第58話 イマジナリーブリザード


 アキラが元気を取り戻した夢衣と華に自身の検証結果を告げる。


「以上が俺の調べた結果だ、一応身体張って調べたからなほぼ間違いない。多分」

「私達逃げ回ることしか出来なかったのに……多分?」

「間違いないから大丈夫だって、逃げ回れただけ大したもんだろ? それに経験の差があるんだからそれは仕方ないさ」


 アキラの指す経験とは文字通り命を懸けた修羅場の数だろう。この世界に来てから殆ど休息らしい日は無かったため、それも当然かもしれない。


「んで脱出方法は恐らく奴の術中の範囲外に逃げることだ。ってかそれ以外方法がわからん、倒すとか無理だし。ここは奴のハンティング場みたいだからな」


(一つは、一人に攻撃を引き寄せてそのままあそこに行けばターゲットから外れるはずだ、そしてもう一つは……奴を倒すって方法は論外として、奴の空間にある身体を……)


「作戦って言っていいのかしら……あるの?」


 気まずげに聞く華は、自分が有効な手を思いつかないことに負い目を感じているのだろう。頼ることしか出来ないのはいつも夢衣を引っ張ってきた側としては辛いのだ。


「簡単だ、それはな……」




「んじゃ俺が囮になるからその時に逃げてくれ。必ず外に繋がっている筈だ」

「賭けの要素が強いけど……も、もしそれが本当なら!」


 アキラの提案に希望を見出すが、すぐに華の表情に陰りが出来る。


「でも……確かにこの中で一番生存率の高い囮はアキラ君しかいないけど、助けに来て貰って更に命を懸けさせるだなんて」

「その心配は俺がここに来る前に言って欲しかったぜ」

「それは無理だよぉ……」

「確かに君達を囮にすれば俺だけはここから抜けられるかもしれない。だけどさ、そんなことする位ならはなから見捨ててるって」


 アキラの当たり前の反論に華は黙ってしまう。夢衣はもうそれしか手が無いと割り切っているのか、何も言わない。


「でも、そしたらアキラ君はどうやって逃げ出すの? 一人になったら絶対出来ないわ……それに“イドの攻撃も通じない”って言ってたじゃない」


 外から攻撃しても通過するだけだが、この世界でイマジナリーブリザードの姿を捉えたアキラは当然攻撃を試す。だが、攻撃しても当たるだけでダメージを負わないのだ。接近戦など以ての外で、未だに姿が見えない相手に近づくなど自殺以外の何物でも無い。


「通じないのは単純に攻撃力が足りないんだろ……ノートリアスってのは化け物だよな」

「じゃぁ……」

「華さんは頭固いな、倒せないなら倒さないで抜ける方法を考えればいいんだよ。って言っても俺も偶々事前準備が功を奏したけど」

「?」


 アキラは身を乗り出してジェスチャーを交えて伝える。


「いいか? 単純にここから出れたらすぐ、イマジナリーブリザードから外へ出るんだ。そしたら……にある……を……るだけだ。それで俺を助けてくれ」

「……わかったわ、でもアキラ君、こうなるってわかってたの?」

「わかるもんか、かもしれないと思って準備してたら今回上手く嵌まっただけだ」


 アキラは運良く仕掛けが生きたと語るが、聞いている者は当然そうは思わない。言葉を発するより先にアキラは続ける。


「それじゃ頼んだぞ、長くは持たないからな」

「……わかったわ」

「うん!」


 割り切れないが、これ以上の意見も最適な案も出せない以上、従うしか無いだろう。それを見たアキラは開始を告げる。


「よし、行くぞ!」






『ダァン!』

『バラララララ……』


 アキラが発砲音を鳴らし、ミニガンのような炸裂音が鳴るのを合図に華と夢衣が吹雪に逆らって移動を始める。


「こっちね……」

「うん」

「まさか、あのイマジナリーブリザードはゆっくり迫って来るだけだったなんてね」

「先回りしてると思ったら、あたし達が誘導されてただなんて全然気づかなかったよぉ……」


 二人はアキラの言葉を反芻はんすうしていた。




「アキラ君、あの化け物相手にこんな悠長にしてて追いつかれないの?」

「あいつは大して早くない。移動速度は俺等の徒歩より遅いぞ」

「「え?」」

「気づいているかは知らないけど吹雪の方向が時々変わってるよな?」

「……気にしたことも無かった」

「あたしも……」

「要はこの吹雪で逃げ道を誘導されてたんだよ」

「でも」


 華は幾ら誘導されていたとしても、別方向から来ていることに疑問を覚えていた。その疑問に答えるようにアキラは続ける。


「もう一つ、ここは一定の距離を進むとループする構造になってる」

「ループ?」

「ええっと、メビウスの輪みたいに同じ所をぐるぐる回ってるんだよ」

「え!?」

「あっ! だからこの石さっきと同じなんだね!」

「なるほど……そういうことだったの……変だとは思ったけど、こんな広い空間が一周してるなんて想像も付かなかった」

「ってわけで、吹雪いている方向に奴が居る。それを目安に動いてくれ」




「夢衣、変わったわ」

「うん」


 なるべく大きな声を出さずに話し合いながら進むと、吹雪の位置が所構わず変わる地点に来た。


「うっ……すごいとこ、ここがアキラ君の言ってた境界線ね……」


 一歩でも動けば右から吹く吹雪が左へ変わり、横に動けば前後から吹雪が吹き付けてくる。そして、全ての方向から吹雪く地点を見つける。


「……アキラちゃん大丈夫かなぁ」

「私達は外に出てからが本番よ、無風状態になるまで耐えましょ」

「うん、ぅう……寒い」

「毛皮貰っといて何言ってるのよ」

「へへぇ」

「それまでこれ食べてましょ」


 夢衣が照れたように笑う。アキラから貰った串焼きをバッグから取り出した。


「アニマ修練場と同じ場所ね……バッグの中身も共有してるってもう現実とどこが違うのかしら」

「今はこのご飯をありがたく思わなきゃ。ムグムグ……」

「それもそうね。ハグッ……」


 夢衣はゆっくり串焼きを噛み千切り、華もそれに倣う。






 周囲には氷柱つららが突き刺さり、足の踏み場すら怪しくなっている。その場には仮面を付けた男と、宙に浮く物体が対峙している。


 囮を引き受けたアキラは今、正にイマジナリーブリザードと対面しているのだ。空間しか存在しなかった相手が、今は実在している。


 チェスで言うポーンのような形をベースに丸い頭は宙に浮いて赤く発光している。身体はドングリのような愛嬌のある形をしているが、ドングリ体型の周囲を常に蠢いている氷柱はアキラへとその先端を向けている。


「ふっ!」


 小さく呼吸を吐くと、アキラは一発の氷柱を避ける。即座にミニガンの炸裂音が続き、アキラの居た場所は生け花に使う剣山のように大量の氷柱が突き刺さる。


(呼吸が、きつい!)


 イマジナリーブリザードの周囲は空気すら凍っているかのように常にあられが発生している。その霰が集まって氷柱が発生しなければ幻想的な光景だが、そのせいで周囲にまで影響を及ぼし、アキラは呼吸すらままならない。


「ハァー、ハァー」


 自然と口から吸う呼吸は大きくなり、吐き出す吐息は真っ白な煙の塊を吐き出しているかのようだ。


 近くに居るだけでHPが減り続け、定期的に引きつけなければすぐにその場を離れようとする。アキラを獲物とすら思っていないのだろう。


 打ち出す氷柱はイマジナリーブリザードに取って呼吸と同様、アキラに対して射出する氷柱が攻撃と認識しているかすら怪しい。


(ノートリアスってのはこれほどになのか……!)


 攻勢に入っていないとわかる理由として、同じ行動しかしてこないのが挙げられる。そして、外で見た時にマップ上は真っ赤だったのに対して、ここでマップのマーカーを見ると依然と警戒態勢である黄色のままなのだ。アキラの銃弾は攻撃とすら認識されていないのだ。


(一撃が命を刈り取る状態異常付きなのに、こいつに攻撃をしている意識がないってのか!?)


 あまりにも生物としての格の違いを目の前で見せつけられ、どうしようも無い焦燥感に駆られるが、目的は倒すことでは無い。時間稼ぎと、時折訪れる“停滞時間”を狙っているのだ。


(後どれくらいでまた“あれ”が来る……)


 アキラは集中力を切らさないように、引きつけてまた死に繋がる一撃を避け続ける。






 アキラが囮を始めて1時間近く経過しているが、突如吹雪が止む。


 それを待っていた夢衣と華は直ぐに“ある物”を探す。アキラの言葉が正しければ出来ているはずなのだ。


「夢衣!」

「うん!」


 同時にそれを見つける。見つけたのは先が真っ暗な穴だった。強烈な空気の流れに逆らうように、夢衣と華がその中へと入っていく。


(アキラ君、信じるからね!)




「簡単だ、俺が囮になってる間に奴を無風状態になるまで引きつける。で、無風状態になった時に出来る空気の穴を利用して君達が脱出するだけだ」

「空気の穴?」

「あれの吹雪を起こす方法は多分環境に依存してるんだと思うんだ。じゃなきゃ穴なんて開ける必要ないしな」

「空気と気圧の関係はわかるけど……その空気の穴って言うのはなんなの?」

「それはな……時々、吹雪き止んでたろ?」


 華と夢衣は、その時しか休憩出来なかったため忘れることが出来ない。


「あれ無かったら、あたしもっと早くダウンしてた自信あるよぉ」

「とまぁその時だけ、ある場所に限ってでっかい穴が空くんだよ」

「穴?」

「あぁ、そのせいで俺転けちまったんだけどな。あの吸引力は世界でただ一つでも勝算は無い位やばかったな」

「まったくイメージ出来ないけど、その空気の穴がどうして向こうに繋がってるってわかったの?」


 アキラの冗談を軽く流して華は質問すると、アキラも特に言うことがないのか、話を続けるために自身の手で持ち上げるジェスチャーをしながら告げる。


「俺、マウントワーム持ち上げたって言ったろ? あれめっちゃ臭いのな、氷漬けになってたけど少しだけ体液っぽいの出てたせいでめっちゃ臭ったからな」

「まさか……その空気の穴からその臭いが?」

「そうだ、少しだけだがあの臭いは忘れられないって……」


 アキラの立てる仮説に縋るしかないため、それを前提に考察を重ねる。


「多分外にあるイマジナリーブリザードは肉体を閉じ込めて栄養にするんだろ、それと空気を吸い込む役割があるんだと思う」

「ここに居るあいつは……」

「場所と冷気を生み出すんだろ、んでこの空間にソウルアニマを隔離して、ゆっくり料理するって感じだ。流石に空気は生み出せないから外部にあんなのあるんだ。多分な」

「その多分は止めて、不安になるから」


 華はダメ出しをするが、張り詰めた緊張状態からリラックスできているのを自覚していた。


ソウルアニマを隔離って……だからアニマ修練場を例に出したのね」

「あぁ、イマジナリーって言う割りにはちょっと現実に食い込みすぎてる気がするからな、そっちに例えたら凄くしっくりくる」


 肉体の保全が行われていないことを除けば、ほぼアニマ修練場と変わらないのだろう。


「んじゃ俺が囮になるからその時に逃げてくれ。必ず外に繋がっている筈だ」






「こ、ここが、外なの?」

「は、華ちゃん……」

「え?」


 意識が無くなっていたらしく、気がつけば見覚えのある殺風景な山岳地帯だと理解する。だが、夢衣から掛けられる怯えた声音で周囲の観察を取りやめ、夢衣の指さす場所を見る。




 アキラの身体が首から上以外が穴だらけになり、血だらけで細かい傷が体中に付き、右の腕部に至っては肩から先が消滅し、左足はくるぶしから先が無くなっている。


 それでも生きてはいるらしいが、体中に霜まで出来ていた。


「嘘……でしょ」


 なぜか真上にある太陽は、夢衣と華が戻ってきて意識を取り戻すまで長い時間が経過していることを匂わせる。太陽の日差しはイマジナリーブリザードのせいでその温度も影響しないのだろう。


 嫌な予感が胸を打ちながらも時間を確認する。囮を始めて1時間経過し、穴に入る前に確認した最後の時間から……。






 更に1時間経過していたのだ。

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