第60話 アキラの最後


 ノートリアスモンスターには数種類存在し、アキラが今戦っているのは環境型に属する種類だ。


 環境型に共通しているのは、揃って決定打に欠けていることだ。と言っても現在のアキラでさえ、その決定打にならない攻撃で死にかねない。


 環境型は自身の構築した世界で戦うことを強制するために、遠目からは削るような遠距離攻撃と環境依存の攻撃行動しか取れない。


 当然例外は存在する。そして、アキラが右手を失う原因になった攻撃でもあるのだ。






 今、アキラには12本の氷柱で出来たランスが1本づつ襲いかかってきている。バフの[クイックI]を付与したアキラはギリギリの所で氷柱を避けれていた。


「フッ!」

『ギャリ……』


 ギリギリで当たりそうな物にはシヴァとヴィシュをクロスに構え、軌道を変えるため身体全体で逸らすように受け流す。氷とオルターのぶつかり合う音と衝撃が一瞬アキラの身体に響くが、ダメージは受けないで済んでいる。


 氷柱の威力も上昇しているらしく、地面に突き刺さる筈だった氷柱のランスが完全に埋没しているのだ。


(後2つ!)


 何度も見たそれを見たので最早アキラは気にしない。既にMPは底を尽きかけ容易に回復手段も使えないのと、使ったとしても数回が限度だろう。戦闘中によるMPの自然回復は時間がかかり、dying状態の時は更に回復力が落ちるため、一発も貰う訳にはいかないのだ。


 螺旋を描きながら突っ込んでくる氷柱のランスを全力で避け、残り一つも速度の上がった今ならギリギリで躱すことが出来た。


(ここだ!)


 既に数回同じパターンを繰り返している。その状況に慣れてきたアキラが遂に打って出た。


「どの位食らうか見物だな!」


 例え1ドットしか減らずとも、そこに突破口があると信じて突っ込む。後3歩の距離で体中に霜が出来る。


(どんだけ気温下がってるんだ!)


 後2歩で肌の凍てつく感覚に痛みを覚え、後1歩まで近づいて気合いのために声を出そうとするが。


「……っ!」


 声が出なかった。既に下がりすぎた気温は、肺の活動すら凍り付かさんばかりにアキラの内臓にさえ深刻なダメージを与えている。即、ヴィシュで回復をしてdying状態を数秒遅らせる。


 そして、アキラはインパクトドライブの届く距離まで到達した。


(今までよくもやってくれたな! 吹き飛べ!)


『ドォォォン!』


 引き金を絞ると同時に、シヴァから艦隊の砲撃音が響く。当然相反の腕輪とクイックIが付与され、賦活状態に出来ない身体には凄まじい反動が押し寄せ、アキラを吹き飛ばす。




(おっとと……反動、でかすぎだろ……あれ? っとと)


 アキラは立っているだけで転けてしまう。なぜかバランスが取りづらい。


(まじかよ……はぁ)


 尻餅を付いたままアキラはイマジナリーブリザードを見る。何事も無かったかのように鎮座したその姿は、2倍の威力で放たれたインパクトドライブにしては静かすぎる。


 イマジナリーブリザードのHPバーを見る。


(どうすればいい……考えろ)


 2倍の威力になったインパクトドライブを当てたにも関わらず、1ミリもHPバーは減っていなかった。そしてそれだけでは済まず、何気なく視線を落とすとシヴァが落ちている。手放した感触が無いのにおかしいと思いつつ右手を伸ばす。


(ん?)


 一向に右手が伸びずに視界に伸びるはずの手と腕が現れない。ふと右を向くと、漸くアキラは深刻な事態に気づく。




 右肩から先が無くなっていた。それだけでなく地に着いていた足はくるぶしから先が無い。


「どうな……って、グフ……」


 痛めつけていた肺を無理矢理動かしたせいか、吐血してしまう。


(な、なにが……)


 環境型はその性質故、常に自身の属性を周囲に展開している。近づけば近づくだけその影響は計り知れない威力となって接近した者を襲う。


 イマジナリーブリザードの纏う属性は冷気だ。近づけば近づく程その温度は急激に下がり、近づく物体を全て凍り付かせる。そこに例外は存在しない。


 アキラはその環境型の近接攻撃を“常に”受けていた。周囲の気温が下がった原因もこれが原因だ。次元の違う相手は想定外すら容易に実行していたのだ。


 その結果、起きたことは単純で、アキラのイマジナリーブリザードに近い部分が凍りついてしまったのだ。


 超近距離まで接近したアキラは最後の一歩の左足が凍りづくが、一瞬だったため当然気づかない。更に近い距離にあった腕は肩まで凍り付く。


 トリガーに掛かった指が完全に凍り付く前に操作できてしまったことが致命的で[賦活]状態に強化もできず、クイックメントIの使用と相反の腕輪の効果により凍り付いていた肩から先が千切れ、踏み込んでいた足は張り付いていたせいで見た目通り氷が折れるように腕が壊れてしまう。


(い、息が……血のせいで!)


 寒いせいで血を吐き出す筋力すら働かない。


 いくら普通の人とは違う器である肉体を持ったアキラでも流石にこの怒濤の展開には耐えきれなかったのか、元から困難な呼吸がさらに酷くなった結果、視界すら確保できなくなってくる。気を失いそうになるのを堪えることも出来ない。


(くっそ……卑怯だろ……)


 アキラは、意識を失うようにその世界での幕を閉じた。囮として時間稼ぎは出来たが、アキラが生き残れなければ結局は負けなのだ。この世界は想いだけでは届かない理不尽が存在する。


 命懸けで築いてきた道程は、道半ばで頓挫してしまった。


 アキラもまた、運が悪く自然の暴威の渦に飲まれてしまっただけなのだ。これは良くある人生の終わり方の一つでしか無い。






 だが、それは華と夢衣が間に合わなかったらの話である。


「……ぇ! ……ったら! 起きてよ! お願いだから! ねぇ!」

「グフォ……」

「血が……でも起きたよ!」

「アキラ君聞いて! もう回復するアイテムは持って無いの! 持ってたら急いで自分に使って!」


 アキラは殆ど意識を失いかけ、何も見えなくなった時に終わったのかと勘違いしたが、どうやら最初に予測した通り外のイマジナリーブリザードに包まれた場所から身体を脱出させたおかげで、元の山岳地帯に戻って来れたらしい。


 意識が元の身体に戻って吐血するアキラに、華は詰め寄って回復を強いた。


(ヴィシュ……)


 左手に握られたエメラルドの輝きを放ったヴィシュの銃口を自分に向けようとする。だが力が入らず、震えるだけだった。


 当然、アキラが何かをしようとしているのはわかるが、回復できることを知らない二人はアキラのやりたいことが見えてこない。


「アキラちゃん! この銃でどうするの!?」

「……お、れに、う……て」

「夢衣! きっと翠火と戦った時のように何かやろうとしてるのよ!」


 華がアキラのしようとしていることを察し、夢衣はその言葉を聞いて合点がいったのか、腕を動かして銃口をアキラの胸に突き立てる。


「華ちゃん」

「……これでいいのよね?」

「……」


 アキラは声も出せないのか、頷くに留めた。それを華も理解してトリガーを握る力すら無いアキラに変わり、華がアキラの指を戸惑いがちに押すようにトリガーを引き込む。


『カァァン!』


「きゃっ!」


 音に可愛らしく小さな悲鳴を上げた華に構わず、ヴィシュのアニマ増強活性法により、身体の修復が行われる。多少の力を取り戻したのか、今度は自力で引き金を絞る。


 特徴的な金属音が再び鳴り響き、身体の調子を多少だが取り戻したアキラは、ゆっくりと身体を引き起こす。その拍子に喉に絡まっていた血液を吐き出し、落ち着いて呼吸が出来るようになったために状況把握に努める。


 MPは今ので底を尽き、回復も品切れなのだ。


「ゴホッ! はぁ……奴は……」

「えっと……アキラ君を引っ張り出したら消えちゃった」

「なんだそれ、まぁ……助かったからいいけど」

「あのアキラちゃん、それよりも、その怪我は……」

「気にしなくていい、欠損ならポーションで十分治る」

「「え!」」


 その言葉に華と夢衣が驚きの声を上げる。恐らく未だ身体の一部を失うような事態に遭遇したことが無いのだろう。それに構わず、アキラはすぐにバッグからポーションを取り出そうとするが、金欠で補充できなかったことを思い出す。


「やべ、無い……」

「「え!」」

「取り敢えずオラクルに行こう」

「そ、そうねってそんな傷で大丈夫なの?」

「腕と足以外はヴィシュで直せるから気にしなくていい」

「その腕と足で移動出来ないんじゃない?」

「……肩貸してくれ」

「わかったわ、案外元気そうでよかったわ」


 アキラのいつも通りと言う程付き合いは長くないが、ホームで見た時からまったく変わっていない態度で華も夢衣も胸を撫で下ろした。


 当の本人は身体の何もかもが足りなくて足下が覚束ない。


 その結果……。


「あれ? アキラちゃん?」

「あ!」


 起き上がって歩こうとしたアキラが急に崩れ落ちるように倒れる。夢衣と華がほぼ同時に異変に気づき、華が支えて夢衣が補助をするようにアキラを引っ張る。


「アキラ君!?」


 仮面で気づかなかったが、よく見るとアキラの顔色は真っ青だった。凍り付いた霜が消えていないのを見れば相当体温が低いのだろう。


「夢衣! 急いでオラクルに行くわよ!」

「うん!」


 華は女性だが、ステータスによる恩恵を受けているため軽々とアキラを背負う。その後ろを夢衣が付いていく。


 まだ予断は許されないが、一先ずの危機は去ったのだ。




『有り得ないが、やはりこなるのか。“イド程度”にしか到達していない者がノートリアスモンスターに対してあそこまで対応出来るのだろうか? もしかすれば、これがこの世界の創造者が見出した“可能性”なのかもしれない』


 独り言のように聞こえるその声は、今までの過程を見ていた者だ。アキラがイマジナリーブリザードと対峙している所でさえ見ることが出来る者、正確には見ることしか出来ない存在だ。不可解そうに再び独り言で疑問を表に出す。


『彼女達を含めて生存する確率はほぼ0だった、参考にした数値もノートリアスモンスターに出会ったプレイヤーの生存率は0%を示している。わからない、人はなぜあの状況でも諦めずに助かろうとする? 私なら活動を止めていた。結果がわかっている事に対して、なぜ彼女達は足掻き続けた? 結果がわからない程愚鈍だった訳では無いはずだ。なのになぜ?』


 テラはアキラだけが特別なのだと思っていたが、他のヒューマンである華と夢衣の活動にも目を向ける。


『大概は足掻くという行動その物は無駄に終わる。だから足掻くと言うのだ。彼女達の足掻きも所詮は死までの時を延長する程度だと思っていた。しかし、結果的に生存へと繋がっている』


 テラは考察を重ねる。人の感情を理解できなくても理解しようとする姿勢は止めない。


『そもそも彼が助けに行く理由も不明瞭だ。危険な所だと言うのは見てわかる。助けを呼ぶならまだしも、挙げ句の果てには突入までした。後悔しないための行動らしいが、命を失えば後悔すら出来ないのでは無いか? やはりわからない』


 プラスとマイナスでしか判断出来ないテラは悩みながらも一つの結論を出した。


『だが“足掻く”という言葉が彼や彼女達の行動を指すのなら、私は身体を得るためにも足掻く必要がある。だが、どうすれば……』


 華と夢衣が諦めずに得た結果とアキラが屈しそうになるも、諦めずに足掻いた過程がテラの有るはずの無い何かに響き続けた。




 始めてタクリューに襲撃され、ゴーレム・キングを倒して気絶した時と同じ光景が目に飛び込む。アキラは気がつけばテントの中で布の天井を見ていた。


「ここは……」

「アキラ君起きた?」

「ああ、起きた」

「一応ポーションを腕と足に掛けたわ。本当に治るなんてね……あ、後身体の汚れとか装備の修復はリペアでお願いね」


 華が傍で看病してくれていたらしい。アキラは手の感触と足の感触を確かめ、言われた通りリペアを使用する。左手にしか装備してなかったミリタリーグローブが、なぜか右手の分も復活する。リペアに感心しつつ、近況を尋ねた。


「よし、あの後どうなったんだ?」

「アキラ君が気絶してから私が負ぶって運んだの」


 それを聞いたアキラは若干気まずげに返す。


「まじか、女の子に背負われるのっ何か恥ずかしいな……」

「緊急事態だったのに何言ってるのよ?」

「男心は複雑なんだよ、それから?」

「男心って……はぁ、ベッドは無いから病室代わりに使ってるテントで手当して、今アキラ君が起きたのよ」

「そういうことか、ありがとう。助かった」

「そんな……私はアキラ君と違って運んだだけで……」


 華が消え入りそうな言葉で謙遜して項垂れてしまう。アキラも元気の無い原因を薄々と察した。


 自分が同じ立場ならその身を犠牲にさせて助かったことを素直に喜べるはずもない。相手がお礼を言ったのだから尚更だ。


 世の中にはそれでなくても助けてくれた人に罵倒する人さえ居るのだ。華のその態度だけで、アキラは十分報われ思いだ。


 あの災厄に立ち向かって失った物は装備だけなのだ。今の状況から言えば、十分に幸運な結果と言えるはずだ。だが、人は結果だけで物事を判断できる者ばかりではない。華がそうなのだ。


 アキラは華の気を逸らすために質問の方向を変えた。


「夢衣さんはどうしてるんだ? 最後に見た時は一緒に居たはずだけど」

「えっと、翠火が心配していると思って報告がてらアジーンに行って貰ったわ」

「そっか」


 華は、座ったまま頭を下げる。


「……あの、ありがとう」

「気にするな」

「でも」

「と言いたいが実は頼みが有る」

「そ、それで恩を返せるなら何でも言って!」

「……何でも?」

「あ! それは言葉の綾で……常識的な範囲で!」

「冗談だよ、実はポーションが無いから用立てて欲しい」


 華はアキラの言った言葉を考える。


(命のお礼に回復アイテム? そんなんじゃ……)


 考えが表情に出ていたのか、アキラを訝しげに見つめる。


「なんだ、その顔」

「え、その……もう少し常識のハードル上げてもいいのよ?」

「そんなすぐには思いつかないって……そうだな、今回の件は貸し一つってのはどうだ?」

「そ、そうよね、私も特に何か出来るわけじゃ無いし……お金だってあまり無いから……」

「……なら身体で返して貰おうか」

「なんでお金無いって言った傍からそれなのよ!」


 アキラは心外そうに腕を組んで首を傾げながら告げる。


「そりゃ、ポーション買えないなら依頼でもこなして貰わないといけないと思って……なぁ、華さん。それって何を指してるんだ? ん?」

「!」

「なぁ、俺は怪我の影響で血が足りないから頭が働かないんだ。なんて考えたか教えてくれないか? ん?」


 華はアキラの煽りに顔を真っ赤にして首を逸らす。


「もう、知らない!」

「はっはっは、ってことでポーションよろしく」

「……わかったわよ、さっき買えるだけ買ったから今渡すわ」

「サンキュ」


 ソウルオルターはゲームの世界がベースになった世界だ。プレイヤー同士にも便利な機能が存在する。華はその機能の一つである【トレード】でアイテムの譲渡を行う。アキラも目の前にウィンドウが勝手に現れたが、最早機能の便利さには慣れているため初めての作業でも流れでこなす。


「俺も金無かったから助かった」

「だからポーション無かったのね……ってポーション買えないってどれだけお金無いのよ」

「……」


 ソナエ屋でも似たようなことを言われたアキラは無言でそっぽを向く。お金の話はデリケートなのだ。


「まぁいいけどね、そういえばあのイマジナリーブリザードってなんだったの? 消えちゃったし」

「俺にもよくわからん」

「そうよね……」

「ただ、今の俺じゃダメージを与えることも出来ないってことがわかった」

「……」

「もっとやばいのはあいつが戦意を持った時だ」

「戦意も何もずっと私達を攻撃してたじゃない?」


 アキラは黙って首を振る。華にはわからないように何かを堪えるように力強く手を握り絞める。


「あれはただの異物を掃除しようとしていただけだ。その証拠にマップに映る光点は黄色だったぞ」

「……そういえばマップは黄色を示してたけど、あれがただの威嚇だっていうの?」

「そうだ、恐ろしいのはあいつの威嚇に適応できた場合、相手が本気を出してくる」

「何を……されたの?」


 戸惑いがちに先を聞く華は、その攻撃をアキラの手足を失った原因だと考えていた。だが、吹雪が可愛く思える程の環境を丸ごと攻撃に切り替える話を聞くと絶句する。


「……」

「こんな所だ、俺の手足が吹き飛んだ理由は恐らく自滅だ」

「自滅?」

「あいつに近づくとな……急激に温度が下がるんだ」

「どのくらい?」

「わからん、触れる距離に近づくと肩から先が1秒くらいで凍り付くくらいかな」

「え」

「そのせいで踏み込んだ足は床に張り付いたし、シヴァの反動で腕は粉々になった……らしい」

「らしいって……」


 華は銃の反動で腕が粉々になる威力が想像できないらしく、歯に物が詰まったような表情をしている。


 アキラはシヴァを取り出しながら告げる。


(あ、黒い銃)

「前も言ったと思うが、こいつはシヴァだ。俺のシューターとしてのメイン武器で攻撃力は……大したことない」

『チガウ!』

「大したことないなら……」

「それは普通の攻撃ならな、怒るなってわかってるから」

『ウン!』


 オルターの声は自分にしか届かない。華もそれがわかっているので、アキラの独り言に見える会話を特に不自然には思わない。


「銃に他の攻撃方法なんてあるの?」

「まぁな、普通の射撃はあんまし強くないけど条件を満たした射撃は他の比にならない威力が出る。反動でダメージを負うぐらいな」

『ウン!』

「褒めてないからな」

『……』


 アキラがあまりにもシヴァがリアクションを取っていることについて考えたが、イマジナリーブリザードの時に何かがあったとしか思えなかった。


(ま、いっか)


 アキラがシヴァを仕舞うその直前に返してくる反応は、以前より感じ取りやすく『また会おうね~』と気軽に返してくれているかのように感じた。


「それじゃ一休みしたし、俺は行くよ」

「ダメよ! あんな大怪我しといて何考えてるの! それに、まだ顔色悪いままよ?」

「あの程度は初めてじゃ無いから気にするな、顔色だって血が足りないだけだ。その内戻るだろ」


 アキラはアニマ修練場の出来事を思い浮かべながら告げる。アニマ修練場は一撃一撃がただの苦行から始まる。その果てに待っているのは刈り取られる四肢や命だ。それに墜落を防ぐために手首を犠牲にしたこともある。


 身体から不都合が感じられない今となっては、気絶していた間でも十分休んだと考えられる。アキラはこの世界に来て未だに一度も休日らしい日を過ごしたことは無いが、休みたいとも思っていない。


「俺は1日でも早くこの世界から出なくちゃならない」


 世話をし、世話になった相手にまで敵意を向けるつもりは無いアキラだが、雰囲気から感じられる空気は止められない何かを感じさせる。


「わかったわよ……これで借りを使うなんて言われたら、私が酷い人みたいじゃない」

「粘られたら言うつもりだったから間違いじゃない」

「そう、でも少しだけ付き添うわよ?」

「ありがとう、こんな態度の相手に優しいな」

「だったらもう少し改めてなさい」

「死んだ時にでも考えとくよ」

「もぉ……」


 言外に、改める気は無いと告げるアキラは、テントの外に出て真っ先にダンジョンへ行くため、ギルドのショートカットを使おうとギルドへと足を運ぼうとした。当然それを華は制する。


「ちょっと、血が足りないならご飯食べたら? 何も食べてないんでしょ?」

「そうだけどさ……ここら辺に飯屋があるのか? あるなら行くけど無いだろ?」

「アジーンの街みたいな食楽街は無いけど、マンプキングはあるわよ?」

「こんなとこにもあるのかよ……って言っても金無いんだよな。そうだここで借りを……」

「そんなことで使わないで! はぁ、一食だけなら御馳走するから行きましょ」

「なんか催促したみたいで悪いな、いずれ返すよ」

「いいって言いたいけど、君相手には不要よね。期待して待ってるわ」


 華の先導でマンプキングへと向かうのだが、金欠事情を知られたからには開き直るしかない。


 アキラの最後は、やはりいつも通り締まらない終わり方だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る