第129話 大難の到来
当初邪花の眷属は人のような見た目で虚ろな表情のまま襲ってきていた。だが今では表示された名前が同じでも奥へと進めば異なる見た目に変化していた。
「もうただの草ね!」
華はバスターソードを振りかぶり、腕を除いた上半身全体から草の生えた邪花の眷属を屠る。その最後の1匹のHP既に華の一撃で容赦なく刈り取れる程度しか残していなかった。
「最初の敵と比べると凄く硬くなってるわね、進みすぎってことはないわよね?」
「大丈夫です。安全を考えれば強さ的には丁度いいのでここで戦いましょう。先程の安全地帯からも遠くなく狩り場として他の方達とも被らない良い位置取りだと思います」
「自販機とは思えない味だったよ~また食べたいなぁ」
ダンジョンにある安全地帯とその中に設置された食事や飲み物が売っている自動販売機を思い浮かべ、夢衣が幸せそうな表情を浮かべる。
「入ったら戻れないって言ってたけど餓死とかの心配は無さそうね……なんで売り切れないのかは考えない方がいいのかしらね。にしてもこの夕日」
華は既に数時間経過しても一向に沈まず動かない太陽目掛けて目を細めて睨む。翠火は憂う表情をし、夢衣は困ったように笑った。
「……頭が痛くなるわね」
「少し違いはあれど、ほぼダンジョンと同じ構造なのでしょう。きっと独立したエリアなんだと思います。我慢するしかないのでしょうね」
「ほんと不思議な世界だねぇ」
「お~い! 皆~!」
「あっ! リョウちゃん帰ってきたー」
横から呼びかけるリョウの姿に声を上げる夢衣、その後ろからトリトスも見える。
『こちらも敵のレベルが上がっていました』
「やっぱりここが限界だね。中には動かない癖にやたらとやばい雰囲気をしたのがかなり居たよ」
『私達の進行状況から予測するなら恐らくあれはブラックアビスへ繋がる直通ルートです』
「それに黄色い花粉みたいなのが雪みたいに降ってる道もあって不気味だったよ、でも一切敵が居ないから安全って言えば安全かな」
「そんな道があったんですか? あ、そういえば……」
今まで進行上敵以外障害がなかったため疑問混じりに驚いた翠火だったが、この間集めた情報からその道についても調べてあったことを思い出す。
「あれがなんなのか予測は付くけど、トリトスが近づくのを止めたから詳しく調べられなかったんだ」
『あれが何かはデータが無いので詳細はわかりませんが、この間集めた情報を元に予測するなら魅惑の花粉ですね。あれに触れるだけで魅了状態に陥り、ボスの下へと強制的に歩かされる可能性が高いです。把握した情報を元にするなら、ですが』
「やっぱあれがそうなのか、不用意に近づかなくてよかったよ」
「トリトスさんは平気なのですか?」
『私はオルターですので人体に影響のある状態異常は一切受け付けません。それから翠火さんとリョウの
「へ~トリちゃんトリちゃん、あたしと華ちゃんは?」
「ちょっと私を巻き込まないでよ」
トリトスは夢衣と華の全身を少し見る。
『夢衣さんも華さんも最初に出会った頃と比べればかなり
「おっ! ってことはぁ!?」
『ですが数秒もすれば魅了されてしまいます』
「もー!」
「それ位わかってたでしょうが」
「ちょっと期待しちゃうじゃん!」
『皆さん休憩は終わりです。来ますよ』
とりわけ慌てる必要が無いのか、余裕を持ってトリトスが告げる。
「それじゃぁここでレベル上げも兼ねて稼ごうか」
「そうね!」
華はもう相手に慣れたのか、邪花の眷属を見ても怯むことなく真っ先に駆けていった。
時は経ち、フイル率いる4人の
「こりゃ……相当やばげじゃね?」
「やばげではなく本当にやばいですよ」
エルフのフイルとダンピールのスパッタの前には泥の通路が広がっていた。だがただの泥では無く、所々に血が混じり、鎧の欠片や革の切れっ端が落ちている。このまま進めばタダでは済まないことは誰にも容易に想像出来るだろう。
「ソラス、足が汚れちまうぞっと――」
「命の懸かった場所で何考えてるの?」
「うっ」
ドワーフのカーンが娘のソラスへといつものように肩車しようとするが、状況が状況だけに叱りつけるソラス、2人のいつも通りのやり取りに呆れた視線を送るフイルだったがいつものことだと思い出して笑いながら溜息を零す。
(何やってんだか……ピリピリしてんのか? らしくねぇ)
ここに来てからどうにも収まらない胸騒ぎにいつもなら笑って注意する状況にさえ神経質な対応をとっている。
「カーン、なんかマジでここやべぇ感じがすんだ。ソラスの肩車ならこれ終わった後にいくらでもさせてやっから今は警戒してくれ」
「お前がそこまで言うなら相当やばいんじゃな、わかった。それで手を打とう」
「私の肩車で取引しないで」
「仕方ありませんよソラス」
「いつものことなのはわかる。でも釈然としない」
「そんじゃソラス! この泥調べてくれ」
「わかった」
ソラスは肩車の件については諦めて泥になっている通路の境目へと進んでしゃがみ込む。手で触れて泥をこねくり回すと泥へ手を突っ込んだ。あまりの大胆さだが慣れたものなのか、3人は落ち着いて眺めている。
「お団子」
「ブフッ!」
ソラスの呟きがあまりにも幼い見た目とマッチしているため吹き出すフイルだが、それに構わず泥団子を赤い染みが着いた箇所に投げて様子を見る。呆気なく崩れた団子と何も起こらないその場所を睨む。同じように鎧の欠片がある場所、革の切れ端と順に試すように投げていく。
「何も起こらんの~」
「父さん、黙って」
彼女の目は他の3人と違って何かを捉えたのか、複数の泥団子を作り始めた。
「ソラス何か見えたのか?」
「うん」
続きは行動で示すと言わんばかりに次々と完成した複数の泥団子を放る。上手く感覚を開けて丁度人の歩幅程度の感覚で器用に放り投げていった。
「何も起こりませんね……」
「黙って見てろって」
そして次に手に取ったのは他とは違い一回り大きな泥団子だった。泥の配置はまるで一歩一歩進み、泥に足を取られた結果体重が乗ったかのような動きにも考えられる。そして着弾と同時に団子が崩れたが、次の瞬間突如鳴り響く金属音がこの場に居る全員の心を凍らした。
『ガギィン!』
トラバサミを何重にも重ね、獲物を生け捕ることなど全く考えない隙間のない凶悪なハサミは強烈な殺意を醸し出したまま泥の中へと沈んでいく。
「思ったより凄かった」
「なんだありゃ!」
ソラスの冷静な言葉に続いてフイルの正反対な反応のおかげか、スパッタとカーンは乾いた笑いを浮かべていた。
「でもこんな致死性の高い罠があるなんておかしい」
「ソラスさん今日はよく喋ってくれますね」
「それだけやべぇってことだろ?」
「ちゃんと聞く」
「「はい……」」
「大討伐は簡易なダンジョンが主な構造」
「そりゃ元凶まで辿り着くのが滅茶苦茶難しい道程をテラ様が用意するわけがないからの~」
カーンが白くもっさりとした顎髭を手で梳く。見た目はゴワゴワとしているがなめらかに指が通る所を見ると髭の手入れは欠かしていないようだ。
「そう」
「んじゃどゆことよ?」
「考えられる原因として特種の変化……じゃないですか?」
「あ――」
フイルが何かを思い出したのか、反射的に声が漏れ出てしまうのを抑えようと口に手を当てるが間に合わない。当然それを見逃さずにスパッタは問いただす。
「あってなんですか」
「ん~……神命教の奴らが動いてるってクルーロが言ってたな」
「ギルドマスターの?」
「ああ」
「今言っても遅い、もっと早く言う」
「すまんすまん言い忘れてた。にしてもあんなの食らったら滅茶苦茶痛ぇだろうし」
「痛いじゃ済みませんし話を誤魔化さないでください」
「まぁまぁ今更言ってもしゃーないじゃろうて」
カーンがスパッタを取りなし、ソラスは考えるため腕を組んで頭を捻る。
「ならあの罠はもっと単純で簡単な――が元になって性質は振動――同じなら対策は――回りにある木の根はやっぱり――」
「ああやって見るソラスは本当に可愛いんじゃ」
「お前が父親じゃなかったら執行者に突き出してんぞ」
37歳にして好好爺の貫禄が出ているカーンに対してフイルは呆れた。そしてそれと同時に考え事が済んだソラスが顔を上げ、対策を話す。
「この泥の沼地は出来たばかり、後この罠は元々トラバサミじゃなくて足を縛る蔓のような物」
「あれ程でかいトラバサミを回避するのは容易ではありません。それに蔓が元だとは思えないので――」
「てめぇスパッタ! ソラスの言葉が信じっぃっでええええ!」
「スパッタは疑問を感じてるだけ、黙る」
ソラスがその小さな足で父親の足を踏んで黙らせ、先を続ける。
「惑わされちゃ駄目、一瞬だったのと金属音で誤魔かされそうになるけどあれは木製」
「では足止めの蔓があれ程凶悪なトラバサミになったと?」
「そう」
「……もしそれが事実だとして、どれ程の変化がこの短時間で起こったのか想像がつきませんね」
「恐らくボス自身に何かとんでもない変化が起こってる。それもついさっきと言ってもいい位」
「神命教か」
「あいつらの殺意の高さには呆れるわい。のぉソラス?」
ソラスが頷いて同意するとフイルが呆れながら後に続く。
「神命教の頭の中どうなってんだ? どうしてあんなのが野放しになってんだよ」
「あれの考えはこの世に生きる人はテラ様に命を借りた存在、そしてその借りた命をテラ様に返し続けた者はいずれテラ様の元で永遠の命を与えられ仕えることが出来る。神へ命を返す方法は問わず、返せれば返すだけテラ様へ近づくって考えてるらしい。やり方は信者に任せてどんな手段でも使う……いつ聞いても理解したくないし意味不明」
「そうそう、そんなんだそんなん」
「まぁ愚痴はこの辺りにして、ソラスさん先へ進む方法はわかりましたか?」
「もち、凄く簡単で方法が2つもある」
「ほぉ~そいつぁ凄いな」
小さな指を立てて少し口角を緩ませ、自信満々な雰囲気で一言。
「飛び越える」
「アホか」
「数十メートルあるこの距離を? 無理ですね」
「ハンマーで吹き飛ばせば儂以外向こうにいけそうじゃの」
「……最後の1人以外当然の判断。生命の保証がされないし足が着いたらそれで終わり、だから2つ目」
「1つ目がゴリ押しなせいか、2つ目に一切の期待が出来んって」
まともな案と捉えられなかったせいか、ブーイングが飛ぶがそんなことを気にせず続ける。
「ゆっくり歩く」
「ほらな? いって、こら脛蹴るな」
「話は最後まで聞く」
「わかったわかった! んで?」
「この凶悪な罠は元が蔓、その蔓を踏むと足が絡め取られて足止めされる罠」
「そうだな」
「そしてこの泥沼を調べた結果、それの発展系だと推測出来る。周りにある木がその証拠、後泥沼なのに足を絡め取ることは考慮されてない位硬い。その証拠に踏んだだけじゃ全然沈まない」
「確かにな……っておい!」
「大丈夫」
ソラスは泥沼に足を踏み入れゆっくり歩き始める。止めようにも調べていた彼女を止めるには距離が離れすぎていた。
「お、おいおい……」
「ソソソラス!」
「何も……起きませんね」
「帰ってきた、な」
「うん大丈夫だった」
歩みを止めずにゆっくり歩いてすぐに皆の所へと帰ってきた。推測を再確認するように頷く。
「うん、ゆっくり歩けば大丈夫。あの罠は暫くその場に立ち止まるか転けたり躓いたり走るような急激に加重が変わる行動を取ると、それがトリガーになって殺しに来る罠」
「さっきは泥を投げてたが、あれはどういう?」
「何かが移動している風にしたかっただけ、小動物位の体重が無いと多分反応しないからお団子で試したの」
「だからさっきは指先で摘まんだ程度では反応しなかったわけじゃな?」
「そう」
「しゃーない、皆覚悟を決めろよ? わがパーティの頭脳担当様が言うんだ。行くぞ」
「仕方がありませんね」
「ソラスが言うなら大丈夫じゃ!」
「さっさと行く」
ソラスが率先して前へと進む。それに続き彼らは慎重に歩を進めた。
「ちょっとこれの難易度はジュニアじゃなあったの!?」
「変異種ってのが強すぎる! 送られたばかりの場所にどうしてこれ程の化け物が居るんだ!」
「おい言うことを聞け! バラバラに行動すれば死ぬ確率が上がるぞ」
罵声に近い忠告を聞く者は居ない。彼ら彼女らは自分達のことで精一杯なため忠言は聞き入れられない。そしてそれを離れた所で見守る人物が1人、堪えられないとばかりに笑いながら呟く。
「くっくっく、流石にこれは上手くいきすぎだろ! もっとだ、もっとその命を神の元へ!」
(邪花の眷属ってのに変異種が付いてやがる……あの花の影響が雑魚にまで及ぶってのか? いくらなんでも違いすぎる)
神命教のヒューマンがとあるパーティを眺めながら感想を零す。そしてそれを冷めた目で見るダンミルが居る物のそのことには誰も気づかない。
(ちっ、翠火達はまだか? いい加減こいつらと一緒に行動すんのもいい加減止めたい所だってのによ!)
苛つきながら地面の土を蹴るダンミルだった。だがその苛つきは別の不安にも起因している。
(本当に平気なのか? 翠火がここまで辿り着く前に殺されりゃぁ二度と抱けねぇんだぞ!? ここまで強くなるだなんて聞いてねぇよ!)
ダンミルはブラックアビスが変異種へと至った瞬間の恐怖に身を震わせるのだった。
『ラ゙ラ゙……ラ゙ー!』
壊れたレコードのように破損していることに気づかず音を垂れ流す状態が続いている。
『ラ゙ーァーア゙ーラ゙……ア゙ラ゙ー!』
最早リズムも何もなく、出ない声を無理矢理捻り出そうとしているようにも感じられる。その場に居るのはブラックアビスと邪花の眷属だけでダンミル達は既に居ない。
『ラァ゙ーア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!』
怒りにも聞こえる叫び声、そして黒かった花弁は紫に変わっており、頭上に浮かぶ名前も【ブラックアビス・変異種】と表示されている。近くに居る【邪花の眷属】も全てに変異種と表示が続いていた。
それから変異種が巻き起こすトラブルはこの世界で新たな大事件としてプレイヤー達に限らずこの世界の住人にまで波紋を広げることになるのだが、彼らにはそのことを知る由も無かった。
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