第91話 種族の色
「この色は種族の識別色だな」
「識別色?」
クロエの声にアキラは疑問を浮かべる。事前情報でも種族の強化らしき銅像と同じく、見たこともなければ聞いたことも無いからだ。ただ、例外を除けば神殿迷宮シーレンで一度目にしている。
「街中でも見たこと無いぞ? なんなんだ識別色って」
「どの種族のどの者なのかを表す大事な物、だったらしい。基本的にはリストバンドのように腕に巻いていたんだそうだ」
「だったってことは、今は違うのか?」
「アキラも街中で見たことはないと言っていた通り、今は廃れてしまったんだ。昔は人を外見で判断するなんてことは無かったんだが……」
「差別があったってことか?」
「そうじゃない」
クロエは首を振って優しく微笑みながら続ける。その様子はさながら教師のようだ、教えることが好きなのかもしれない。
「当初はどの種族も自分以外の種族が存在しているとは考えも及ばなかった。突如自分とは似て非なる生物との邂逅は、混乱を引き起こすには十分なのはわかるだろう?」
(……宇宙人と会ったら似た感じになるのかな)
アキラのとりとめのない考えをクロエがわかるはずも無く、話を続ける。
「同族でも争いは起こるんだ。互いに似た形をした生物が出会えば争いは必須。互いを受け入れる程の知識も経験も無いのだから当然だ。しかし、不幸なことに当時は戦略も何も無い位昔だ。戦争では互いを見分ける術も何も無く、同士討ちなんてそれこそ日常茶飯事だったらしい」
「そんな時代の時に来なくて良かった」
「はは、私もその時に生まれなくて良かったよ」
「そんでその識別色の役割ってなんだ?」
アキラが朧気ながらその役割を察しつつも、答えをせっつく。
「その識別色というのを身に着けることで、互いを見分けることが出来るようになったんだ。当時はそれだけでとんでもない効果があったらしいぞ? どこかの誰が編み出したのか、諸説あるがヒューマンだと言われている」
(そういえば戦争で同士討ちによる被害は近代においても決して無視できる物じゃなかった気が……うん無理に思い出さなくてもいいな)
詳しく覚えていないことを棚上げしたアキラはクロエの次の言葉に注目する。
「識別色の役割はそれだけじゃなく、どうしてそんな技術があったのか……現在私達が使っているホームカードと同じ役割を持っていたらしい。と言っても金銭のやり取りのみで、今程便利では無かったそうだがな」
「当時から魔法とかあったのか?」
「種族によってはだな」
「そんな技術があるのに同士討ちなんてあるのか?」
「アキラ、覚えておいた方がいい」
「え、何を?」
突然笑顔のまま口角を上げてしたり顔になるクロエ、あまりこういった表情をしてこなかったが、アキラはそれを見てクロエが何を言うのか若干楽しんでいた。
「生物がどんな技術を持っていても、それを運用する者もそれに準じた知恵を持つとは限らない」
「……なるほど、確かにな」
極端な例だが、赤ん坊に銃を持たせても本来なら扱えるはずは無い。しかし、偶然にも引き金を引いてしまえば悲劇が起こる可能性は無視できない。現にそういった悲しいケースが少なからず存在する。
技術があってもそれを扱う人が正しい行動を取れるとは限らない。クロエはそう言っているのだ。だが、アキラはそんなクロエに対して……。
「で、誰の受け売り?」
「……私の家庭教師だ」
「いい先生だな」
「ああ」
したり顔から、自分の言葉ではないとバレたクロエが若干恥ずかしそうにそっぽを向いた。そんなクロエを置いておき、エンブレムの識別色を知ったアキラは本題となる模型に視線を送る。
(棒人間はこの模型を弄って橋を渡ったんだよな? 動かせるのはこの識別色と言われてる7色のエンブレムだけで、実際の地面にあるエンブレムは動かせる者じゃ無い。配置もバラバラだし、やれることはそんな多くないよな?)
地面には3色の種族をあしらった紋様が間を開けて並んでいる。白、緑、赤だ。
「あ」
「どうした?」
「思い出したんだよ、この色ってシーレンの壁画にあったやつと同じだ」
「ああ、壁画の仕掛けがあるだけで比較的安全なダンジョンだったな」
「……え」
「どうした?」
「巨大な蛇とか出てこなかったのか?」
「……君は何を言っているんだ?」
「ほら、終盤近くにナーガのおうちって立て札あったろ?」
「あまり詳しく覚えてはいないが何かの立て札はあったな。何も無くそのまま素通りした気がするが……すまない、詳しく思い出せない」
「そっか、ならいいや」
「?」
ダンジョンによる難易度の違いを初めて認識したアキラは黙り込んでしまう。傍から見れば考え事をしているようにも見える。
(まさか、あの仕掛けってパイオニア限定? 難易度にそこまで違いがあるってことか……まぁいいや、取り敢えず今はこっちが優先だ)
難易度によってダンジョンの内容があまりにも大きく変化していることに驚いたアキラだが、今は目の前の仕掛けに集中するためにエンブレムを手に取った。
「ヒントは地面の色しか無いわけだからな、それに倣ってエンブレムを置いてみよう」
そう言って元からある三色の位置を参考に模型の上にあるエンブレムが綺麗に収まる窪みに配置するが、地響き所か何も起きない。
「……何も起こらないな?」
「いや、あれを見ろ地面の色が変わってるぞ」
地面には青と茶が浮き出ているが、他の色は無くなっている。
「んー白を取るとどうなるんだ?」
アキラが模型の白を取ると地面には白、黄、茶、青、の4色が並ぶ。模型の上にあったエンブレムと同じく円を象っていて、アキラが一旦全てのエンブレムを回収すると元の3色に戻っていた。
「色がわかった所にエンブレムを置いてみてはどうだろう?」
「どれどれ……ダメだな、何も変わらない」
「置いてある色のみに対応してるのか……」
「らしいな」
地面に浮かんでいる白、緑、赤を参考にして対応するエンブレムを模型の上に置くと、地面の白、緑、赤が消えてしまうが、赤の隣の青と緑の隣の茶色が浮かび上がってくる。
「なら白だけ置くと?」
試してみると白の両隣の赤と黄が浮かび上がる。
「緑だけなら?」
茶と黄が浮かび上がる。
「赤」
青と白が浮かび上がった。
「なるほど」
「私にもなんとなくわかったが、こう……上手く言葉に出来ない」
「元から見える色の上に対応したエンブレムを置くと対応した色が消えたろ?」
「ああ、そして逆にその両隣には色が現れた」
「そうだ、白を置けば赤、黄と現れて、その間には消えた白がある。実際の配置は赤、白、黄だな」
アキラがエンブレムを置いてクロエに見えるよう説明する。は元から浮かんでいる緑を除き、赤と黄の色が浮かんでいる。
「そしてもう一つ元から表示されている赤を置くと……」
「そうだ、こんな感じだ」
青、赤、白、黄と並んでいる所に元から色が浮かんでいる赤と白にエンブレムを再度置くと、青と黄しか色が浮かんでいない。赤と白にはエンブレムが置いてあるため、色は消えているようだ。
「そんで緑を置くと、今度は黄が消えて茶が浮かぶ」
元からあった赤、白、緑のエンブレムを全て置いたアキラの言葉通り、現在青と茶しか色が見えない。
「そうか!」
完全に理解したらしいクロエが納得顔で頷いている。整理して考えれば、単純に置いたエンブレムの両隣の色が浮かぶのみだ。しかし、浮かび上がる色が他のエンブレムで既に浮かび上がっている色と重なり合わせてしまえば、赤と白のように両隣の色を消してしまい、重なり合わない青と茶が浮かび上がるだけになってしまう。
「しかし、アキラ……」
「ん?」
「それがわかったからってなんなんだ?」
「おいおい、この色は何色ある?」
アキラが質問を質問で返し、クロエにまだ終わりではないと促す。
「む、7色だ」
「んで今色の配置が全部わかってるのは?」
「? 全部わかってるだろ、何を言ってるんだ」
「じゃあ教えてくれよ」
そう言ってエンブレムをクロエに差し出すアキラは並べろと態度で示す。
「青、赤、白、黄、緑、茶……あれ?」
最後の紫のエンブレムの色をまだ見ていないのをクロエは理解した。
「でも青と茶の間が紫なのは明か……」
そういいながら紫のエンブレムを配置するクロエだが、結果は何も起こらない。
「何も起こらない、私は何か間違えたのか?」
「んーじゃぁやっぱりあっちか?」
「おい、わかるように説明してくれ」
「俺だって制作者じゃないんだからわからないけど予想は出来る。そもそもこのエンブレムで何をするのが正解だと思う?」
「この模型の上に正しい配置で並べることだ」
「何をもって正しいって言えるんだ?」
「あまり遠回しに言うのは止めてくれ……」
アキラは別にクロエを焦らしているつもりはない。ただ考える楽しみをここで終わらせて欲しくないと考えているだけだ。
「答えかどうかわからないが、言ってもいいのか?」
「む……待ってくれ、やっぱりそのままでいい。正しい配置というのはこの模型を見る限り、これじゃないんだろう。なら……」
クロエは元から色が浮かび上がっている地面を見つめる。その間にアキラがエンブレムを全部回収した。当然茶と黄と白を回収すれば白が浮かび上がる。エンブレムの緑を取ると、地面の緑が浮かび上がり、地面に浮かんでいた茶と黄が消えた。アキラは続けて回収しながらクロエに話しかける。
「エンブレムと地面の色は一つと考えた方がいい」
「一つ……」
アキラの言葉にクロエは思考を深める。
(赤と白と緑以外にエンブレムを置いても反応が無いのは確認済みだ。でも地面と模型を一つとして考えればそこは凄く重要なポイントだ)
今まで仕掛けを解いてこなかったクロエが謎解きに熱中している。そして答えが出たのか、アキラに手を差し出すとアキラは4色のエンブレムしか渡してこなかった。それを見たクロエはアキラも同じ結論に達していると考えた。
(地面の色はそのままでいい筈、模型の上に置くエンブレムは地面に映っていない色を置くのが重要なんだ!)
クロエが色の付いていない黄、茶、紫、青にエンブレムを指定された箇所に置く。すると、地響きを肌で感じながらシーソー型の橋は横に一回転してその足掛かりを差し出す。
「っ!」
「おお、やっぱそうだったか!」
アキラも自身の考えが間違っていなかったと確信が持てた。そのおかげか、満足そうに頷いている。
「やった! やっぱり答えはこれだったのか!」
「おめでとう」
笑いながら賛辞の言葉を贈るアキラに、クロエは今まで見せたことの無いような満面の笑みを浮かべている。余程嬉しかったようで、アキラの手を握って大きく握手をしていた。
「わかったから落ち着けって」
「あ、ああ済まない。こなんなこと初めてだったからつい、年甲斐も無くはしゃいでしまった」
「そんなこともある。ほら、他に島も無いからあそこが多分最後だ」
アキラも口元を緩めながらクロエを先へ促す。
「それにしてもあれだけのヒントなのに、よく気づけたな?」
「多分クロエの護衛もこういった仕掛けは慣れているからそんなに手こずることは無いと思うぞ」
「そうだろうか?」
「ああ、こういうのは慣れるとコツが掴めてくるんだ。俺の来た所と同類の奴らならこの手の仕掛けは訳ないだろうな。クロエも次の機会に挑戦してみようぜ?」
アキラの何気ないその言葉で、クロエの表情は喜びから一転、曇ってしまった。
「どうした?」
「……私は今回の件が終われば、多分二度と冒険には出れなくなる」
「ふーん」
「なんだ、随分冷たいな? もう少し優しくしてくれても罰は当たらないぞ?」
「それがクロエの選んだ道なら俺から言うことは特にないさ」
「選んだわけじゃ無い、選ばされるんだ」
「そうか、まぁクロエの事情はクロエの事情だからな、俺がとやかく言うのはお門違いだろ」
「だな」
「そんじゃ行くか」
「ああ」
再び表情を引き締めたクロエはアキラの後を付いて急な斜面のシーソー型の橋を渡っていった。
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