第6話 勝利と逃走


 アキラは自分を鼓舞するかのようにオルターであるシヴァに大きく声に出して言う。


「シヴァ!俺はこんな序盤で死ぬつもりなんか無い!お前もそうだろ!」


 名付けられた銃であるシヴァの名前を叫ぶ。するとそのシヴァから脈打つ感覚が来る。まるで「やってやるぜ!」と言ってるのでは無いかと思う程だ。

 実際にはアキラが元気に自分を呼ぶので喜んでいるだけなのだが、アキラは知ってか知らずかそれを肯定の返事と受け取る。


「ならとっととこんな雑魚倒してチュートリアルを終わらせるぞ!」


 そう叫ぶや否やアキラは捉えている右手を離し、シヴァ毎フォレスト・ウルフの口の中に手を突っ込む。

 相当な覚悟を持っていなければこんな大胆なことは出来ないが、アキラの覚悟はその行動を取る程の器を見せていた。咄嗟に顎を閉じるフォレスト・ウルフだが、シヴァの銃の形状がその顎を閉じる事を許さない。


 アキラはそのチャンスを逃さない。


「この距離なら狙い方なんて関係ない!目を瞑ってても当たる!」


『ドォン!』


 こもったような銃声が鳴り響くが、HPはまだ全体の1/5は残っていた。しかし、フォレスト・ウルフは弾丸を口の中で撃たれても決して抵抗を止めない。


(わかってるさ、シヴァだけで倒し切ろうとは思ってない)


 自由になった左腕で親指をフォレスト・ウルフの左耳の穴の中に親指を突き立て、耳ごと頭を引っ掴んでから力の限り握り込む。


 フォレスト・ウルフは痛みと本能で危機を悟ったのか、急いで後ろに下がった。その影響でフォレスト・ウルフの口の中に入っていた、アキラの右手がシヴァ毎吐き出される。


 だが、アキラが非常に強く耳ごと頭を握っていたため、シヴァを握った右手を吐き出せてもアキラと距離を置くことができなかった。


 アキラは、フォレスト・ウルフの血と唾液まみれになった手で強くシヴァを握り直し、そのまま左手で暴れるフォレスト・ウルフを頭ごと握りしめて、シヴァを構えて引き金に指を掛ける。


 しかし、フォレスト・ウルフが距離をとろうと更に激しく暴れる。そのため弾丸が当たらず、無茶な体制で銃口を下側に向けて撃ったため銃の反動リコイルが、シヴァ毎右手を打ち上げてしまう。


 アキラはそんな反動には構わず、一度手を離してしまえば勝ち目が無いのを悟っているのか、掴んだ手を何が何でも離してたまるかと、離れそうになる手を決死の覚悟で更に握りしめる。


 暴れながら距離を取るため、下がろうとしたフォレスト・ウルフは離れないままのアキラに対して苛立った様子で唸りながら、必死に首を振って掴んだ手を振りほどこうとする。


 痺れを切らしたフォレスト・ウルフが、握りしめている手に噛み付こうと無理やり首を捻って口を開く。今噛みつきを許せばアキラの状況では、何が起こるかは分からないが碌な事にならないのは明白だった。


 例えフォレスト・ウルフが、アキラの手を振りほどいたとして「逃げる」なんて選択肢を取るのは希望的観測であり絶対ではない。それに賭けるのは現実的ではないだろうと漠然と考えていたアキラは、振りほどかれないために必死に手に力を込める。


 アキラは何が何でもここで決着をつける意志を持って声を張り上げる。


「大人しくしてろ!」


 そう言いながら、右手のシヴァを握りしめて振りかぶり、銃の底の弾丸が収まったカートリッジ部分である銃床で殴りかかると『ドチャ』と硬いアスファルトの上に柔らかい果物を落とした様な音を立てて、フォレスト・ウルフが地に突っ伏す。


 その勢いが凄まじかったのか、アキラの手首から嫌な感覚が伝わってきた。咄嗟に自分の右手を見ると、シヴァの白かった線が真っ赤になっていた。視線をフォレスト・ウルフに戻すと、HPらしきゲージが目に入る。何故か0に見えるほど減っているのだが、未だ生きている。


 そんな疑問は捨て置き、死んでないなら更に攻撃しようとするアキラは、手首を代償に得る勝利に慢心を見せず、決して油断しないその双眸は自身の未来を見ているのかもしれない。


 その顔を見たフォレスト・ウルフが察する。今何かしなければ、死ぬ。しかし、その思いを切り捨てるかの様にアキラが銃口をフォレスト・ウルフの目に合わせ、フォレスト・ウルフの頭を動かさないように更に地面に押し付ける。


 右手で握りしめたシヴァを、フォレスト・ウルフの目に照準を合わせた。フォレスト・ウルフは唸りながらもこちらを睨みつけている。


「流石にここを撃たれて生きてたら、俺の負けでいいぞ」


 フォレスト・ウルフは悟った。もう自分は助からないと、ならば今出来る最後の足掻きをするしかないと。


「ァオオ『ダァン!』ォォ…」撃ったと同時に最後の1発だったのか、銃のスライドがリリースレバーによって露出した状態のままになりトリガーはもう引けない状態になった。その動きと同時に空薬莢が飛び出しアキラの頬に当たる。


 アキラは気づいていないが、薬莢が排出される時の温度は非常に高く、触れただけで火傷してしまう程に高温になっているのだ。それが頬に当たって無事なはずがない。だが、当の本人は興奮状態で気がついていない。


 アキラは荒い息を吐きながら祈るように確認する。


「はぁはぁ、た、倒したか?」


 アキラが訝しみながらフォレスト・ウルフだった物を見つめる。HPゲージは灰色になっており、頭のなかにアナウンスが聞こえた。


【レベルが1上がりました。】

ノービススキル【射撃】【武術】を習得した。

オルタースキル【リロード】を習得した。


 フォレスト・ウルフを倒したことで、経験値とスキルを手に入れる条件を満たし、アキラにだけわかるようにアナウンスがされた。

 するとHPゲージが粒子の様に霧散し、フォレスト・ウルフが光の粒子となって消え、その後には1つの箱が現れた。その箱を拾い上げると、その箱が消えバックの中に入っていくのが何故かわかった。


 徐にメニューからバッグを開くと、中には【アイテムボックス】と書かれたタブがあり、そこに触れると灰色の箱が一つだけポツンとあった。そこに触れると【フォレスト・ウルフ】と書かれていて、説明が表示されている。


【フォレスト・ウルフ】

森狼の肉、森狼の毛皮、森狼の爪がランダムで1つ入手できる。


 アキラは興奮した余韻で働かない頭で流されるようにそんな行動を取った。気がつくと次第に感覚が正常に近づいているせいか、頬からピリピリ痛むような感覚や、左手首から関節が曲げてはいけない方向に強く動かした時に感じる類の痛みを訴えている。


 死闘を演じていたせいか、それが終わったことを実感すると身体の熱が一気に噴き出し、荒れていた呼吸と共に落ち着きを取り戻していく。


「いってえぇぇぇぇ…やばいやばいまじ痛い。痛すぎる」


 チュートリアルである敵を倒したからなのか、ウィンドウが出現し報酬として【HPポーション×3】がバッグの中に直接送り込まれたらいく、それを確認するためメニューからバックを開くとポーションのアイコンがあった。


 すぐにポーションを選択すると【取り出す】【捨てる】と表示が出ていて、アイテムの説明が表示されているが内容はわかりきっているアキラは迷わず【取り出す】を選択し、丸いフラスコ型の薬品を手首に掛け、痛む頬に塗り、牙で傷ついた右手に掛け残りは飲み干す。


 この世界での回復方法等知らないアキラは、これしかないだろうと思いついた行動を実行する。傷や痛みが収まりポーションの回復力に驚きつつも、爽やかなミント風味の清涼感ある栄養ドリンクを飲み干す。その爽やかさが、戦闘を終えたアキラの疲弊した精神を癒やしてくれた。


 こうして、アキラの初戦闘であるチュートリアルは終わりを告げた。




 シヴァに視線を向けたアキラは、先程見た赤い線が無くなった事に気づく。シヴァは最初見たときのように白い線に戻っていた。


「なぁシヴァ?さっきのお前の赤い線はなんだったんだ?」


 アキラが質問してもシヴァは喜ぶ反応しか返せなかった。アキラの質問が複雑すぎるため、話しかけられて喜ぶことしか今のシヴァには出来ない。


「なんで喜んでるのかわからないけど、わからないって事はわかった。それなら殴った時すごい勢いだった気がするんだけど、なんで?主に俺の手首がヤバイことになるぐらいの勢いが出てたけど?」


 この質問に、また喜びの感情が伝わってくる。

 まるで子供が「すごいだろ!」と言っているかの様な印象だ。アキラの凄まじかったと言う感覚がシヴァに伝わったのか、意味はわからなくても自分が凄い事をしたのだと嬉しそうだ。人の形をしていたら腰に両手を当てさぞかしふんぞり返っている事だろう。それほどに喜んでいるのだ。


「なんで銃なのに殴る威力が上がるんだ?俺の筋力で自分の手が持ってかれるような威力で殴れるはずがないんだがな…ゲームだからってのもなんか違うし? よくよく考えてみると、フォレスト・ウルフの噛みつきを手で抑えたり、掴んだままどんな事をしても手を離さなかった。もしかしてこれもシヴァのおかげなのか? それともこの世界のステータスの影響なのか…謎だ」


 シヴァが喜ぶ感情からして方向性は間違ってはいないと考えるアキラだが、シヴァがそこまで深く物事を考えることが出来ないのを知らないため仕方が無いだろう。奇跡的に考え方は間違えていないのが救いだ。


 構えば喜ぶ相棒パートナーが小さい頃の妹を相手にしている時のような懐かしさを感じた。その軽いホームシックに近い感情が自然と家に帰りたい感情を膨らせる。どうすれば帰還できるのかアキラは考えながら呟く。


「そういえばストーリーで…」


 アキラはここへ来た時のストーリーを思い出す。

【貴方は、この世界で来訪者として訪れています。来訪者とは、意図せずに異世界に訪れてしまった人たちの総称です。貴方はこの世界で生きていき、自分の居た世界へ戻る事を目標に行動しましょう。】

 そう、はっきり言っているのだ『自分の居た世界へ戻る事を目標に行動しましょう。』と。


 確かに意図せずこのソウルオルターの世界に来てしまった。現在何も指標の無いアキラが基準に出来るのは、このおかしな状況とマッチしているストーリーの流れだけだった。そのストーリーを肯定するしか今のアキラには出来ない。


 だったら、何が何でも帰らなくてはならないとゲーム通りに従ってやると、当面の目標を定める。一時の遊びのせいで永遠に深緑に会えなくなるなんて未来は絶対に実現させてはいけない。


(今思うと敵の強さおかしくないか?チュートリアルにしては強すぎだろ。それともこれがこの世界の標準なのか?ん~今考えてもわからないか、取り敢えずドロップ品を確認してみるか)


 丸腰状態の脱却と安全確保について、忘却の彼方程ではないが興奮がまだ残っているせいで忘れかけている。が、都合よく思い出せるはずもなく、やりたいことを優先してしまう。

 アキラはバックの中に入れたアイテムボックスを選択しようとすると『ピッ♪』という電子音が鳴るのを聞いた。


「ん?チュートリアルは終わって…非常にチュートリアルかどうかは怪しかったが次にまだやることがあるのか?取り敢えず見てみるか」


 アキラは不親切なチュートリアルに抗議したい気持ちを込めながら呟き、半透明のウィンドウを覗き込む。


【街へ行こう!】


 シヴァを収めながらアキラは、そのクエスト名を見て本来のもう一つの目的である安全確保の件を思い出した。


「そういえば、安全確保がまだ出来てないな。またフォレスト・ウルフみたいなのが来ても厄介だし、大人しく街へ行くか」


 アキラが街へ行く決意をし、まだ覚束ない動作で出現している【街へ行こう!】のウィンドウにある【開始】をタッチする。


【街へ行こう!】

戦う術と戦い方を学んだのなら、最後に活動する拠点として最寄りの町へ向かいましょう。マップに付いているマーカーの位置へ向かおう!


 アキラがクエストらしき物のタイトル下にある説明欄を見て、早速マップを使用すると現在位置と向いている方向がウィンドウに表示される。現在居る場所が【ウルフの森】で、最寄りの町が【アジーン】である。


 敵が強いのではないか?と不安に感じていたが、名前が如何にも序盤に出てきそうな名前の森に安堵する。だが、だからと言って敵が弱い保証がどこにもないのに安心しているのはゲーム脳と性格の問題だろう。


 出発前に忘れていることが無いかアキラは確認することにした。と言っても確認できるものは武器位のもので、早速手に持っていたシヴァを眺める。シヴァは、フォレスト・ウルフを倒した時同様、スライドがリリースレバーによって開放された状態になっていた。アキラはここで初めて弾丸について失念していたことに気がついた。


 銃は強力な武器故に弾丸と言う制約が存在していた。が、今のシヴァの威力からしてその制約が通るのは怪しい。が、今問題となっている弾丸をどうするかを優先して考えるアキラは、習得したスキルに【リロード】と言うのがあるのを思い出す。


「ん~このスキル【リロード】ってどうするんだ?シヴァわかるか?」


 シヴァにリロードについて聞くと、弾丸が装填された状態のマガジンが光の粒子から形作られ、アキラの左手に収まるように現れた。


「え、リロードもファンタジーになってるの?ま、まぁありがたいし楽でいいけど」


 アキラは若干戸惑いつつもそういうものと受け入れ、左手に装填済みのマガジンを持ったまま銃のトリガー付近にあるリリースボタンを押した。


 装填されていたマガジンが放出され、撃ち尽くして空になっているマガジンを左手でキャッチし、そのまま持っていた新しいマガジンを装填する。


『シャカッ!』


 乾いた様な小気味いい音と装填時のフィット感に地味にアキラが感動していると、持っていた空の方のマガジンが光の粒子となって消えていく。


 ステータスを確認すると特にMPが減少したりとかはしていなかったので、遠距離武器のオルターには弾切れと言う概念は存在しないのかも知れないとアキラは考える。遠距離の制限攻撃回数に対しての配慮に安堵しながらアキラは再びリロードに取り掛かり始めた。


 アキラがリロードに嵌まっていると、シヴァが不快感を表す思いが伝わる。恐らく不必要なリロードで遊ばれるのはいい思いをしないのだろう。

 アキラが軽く謝り、そろそろ行くか!とシヴァに告げる。シヴァも喜びの感情をアキラに伝える。


 アキラがホルスターは絶対作らなくてはならない。と決意しつつも申し訳ないと心のなかでシヴァに謝罪してから、上がっているリリースレバーを下ろし、スライドの戻る反動、音と共に響く感覚に嵌まりかけるもなんとか堪えてからシヴァを消すイメージで収納する。


 自分が仕舞われるのがわかったのだろう。仕舞う直前に驚愕の感情が伝わったせいか「あっ!」と聞こえもしない幻聴がシヴァから聞こえた気がしたアキラだが、心を鬼にして消えていくシヴァを見送る。


 アキラが銃に慣れ親しんではいない筈なのに、なぜ知っているかのようにリロードがスムーズに出来たのか?その理由はレベルが上った際に獲得したオルタースキル【リロード】のおかげだ。


 オルタースキルとはその武器に適したオルターだけのスキルで、この【リロード】の効果は【装填方法の把握と装填時の動きをスムーズにする事】分類的にはパッシブ系のスキルとして常時活用出来る。


 アキラは気づいていないが、素人が初めてリロードするのにマガジンを持った状態で空のマガジンを落とさずにスムーズに新しいマガジンを装填する。


 まるで銃に精通した熟練した動きだが、例えやり方がわかっていてもつっかえずに何回もスムーズに出来るわけがないのだ。


 だが、リロードの虜になっていたアキラが気づかないのも無理は無いだろう。体感したことのない重みとフィット感は誰でもクル物があるのは仕方が無いのだ。


 アキラがフォレスト・ウルフと戦闘した地点から大体2、3分ほど歩くと、森の奥から何かが聞こえる。息遣い、動物特有の足音、それも集団で近づいているかのような雰囲気だ。何事かと勘ぐっていると、威嚇する鳴き声が聞こえた。


「ハハハ、やだな~まるで狼みたいな鳴き声じゃないか。それも複数匹は居そうな感じだな。全く、狩りをするならこっちに来なくてもいいじゃないか」


 アキラがとある可能性を否定するために、無理やり納得できそうな言い訳じみた可能性を述べる。

 だが、現実は無情にもアキラを覆うように動き始める。このまま現実逃避していては、危ないと誰でもわかるだろうし、気づくのが遅いくらいである。


「まじかよ…こんな同時に群れのフォレスト・ウルフが都合悪く来るなんて有り得ないだろうし、原因を考えるとやっぱりあれだよな、絶対止めを刺す前の遠吠えだよな…よし!群れのフォレスト・ウルフが来る理由がわかった所で逃げますか!原因が俺だからどうにもできん…」


 逃走するため牽制用にシヴァを召喚し、街がある方向へアキラは走り始めた。逃げるために突如走り出すアキラに、包囲網を作ろうとしていたフォレスト・ウルフはアキラが走りだすと同時に急いで囲うのを止め、追撃に移行した。


 狼は集団の狩り優れており、群となって狩りを行う狼が本格的にターゲットとしてアキラを狙う事を考えると逃げるのは難しいのではないか?とアキラは弱気に考えてしまう。


 が、そんな弱気に活を入れてアキラは走り続ける。姿は見えないが並走しているらしき音や気配が両サイドから感じる。

 アキラはフォレスト・ウルフが姿を見せる前に、シヴァを抜いてから大雑把にした予測に銃口を向けて、狙いを付けずに引き金を引く。


 左右交互に狙って弾切れを知らせるスライドレバーがかかるまで撃ち続ける。弾切れになれば即座にリロードし、群れが居るであろう後方に向けて威嚇射撃を繰り返す。アキラは銃を撃ちながらも、走りながら射撃する難易度の高さに驚愕していた。


 アバウトに狙いを付けた位置に飛ばずに、足元近くに銃弾が飛んでいったり、真向かいに行ったり狙うどころではなかったのだ。


 そんな苦労は知るかと言わんばかりにフォレスト・ウルフが吠えるだけの威嚇をしてくる。左右に並走していたフォレスト・ウルフが両斜め後ろに陣形を変えたその次の瞬間、後方から前方へかけてフォレスト・ウルフがアキラの頭上を飛び越えて、空中でロンダートしながらアキラの方を綺麗に向きながら着地する。

 着地後、同時にアキラへ向かって飛び出し、噛み付くために大きく顎を開く。その涎で糸を引いた口は本能に訴えかける恐怖を感じさせる。


 ウルフは喉を狙う噛みつきではなく足止め目的の噛み付きなのか、低い姿勢で突っ込んできている。そのウルフを見たアキラは「狼がロンダートしてるよ…」と恐怖を誤魔化すが、性格のせいでふざけた呟きをする。


 そんな飛びかかってきたフォレスト・ウルフに対して、銃口を向けるのではなくシヴァのスライドとバレルを握り、銃撃ではなく格闘で迎撃する体勢を取る。


 飛びかかってきたフォレスト・ウルフにシヴァをハンマーで殴りつけるかのように振り被る。力一杯握っているためか、アキラのその指は血が通っていないかの如く白くなっている。


 そして銃床部分を当てるようにカウンターで迎え討つ。ギリギリその牙が届く前に銃床がフォレスト・ウルフの顔面に当たった。


 アキラは先の射撃の困難さから、銃撃より殴る事を中心に計画を考え直していた。飛びかかってくるなら渡りに船と、今のレベルのステータスなら、足止め程度に持ち込めるだろうと言う気持ちで銃床を使って殴ったのだが、フォレスト・ウルフは鳴き声も上げずに銃床が当たった所が陥没し、即死していた。


「え?」


 アキラは驚きながらも足は止めずに走り続ける。逆にフォレスト・ウルフの群れが動揺で止まった。アキラはドロップ品を拾っている暇などないし、経験値が入るだけありがたいと思いつつ、逃走を続けた。


 フォレスト・ウルフも動揺して止まっていたが、アキラを再び追跡する。シヴァの白くなっていた筈の赤い三本の線は真っ赤に光を放っているのに誰も気づいてはいない。


 再びウルフの群れが追いつき、背後から二匹同時に襲いかかるも、地を蹴る音をアキラの耳が捉えると同時に、シヴァから驚く脈動を感じた。


 まるでそれが合図のようにアキラは振り返り、飛びかかってきたフォレスト・ウルフの片割れに向かって振り返る勢いを利用した銃床での一撃で一匹を殴り殺すと、頭のなかにアナウンスが響いた。


【レベルが1上がりました。】

オルタースキル【ムーヴショット】を習得した。


「!」


 アキラは名前からして動きながらでも撃てるスキルと判断し、シヴァを構える。多少はブレるが、先程のとても走りながら狙いを付けているとは思えない位狙いと重心が安定している。

 シヴァが味を占めたのか、アキラに合図を送るように反応し、後方からフォレスト・ウルフが走り寄ってきていた。その反応にアキラも答える様にさっきの片割れを迎え討つ。銃が使えるのならと、当初の計画通りすかさず銃を構えたアキラは、よく狙わずアバウトに狙いを付け、フォレスト・ウルフに当たればどこでも良いと言う思いで、引き金を引いた。数打ち当たるを実践するかのように弾丸を放ち続ける。


 射撃姿勢はほぼオリジナルだが【ムーヴショット】が功を奏したようで、数発がフォレスト・ウルフに命中したのを確認後、再び前に向き直ってから再び逃走を開始する。走り続けた成果が漸く現れ始めたかの様に、森の終わりが見えた。外らしき景色を見たアキラは気が緩みそうになるが、森を抜ける事に集中する。


 最後の1匹らしきフォレスト・ウルフが追いかけてこない事を疑問に思うも、アキラは逃げ切るために森を抜ける。森から出ると外の景色が眩しく手で日除けを作って、本当にまだ追ってがいないのか、ウルフの森へと振り返って最終確認を取る。


 ウルフの森が終わればフォレスト・ウルフは追っかけては来ないだろう。とアキラは森の名前から推測していた。事実フォレスト・ウルフはウルフの森からは外には出てこない。

 アキラの認識を証明するかの様に、その考えは何も間違えてはいなかった。


「よし!よしよし!!逃げ切ったあああああ!!!」


 アキラが日陰を作っていた手ともう片方の手を天に突き上げ、勝鬨を上げる。



「アオオオオオオオオオン!」



「ん?なんだ?追いつけなかったから悔しいのか?ん?」


 アキラの勝利の雄叫びはウルフの森の外は安全地帯、そう思っての勝鬨であり、噛ませ犬のような常套句で煽るような言葉は余裕が出てきた故の意図した発言だろう。


 両手を振り上げたまま立ち止まり、ゆっくり手を下ろして目が慣れ始めた陽の光越しに目線をマーカーが付いた目的地方面に向ける。これからは安全な道で街へ向かえるだろう。綺麗な平原を見ながら、そう思いつつ顔が正面を向いた。


 そう思っていたのだ。きっと雑魚敵が1、2匹出てきたりするのだろう。この後は良い事ばかりの筈だ。だからアキラは祈るように前方を見渡す。何も起こらないだろうと願いつつ、見つめた先に居たのは12匹の【ウルフ】の名前だった。


 アキラは、この時わかっていて煽ったはずだったのだが、気持ちは正直で煽り文句は気分を高揚さていた。その反動で起こるテンションの落差を、次の瞬間身をもって体験する。

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