第130話 ユニオン【古の誓い】


「華ちゃん!」

「華さん下がって!」


 程よい敵と戦い続けていた翠火達、簡単な罠を越え鬱蒼と生い茂る一本道の林道の更に奥へと進んだ場所で見つけた安定した狩り場で活動する……筈だった。


「エ゙ザッザザァア」

「む、無理っ! か、身体が動かな――っ!」


 現在【邪花の眷属・変異種】が華へと襲いかかっていた。今までの敵とは比べ物にならない程の速度で迫る変異種から受ける強烈な重圧が身体を縛る。新種の魔物は人の形に見えなくもないが、その上半身は血に滴った萎れた長い葉っぱが無数に伸びていてその赤い液体が地に触れると焼き付くような音が耳に届く。


『リョウ!』

「わ、わかった!」


 動けない華のフォローに戸惑いながらも届いた思念がリョウを突き動かし、トリトスへと飛び込む。回し蹴りの容量で飛び込んできたリョウへ向けて蹴りを放った。


「こいつ!」

「ア゙ァッ!」


 上手くその足へと着地したリョウが吹き飛ばされ華の元へと急接近し、振りかぶっていた変異種の腕を両手から伸びる糸で絡め取った。それを支えにしてその場ですぐ着地と同時に引き倒す。


「ィ゙イ゙ガ……ザザゲ……エ゙ェザァ」

『リョウ、背後から来ます』

「っとと! 行くよ!」


 すぐにオルターの糸を消して転がるように華の方向へと向かう。ついさっきまで居た場所にはどこから現れたのか、2体目の変異種が攻撃した後だった。すぐ華に活を入れるように背中を強く叩くとそれだけで華は動けるようになり駆け出す。


「あ、ありがとう!」


 翠火達の元へと駆け出す華の後を追ってリョウも到着するとすぐに翠火が状況を確認する。


「相手はこれまでと違って段違いに強く――また新手が……取り敢えずここは狭いので私達にとって分が悪いです! なので罠の前にあった安全地帯近くの広場まで撤退しましょう!」

「わかった。それと私は多分戦力には……」

『相手は変異種です。気に病むことはありません』

「華さん、今は撤退することが最優先です。何が起こるかわからないのですから気落ちしている暇はありませんよ?」

「そ、そうね。ごめん」

「行きますよ! 殿はトリトスさんお願いします!」

『承知しました。ではリョウ』

「わかった。レゾナンスIV」

『スキルのアンロックを確認、視界の共有可、ではあしらいながら付いていきます』


 トリトスを背後に回し、他の全員はただひたすら前を向いて進み始める。そして走りながら思念でリョウはトリトスに聞く。


『お前がそんなこと言うなんて、変異種は相当やばいのか?』

『例え変異種でも雑魚は雑魚、強くなってはいても問題はありません』

『じゃぁ何も言わないのは数が多いから撤退に賛成って感じか?』

『そういうわけでもありません。撤退の理由は単純に時間が欲しかったためです』

『時間が? なんで?』

『雑魚が変異種に変異しているということは、その元であるボスも変異種になっていると言うことです』

『何か問題でもあるのか? オレ達には関係ないと思うんだけど』

『ノートリアスモンスターのままならそうです。ですが変異種になったと言うことはこのエリアのボスであってボスではなくなったと言うこと、わかりやすく言えば――移動を始めます』

『え……は?』

『それだけではなく――』

「どうして!?」


 もうすぐで安全地帯の近くにある罠の場所に到着する所でタイミングよく華が疑問の声を上げた。意識をトリトスとのやり取りに集中していたリョウはその声の原因を見てすぐに察する。


「沼……?」

「さっきはただ足止めされくうだけの罠だったはずなのにどうしてよ! これじゃすぐに追いつかれ――」

「華さん落ち着いてください! 今は迎撃を優先します」

「でもでも私じゃ碌に……」

「華ちゃん!」

「ちょっ、夢衣? な、何してるの?」


 先程の変異種から受けた恐怖が抜けきっていないらしく、軽いパニックになっている華に夢衣が抱きつく。


「あ、あんた震えてるじゃない」

「私は大丈夫! ちょっと寒いだけ!」


 目を強く閉じながら強がる夢衣に華は自分が情けなく取り乱していたことに漸く気づいた。


「落ち着きましたか?」

「ごめん私……」


 落ち込んでいる暇は無いとわかっていた華だったが、そのことが抜け去っていた自分を情けなく思い、駄目だとわかっていても更に落ち込んでしまう。


「トリトスさんが時間を作ってくれているので落ち着いてください。生きていればそれだけで勝ちなんですから」

「翠火……」

「皆! トリトスが絶対にその沼に足を突っ込むなだって! どうやら次は夢衣さんみたいに足を取られるだけじゃ済まないみたいだよ!」

「罠だって言われて足が上手く動かなかったの! もぉ!」

「ほら夢衣、ぷりぷりしないの……後早く離しなさい」

「あ、ごめんね!」


 夢衣がすぐに離れ、一行は予定通りに泥沼ギリギリまで近づく。


「あれ? これってあたし達追い詰められてるんじゃないのかな?」

「あんた今更ね」

「変異種の動きは気を抜いてしまえば一瞬で目を離してしまう程です。もし背後に回られて挟み撃ちを受けてしまえば被害はかなり大きくなります」

「だからオレと翠火さんで正面から受け止めるんだ。後ろが罠ならバックアタックもないしね」


 トリトスの戦況分析とそれを把握する翠火とリョウ、2人はいい意味でも悪い意味でも戦い慣れしている。安全地帯への撤退がすぐには無理だと理解すれば嘆くこともせずに冷静に次の解を当たり前に生み出す。そして足手纏いとなってしまった華と夢衣を気遣う余裕すら見せていた。


「ねぇ……どうしても2人はそんなに冷静なの? 私達と同じ年頃なのに」

「んー戦った量と質の差もあると思うけど間違いなく言えることが一つある」

「それは?」

「切り札だよ」

「切り札……? それだったら私にも――」

「それはエゴに匹敵する?」

「あっ」

「この前みたいに2人のエゴ持ちが居るだけでジェノサイダークラスを少しの間とは言え手玉に取れるなんて、よっぽど事前準備や仲間を揃えないと難しいと思うんだ。オレはそれがあるのと遠慮の無い相棒が居るから落ち着いてるんだと思う」

「じゃぁ……翠火は?」

「私も似たような物です。今は少し遅れていますが常に最前線で戦って来れたお陰でかなりの経験が積めました。華さんから見て落ち着いて見えるのはその裏打ちがあればこそだと思います。それに私は臆病なので死なない努力だけはしてきた自負があります」


 翠火が若干誇らしげに胸を張ったのを見て華は正反対に下を向き、拳を握り締めている。


(いつまでも甘えてなんて居られないのはわかってる。だけど……悔しいよ、友達に全部押しつけて後悔ばかりして、ちょっと見た目が化け物みたいってだけで身体が動かなくなっちゃう……そんな何も出来ない自分が)

「トリトスさんが戻ってきましたね」


 トリトスが帰ってきたため華の様子に気づいたのは夢衣だけだった。ある種仕方が無いことだが感情はそれを考慮しない。夢衣がフォローしようにも戦況がその時間すら許さない。


「変異種相手に殆どダメージ無しか、なんか前より強くなってない?」

『今回は防衛に全力を注ぎましたためそう見えるだけです。それに倒せないためご迷惑をお掛けするので誇ることも出来ません』


 トリトスは腰から伸びているスカートの形をした薄い金属に見えるを纏っていた。


「ああ、だからスカートがそんなに汚れてるのか」

『スカートは正しくありません。汎用型耐衝撃装甲だと何回言えば理解してもらえるのですかっ!』

「ッザァ!」


 トリトスが回転して汎用型耐衝撃装甲、要はスカートの端で急に迫っていた変異種を弾き飛ばす。


「え? 耐衝撃装甲?」

『そうです』


 リョウの疑問とトリトスの肯定は間違いなく噛み合っていない。だがそんなことは迫っている数体を見て気にしてはいられないと気がつき相対する。


「夢衣さんは危なくなったらサポートをお願いします。なるべくヘイトを取り過ぎないように気をつけてください」

「わ、わかった!」

「華さん、正直先程より強さが違うこの変異種を相手にするには辛い所があります」

「ええ、そうよね……」

「ですから夢衣さんの護衛をお願いします」

「わかった! それが今の私に出来ることなら任せて!」

「お願いします」


 翠火は踵を返すと数体の変異種の元へと向かった。


「トリトス、念のため【ジョイント・V】は戻しといてくれ!」

『了解しました――VITの値が正常に戻ります』

「遅くなりました!」

「平気平気!」

『倒すことに集中してください。万が一敵の距離が危険域に達すればお知らせします』

「頼んだ!」

「わかりました!」




 少し時間が経ち、まだ一向に終わらない戦いを華はただただ眺めていた。


(やっと動きが見えるようになってきた……でもこれは目が慣れただけで私がこの通りに動けるわけじゃない。戦ってもすぐに戦力外、下手すれば足を引っ張っちゃう)

「スピードライドッ!」


 夢衣のサポートが聞こえたせいか、華の心を写すように頬から汗が伝い顎から地面へと滴る。自分には待つことしか出来ない、足を引っ張るわけにはいかないが何かをしたい。奥から溢れ出る敵が一向に止む気配が無く、倒すのと補充されるタイミングがほぼ同じなまま時間だけが過ぎていく中、華は何か出来ることがないのかと考えを巡らし続ける。それが功を奏すことがなくても止めるわけにはいかない。


「あれま~あれ相当不味くね? 引き返す?」

「思っても無いこと聞かない」

「そうじゃそうじゃ」

「一応聞くにしてもタイミングを考えてください。僕達まだ沼の上なんですよ?」

「やっべぇボロクソだわ」


 そんな間抜けなやり取りが華の耳に届く、行動は早かった。


「誰!」


 夢衣を自身の背後に隠して罠の沼をゆっくりと歩いている4人を見遣る。


「誰って……あれだよ、一応リーダーのフイルだ」


 全員に言葉で叩かれたせいか、歩みは止めない物のエルフのフイルが自信なく自己紹介する。


「止まりなさい! これ以上近づけば……」

「いやいや、あんた俺らに死ねって言うのか?」

「え?」

「この沼は一度でも動くのを止めれば足下から全身を食べられる」

「そんな罠だったの!? あ、えとそんなつもりじゃ……」

「取り敢えず嬢ちゃん、儂らは上がらせてもらってもうらぞい? 勿論敵意なんかないわい」

「わ、わかった」

「フイル、もう少し向こうへお願いします」

「あいよ」


 ダンピールのスパッタが気を使ったのか、なるべく華達から離れた場所へと上陸するため声を掛けると全員それに従った。


「皆気をつけて、最後まで気を抜かない」

「そうじゃぞ、ソラスの言う通りじゃ」

「ふぅ……お先っと、大したことないけど心臓に悪ぃな」

「はい、恐らく僕以外にあれは耐えられないと思いますよ」

「ちげぇねぇ、んじゃ俺らも手伝うか」


 フイルが背中の弓を引き抜き、背部の矢筒から数本しか入っていない矢に手を掛ける。


「フイル待って」

「なんだよ? 早く加勢に……スパッタお前も待った掛けるのか?」

「当然ですよ、まずは話を聞きましょう。見た感じ前線に出ている3人だけで対処出来ているようですし余裕が感じられます。なので慌てなくても大丈夫だよ思いますよ? それに彼女もこちらを窺っていますしいきなり飛び込むのは不味いですよ」


 フイルはばつが悪そうな顔で引き抜こうとしていた矢を離した。ストンと小さく収まる矢の音と共に腕を組む。


「……」

「出鼻を挫かれたからってムスッとする物じゃないぞい」

「ではそういうことで――すみません」


 無言の肯定を受け取ったスパッタは華に声を掛ける。


「僕はスパッタと言います。見ての通り近距離ブレイブです」

「……私は華、貴方と同じよ」

「あ、あのあの、あたし……」

「夢衣は無理しないで支援してなさい。私が対応するから」

「ぅ……ん、ごめんね華ちゃん」

「ごめんなさいこの娘ちょっと人見知りが強くてね」

「いえいえお気になさらず、怖がらせてしまったのかと」

「慣れれば大丈夫なんだけど……それでご用件は何かしら? 申し訳ないけど見ての通り今道が塞がってて通れないわ」

「それなんですが、僕達は【古の誓い】というユニオンの者です。特定敵対種の対処をギルドから依頼されています。そのためどうしてもここを通らないといけませんのであの眷属を倒し、道を確保するまで共闘というのはどうですか?」

「それは嬉しいけど……私の一存じゃ決められない。ちょっと待ってもらえる?」

「勿論」


 快く笑顔で応じるスパッタの笑顔を受けて、華はすぐに翠火へと声を若干大きめして告げる。


「――ということみたい!」

「ありがたいです! 是非共闘を……っ!」


 翠火は一も二もなく返答すると再び戦闘に集中し始める。翠火とリョウはイドの状態になっていても油断出来る相手ではない。傍目から見れば確かに余裕はある。しかしその余裕は少しの油断で判断を違えればあっという間に窮地に陥る程度の優位性でしかなかった。翠火は近くのリョウへ安堵の溜息を吐きつつ話す。


「正直このままではエゴの使用も視野に入れなくてはならないと思っていました」

「だね、オレも今の状況を長引かせたくないからトリトスに相談する所だったよ」


 リョウも困りながら相槌を打つ。


「まだエゴが定着してないオレ達が使ったら詰みかねないから絶対に却下されるけどね」

「それもそうです――ねっ!」

「よっ」

「ア゙アァア゙!」


 翠火が迫る変異種を切り払う。次いでリョウの五指から伸びる白い糸が足に絡まり引っ張りあげ動きを制限する。たたらを踏んだため変異種が体勢を整えようとしたその時、胴体から翠火と同じシュバイツァーサーベルの先端が生えてきた。


「ザァアっ――」

「焔、ブラッドファイア!」

『ホイホイ』


 変異種を貫いた剣の持ち主は翠火では無くイド状態で生み出したスキル【糸遊いとあそび】で生まれた翠火のオルターである焔だ。それでも元気に暴れ回る変異種から剣を引き抜いた焔はすぐに振りかぶる。翠火は縮地を使って一瞬で距離を詰め、体勢は袈裟切りの構えを取っていた。焔も翠火と同様に袈裟切りに構えている。


「ハァッ!」

『ホイッ!』


 そして気合いを入れて両者共に振り抜く。焔は気合いを入れているんだか微妙な掛け声が頭の中で発せられるが翠火は気にしない。彼女の剣先は焔にギリギリ触れず、焔の剣先もまた同様に変異種のみを捉える。このままでは中央で袈裟切りが交わってしまうが、両者の剣の軌道はその交わる瞬間のみ水平になり綺麗に通り抜けた。交わるのは残痕のみであり綺麗なXの字を描く。


「アガァ――」


 それで終わりでは無く、Xの傷口が燃え上がり言葉も発せ無い。いや、燃え上がりの時点でHPバーが消滅しその存在毎消えてしまった。


「あの嬢ちゃんやるなぁ! 俺達もいくぜぇ!」


 まるで焼き尽くしたかのような倒し方にフイルは溜まらず声を上げ、もう待てないと言わんばかりに矢を引き抜く。即座にどこかから矢筒に矢が補充されるが、それを気にする者は今は居ない。それは言動とは違ってあまりにも自然な動作で矢を引いたと同時に矢が放たれ消えてしまったからだ。射ただけなのだが狙う動作や引いた後の溜も無く消えた矢の行く先はトリトスに近づいていた変異種だった。


『これは……』


 トリトスはリョウの視界を共有していたためフイルの技を最初から最後まで見ていた。トリトスを守るように瞬時に近寄っていたスパッタがグローブと籠手という変わった装備でファイティングポーズを取り、トリトスは自身の目でその隙の無さを確認する。


「おりゃー!!!」


 ドワーフのカーンがどこから取り出したのか自身より大きく、2メートルはありそうな柄の長い大槌を取り出した。しなりを生む程の重量を誇る獲物をなんの澱みも無く扱うその身体能力を見て確信を得たトリトスは少し離れたリョウへ口頭より早く思念で伝える。


『この方達なら押し戻せるでしょう』

『お前の判断を信じる』


 届いた思念を即座に打ち切ったリョウは声を上げた。


「翠火さん、彼らの実力はかなり高いらしい。トリトスが押し戻せると判断した!」

「わかりました! 敵意も感じません。彼らは頼もしい応援ということですね!」

「2人とも全力は出さない。今みたいに1体だけ集中で平気、あのエルフが時間稼ぐ」


 突如掛けられた童女の声音に全力で下方へと視線を送った翠火とリョウは、女性のドワーフであるソラスの言葉に目を合わせてしまい一瞬だけ気の抜けた空気が流れる。が、彼女達はすぐ互いに頷いて邪花の眷属・変異種を片付けるためにソラスの意見に倣うことにした。

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