第89話 クロエの事情
周囲に7種類の銅像が立ち並ぶ広めの空間を調べ終えるが、何も見つからない。
「何も見つかんないなんて有り得ないだろ? どっか見落としてるって」
「そんなこと私に言われてもな……」
「んー……ん?」
唸りながら首を捻るアキラがなんとなく上を向く。そこには①から⑦までの数字がバラバラに並んでいる。
「……クロエ、上を見てくれ」
「何もしないか?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだよ。だけど、逆の立場だったら俺も同じことを聞くかもな」
「自覚があるなら変なことを聞かないでくれ」
「……変なこと扱いは酷くないか? 俺のこと聞いただけなのに」
「あれは数字が並んでいるのか?」
「あ、そうです」
「……」
突然敬語になるアキラを一瞬見てしまうが、アキラは構わず天井を見上げながら自身の考えを口に出す。
「変なこと言ってたら言ってくれ、あの数字は全部銅像の真上にあって円形になってるよな?」
「ああ、数字は順不同だがスイッチらしき物なんて何も無かったぞ?」
「銅像に仕掛けは無いが、今気づいた。下を良く見てくれ」
「ああ……ん?」
「ここだ、ここ」
アキラはクロエにも攻略する雰囲気を味わってもらうため、銅像の設置された地面を指さして考えを促す。
「これは、何か擦った跡か?」
「そうだ多分だけど銅像を引きずった跡なんじゃ無いかと思う」
「……なんで銅像を動かすんだ?」
「え……何か仕掛けがあるからじゃないか?」
「この仕掛けを実行するとどうなるんだ?」
「スイッチと同じだ。それをこれから見届けようぜ」
「よくわからないが、わかった」
「どっちだよ」
アキラがつい突っ込んでしまったが、クロエは大して気にせず天井の①と書かれた真下にある魔人・煉魔の銅像へと向かう。アキラは②の位置にあるエルフ・
「これって後ろから前へ押すしか無さそうだな」
「わかった。む、それ程重くは無いな」
『カチッ』
少し動かすだけで地面から心地良いスイッチの音が聞こえる。
「アキラ、何かスイッチみたいなのが飛び出してきたぞ?」
「多分それで大丈夫だ。それじゃ次はこっちか」
再び何かの嵌まるような心地良い音が鳴る。
「よし、どんどん行こう」
「それでは次にこのヴァンパイアの像だな」
「一応それダンピールだからな、んで次はドラゴニュートっと」
「わかっている。でも見た目はダンピールよりも恐ろしい、ドワーフが⑤だな」
「ドラゴニュートなんて人の面影ねぇもんな。ワービーストっと」
「ドワーフの装備は威厳を感じる物だ。それに比べて私達ヒューマンは……これで終わりだな」
(……なんだこの順番は、何か作為を感じる)
クロエの言葉でただランダムの数字では無い何かを感じ取ったアキラだが、それを理解する情報があまりにも不足しているため、捨て置くしか無い。最後の⑦を示すヒューマンの銅像を動かし終えると、再び地響が身体を揺さぶる。
「何が起こったんだろうな……どうしたクロエ?」
「あ、ああちょっと自発的に攻略をするのは初めてでちょっとな」
「? まぁいいや、取り敢えず先に行こうか」
「ああ」
「さっきの通れなかった場所まで戻ろう」
「また担ぐのか?」
「お姫様抱っこにしようか? ただ、転けたらどうなっても知らないぞ」
「ゆっくり行くという考えは……」
「的になりたくないから却下で」
「む」
「ならおんぶでもしようか?」
「このコートでおんぶなんかして欲しくないんだが……」
悩むクロエにアキラはもう一つの考えを示すが、相変わらず渋る。それに痺れを切らしたアキラはまた行動に出ることにした。
「そうか、ん? あれはなんだ?」
「どうしっ! 危ない危ない、その手は食わな……どこへ行った?」
アキラが後方を指さして一瞬振り返るクロエだが、また無理矢理担がれると察してアキラの居るだろう方向へ視線を戻すが、そこにアキラは居なかった。
「おい! 悪ふざけは止めろ!」
周囲を探し回るが、アキラは居ない。
(まさか! あいつ私を置いて先へ行ったんじゃ……)
「クロエー! こっち見てみろ!」
アキラが顔だけ出して声を掛けてくる。すぐ引っ込んだアキラを追うように、クロエはすぐにその場から出口へと飛び出し、マグマの流動地帯に戻るため銅像の間から出た。直後、アキラを見失っていたクロエの隙を突き、再びアキラは肩にクロエを担いだ。
「こら! 君はさっきから心臓に悪いことばか……また私の尻を叩いたな!」
「女が尻尻言うな」
「誤魔化す、なぁっ!? い、いきなり走る奴が……」
「火球に当たってもいいのか?」
「ぅう」
ドランペッターの火球を放つ時のイメージが残っているため、アキラの忠告に進む時同様、呻きながら沈黙を選んだクロエだった。
黙りながらもしっかり周囲を観察しているため、通り道に違和感を覚える。
(む、足場が低くなっている気が……それに壁の回りにあんな黒い焦げ跡なんてあったか?)
クロエは運ばれながらも、周囲のマグマの位置が下がっているのを感じた。その証拠に、先程までマグマが触れていたせいで一定の高さに焦げが均等に付いている。
「おーし通れるようになってるな」
先程通れなかった高低差のある一本道の通路は低い位置が影響してマグマで通れなかった。しかし、現在ではマグマあったと思わしき場所は黒くその跡を残して消えていた。
「さっきの銅像を動かしただけでマグマの位置が変わるのか?」
「スイッチっぽいのがあったからな。さっきも足場をスイッチ一つで動かせたんだから驚くことでも無いだろ」
「それもそうだが……」
「取り敢えず行こうぜ」
「あ、待ってくれ」
アキラが通路を進み、クロエがその後を追いながらぽつりと語り出す。
「私は……今までダンジョンの攻略はしたことが無かったんだ」
「あれ、そうなのか?」
クロエの風格から戦い慣れをしていそうなイメージを持っていたアキラだったが、ダンジョン経験はそれ程豊富では無いらしい。
「考えるのは得意じゃないと言ったり、攻略を任せると言ったのも見栄だ。恥ずかしながら、ダンジョンの攻略をやったことが無いんだ。事前にクリア済みの護衛が仕掛けとやらを全部解除して敵を屠り、私は只用意された道を進むだけ、危険なダンジョンは踏み入ることすら許してはくれない」
「……」
「多少戦うことは出来ても、未知の冒険は出来なかった。メンバーとなったのに、私がイメージしていた冒険とは全く違う物だ。メンバーになる許可をくれた家には感謝していたが……当然失望を隠すことは出来なかった」
「そう言うってことは、今まで親に刃向かったことは無いんだろう? 今回護衛を出し抜いたのは立派に背く行為だ。なんで今回は刃向かったんだ?」
通路の終点は遠すぎるせいでまだ先は見えない。アキラとクロエは歩きながら話を続ける。
「それなんだが、私のケジメのためだ」
「ケジメ?」
「そうだ、護衛の中にベテランのメンバーを加えていた話はしただろう?」
「ああ」
「ティエラというんだが、彼女は護衛達にメンバー教育という名目で誤魔化しつつ、本来教える必要の無いことを色々教えてもらったんだ。メンバー間で人間関係について気をつけるべき事柄や、事前の準備に必要な女性用の店からダンジョンで起こった辛く苦しい出来事、そしてその苦労が報われる瞬間と達成感、本当に色々教えてもらったんだ」
「でもクロエって実際に冒険は……」
憧れを胸に抱く子供のように無邪気に語るクロエだが、その先を聞いていたアキラの言葉で現実に引き戻されてしまったクロエは俯きながら言葉を紡ぐ。
「そうだ。私は足場から足場へと飛び移るのが非常に鈍くさかった理由も、単に身体を使って冒険なんてしてこなかったからだ。凄く怖かった……用意された道を何も考えず進んだだけのダンジョンなんて、ただの遠足だから当然だ」
「……」
「だが、怖くても落ちたらタダじゃ済まない岩場を渡りきった時、冒険をしている実感が初めて持てたんだ! これがティエラの言っていた冒険なんだとほんの少しだけわかった気がした! 気がつけばアキラと銅像の仕掛けを率先してこなしてしまったのも、今思えば初めての経験だった!」
気がつけば顔を上げていたクロエの顔色は若干興奮気味だった。一呼吸置いて改めて続きを語る。
「話が逸れたな、ティエラは私が冒険をつまらなく思っていたのを察したのか、なんとかしようと必死で私のために動いてくれた。魔物と戦う時、教育という名目で護衛が居ない時に一人で戦わせてくれたり、ダンジョンの雰囲気だけでもと仕掛けの説明をしてくれた。想像するのは難しかったが、それでも気落ちしていた私は凄く元気付けられたんだ」
「お世話になったのはわかったが、結婚祝いのために普通護衛を出し抜いて王都へ行くか?」
クロエは別に頭が悪いわけでも猪突猛進するタイプでもない。家の方針に従って生きてきたクロエが、その方針に逆らってまで行動に移す理由がアキラにはわからなかったのだ
「ちゃんと会って改めてお礼とお祝いをしたいんだ……そんなに変なことだろうか?」
「変じゃないさ、でもティエラって人は結婚するから王都に行ったってクロエは言ったよな?」
「……」
「家に逆らってまでお礼と結婚祝い? 理由としては足りないだろ」
クロエが何も言わないため、アキラは想像してしまった。ティエラの存在と護衛の立場についてだ。
ティエラの行動は貴族の令嬢を悪く言えば危険に晒す選択だ。護衛の人達も生活があるため、自分の首が掛かった状況ではティエラの行動は微笑ましくも無ければ、面白くもない。それどころか厄介の種でしかなかった。
その結果、折り合いの付かないパーティがどうなるかを考える。護衛だけで無く、ティエラの気持ちも理解できるため、クロエのパーティは複雑な事情が絡み合っているのは想像に難くない。
「ティエラが居ない理由と繋がってたりするのか?」
「君はふざけてばかりなのに察しはいいんだな。そうだ……ティエラはクビになったんだ。名目上は任期満了だが、ご覧の通りまだ私は活動を続けている。冒険を終えて等いないんだ」
クロエは歩きながらも手を強く握りしめて悔しさを堪えている。
「ティエラはこの依頼を終えたら結婚するのは聞いていた。だが、お礼もお別れも言えずに消えてしまった……私の思いに応えていただけなのに」
「なんで突然居なくなったんだ?」
「護衛に聞いた所、活動報告を聞いた家の者が直接ティエラの元に出向いてすぐクビにしたらしい。会うことも出来なかったのはこれ以上悪影響を与えないために会わせなかったんだそうだ」
「クロエの教育のために雇ったはずなのにおかしな話だ」
「ティエラには家から教育方針を伝えてあったらしいんだが、無視していたんだそうだ。私のために」
「いい人だな」
それを聞いたクロエは力強く頷く。
「ああ、だから私は今回クロエに謝りたい。お礼をしたい。しっかりと結婚を……祝いたいんだ。こんな中途半端なお別れなんて嫌なんだ……」
後半になると声が萎んでしまう。恐らくこれがクロエの本心なのだろう。自分の世界を広げる切っ掛けをくれた相手が、自分の関係者が問答無用でお別れも言わずに切り捨てる。それも本人の与り知らぬ所で起こったことだ。その時のクロエの心情は筆舌にし難いだろう。
「なるほどな、家の起こした問題は自分でケジメを付けるってことか、なら絶対ティエラには会わなくちゃいけないな」
「ああ、迷惑を掛けると思うが、よろしく頼む」
「大丈夫だ、約束は王都アザストに着くまでだからな」
事情を聞いたアキラは心の中で懸念が生まれてしまう。
(約束は絶対に守る。だけど……嫌な予感がするな、お家騒動的な意味で)
ダンジョンに入って1日が過ぎている。クリアするまでどの程度かかるのかは不明だが、ここから王都へ行く道中静かなまま終わることは無さそうだとアキラは感じ取っていた。
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