第90話 マグマで泳ぐアニマルヘルパー


「すっげぇ……」

「本当に山の中なのか? 広すぎる」

「山の中だからじゃないのか? この山っていうか、火山の中は殆どがこんな空洞なんだろ」

「王都建国物語を読んでいなければ、こんな危険なダンジョンの近くに建国なんかするなと言ってやりたい」


 アキラが王都建国物語が何か気にしつつも、クロエは暑さと長い通路で溜まっていたストレスが臨界点に達しようとしていたのが目に見えてわかる。今は刺激しないように聞かずにおいた。


 クロエが苛つくその理由も単純に長い通路を暑さにめげずに通り終えたと思えば、着いた先が広い空間になっているからだ。終わって欲しいと願って歩き続けた先に待っていたのが、まだ終わりが見えないことを示す広いエリアなのを見れば、ナーバスになるのも仕方が無い。


(楽しそうって言ったら怒られそうだから茶化すのは止めておこう)


 空間は公園のアスレチックエリアが点々と離れている光景が広がっている。ただ、常に燃えているのに動いている火の玉のような敵や、黄色に近い赤みがかったカエルが所々に配置されている。


 地面とマグマとの高さは殆ど無く、時折陸地に侵入しているマグマはまるで波打ち際の海のように、入っては引きを繰り返している。命が懸かっていなければ童心に帰れたかもしれない。


「取り敢えずはこいつで渡らないと先には行けなさそうだな」

「お、落ちたらどうなるんだ?」

「多分だけど落ちても死なないと思うぞ」

「君はバカなのか?」

「いきなり随分な返しだな、悲しくなるぜ」

「笑ってないで真面目に対策を考えよう」

(本気なんだけどな)


 アキラはマップで緑色に光る光点を見ながら考える。


「そもそもだクロエ君」

「いきなりなんだ」

「ここの難易度はなんだね?」

「その気持ち悪い喋り方を止めてくれたら答える」

「あ、はい」

「全く……難易度はノービスだ」

「そうだ。最低難易度だとして、そんなに簡単に死んじまうような構成になってると思うか?」

「思う」

「即答かよ……まぁいい、多分だけど落ちたらすぐ死んだりはしないと思うぞ?」


 不審な目を向けるクロエだが、アキラは至って真面目だが当然のように疑問が沸く。


「マグマに落ちて死なないのか?」

「いや、俺もそこまではっきりとは言えないけど……そこまでこのダンジョンに危ない物を感じないんだよ。多分ノービスだからだと思うけど」

「気持ち的には信じたいが、試すわけにもいかない。取り敢えずはここを渡らないか?」


 クロエが示す方向にあるのは一番近い小さな島だった。アキラ達の居る場所と小さい島の間には明らかに人工物であろう岩の橋が掛けれている。距離的にアキラ一人ならジャンプで渡るのに問題無いが、そんな無粋な真似はしない。渡る方法が用意されているのなら、それに倣うのは当然だろう。


 ここまでは中々のペースで進めているため、焦る時間でも無いアキラは先に一人で渡り始めようと足を掛ける。


「お、おい待ってくれ」

「ここはただの橋だぞ?」

「手すりも何もないんだ。頼むから一緒に渡ってくれ……」

「……はいはい、お嬢様。あたっ」


 近づいたクロエはアキラの背中を軽く小突いてお嬢様呼びに対して抗議をしてきた。肩に手を掛けてアキラを手すり代わりにしてマグマに囲われた小さい島へと渡る。


「マグマの流れが早くなってるな」

「わかったからゆっくり進んでくれないか?」

「はいはい、噴火口が近いのか……熱気も強くなってきた気がする」

「私達は昇っていたのか?」

「そういうわけじゃないと思うけど、上を見れば今どこら辺かわかると思うぞ」

「む、空が……」


 見上げた先にはに火口らしき穴が見える。アキラとクロエは頂上に近い場所まで来ていたのだ。


「おい、ちゃんと前見て歩けよ」

「子供じゃないんだ、そんなこと言われなくてもわかっている」


 そう言いながらもクロエは若干橋からズレている足下を調整した。アキラからは見えないが、声を掛けられていなければ踏み外していたかもしれない。




「この絵を見る限り、クランクを回せば橋が出るって解釈で良さそうだな」


 橋を渡りきった先は地面に巨大な木で出来たクランクが設置されており、地面にはヒントなのか、棒人間がクランクを回した結果、橋の上を渡るというシンプルな構図が彫られている。


「よいしょ! って、そんなに重くないんだな」

「私も手伝おうか?」

「いや、敵が出て来るかもしれない。警戒だけしててくれ」

「わかった」


 アキラが巨大なクランクを回し始めて1分程経過したが、未だに架け橋は現れない。


「アキラ、本当にこれでいいのか?」

「そんなこと言うなって、俺がここまで回し続けたのにその努力が無駄だったなんて思いたく……クロエ、お待ちかねの変化が来たぞ」

「そのようだな……ど、どうするんだ?」

「急ぐ!」


 アキラ達の居る小さい島へと遠目に見えたカエルと火の玉が集まりだしていた。カエルはマグマを泳ぎ、火の玉は宙を浮いている。近づいてきたおかげで名前も見えてきた。


「マグガエルとファイア・ウィスプね……」

「わ、私は一人であんな数を相手には出来ないぞ!」

「幸い動きはゆっくりだから大丈夫! あいつらが迫ってくるってことは多分俺のやってることは正しいからだ!」

「多分って言うな!」


『ゴォン!』


 急いで回していたアキラだが、大きな音と共に足をもつれさせてしまった。身体全体をクランクにもたれ掛かるような形になってしまう。


「うぉおおおおお!」

「あ、アキラ! しっかり掴め!」


 中途半端に抑えが効かなくなったクランクが、今度は逆に回り始めてしまった。アキラは軽そうにしていたが、相当な力でなければ回らない代物だ。そのため復元力も相当強く、大きなクランクはアキラの体重程度は物ともせずに元の位置に戻ろうとする。


「無理だっての……あっ」


 無茶な態勢で掴んでいたアキラだが、急激に回る遠心力に耐えきれず、マグマの方へと弾き飛ばされてしまう。


「アキラー!」


 クロエの悲痛な叫びが火口内で木霊する。アキラと言えども足場も何も無い所からかなりの勢いで飛ばされてしまえば為す術は無い。クロエが最悪な想像をしていたが、事態は深刻にまで至らなかった。


(このままじゃアキラがマグマに落ちてしまう!)


 なんとかしたいクロエだが、当然何も出来ない。ただ見送るしか無いと思われたその時、突如アキラの落下地点と思しき箇所からマグマが吹き上がる。


「「え?」」


 アキラも頭を下にして投げ出されている。そのせいでそれが見えていたため、クロエと同時に認識できた。


(マップで何か居るとはわかってたけど……まじかよ!)


 マグマの流動地帯からアキラはその存在に気づいていた。マップを見れば表示されているので当然だが、敵意を示してはいないのだ。だが、その見た目から敵意は無くても恐怖は拭い去れない。


 なぜならその姿は……。


「ワニかよ!」

「食べられる!?」


 アキラが想像していた生き物とはあまりにも違い、クロエが大口を開けるワニを見て直接的な表現をしてしまう。


 未だにマップで敵意を示す表示はないため、攻撃の意思はないと理解はしていても受け入れられるかはまた別の話だ。だが、どっちにしろここでこのワニを倒してしまえばアキラはマグマに沈んでしまい、助からない。


 神殿迷宮シーレンで助けて貰ったアニマルヘルパーを思い浮かべながらその存在に賭けることにした。


「うぉおおお!」


 大口を開けるワニに頭から突っ込む等人生で初めての体験だ。そのため、アキラは声を大にして成り行きに身を任せるしか無かった。


 気がつけば、ワニの口がアキラを優しく包み込んでキャッチしていた。


「痛っ……くない?」


 口の中には牙が一切見当たらず、歯が無いのがわかる。咥えられても痛くないのは当然だろう。よくみれば歯ではなく、硬い歯茎のような部分が存在しているだけだ。


「おわっ!」


 お手玉のように宙へと放り投げられたアキラは、ワニの口の先端でキャッチされ、座らされた。あまりにもシュールな出来事と光景にアキラとクロエは固まってしまうが、クロエの背後に迫るマグガエルとファイア・ウィスプを見たアキラは自分の状況に構わず声を張る。


「クロエ! 後ろ後ろ!」

「……え? あ!」


 背後から迫る敵に気づいたクロエは、すぐにアキラがその身を犠牲にして架けた橋を渡る。幅は広いので戸惑うことも無かった。魔物の群れはアキラ達の居た小さな島から出てこずに彷徨うろついたままだ。


「遅いぞ」


 先に次の島に運ばれたアキラは陸に上がっているのにも関わらず、ワニの先端に座ったまま足を組んでいる。


「……」

「あ、おい待てよ……っとと」


 クロエはそんなアキラの余裕に呆れて声も出ないのか、無視して次の小さな島に向かう。それと同時にワニがいつまで乗っていると言いたげにアキラを口の上から追い出す。


「ありがとな! おかげで助かった!」


 そんな相手にアキラは素直に感謝の言葉を捧げる。ワニもそれに答えたのか、口を二回パクパクと開閉して音を鳴らし、返事をする。またワニはマグマへとその身を沈めて消えていった。


「無愛想だけどいい奴だな」

「……アキラがマグマに落ちても心配していなかったのはあの生き物が居たからなのか?」

「流石にワニだとは思わなかったけど、そんなとこだ。クロエもやってみるか?」

「冗談は口だけにしてくれ」

「……はいはい、にしてもあの橋はどうなってんだ?」

「あれじゃ渡りようが無いな」


 次の場所へ進む石橋にしてはとても奇妙な形をしている。シーソーのように中央を支えにマグマの下まで支柱が伸びているが、土台は小さな円形をしていて、向こう側に橋が降りている。こちら側にある橋は跳ね上がった状態のまま固定されているので綺麗に重心が向こうに傾いている。


「遠目でも思ったけど、向こう側はどうなってんのかねー」

「次に行くべき場所なんだろうが高すぎて様子も見えないぞ? どうする?」

「取り敢えずはあの模型の所まで行こうか、それにこの地面の色も気になるけど後回しだ」


 アキラが示すのは現在居る陸とシーソー型と繋がったもう一つの陸の模型だった。大きさも両手では持てない程広く、細部まで作り込まれている。模型の地面には7色の紋様が浮かんでいる。


 だが、実際の地面には3色しかなく、模型と照らし合わせてみても位置と色がバラバラだった。


「この模型と地面の色……何か関連があるとして、また説明用の棒人間か」


 模型の近くにある地面に彫られた棒人間は、模型らしき物の上で何かをしている。その結果、こちら側と次へ進む橋が綺麗に渡れるようになっていた。


「うん、全くわからん」

「この模型の上で何かをするってことは間違いなさそうだな。ん」

「どうした?」

「この7つのエンブレム動かせるな……」


 模型の上に置かれたエンブレムは動かせるようになっている。白、黄、緑、茶、紫、青、赤と別れている。


(銅像を動かした時の仕掛けに似てなる……)


 心にざわめく物を感じながら、アキラとクロエはこの仕掛けの謎を考え続けた。

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