第63話 壁画の仕組み
「ふぅ……後1つだな」
神殿迷宮シーレンのダンジョンで各部屋に入って誰でも解けそうな簡単な仕掛けをこなしていくアキラだが、休憩しながらこの広場について考える。
「ブレスレットを持って帰ってきたのはいいけど、多分ここで使うんだよな? それとこの手首の銅像なんとかならないのか? 握り拳だからいいけど結構きもいぞ?」
恐らく集めるだけなら簡単なのだろうと予測したアキラはこの部屋の仕掛けを考える。
(多分手首にブレスレットを嵌めるだけなんだろうけど、正しい順番があるんだろうな。絵が関係してると思うけど……今は解ける自信無いから取り敢えず全部の部屋回るか)
「後は【茶色】のドワーフのブレスレットだけか、でもまだ部屋は二つ残ってるんだよな? 今悩んでもしょうがない。その内わかるだろ」
これからアキラが通り抜けようとしている壁画は丁度【婚姻の儀】が描かれた壁画の反対位置だ。
(これは……ホームでチラっと見たけどドワーフだな。このドワーフ、こんな小さな荷物持ってるだけなのになんでこんなにおっかなびっくり持ってんだ? 隣に居るヒューマンの女性が微笑ましそうな笑顔で見ているし、近くに居るエルフの子供は何を見てるんだ? ……んー何かが噛み合わない。しっくりこないな)
この壁画にも伝える物があるらしく、下部に説明が載っている。
【種族の垣根】
『異なる種族の子供はどちらか片方の種が遺伝する。孤児にはその元となる両親が居ないため、このオラクルの地で育つ子供の多くの種族に隔たりは無い。同じ人として苦労を重ね、喜びを分かち合う生活は明るい未来を築くだろう』
「……親、か」
壁画の説明とは異なり、アキラの気分は暗い色を帯びている。こんな時こそ明るいテンションで余裕を持った返しが出来るのが本来のアキラなのだが、今に至っても気持ちを持ち直す気配が見られない。
壁画を無視するように飛び越え、扉を軽く蹴って上がったゲートを超えていく。
「……ここに敵は居ないのか?」
中に入ると扉は閉まり、条件を満たすまでは出ることが出来ない。アキラは数回経験しているので気にしないで部屋の周囲を観察する。
地面からは切断機の刃部分だけが所狭しに並んでいる。回転の駆動音は部屋中で反響しているためあまり気持ちのいい物じゃない。
「これ……ゲームならいいけどリアルじゃ絶対やりたくないパターンじゃん」
階段と少し高い段差が横にあり、壁際には小さなシーソーのような足踏み場が付いていて中央部分は壁を支柱に支えている。そして壁には遠くに見える宝箱まで支柱から溝が続いているのを見れば、やることは明白だろう。
「うへぇこれマジでやるのか? ……仕方ないか、落ちたらバームクーヘンを作ることになるけど、慎重にな」
アキラが人一人分が乗れる程度のシーソーに乗り、左へ右へ重心を入れ替えるとすぐに動き出す。
「おわ!」
初動で僅かに重心がズレたせいで、ビタっと音が聞こえてきそうな程勢いよく壁に張り付くアキラだった。
「はぁ、はぁ、目、目が覚めた! 怖! なんでダンジョンで身体使ってパズルみたいなことさせるんだ! ……でも俺の知ってるゲームも大体似たようなことしてたよな。ゲームキャラにゴリ押しで謎解きさせるのはこれから止めよう」
地面からアキラを手招きするような切断機の駆動音に耳を貸さないように堪えながら先へと進む。ゆっくりシーソーを動かしながら奥へ進んで漸く宝箱に辿り着いた。
「ふぅ……謎解きじゃないよなこれ」
アキラが置いてある宝箱の近くに行くと、ふと疑問を浮かべる。
(あれ? 確か今までの謎解きのあった場所にはブレスレットが飾ってあるだけだったよな?)
アキラが他の仕掛けがあった部屋を思い出す。左右から針が迫る物や天井がゆっくり落ちてくる物、ヒントを元に3つのスイッチを正しく押す物や床が抜けて落とし穴になる場所と散々な目に遭ってきたのだ。
(落とし穴に落ちた時はどうなるかと思ったけど、HPが1になってスタート地点に戻されるだけだったのは温情を感じ……やばい、毒されてる)
それらの経過があるのにここだけは宝箱が設置されているのだ。
「開けない選択肢はないんだけどな、なんだ紙切れが1枚だけか……え、まじでこれだけ? あ、お金入ってた」
アキラは2000Gと書かれたカードをバッグに放り込む。
【ヒント】
『壁画を重ねてみよう』
「ヒント少な! でも壁画を重ねるってどういう意味だ?」
考えても仕方ないとアキラは広場に戻るため振り返る。
(俺は絶対にそこは通らないぞ)
振り返った視界に映るのは、あれだけ恐怖感を煽っていた切断機の刃が消えていた綺麗な地面だ。目的を達したため、安全に通れるとアピールしているようにも見えるがアキラはその程度のアピールで尻尾を振らないのだ。
「壁画を重ねろってどういうことだ?」
アキラがシーソーを使って帰ろうとしたが、シーソーが一方通行だったために結局は切断機の刃が飛び出ていた地面を降りて帰ってきた。恐怖に身体を強張らせながら刃が出ていた間と間を通って戻ってきたが、結局何も起こらない。
そんな事実は無かったかのように、普通にゲートから出てきたアキラは紙に書かれたヒントを考えて壁画を見つめる。
壁画は外から近づけば近づく程その透明度は増していくが、仕掛けの部屋側から壁画を見ると常に一定の透明度で固定されている。
「重ねて見ろって透かした状態で他の絵を見ろってことか? ってかそれしかないよな」
そう言うと、まず最初に飛び込んできた【婚姻の儀】の壁画に焦点を合わせる。
「お、赤ん坊がうまくドワーフの腕に……え? 反対から見よう!」
いきなり走り出すアキラは婚姻の儀の壁画側から【種族の垣根】の壁画を見ることにしたようだ。
「そういうことか……なんか噛み合わないと思ってたらこれが本当の……」
【婚姻の儀】を透かして【種族の垣根】の壁画を見る。
(最初はドワーフが慌てて持ってるだけだと思った。でも本当に持っていたのは赤ん坊だったんだ。だから困った様子で、女性が微笑ましそうに笑ってたのか。確かに、男が子守に奮闘しているのは女性からしたら微笑ましいのかもな)
「なんか気になってくるな……先に全部見てみるか」
謎解きの方向性がわかったアキラは全ての壁画を調べることにした。
「んーこの世界の歴史を垣間見た気分だったな……ここって散々な土地だけど見た目と違って人の培ってきた証が根付いてるんだな。これが本当にゲームだったら純粋に楽しめただろうに……はぁ」
壁画の解説と透かし絵から見えるバックストーリーに想像を加速させていたアキラは、また後ろ暗い気分に戻ってしまい、先に進むため青のブレスレットがあると思われる最後の仕掛けがある部屋へと向かう。
『コンッコンッ』
アキラが足でノックしてゲートを開ける。中に入ると即座に閉まるが、最早気にも止めない。中に入って目に飛び込んできたのは自分の数倍はある猫だった。
種としては体毛が肌に見えるスフィンクスという種に近いだろう。しかし可愛らしさは毛程も無く、獰猛な目は光を帯びているように見える。
頭上にはネームプレートが表示されている。
「バステトね、最後の最後で敵が来るのもありだな」
身体を使い、慣れないダンジョンを攻略したためにストレスを発散する相手としてアキラは丁度いいとさえ感じていた。
だが、アキラは長すぎる攻略で忘れていた。ここはパイオニアなのだ。アキラはノートリアスという高すぎる壁を経験してしまったために、戦闘経験者が陥りがちの“間違った”侮りを持ってしまう。
「イド!」
『ウン!』『ソウ』
アキラがシヴァとヴィシュを構え、即座にイドへと切り替える。シヴァは真っ黒の銃身から濡れるようなルビーの輝きを放つ姿に生まれ変わり、緑の銃身だったヴィシュはその色をエメラルドの深い輝きを宿す銃にその姿を変える。
「っ!」
「シャー!」
飛びかかってきたバステトをスウェーで潜り込むように回避するが、空中で体勢を変えてアキラを引っ掻いてくる。浅く背を引っかかれたアキラのHPが減り、身体をなぞられた感覚が痛みへと変わっていく。防具が無いために敵の一撃で確実に怪我を負ってしまうのは仕方が無いだろう。
「蛇みたいな奴だな!」
「ゥニャー!」
獣ならではの変則的な動きに加え、爪は凶悪だ。四肢と身体を使ったバネはアキラの想定を上回る動きを見せ続ける。クリーンヒットは避けているが、じりじりと削られていく。
アキラの動きはなぜか意志を感じられない。ただ来る攻撃を漠然と避けている。
イマジナリーブリザードと対峙した心の傷が、動きに現れているらしい。何をしても通用せず、何かすれば状況は悪化する環境が、アキラの防衛する術を奪っていた。
それが今のお粗末な戦いの原因となっている。
(何を……俺はノートリアス相手に生き残った。なのに俺より早いってだけの相手になんでこうも翻弄されてるんだ!?)
そして運が悪いことに相手は
「ぐっ……」
アキラは強者と戦い、集団戦すらもこなしてきた。しかし、自身より早い相手との勝負はウルフを除けば殆ど経験が無い。ウルフ・リーダーの動きは捨て身で抑えつけただけの幸運を味方に付けた勝利なのだ。
運は実力の内と言っても、その運も肝心な時に発揮できなければ空虚な力と化す。
「っつ……」
「ナァオ!」
(俺はここに来るまで強くなってたんじゃ無いのか? ノートリアスに勝てなくても、普通の魔物相手に苦戦するはずが……普通の?)
アキラは漸くここがパイオニアだったことを思い出す。
「そう、か、っうぐ……ハハ、ここはそんな甘い所じゃない。俺はいつもの戦い方すらしてないんだ。そりゃ……!」
アキラがシヴァを使って攻撃を弾く。だらしのない行動ばかり取っていたアキラは、漸く自分の戦い方を思い出す。
「いつまでもふて腐れてないで、いつも通りに戦わないとな」
アキラはただ避けるだけで受け流すことすらしていなかった。いつものアキラは避けられない攻撃はオルターで弾き、弾ききれなければ器用に受け流していた。基本の近接戦を相手に合わせて戦っていれば苦戦しても仕方が無い。
アキラはシューターなのだ。適当に
(相手が早さ特化ならこっちはカウンター狙いだ)
「ヴィシュ! クイックメントIだ!」
『ソウ』
返事をしたヴィシュはすぐにその銃身をサファイアの輝きへと変貌する。バステトの一撃をシヴァで防ぎ、アキラは自身のこめかみにヴィシュを当て、引き金を絞る。
『カァァン!』
真鍮の綺麗な音色が狭い空間に木霊する。アキラが一瞬だけ視界に[クイックI]の表示を確認する。
「お前に比べればナシロの方がまだ愛嬌あるぞ!」
「ギニャー!」
(集中しろ!)
アキラの世界がクイックIの効果で若干遅くなる。そして集中し、これから起こることを予測して自身の視界のイメージと照らし合わせる。完璧にシンクロした世界で見るアキラの世界は思考だけが加速する。
(ここだ!)
世界も遅ければ当然アキラの動きも遅い。自身の動きの遅さに歯がゆさを感じつつ、全力で身体をイメージ通りに動かし、ガンシフターを使用してヴィシュを逆手に変えていたアキラは、ヴィシュで鏡合わせのようにバステトの爪に銃身を引っかける。
「ニ゛ァ」
自分の行動を完全にアキラに見切られたバステトが苦い鳴き声を上げる。
「そら!」
アキラが引っかけた爪の勢いを強引に変えて横に滑らす。体制の崩れたバステトに対してすかさずインパクトドライブを放つ。
『ドォォォン!!』
オルターの
「よし」
『ウン!』『……イエ』
ヴィシュだけはこの結果に満足いかないのか、アキラのクイックIが付与された状態の攻撃に文句を付ける。
そして、深刻な問題がアキラに襲いかかる。
「あ、相反の腕輪付けたま……ま゛! ぐぅ、こ、この痛み、は!」
アキラのHPが完全に回復していないのにも関わらず、カウンター攻撃を敢行したアキラの全体HPは3割減り、ヴィシュのバフ[賦活]が消えて[循環]のデバフに切り替わってしまった。
そのせいで、
(な、なげぇえ!)
アキラにとって5分のタイマーカウントは、正に身を裂く思いだった。
『カァァン!』
「はぁ、はぁ、変な、汗掻いた……」
一撃でバステトを消し飛ばしたアキラは、5分経過を待って[賦活]状態にする。
「あいつ倒して終わりなのか? ……あ」
いつの間にか何も無い筈だった空間に青いブレスレットが鎮座している。痛みに喘ぐアキラを尻目に、ブレスレットを入手する準備は整っていたらしい。
「えーっと、婚姻の儀を透かして見ると……あぁ、種族の垣根に描かれたエルフの子供はヒューマンを見つめてたのか……なんだかこう見てみると近所のお兄さんに憧れる子供みたいだな、それに皆に祝福されてるようにも見える」
改めて絵を観察したアキラは頷くとすぐに作業を再開する。
「ってそんなことはいっか、婚姻の儀の手首には白のブレスレットだな」
種族の垣根の手首には赤のブレスレットを嵌めたアキラは、同様にブレスレットを壁画を参考にして全手首に嵌めた。
「合ってるだろ! 頼む!」
すっかり元気を取り戻したアキラがいつも通りのテンションで謎解きの結果を待つ。
『ガッコン』
「この音はそれっぽいぞ!」
手首の銅像が並んでいる台座が収納され、広場中央に浮いた円盤が現れる。ファンタジーな光景にアキラは迷わず円盤に乗り込む。
「あれ? 上じゃなくて下?」
円盤の下は地面があったはずだが、いつの間にか無くなっている。終点に付くと円盤は地に着き、動かなくなる。
「取り敢えず降りようか、ロキ?」
そこには最初に見た時同様のロキが居た。
「もう一度お聞きします。気は済みましたか?」
「……当然だ。済むわけ無い」
「それは何よ……え?」
アキラはヴィシュでクイックメントIIを使用して【クイックII】を付与する。初使用のタイミングとして考えさせられる物があるが、それは仕方が無いだろう。
「ひっ」
「てめぇよくも変な仮面押しつけやがったな!」
この世界に来てからの最高速度を圧倒的差を付けて更新したアキラは、ロキにアイアンクローを仕掛けた。目には目を、顔には顔を。
やられた所にやり返す。既に心の陰りは見えず、実にアキラらしかった。
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