第59話 次元の違い


 身体に空いた穴から血が流れる筈が“極寒の地になってしまった世界”ではその血すら凍り付き、出血は止まっている。傷口にはなぜか雪が詰まり、その身体に有るはずの右腕は無くなり、左足のくるぶしから先も千切れたように無くなっている。


(くっそ……卑怯だろ……)


 コトは夢衣と華が脱出した時点から始まる。






 今、アキラの近くにはイマジナリーブリザードが居る。その見た目は赤く光っていた頭部が青くなっ変わっていて、マップに記された黄色のマーカーである警戒状態から“敵意”を示した赤色のマーカーに変わっていた。


 アキラを敵と認識し、戦闘状態に移ったと見るべきなのだろう。


 マーカーが変色したのと同時期に夢衣と華が脱出し、そのタイミングでアキラに牙を剥き始めたのだ。無風状態から突然、氷柱つららがアキラ目掛けて飛んでくる。だが、今度は一発ではない。


 なぜかアキラが避けた位置に置くように飛来していた氷柱がアキラの脇腹を貫く。


「……っ!」


 そこから氷柱のミニガンが速射されるも、転けるように強引に回避し、なんとか切り抜ける。アキラは即座に氷柱を抜いて[凍]デバフを消すが、その一撃はアキラの減少していたHPを全て刈り取ってdying状態にしてしまう。


 スキル[死線の解放]のおかげでdying状態でも、ステータスの減少が起こらないアキラだが、どの程度のダメージなのかもわからない一撃に動揺を隠せない。


(ダメージがでかすぎる! 二発食らえば終わりだと思って動け!)


 ヴィシュで回復して瀕死状態を脱するが、再び氷柱が飛んでくる。今度は避けると同時に二発目が来ると仮定して、無事に弾くことが出来た。


 そして、その隙を突くかのようにアキラの腹部中央に突き刺さる。


「ぐっ!」


 すぐに次が来ると判断し、その場から離れると剣山が出来ていた。


(これが通常攻撃とでも言うつもりか! ふざけんな!)


 今まで攻撃を仕掛けてすらいないと言わんばかりに、その一撃はアキラHPを容赦なく削る。そして更に異変が起こった。


(吹雪が止んだままだ……それになんだ? さっきと比べられない程寒い……)


 気温は更に下がっているのか、アキラから流れる血液はゆっくりと凍り始めている。


(何度かわかんねぇけどどこまで下がんだ? くっ!)


 飛来する氷柱を避け、二本目を弾き、三本目も弾く。次も来ると身構えるが、なぜかアキラの太股に氷柱が突き刺さっていた。


 それを合図に、再び氷柱がばらまかれるように射出される。その位置から脱しつつ思考を加速させる。


(こいつはどうやって俺に攻撃を当ててるんだ?)


 宙に浮く氷柱とアキラの居た所に突き刺さる氷柱を見る。生き残るためにどんなヒントをも逃さず、どんな動きをも見極め、どんな状況で何が来るかをアニマ修練場で身につけた時の感覚が甦る。


 今回は修練場のように無駄に死ぬことが出来ない。命は一つしか無いのだ。極限に集中した中で、アキラは再び氷柱を向かえ打つ。


(1、2、3、4)


 4本目を数えた所で5本目が右腕に被弾するが、アキラはその場を退いてもカウントを止めない。


(合計12本……12本?)


 違和感に気づいたアキラがイマジナリーブリザードをよく観察する。主に氷柱の数だ。


 宙を浮いて動き回っているが、クイックメントIのおかげで数えることが出来た。氷柱は一度撃ち尽くされると再装填するまでに時間を要する。そして動いている数は8本だ。これは決まってその数補充しているのを確認済みだ。


(なんで4本も足りない? ……幻覚……いやでも触ることが出来るのに……!)


 アキラが何か切っ掛けを手に入れるが、氷柱が再装填されてから即座に射出される。


「ぐっ!」


 躱して弾いても4本目で足に突き刺さり、すぐにその場を退いてから氷柱を引き抜く。


 最初の一発がヒットするまで連射してこないのが救いなのだが、警戒中と違ってアキラに当たるまで一発一発を間隔無く撃って来るようになったのは辛い物がある。


 当たるまで繰り返されるその攻勢はじり貧の状況を形勢していたが、このままでは動けなくなったら終わりなのをアキラも理解している。


 そんな状況へ追い詰められているのにも関わらず、アキラは突き刺さる氷柱を無言で処理し、身体のダメージを最小限に回復させると思考に耽る。


(8本しか無いのに12本撃ってきてるなら、4本は見えないように細工してるってことだな)


 だが、まだ足りない。そこまで気づけても見えない攻撃が4回来るという前提が生まれてしまうのだ。ましてや氷柱を回避予測地点に射出する周到さも見せている。まるで機械のような存在だ。


(これで、まだ通常攻撃だって言うのか……)


 アキラは殺気の一撃などは反射的に感じ取ることが出来る。だが、同方向から間隔無しに放たれる攻撃に対して咄嗟に感じ取ることが出来ないでいる。自身がまだ弱いと自覚したアキラだが、今は生き残ることが優先だ。


(目的を見失うなよ、俺はこいつを倒すのは無理でも生き延びるための時間稼ぎが出来ればいいんだ。身体のどこを失ってもいい、生き残れば俺の勝ちなんだ。相手がその攻撃しかしてこないなら俺の糧にしろ。……でなきゃ死ぬぞ)


 アキラは避けても弾いても必ず1発が当たると理解し、攻撃を受けるまで避けるのを止めて迎撃のみに切り替える。ガンシフターを使用して逆手にシヴァとヴィシュを構え、全てを落とすつもりで迎え撃つ。


 一発目をシヴァで弾き、二発目をヴィシュで弾く。動きを最小限に三発目をシヴァで逸らし、四発目をヴィシュで流す。


(ここだ!)


 同時に飛来していた見えない五発目を、腹部に当たる直前で迎撃できた。見えない六発目が足に突き刺さるのを感じ、限界とみて離脱する。離脱の跡には剣山が出来ていたが、明らかに少なくなっているそれを見る余裕は無い。


(やっぱり余計な動きをしなければ身体の中心を狙ってくるんだな)


 ヴィシュで体力を回復し、動いているおかげで身体はまだ冷えたりはしない。凍傷を負うレベルの怪我を負っているが、それすら気にしない。怪我と命を天秤には掛けられないのだ。




 アキラが不可視の氷柱を弾くと、次は6発目までその氷柱はやってこない。6発目を防げば7発目、8発目とその数はとうとう見える氷柱全てが終わる所まで来ていた。


(まずいな……8発目以降連続で来られれば1発、2発はともかくその次まで躱す術が無い)


 8発を打ち終えたイマジナリーブリザードの動きが止まる。何かを打ち出した様子も無い。


(ん? どうし……なんだこの音)


 遠くから何かが引きずられるような地鳴りがする。瞬間、アキラの視界に一度だけ見たことのある表示、敵がスキルを使用した時の赤いテロップが現れた。


(……スキルか!)


【デブリスライド】


 スキル名と共に大きな“雪の塊”が地面からそびえ立つように噴出し、イマジナリーブリザードとアキラを含めて押しつぶすように倒れてくる。


「……う、嘘だろ」


 雪崩のように連続して迫ってくる雪ではない。正しく鉄筋コンクリートで作られたビルが倒れてくるような物だった。


 ゴーレム・キングが使って来たユニゾンスキルが児戯にさえ思える脅威に、アキラは立ち尽くすしか無い。走って逃げられる距離に安置は無い。やがて、アキラは上から迫ってくる雪の塊を見送ることしか出来なかった。






「夢衣! 引っ張って!」

「やってるよぉ……!」


 アキラが事前にロープで自分の身体を巻き付けた状態でイマジナリーブリザードの元へと向かったのを事前に聞いた華と夢衣は、言われた通りにアキラの身体をロープで引っ張っている。


「力だって今なら大人顔負けだって言うのに……なんでこんなに重いのよ!」

「華ちゃん! 重いんじゃ無くて張り付いてて動かないんだよ!」

「わかってるわよ!」


 アキラの身体が欠損している部分や、穴だらけの傷口と血液が地面に張り付いているせいで中々動かせずにいた。


「それにしてもこのロープ凄く丈夫ね!」

「って言うより、これワイヤーだよぉ! 重いぃ!」


 アジーンのソナエ屋でゲンゴロウにおまけしてもらったが、アキラの唯一の命綱となっていた。アキラがここまで追い詰められた原因は時間だけでは無いのは予測が付くだろう。四肢が欠損しているアキラの安否が心配される。






 身体に穴が空いて傷口に雪が詰め込まれているが、アキラは五体満足だった。


「ハァー、ハァー……」


 五体満足と言っても満身創痍なのは変わらない。相変わらず呼吸が荒いのは環境のせいだろう。


(呼吸がさっきよりきつい……この雪煙のせいだろうけど、結局デブリスライドってのはなんだったんだ?)


 アキラの周囲には倒れてきた筈の雪の塊が消えて無くなっている。アキラ自身、ダメージも負わなかった。


 だが、周囲は雪の塊が砕けたせいか、雪煙で何も見えない。


「おい……出し惜しみしたままで居てくれよ……」


【サンピラー】


 赤く表示された敵側のスキル名からまた何かをしてきたのは明白だ。アキラに被害は無いが、やがて目を開けるのも辛い程の光の輝きが降り注ぐ。


(あそこはイマジナリーブリザードが……)


 敵が居たはずの所に降り注ぐ太陽の光にも見える輝きは、周囲を晴らすと景色が良く見える。奥には何も無く、銀世界が広がっているだけだった。


(こんなゆったりした時間なんて有り得ない、氷柱を防ぎ続けたのはもしかしてとんでもない悪手だったのか?)


「ん……なんか頬に、え?」


 アキラが犯してしまった重大性に気づきかけた時、頬に何かが当たる感触を得た。触ると血が流れていたことに気づくも、すぐに凍ってしまった。何かしら既に起こっているのだが、アキラには認識できない。


 寒さのせいで痛覚が鈍くなっているためどんな痛みかもわからない。


 サンピラーらしき物の影響か、イマジナリーブリザードが居たらしき場所に光の柱が出来る。そこを中心に雪煙が晴れ、やたら光の反射が増えたことに対してアキラは疑問に思う。


(これって……すっごい綺麗な光景だな、ダイヤモンドダストってやつ……まさかこれが攻撃なんて言わないよな?)


 アキラはノートリアスモンスターの恐ろしさをまだわかっていない。環境型に属するこのタイプの魔物は今し方“戦闘準備”を終えたばかりなのだ。イマジナリーブリザードの動きに対応出来る者が出てきた時点で漸くノートリアスモンスターは戦闘形態を取る。


 今からが戦闘の始まりなのだ。


「ん……さっきからなんか当たって……!?」


 寒すぎる痛覚の麻痺、あまりにも鋭く小さな舞っている雪で出来た鋭利な細氷、環境としか思えない自然現象による攻勢はアキラに戦闘開始を悟らせなかった。


 そのせいでアキラの身体は気づかぬ内に、血だらけになる。


 HPがdyingになり、それでも攻撃を受け続けたせいで装備している革装備はその耐久力を無くし、消滅する。唯一無事なのはグローブくらいで、死転の面すらボロボロになっている。


(回復とリペア!)


 即座にヴィシュの回復と装備のリペアを実行し、グローブと仮面を修復する。準備が整っているのにも関わらす、イマジナリーブリザードは動かない。アキラをただ見据えるようにそこに存在している。


「ただ、そこに居るだけで……生物を殺せる存在……」


 アキラはこの時にノートリアスと自分は次元の違う位置に居ると、やっと理解した。


 自分は弱いと言いつつ自信があった。プレイヤー相手に苦戦すらしなかったからだ。肉体の強さに比例するアニマとオルターの強さに比例するソウルがアキラの張りぼての自信を形作っていた。


 だが、その自信も周囲のダイヤモンドダストと同じように散っていく。


(俺は、こんなの相手に時間を稼ぐなんて言ってたのか?)


 今まで倒してきた強敵はどれ程絶望を味わっても、まだ“なんとか出来る”と思わせるゆとりがあった。


 しかし、今回ばかりは時間稼ぎすらなんとか出来ると思わせる物が無い。攻撃は通らず、常にdying状態に晒されているため、一撃でも貰えば死ぬ。


 まるで、これから生きるには目の前に居る存在に許可を貰わなければ立つことさえ許されないのではないのかと戦慄する。


 何を犠牲にしても時間を稼ぐと決めていたにもかかわらず、アキラは膝を着いて項垂うなだれてしまった。


 アキラは自身が助け、そして自分が助かる可能性である夢衣と華の存在を思い出せない。妹を思い浮かべても謝罪の言葉しか出てこない。父に諦めるなと言われた遺言に対しても想いだけでは届かないと反論すら浮かべてしまう。


 今、アキラはプレッシャーと孤独感に押し潰されそうになっていた。






「あ! 剥がれた!」

「また固まらないうちに早く引っ張るわよ!」

「うん! あ、華ちゃん!」

「まずいわ……急ぐわよ!」


 漸く固定された状態から引き剥がすことが出来たのに対し、アキラの口から吹き出すような吐血が始まった。いくらdyingで死なないと言っても肉体が生きられない程の傷を負い続ければ話は別だ。今でさえアキラが生きているだけでも奇跡なのだ。






 ダイヤモンドダストの幻想的な雰囲気の中、アキラまたdying状態になる。このままではいたずらにHPとMPを消費し続けるだけだ。回復する気力も起きないアキラは、一人しか居ないと思っている世界に閉じこもろうとしていた。


 もう生きるのも辛い、死にたくはないがそれを考えるのも億劫なのだ。その自身の命を放棄するかのように諦めようとしたその時、アキラの孤独感に意を唱える存在が居た。




『チガウ!』

「!」


 孤独な世界で押し潰されそうなアキラの手から、シヴァの否定の声が聞こえた。今まで何かリアクションを取らなければ基本的にシヴァもヴィシュも返事はしないはずだった。その手に握られた存在は動くことも出来ないのに、まるでアキラの心を引っ張り上げてくれるかのような力強さを感じる。


『イエ』

「シヴァ、ヴィシュ?」


 両方から伝わる声は、孤独と絶望だと感じていたアキラの思いを否定するかのような声だった。本能からイドへと成長してから肯定と否定でしか感情を伝えてこなかったオルターが自発的にアキラに呼びかけるのはこれが初めてなのだ。


「いきなり、どうし……」

『チガウ!』『イエ』


 シヴァとヴィシュは否定しかしてこなかった。だがその否定はアキラの今のあり方を咎めるかのような怒りを感じる。


 人は忘れる生き物だ。どれだけオルターは相棒だと言葉で言っても真にオルターを相棒として見ていたかは今のアキラを見ればわかるだろう。


 自分で解決し、自分で切り抜け、オルターを便利な道具止まりにしか扱えていない現状、そして孤独を感じているパートナーを無視した振る舞い。


 未だにアキラは自分が一人だと思い込んでいたことに気づく。


「はぁ……」


 シヴァとヴィシュの想いはまだわからないが、それでもアキラを思う心だけは伝わった。


(何してんだろうな……俺、シヴァとヴィシュだってこのままなら俺と同じ末路が待ってるってのに、なんで俺は膝なんか着いてんだ? こいつらだって生きてんのにな)


 アキラが着いた膝を持ち上げ、再び立ち上がって回復を施して動かないままのイマジナリーブリザードを見据える。


(どんなにみっともなくてもいい、どんなに無様でも構わない。例え死ぬかもしれなくても、それを理由に足掻くのを止めるのは違うだろ? テラに言っといて自分が出来ないなんて笑い話にもならない)


 イマジナリーブリザードの環境による攻撃の中、アキラが立ち直るのを待っていたかのように氷柱を周囲に展開する。


「驚かねぇぞ別に」


 その数は見えなかった4本を含め、12本全てが見えている。それだけではなく、自然に出来た氷柱のような形だったのが、ランスのように綺麗な杭の形に整っている。もう小細工イマジナリーすら必要無いと言っているような態度だ。


 それを見てもリアクションを取らないアキラは、開き直るようにクイックIを付与する。


 クイックメントIを使用しなくてもこのダメージを受け続ける状況は変わらないのだ。なら使わない理由も無いと自棄気味な気持ちで使用する。相反の腕輪も合わせて装着し、準備を整えた。


「流石にインパクトドライブならダメージ受けるだろ? 何千発だろうと何万発だろうと当て続けてやるから覚悟しろよ」


 逃げてるだけでは時間稼ぎにすらならないと考えたアキラは、捨て身の攻撃を当て続けることにした。


 遠距離攻撃と環境規模の攻撃だけしかしないと思い込んだアキラの顛末はすぐに結果として表れることとなる。

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