第62話 神殿迷宮シーレン


 突然声を掛けられてからアキラは黙ったままだ。ロキを訝しげに見ている。


「……」

「いかがいたしました?」

「お前がここに居るのに驚いてんだ。それと……出てくるタイミング位考えろよ」

「そうですか、これでも私なりに考えて出てきたのですが?」

「?」


 ロキの言葉の真意が掴めないアキラは、黙ってロキを見つめる。


「もう一度言わせていただきます。気は済みましたか?」

「……何が言いたい」

「私は外で何があったのかは知りません。ですが、後悔する意味の無さを貴方は知っているはずです」

「……お前に何がわかる」

「言ったではありませんか。外で何があったかは知らないと、ただダンジョンでの貴方は見てきました」

「……」


 ロキはアニマ修練場での様子を見ることは出来ないが、ダンジョンでのアキラを見ていた。心をすり減らし、出来ないことを乗り越えようと必死に努力して魂魄を磨き上げたアキラの姿を。


「後悔で足踏みする程度の方があそこまで直向ひたむきに魂魄を鍛えられるはずがありません。今の貴方を見ていると不安になってくるのです」

「……お前になんの関係がある」

「申し上げることは出来ません」

「ッチ」


 苛立たしげに舌打ちするアキラに対してロキは一切引く姿勢を見せない。


「ですが、口を出さずにも居られません。最後にダンジョンを出て行ってからそれ程日数が経過していないのにも関わらず、貴方は失意に暮れている」

「ほっといてくれ」

「貴方がダンジョンに入ったのを見てご挨拶に参ったのですが、不要のようですね。仮面のことで一つや二つ文句を言われると思っていましたが、今の貴方にはその余裕すら無いのでしょう」

「……」

「では、私はこれで……またお会いいたしましょう」


 恭しく頭を下げるとその姿は透けていき、やがて消える。その場には座り込んだままのアキラだけが取り残された。




 ロキはとある一室に横たわっている。全身を繭のようなカプセルに覆われ、その白い髪はアキラと会った時と比べると違った印象を受けるだろう。元気に見えていた筈が、今では白い髪が儚げに伸び、病弱な印象すら窺える。


「あの人まで終わってしまうのでしょうか?」


 その声にアキラと話した時の凜々しさは無い。いきなり煽るような言い方をしたのにも問題があるが、ロキにはそれしか思いつかなかったのだ。


「優しく諭してもきっと本心は曝け出さない。ですが、ただ荒らす結果に終わってしまったのは悪手でした。このダンジョンのパイオニアにあの精神状態で望むのはあまりにも……」


 自分の取った手段に思う所があるのか、形のいい眉を寄せている。


「あの人がどんな“心の闇”を抱えているかはわかりませんが、あの部屋で心の闇を曝け出す前に少しでも気力を取り戻せれば……」


 パイオニアにしか存在しないある工夫を施されたエリアに踏みいる前に、次は失敗しないよう出るタイミングを窺う。




「なんだったんだ、あいつ……」


 最後、ロキに会った時のことを考えると一つの疑問を覚える。


「ダンジョンからは出られないって……全体のダンジョンを指してるのか? まぁ、ダンジョンからは出られないって言葉は間違いじゃないか」


 ロキは失敗していたと思っていたが、アキラの精神状態は落ちる所まで落ちきる前にロキの介入で留まっていた。だが、それは押し留めただけでいつ吹き出すかはわからない。


「そうだよな、後悔はいつでも出来るんだ……暗いままなのは止めよう」


 そう呟きつつアキラはふと思い出す。


(予言師の言ってた自分の心の弱さと向き合うってこのことだったのか? ……なわけないよな、なんか嫌な予感がする。命云々じゃなくて、なんかこう……心がざわつくっていうか)


「考えても仕方が無いか……行こう」






 アキラがダンジョンへと突入した頃、夢衣がことの経過を翠火に教えていた。


「それで、なんとかアキラちゃんも一命を取り留めて、看病を華に任せてあたしは報告に来たの」

「なぜこっちに来たのが夢衣なのです? 道中何かあったら危ないでしょう?」

「流石にタクリュー停留所の間は平気だよぉ! もう!」

「フフ、まだアキラさんには慣れませんか?」

「ん~大分こなれてきたけどねぇ、やっぱりまだ普通には無理かな?」


 人見知りな夢衣だが、やはりアキラと二人きりで居るのはまだ精神的には余裕が無いのだろう。


「それにしてもノートリアスモンスターですか……恐らくそれは環境型ですね」

「種類なんてあるの?」

「この先に進めばわかりますよ。それと、逃げ切れたのは環境型の支配から逃れたからでしょう」

「支配?」

「環境型から脱したら消えたんですよね?」

「うん……」


 夢衣は今でも思い出す。凶悪な世界はがどういうものかを身をもって体験したのだから。


「ストーリーで聞いた環境型の伝聞を意訳すると、基本的に環境型は動かないそうです。ただ、その中に入ってしまうと意識を強制的に飛ばされてしまい、その場所から抜け出されるか掛かった獲物を消化すると消えるそうです」


 正確には中に入った者に意識を飛ばす攻撃をしてくるのだが、そこまで詳しく知ることは難しいだろう。アキラが最初だけ反射的に避けた物がその攻撃に該当する。


「そしてこれが一番厄介な所なんですが」

「ま、まだあるの……?」

「オルターが“エゴ”に行かなければプレイヤーはダメージを与えられないそうなんです」

「え!? ……エゴって何?」

「あぁ、まだ2つ目のダンジョンをクリアしてなかったんですね」

「そうそう! アニマ修練場がもう少しで終わると思うから、クリアも目の前なんだぁ!」

「ならそれは自分の目で確かめてください」

「もぉ~翠火ちゃんいけずー」


 夢衣がふざけるようにふて腐れると、翠火は真剣な表情で語る。


「次からはノートリアスモンスターだけじゃなく、クラス持ちのモンスターにも注意してくださいね。アキラさんが唯一助かる道を示してくれましたが、次もそうだとは限らないのですから」

「そうだったよね、あれしか助かる方法が無いってことにあたし驚いちゃったもん」


 翠火が夢衣の手を握り、嬉しそうに告げる。


「でも、本当によかったです。二人が心配で午前は身が入らなかったんですから」

「心配させてごめんね……」

「いいんです。こうして無事に戻ってきてくれたのですから、アキラさんには感謝しないといけませんね」

「うん!」


 流してはいたが、翠火の疑問は募る。


(あの人はイドにしか出来ないはず、なのに攻撃が一切通じない相手にさえ瀕死とはいえ対応してしまった。例え私があの人と同じ強さを持っていたとしても果たして生き残ることはできたのでしょうか? ……アキラさん、貴方は何者なんですか?)


 自分はまだ弱いと言っている話をアキラから聞いていた翠火からすれば、ノートリアスモンスターと対峙して生き残る強さを持ってしても未だ満足していないアキラの目指す物が気になり始めてしまう。






「これが神殿迷宮シーレンね……」


 アキラが進んだ先に待っていたのは壁画のある広場だった。広場には光源があるのでこれ以上暗視を使う必要も無いようなので、アキラは視界を切り替える。


「なんであんな暗かったんだ? 演出?」


 壁画はそれぞれ完結しているように見えて、今の所繋がりは見えない。だが共通してヒューマンが映っている。


 そして天井にはヒューマンを除いた種族が中央に手を伸ばしている壁画がある。人一人分のスペースの空いた空間が何を指すかは朧気に理解できる。


「美術館、とはまた違った感じだな? これが遺跡の発掘現場って奴なんだろうな……普段ならワクワクする所なんだけどなぁ……今ひとつテンションが上がらない」


 ここまでモンスターも特に居なかったため、文字通りただの探検になってしまっている。


 広場の中央には7つの手首が有り、周囲には7つの壁画が床ごとに仕切られている。一つの壁画の前に行ってみるが、当然何も起こらないので絵の内容をよく観察する。


(ヒューマンの男と……この肌は魔人か? 赤ん坊を抱えてる所を見ると夫婦なのかな? なんかこの壁画見ると種族との諍いって無さそうだな ……それとあのブレスレットがやたら強調されてるのも気になるな、他の壁画にもあるし)


 周囲の壁画を見ると種族ごとに同じブレスレットを付けているが、色が異なる。


【白】ヒューマン

【黄】ワービースト

【緑】エルフ

【茶】ドワーフ

【紫】ダンピール

【青】ドラゴニュート

【赤】魔人


「ふむふむ、なんか雰囲気で覚えれそうだな、赤ん坊にもブレスレットが……赤だな、この後どうしよ」


 若干どうにかしようとする意識に欠けた発言だが、なんとなく見回していると最初に見た夫婦と赤ん坊の壁画の下に何か書かれているのを発見する。


「何々……」


【婚姻の儀】

『クロスを救うために種族同士の協力は必要不可欠だ。この神殿に描かれた夫婦めおとはその異なる種族が手を合わせて生きていける証、史上初の異種族による婚姻の壁画をここに残す。この歩みがクロスを救う第一歩と信じて』


「あの幼女から聞いた話と繋がりがあるのか、ちょっと流れが見えてきたな。にしても子供出来てるのに婚姻のタイミングが気になるな……他のも見てみる……か?」


 アキラが文章を読み終え、顔を上げると壁画が透けて向こうが見渡せるようになった。他の壁画も近づいてみると向こうが透けて見える。


「どうなってんだこれ……」


 アキラが婚姻の儀と書かれた壁画に戻り、手を伸ばして壁画に触れようとする。


「透けた」


 アキラの手がそのまま通り抜け、壁画を貫通しているように見えるが壁画自体に何も変化は見られない。


「まるで映像だな、よいしょ」


 壁画は膝の位置程度にあるので乗り越えるのには支障がない。軽々と飛び越え、入り口らしき物が見えている所まで進むが今度は開け方に悩む。


「なんか石で出来たゲートみたいだな、これ持ち上がるのか? フン! ……って無理か」


 持ち上がらないとわかるとあっさり見限り、開ける装置らしき物を探すがそういった仕掛けは見当たらない。ドアをよく調べるとヒントらしき物が描かれている。


(なんかドアに書いてるな? 棒人間が……これはノック? 取り敢えず倣ってみるか)


『ガッ!』


 アキラは倣うと言いつつ殴りつけるように叩く。扉は当然なんともないが、重い物を擦り合わせるような音が鳴り、ゆっくり石のゲートが開いていく。


「ダンジョンっぽい」


 若干リアクションが薄いアキラは、やはり心に余裕を持てないのだろう。いつもならもう少しテンションを上げたリアクションを取るはずだ。ここには誰も居ないので尚更らしくない。


(取り敢えず中へ……)


『ゴンッ!』


 中に入るやいなや、入り口が突然閉まって扉を叩いても反応が無い。光源を失い、周りが暗闇に覆われる。


(なんだそれ、まぁいいや……【暗視】っと)


 暗視のスキルを意識して使用する。周囲を観察すると小さな穴の空いた壁が後ろと上下左右にある。床が穴のせいで若干歩きにくく、前は遠すぎて何も見えない。


「この穴とか何か出てきそうで気持ち悪いんだけど、変な音もするし」


 部屋の外側で何かが動いているのか、金属が擦れる駆動音だけは耳に残る。それを気にしないようにアキラは先へと進む。


 すると……。


「このブレスレットってまさか……」


 奥は行き止まりだが、天井にも壁にも穴が無いエリアがある。そのエリアには白と赤のブレスレットが暗視が無くても見える光を放って灯籠に収めてあった。灯籠もブレスレットと同じ色が付いている。


(白と赤ってヒューマンと魔人ってことだよな? 二組あるってことは取り敢えず二つ持っていけばいいのか?)


 アキラが二つの灯籠からそれぞれブレスレットを手に入れ、バッグに仕舞う。


「お? 明かりが……あれ?」


 ブレスレットを手に取った瞬間、角や隅っこが光源となって光り始める。そこで見た光景にアキラはげんなりする。


「帰れないじゃん……」


 通路の全方向に空いている小さい穴から槍が飛び出していた。


(あれ、槍の穴かよ……ブレスレットを一つ置いていかないといけないのか?)


 アキラが灯籠やブレスレットを置いて色々と試す。


「こんな所か……ってなんだこれ?」


 赤の灯籠に赤のブレスレットを置けば左から槍が飛び出る。白を置けば上から槍が飛び出る。


 白の灯籠に赤のブレスレットを置けば右から槍が飛び出る。白を置けば下から槍が飛び出る。


 両方のブレスレットを異なる色の灯籠に設置すると全ての穴から暴れるように槍が縦横無尽に突き出される。


「もっかい調べてみるか……あ」


 通路の奥をよく見ると、全ての通路に穴が空いていても、所々槍が飛び出ていないエリアが存在する。その区切りは丁度人が余裕を持って存在できるスペースがある。


 そして槍の位置もよく見れば下から突き出ているのに対して奥の通路は右から突き出ている。


「これってあれか? 灯籠にブレスレットを入れて槍を操作して向こうに着けってことだよな……でもこの槍は伸びすぎてるし……何か支え棒ないのか?」


 辺りを見回すアキラの視界に入ったのは灯籠だった。


(なんかこの灯籠、よく見ると引きずった後が……どれどれ)


 灯籠は思った以上に軽く、簡単に動かすことが出来た。そこで漸くアキラはこの部屋の仕組みを朧気ながら感じ取れる。


「この二つの灯籠を動かして槍を防ぎながら進めって事か?」


 推測が正しいのか試すために、地面から出てくる槍を解除した状態で灯籠を動かし、ブレスレットを取ってみる


『ガンッ!』


「おお! これ以上出てこないのか! これだな!」


 この部屋の仕組みは単純に出てくる槍の位置をコントロールして灯籠でその進路を防いで進むだけの簡単な仕組みだった。必ずブレスレットを置かなければならないので、安全な道を選び取りながら進む。


 上から来る位置に来ればブレスレットで調整し、左右から飛び出てくる槍の進路を防ぐように灯籠を置く。槍を一カ所止めるだけで、その方向から飛び出てくる槍は全て止まるので非常に手軽だった。


 灯籠も非常に頑強で何かの力が働いているのか、突き出る槍に当たっても動く様子が無い。


 面倒な点は片方の灯籠が槍をせき止めている間に別の灯籠を運ぶことだ。一人だと時間が掛かってしまう。




『コッコッ』


 アキラが地面から槍を出すように調整し、足で石のゲートを小突くと、シャッターのように持ち上がる。


 台座をゲート近くに二台とも置くと、アキラは最後のブレスレットをすぐに取り去る。急いでその場を離れると、台座が槍で小突かれる音が籠もるように鳴っていたが、すぐに聞こえなくなる。


「ちょっと面倒だったな……まさか全部の部屋にこんなのあるのか?」


 今、ダンジョンの方向性を体験したアキラの神殿迷宮シーレンの攻略が始まったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る