第103話 古の地へ
寒空というには暗く、夜というには明るい灰色の空模様、雲一つ無く日が無ければ月も見当たらない不思議な空は本当に同じ
「はは、この空模様はまるで俺の心のようだな……」
その哀愁漂う後ろ姿は、戦場を終え、一人生き残った兵士のようだ。シャツの胸元が若干しわくちゃなのは御愛嬌で、空と大地が合わさることで、その悲壮さを一層引き立てている。
「ここが
アキラはギルドのショートカットを使って古の地に来ていた。だが、おかしなことに
(なんで一人もパーティメンバーが捕まらないんだよ……まぁ俺達プレイヤーのせいなんだけどさ)
勿論ルタスの忠告を無視したわけではない。ギルドへ行きパーティ募集をしようとしたアキラに待っていたのは、悲壮な現実だった。
「は? 募集はあるけど俺は募集に入れないって?」
「は、はい」
困ったような声で返事をしたのはギルドの受付嬢だ。どこのギルドでもそうだが、相変わらず容姿のクオリティは高く、おまけにメガネまで装着しているのだが、残念ながら今はそれどころでは無い。
「意味がわかんないんだけど、え? 俺なんか悪いことした?」
「い、いえいえ! あ、貴方が悪いんですけど、貴方は悪くないというか……」
「……回りくどい言い方しなくていいから」
まるでナゾナゾを出題するような返答にアキラも段々と苛ついてくる。
「す、すいません! だ、だからその、
「何でシューターだけハブられてるんだ?」
アキラが感情の整理が付かない呟きにメガネを掛けた受付嬢が一生懸命回答しようとする。
「あ、あのあの、えっとですね……えっと……」
手元の資料らしき物を見ながら理由を探しているのを見ると、内容は正確には把握していないのだろう。
「あ、これだ……うんうん……」
独り言が絶えず漏れているが、アキラは理由がなんなのか気が気では無い。宰相のルタスがくれた助言を参考にパーティを探しているのにこれだ。今のアキラからすれば、安全は時間と同じで喉から手が出る程欲しいため、それも仕方が無いだろう。
「あ、あのですね」
「うん」
「パ“パーティ専用の依頼”で、一定数の依頼達成実績のある
パーティで実績あるシューター以外は募集していない。
それを聞いたアキラは、やるせない思いが態度に出たのか、カウンターの上に突いていた両手を相当な力で握り締めている。その証拠に布地が締まる音が漏れ出ており、傍から見れば憤っているのが丸わかりだ。
「あ、あの……」
受付嬢は気弱な性格らしく、それ以上の言葉は出てこない。
(パーティ
そもそもがパーティを組むことが出来ない現状なのに対し、パーティを組む条件としてパーティでの依頼達成実績が必要。この理不尽極まりない決まりはアジーンでもエステリアにも存在していなかった。王都にやって来た途端に突き付けられた現実は、この先も確実な安全を手にするのは困難であることを示している。
だが、本当に安全を手にしたいなら、実績が足りなくてもパーティを組んでくれる相手を探せばいいし、ホームに行ってシューターと組んでもいい相手を見繕えばいい。なんならシューター同士で組んで実績を稼ぐのも手だ。
やり方はそれこそ様々だあるが、アキラはそれを選ぶことが出来ないでいる。
(くっそ!)
時間を売り、安全を買うという行為は一定の停滞を受け入れるに等しい。クエスト等の消化なら兎も角、絶対に必要とは言い切れないパーティ集めでこれ以上の時間を消費するのは避けたい。今パーティを組みたいアキラは、ホームで募集など他に方法が無いか今後の方針を考えていた所、アキラを呼びかける存在が居た。
「用が済んだら早く退けよ」
後ろに並んでいたらしき装備の整ったヒューマンの男がアキラに声を掛けてくる。順番待ちをしていた彼が装備しているのはホーバークと呼ばれる物で、
「あ……スマン」
アキラは横にズレて順番を譲る。男は受付で二三言葉を交じわせてからアキラの方へ身体を向けてきた。
「お前悩んでるみたいだけどさ、いい装備してるし金が無いならそれを売って
(いきなりなんだ?)
この世界の住人なのか、アキラからすればズレた話をしてきた。プレイヤーはオルターという特殊な装備が用意された時点で、それ以外の攻撃手段は殆ど存在しない。特殊な例はあれど、常用出来る武器はそれだけなのだ。
「パーティを組みたいんだったらとっととそれなりの武器を見繕えって言ってんの、常識だろ? お前がパーティを組めない理由は知らないけど、前情報位は確認しないなんてメンバーとして落第だろ」
(……なんなんだよこいつ)
アキラ達プレイヤーの事情を知らないのだろう。察しろというのも無理があるが、決めつけからの的外れな助言と役に立たない説教はストレスにしかならない。仮面を被っていなければ不快そうな表情を見せ、相手の言動を抑えることも出来ただろう。
しかし、仮面でその表情を見せることが出来ないため、相手はなぜか満足げな態度だ。アキラの反応も見ない所を見ると、助言をした結果だけに自己満足しているのが見て取れる。
相手が誰であろうと、ここまで言われたままでいるのはアキラからすれば面白くない。
「相手の事情も考えずに何の役にも立たない助言なんかして恥ずかしくないのか?」
「……は? お前、今なんて言った」
「役に立たないのは耳も同じかよ、的外れな説教で満足してるお子様なおつむには難しい話だったか、すまんすまん」
アキラは自分の頭を軽く触れる仕草で相手を挑発する。
「お前の為を思って言ってやってるんだろうが、ギルドに居られなくしてやろうか?」
「俺のため? 本当に俺のためを思うなら事情ぐらい聞いたらどうだ」
「横から聞いてたから必要――」
「無いわけ無いだろ、現にお前の言うことは一利にもなってないんだよ。受付で手続きしながらいきなり意味不明な言葉を片手間で浴びせられた俺の気持ちを考えろっての」
アキラは気に入らない相手には必ずと言っていい程、同じ目線より高めの態度を取る。そして、敵対すると決めた相手にはとことんまで煽りを入れる性格だ。
「パーティにも入れない問題児が、人忠告はありがたく聞いとけよ!」
その態度が男の癪に障ったのだろう。ホーバークを纏った腕はアキラの胸ぐらを突然掴み、殴りかかってくる。アキラは避けもせずそのまま胸ぐらを掴ませ、殴りかかってきた拳を片手で受け止めるに留める。
「こいつ! 離せ!」
「お姉さん」
「は、はひ!」
握られた手がびくともしないことに、慌てた男がアキラの胸ぐらから手を離して両手を使ってロックを外そうとするがそれも叶わない。当のアキラはそんなことは気にしないとばかりに、強く相手の拳を握り続けて話を続けた。
「見てたと思うけど一応確認、先に手を出したのはどっち?」
「ノ、ノリウムさん、です」
「ありがと」
「離せよ!」
先程から両手で外そうとしても外れない状況に痺れを切らしたのか、もう片方の手でアキラに殴りかかる。だが、当然アキラはもう片方の手で受け止めた。
「こんのクソガキ!」
「殴りかかっておいて文句が出るのかよ」
アキラはそのまま相手の拳を握ったまま更に力を込める。
「!」
ノリウムがこれから何をされようとしているのか気づき、必死に引き剥がそうとする。だが、必死に足掻いてもこの状況を脱することが出来ない。アキラの強化された
「お姉さん、暴力になんか罰則とかある?」
「ギ、ギルド内で問題が起これば厳重注意が……」
「じゃこのノリウムがしようとしたことは?」
「は、反省室にて一日程度の軟禁に、が、該当するかと」
アキラはそれを聞いても首を傾げる。暴力が行われたと仮定するが、実際にその反省室が使われるとはとても思えないのだ。
「まぁいっか、おいノリウム」
「は、な、せ……ぐっ」
「俺は武器の
「はぁ? 何、言って……」
「別に理解して欲しいとも思わないけど、お前が味わってる今の気持ちは俺が感じた物と似たようなもんだ」
更に握る手に力を込める。相当な苛立ちがアキラから感じ取れるのは誰が見ても明らかだろう。
「す、すまない! だから、悪かったから、離せ……離してくれ!」
「なんだすまないって、殴りかかって暴言まで吐いてきた相手に謝る態度かよ」
「ご、ごめん! いや、ごめんなさい! お、俺が悪かった……だ、だから……もうやめ」
「ない」
『『パキッ』』
ノリウムの言葉をアキラが自分の意思にして引き継いだ瞬間、乾いた音が2カ所から同時に周囲へと広がる。周囲で見ている人達の喧噪が一瞬静まる。アキラが両手を離すと、崩れるようにノリウムが
「がっ! お、俺の、手……あれ?」
ノリウムは鳴った両手をゆっくり開閉し、若干痛むが折れたり等の異常を来してないことに気づく。あの状況でアキラの態度を見れば確実に折ったと思い込んでも仕方が無い。
「関節鳴らしただけだよ、大袈裟だな」
「……」
「次からは
「う……」
「手続きが終わったらもう行けよ、次からは俺みたいなのに当たらないことを祈っとけ」
「あ、あぁ」
もうノリウムはアキラに対しては余計な言葉を発することは無いだろう。それ以降何も語らずふらふらとした足取りで外へと出る。結局大して事件も起こっていないとわかったのか、周囲は元の作業や話に戻る。
アキラも胸ぐらを掴まれただけで、特に被害はない。相手を脅す真似はしてもあの程度で相手に甚大な被害を与えるのは本意では無いし、十分に気は晴れた。
「あ、あの」
「……何?」
そんなアキラに対して、受付嬢がおっかなびっくりと呼びかける。自分を落ち着けるために一呼吸置いてからアキラは返事を返すと、先程の騒動を咎められるのかと身構えた。問題は起こしていないはずなので大丈夫だと言い聞かせていたが、どうやらそのことでは無いらしい。
「え、えとですね、シューターの方がどうして避けられているのかと言いますと……」
受付嬢からなぜシューターが敬遠されているのかを教えてもらえることになった。
「そういうことだったのか」
「も、申し訳ありません」
「あんたが悪いわけじゃないんだから謝らないでくれ、どっちかと言えば悪いのは
「は、はぁ」
やるせない怒りを抱えたまま気落ちしたアキラは、事情を聞いて案の一つであるホームに戻ってパーティ募集をしようとしていた考えを
(ホームで募集しても……結果は変わらなさそうだな、それに時間が経ちすぎてるし。はぁ世知辛ぇ)
この世界に来てからアキラのゲーム攻略ペースはお世辞にも早いとは言えない。それは本人もわかっているのだが、結果的にこれが一番早くなると信じているからこそのペースだ。結果として、他のプレイヤーとの攻略ペースに
その状態を鑑みれば、自分と同じ場所に来てくれると考えるのはあまりにも都合がいいのではないか、と言う考えがアキラの中にあった。そのため、現状どうしてもパーティが必要と言う考えを切り捨ててソロで挑むことを決めたのだ。
古の地にて、アキラはこのように……主に
(最後の方なんて依頼を受けるときの受付嬢の視線とか、ギルド員の
ソロで行く決意を固めた後にも本当に大丈夫なのか? という態度は、一人の男として小さなプライドを傷つけるには十分だろう。精神的に少し落ち込みつつ、この灰色の世界は若干居心地がいいと感じてしまった己にまた気落ちし、アキラの心とは正反対に一際輝く氷の城を目指して歩き出す。
(でもまさかと言えばまさかだし、そうだったと言えばそう……だよな。シューターが敬遠されてる原因が俺らプレイヤーのせいだったなんてな)
募集の仕方があからさまに実績を積んでいたシューター向けに調整されている。その理由は王都に来る程度の実力を兼ね備えたシューターが、この段階に至っても問題行動を起こしていると言うことだ。
結果的に、
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