいてみようぜ」
偵察も兼ねて、足場は続かないが出来る限り近寄っていくとクロエが違和感に気がつく。
「これは?」
「どうした?」
「いや、ここだけ岩の色が若干違っているように見えて……あっ」
壁際の岩肌だが、茶色一色の中に一部だけ若干明るい茶色の部分があった。なんとなく触ってしまったクロエは、その一カ所が簡単に崩れてしまったせいで間の抜けた声が出てしまった。
「おお、なんだこのスイッチ」
「どうす……って待て! 罠だったらどうするんだ!」
「遅い!」
「あ、こら!」
アキラがスイッチを押そうと伸ばした手を、クロエが阻止するため掴もうとするが、アキラは避けてスイッチを押してしまう。虚しく響く怒りの声を合図に、地響きが始まる。
「わ、罠か!? アキラ! どう責任を取るつもりだ!」
「決めつけるなって、短気は良くないぜ? 人生は長いんだ、気長に行こう」
「その引きつった口元を見る限り、君も焦っているのはわかっている。無理するな! 取り敢えず逃げるか!?」
マグマが下にある状況で地震が起これば誰もが焦るのは仕方が無いだろう。アキラも内心では自分の迂闊さを悔やんでいた。悔やむだけで反省はしていないのは想像に難くない。
「あ、あれは!」
誤魔化すような声からアキラの視線を辿ると、飛び乗って移動する岩場の位置が変わっていた。安全地帯から続いていたはずの入り口方面にあった飛び乗れる岩場が、先程まで行く方法が無いと思えた洞穴まで続いていた。地震は既に収まっている。
「ほらな」
「……何が?」
クロエの素の反応にアキラは黙って先に行こうとするが、変化は岩場だけでは無かった。それを感じ取ったアキラは臨戦態勢を取る。
「クロエ! 敵が居るから気をつけろ!」
「む? いきなり何を言って……っ!」
突如、マグマからタツノオトシゴのような見た目をした敵が飛び出して来た。頭上には敵を表す名前が表示されており、ドランペッターと書かれている。クロエもドランペッターが現れたことで臨戦態勢を整えた。
『ボォッ!』
何かを吸い込んでいたのか、丸い口から真っ赤な塊が射出される。燃えながら接近する野球ボール程度の大きさで、その速度は距離を取った状態でも油断していれば即命中してしまうだろう。背後にクロエが居るため、アキラは迎撃を選ぶのは当然だろう。即座にシヴァを取り出した。
(緊急時の射撃は目でするんじゃない。身体で狙うんだ)
アキラは通常の射撃姿勢を何百、何千と繰り返してきた結果、射撃の動作は既に一つの形として身体に刻まれている。シヴァの狙う先は見ずとも、ある程度は狙いを付けることが可能になっている。
ましてや銃弾以上にでかい飛来物に命中させることなど、弾丸同士を当てることに比べれば狙いもタイミングも比較にならない。
『ダァン!』
「うっ」
「我慢してくれ」
「わ、わかっている」
銃の性質を聞いていたクロエは呻き声を漏らすが、ドランペッターの火球に弾丸を当てた結果、その弾丸は見事に火球を突き抜けてドランペッターに命中した。火球も軌道が逸れて地面に落ちてしまう。
(飛び散らなくて良かった)
アキラが安心するのも束の間、奥の方から撃ち抜いたのとは別のドランペッターが顔だけを出している。近づけばすぐにでも攻撃を仕掛けてくるだろう。遠目から銃口を向ければすぐに引っ込んでしまう。
暫くすると、倒した位置に居たドランペッターが復活していた。どうやら一定時間で復活するらしい。顔だけ出しているので近づけばまた攻撃を仕掛けてくるのだろう。
「……あんまりこう言うゴリ押しは好きじゃないんだけど、クロエも居るからな」
「どうするつもりだ?」
「慎重に動いてたら的になるだけだからな、こうするんだ。ヴィシュ、イドだ」
『ソウ』
「それは……もう一つ持っていたのか。でもなんで光ってるんだ?」
シヴァを仕舞い、変わりに出したヴィシュをイドにしてすぐに[賦活]でステータスを上昇させ[クイックII]を付与する。アキラはクロエの質問に答えず、困惑している隙に言いくるめる。
「怖いかもしれないけど大丈夫、一瞬だから」
「……いきなり自分を撃ったかと思えば、なんだかとてつもなく嫌な予感がする。すまないが何をするか言わなければことわっ! おい! 何を、離せ!」
アキラがクロエをいきなり肩に担ぐ。あまりの早業にクロエは抵抗らしい抵抗もできず、抗議するしか出来ない。
「いいから黙ってくれ! 行くぞ!」
「こら! 今尻を叩い……ひっ」
クロエの尻を叩いて吹き出すマグマが消えたタイミングで、アキラは一気に駆け抜ける。岩場を一つ飛びで飛び越し、高速で移動しているお陰でドランペッターの攻撃はうまく狙いを付けられないせいで当たらない。数秒で奥まで付いたアキラは急いで洞穴に飛び込んだ。
「こっこ、怖かった……」
「一瞬だったろ?」
「いつか仕返ししてやる」
「貴族が小さなことを根に持つなって」
「貴族だから禍根を残すんだ」
「ごめんごめん」
気のないアキラの流すような謝罪に対して、ジト目で見るクロエだが、周囲の状況を見て短く一息吐いてからアキラに問いかける。
「ここはなんだ?」
「銅像……みたいだな、説明書きがあるから見てみよう」
「まるで博物館だな」
飛び込んだ先には人型の銅像がいくつも並んでいるが、どう見積もっても人の形をしているだけでどの種族にも合っていない。しかし、なぜかそれぞれには種族の原点に近い何かを感じ取れる。好奇心がてら、アキラ達は円形に立つ7種の銅像の前にあるプレートの説明を一つづつ見て回った。
【ワービースト・先祖返り】
元となった動物の原型を呼び起こし、幻想獣としての力を振るうことが出来る。
【エルフ・
その身に精霊を宿し、ハイエルフへと存在を昇華する。
【ドワーフ・
自身の装備に付いている妖精を目覚めさせ、装備のクラス、または能力を引き上げることが出来る。オルターの格に関わらず、装備できる物に制限は無い。
【ダンピール・
自身に流れるヴァンパイアの血が真祖の力を呼び起こし、ヴァンパイア化する。
【ドラゴニュート・
その身に流れる朱き血を、龍の始祖に流れていたとされる蒼き血に変える。龍神となった黄龍の力を一部借りることが出来る。
【魔人・
魔人の原型とされる生死の狭間で生きる存在、煉魔となる。身体の紋様が形を伴い、その姿を一新する。
一通り確認し終わると、アキラは息を吐きながら驚きを声に出す。
「マジかよ……他の種族ってこんな風になるのかよ」
「何かと思えば、小さい頃は良くおとぎ話として聞いたな」
「種族毎に特別な存在になるのってクロスじゃ有名だったりするのか?」
「あくまでおとぎ話だ。この世界で未だこの能力を持った者を確認されては居ない。いや、正確には秘匿されている。らしい」
「ほぉ……」
「それに、ヒューマンに至っては何も無いのと同じだ」
「そうか?」
アキラは他とは違い、一切ヒューマンの姿から何も変わっていない銅像の説明に目を落とす。
【ヒューマン・
始まりの種族であるヒューマンが、一つの到達点に至ることで
(確かにこんな説明じゃ期待を煽るだけ煽って何も無い。未だに開闢ってのに至った人が居ないからおとぎ話なんだろうな。だからクロエは何も無いって言い切ってるのか……)
だが、この時アキラの心の奥底で再びヒューマンには何かがあるのでは無いかと期待する心が芽生え始めた。
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