第61話 難易度の門番
「木を隠すなら森の中って感じだな」
「飲食店なのに隠してどうするのって感じよね」
今、アキラ達はマンプキング内に居る。ここに入る時も華が数回テントを間違うことがあったが、やたら香ばしい匂いが漂い始めてすぐにアキラが場所を特定した。
「まさか、テントの配置が変わるだなんて……」
華が間違えないように数十にも並ぶテントの何番目かを把握していたにも関わらず、テントを間違えた理由はそこにある。
「商売する気あるのかって思うけど、飯にありつけるだけマシだと思おう」
「そ、そうね」
実はマンプキングのホールに人は居ない。一応バックヤードや厨房らしき所に人の気配はあるようなのだが、見た者は限られるだろう。目の前にあるタッチパネル式の機械でメニューを選択し、カードをかざして支払う。
そうすると機械から食券にしては大きめのカードが出てくるので、それを受取所のカード差し込み口に入れる。すると数秒で注文した品物が出てくるのだ。
「来るの二回目だけど、店の内装ってここもアジーンと変わんないんだな」
「聞いた話だと基本的にどこも一緒みたいね」
「チェーン店だからな……ここ一応テントの中なのに」
「知らなくても問題ないなら流した方がいいわよ」
「言えてる」
呟きながらタッチパネルを操作すると、特製カレーはここでも提供されているようで300Gでお勧めと書かれたポップがある。
「手書き感満載の広告だな、電子表示なのに」
「店の個性みたいでいいじゃない、何にする?」
「カレー」
「即答ね……安いからいいけど」
「あの味が忘れられなくてな」
「フフ」
「?」
華が意味深な笑みを浮かべ、2つのカレー用食券を購入する。バッグから洗い粉と呼ばれる黒い粉をアキラが出すのを見て華が言う。
「そこら辺の準備があるのはなんでかしらね?」
「優秀だからな」
「優秀な人も金欠になったり……え、そんなつもりじゃ、ありがとね」
無言で洗い粉を差し出すアキラに対して、意図せず洗い粉を強要する形になってしまったが、お礼を言いながら手を洗う華が居た。お金の話はいけない、本人は反省しているのだ。
「はい」
「いただきます」
アキラは頭を下げて受け取る。
「お先にどうぞ」
「それじゃ遠慮無く」
今はお昼は過ぎているが、人はまばらだがそれなりに数が居る。チェーン店ならではの光景は世界共通なのだろう。
「色んな種族が居るな?」
「その理由はダンジョンやればわかるわよ」
「マジ?」
「まじ」
席について早速カレーを食べようとするアキラだが、カレーの見た目が以前と違う感じがしたために疑問の声が上がる。
「あれ?」
「いただきます」
華はそのまま食べ始める。アキラも細かいことは気にしないで食べることにした。そして、すぐに違和感の正体に辿り着く。
「お! いいなこの辛さ!」
「でしょ? マンプキングって場所によってカレーの味が違うみたいなのよ」
「なんてこった……これはマンプキング巡りするファンだって居るだろうに」
「ヘルプに行ったことのあるマンプキングリストがあるみたいよ? 全部の店の表示はあるけど、場所やエリアが【?】になってるからそこは自力で見つけなくちゃならないみたいなのよね」
「この世界って食には妥協無いよな」
「そこはこの世界に来た皆が思ってそうね」
アジーンが野菜カレーならオラクルは豆カレーだ。と言ってもダルカレーのような食感は無く、噛めば枝豆のように割れる物やグリーンピースに近い物を使っているようだ。
(口の中でほぐれる豆と辛めのスパイスのせいで噛みしめる辛さになってるな、でもこの辛さ……飲み物が欲しいな……)
アキラがそう思っていると、華のカレーの隣に水が置いてある。
「あれ? 水どっから持ってきたんだ?」
「私のバッグよ」
「え? 持ち込みいいの?」
「この世界の食堂は大体持ち込みが認められてるんだけど、知らなかったの?」
「知らなかった……なら俺はこれ飲むか」
アキラは冷えた森のミルクを取り出す。
「うん! 美味い!」
「森のミルクって……合うの?」
「スパイシーな口当たりからマイルドに生まれ変わってくれるから、また新たな気持ちでこの香ばしさを堪能できるぞ!」
「……まさか、森のミルクだけでカレーに合わせた食レポが聞けるとは思わなかったわ、私も今度試してみようかな?」
「森のミルクならまだ一杯あるけどいるか?」
「水があるから今回はいいわ、次があったらお願いしていい?」
「次な」
アキラ達は再びカレーに取りかかる。
「ふぅ……一人前だけど一応病み上がりだからお代わりは勘弁してやろう」
テントから出るなりアキラは尊大になっていた。
「何様よ……でもカレーのお陰かはわからないけど、アキラ君の血色凄く良くなってる」
「ああ、デバフに[血虚]ってあったんだが消えてるな。カレーのお陰かはわからないけどな」
ただ時間の経過で治癒が進んだだけなのだが、もしかしたらカレーのお陰なのかもしれない。
「デバフになるのね……でも時間経過で治ったのよね?」
「ああ、効果もステータスが1/4になるだけで1時間血を流さなければ消えるって書いてあったからな。残り少しだったから言うのもどうかと思ったし、そんじゃショートカットでダンジョン行くか」
「……なんだか大丈夫そうね、アキラ君を心配してる方が心臓に悪そう。私は夢衣が帰ってくるの待つからここでお別れね」
「あいよ、世話になったな」
「それはこっちの台詞よ、アキラ君が来なければきっと私と夢衣は死んでたわ」
「否定はしない、でもそんなに気落ちするな。過程も大事だが、重要なのは結果だ。生きてるってだけでまた次があるんだ……次がな」
「? ……ありがとう」
華が軽く微笑みながらお礼を言ってくる。アキラの言葉に若干の違和感を感じたが、既に歩き始めた相手を呼び止めてまでする質問じゃないと思い直す。お礼の言葉を背に、アキラはギルドへと向かった。
ギルドに着いたアキラは、依頼掲示板にあるダンジョン専用の依頼を待機状態にし、パイオニア指定の依頼を受けた。受領所で依頼を受託状態にしたアキラは、ショートカットを利用して【神殿迷宮シーレン】へと赴く。
「よ、ケルちゃん」
『『『バウッ!』』』
難易度判断の門番ことケルベロスが鎮座している。改めてみるとそのサイズは口だけでアキラを人飲みに出来そうな大きさだ。自身の身体以上の大きさの舌でまた舐められてはたまらないと、アキラに駆け寄ってじゃれようとしたケルベロスに手を前に出して止める。
「待て!」
『『『!!!』』』
ビタっと音が聞こえる程の静止にアキラも若干驚く。
「え? おい!」
待ちはしたが、すぐにアキラに飛びかかって舐め回された。文句を言うが、アキラにとってでかくて頭が3つあるだけの犬なので、不機嫌そうに目尻を下げるだけに留まる。
気が済んだのか、ケルベロスが元の位置に戻っていく。
「なんでこいつ俺ばっか舐めるんだよ……あの時のプレイヤーは舐められてなかったってのに……はぁ、リペアは後にしよう。おい! 俺をパイオニアのダンジョンに連れてってくれ!」
『『『バウッ!』』』
アキラの言葉を理解したのか、再び近寄り、アキラから見て一番右の頭が口を大きく開ける。
「……」
『『『……』』』
「入れと?」
『『バウッ!』』
沈黙の後からアキラの声に残りの2つの首が返事をする。そこでアキラはもう一人のプレイヤーがどうなったか思い出した。
(もしかして、あの人はこれ拒否ったから飲み込まれたのか? まぁいっか、他に入り口っぽいの無いし……変なのは今更だろ)
アキラが一歩踏み出し近寄る。鋭い牙が見えるが、それには構わず乗り越えて口の中へと入っていく。
(全然匂わないな……)
もし、ソナエ屋の店主が危機感の欠片も持っていない今のアキラを見れば、きっと何かを言ってくれただろう。今はもうダンジョン突入直前だ、そのアキラに何かを言ってくれる人物は居ない。
一方通行のダンジョン攻略がまた始まろうとしている。
「ん? 奥は……滑り台みたいだな、よっと」
ケルベロスの口の中は舌が若干湿っているだけで奥は空虚な乾いた空間だった。舌が続いていると思われた場所にはやたら硬質感のある滑り台が見える。アキラは躊躇無く乗り込んだ。
「滑り台なんてこの年で滑るとは思わなかったな……明らかにケルちゃんの身体より落ちたけど……おかしいのは空間に始まったことじゃないか」
滑り落ちる終盤、緩やかに終点に着いたアキラはゆっくりと立ち上がり奥へと進む。一本の通路に周りはレンガのような壁で覆われた細長い通路だ。どことなく構造的には最初のダンジョンと似ていなくも無い。
なぜかアキラの足取りは重く見えるのを除けば似た光景だった。
「ピラミッドの通路ってこんな感じなのか?」
疑問を呟きながら更に奥へ進むと前すらも見えなくなってくる。しかし、スキル[暗視]を習得したアキラには関係なく視界を切り替えて更に奥へ進めむ。
明かりは無いらしく、暗いままの通路を進むことになる。すると突然目の前にウィンドウが現れる。どういう仕組みかは不明だが、ウィンドウだけは明るさと関係なく見えるようだ。
[D]神殿迷宮シーレン
選択難易度:パイオニア
※パイオニア用ゲートです。この難易度で挑む場合、以下の条件に同意したと見做します。
・制限時間の解除による時間遅滞の実施
・帰還ゲート位置の固定
・ダンジョン放棄による退出方法の使用不可
・
・
以上の条件に同意していただける方のみゲートをお通りください。
※また、神殿迷宮シーレンに実装された謎解き要素に難易度による調整はありません。
ゲート突入と同時に[D]神殿迷宮シーレンを開始します。
アキラは前回の教訓を生かしてヴィシュをイドにして自身に[賦活]を付与してからパイオニアをスタートさせる。
『デデドン!』
「おぉ……そういえばこんな音鳴ったな、久々だししょうがないか」
視界には[タイムポリューション・遅]と[器の崩壊]が表示されている。それを見たアキラは先程まで見せていた態度をガラっと変えて死んだような目つきになる。
「ここまで来たら誰も来ないか……はぁ」
アキラは溜息を吐いて壁に寄りかかり、座り込んでしまった。
「イマジナリーブリザードに一撃も食らわすことも出来なかった……一矢報いることもできずにただただ
アキラは華にイマジナリーブリザードについて話すのも辛かった。悔しい思いをして、惨めに追い詰められ、挙げ句の果てに渾身の一撃ではダメージすら与えられた無かったからだ。
「掠り傷一つさえ付けられなかった……」
攻撃はまともに当たっていても相手は気にすらしていない。その事実がアキラは悔しくて堪らず、地面を叩きながら次第にヒートアップしていく。
「あれが俺一人だったらどうなってた……逃げることすら出来なかったんだぞ!」
地面を叩く手は強くなる。多少の痛みはあるが、アキラは叩くのを止めない。
「くっそ! そこら辺の奴には負けないと自惚れてた! なのに……なのに! いざ本当に強い奴に会ったら、この様だ……なんで、俺は強いなんて勘違いをしてたんだ。下手したら本当に死んでてもおかしくはなかったんだ……」
強敵を屠ってきたと自負はあっても、それは全体から見れば低ランクの小さな争いレベルに過ぎない。その事実に、アキラは打ちのめされていた。
そしてそこに近寄る影が居る。
「気は済みまして?」
「……ハァ!?」
「あら、驚かせてしまったようで失礼いたしました」
キュロットの端を持って首をかしげながら笑顔でアキラに接する声は、最初のダンジョンで出会ったロキだった。
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