第156話 魔人という種族の葛藤


 アキラがサイクロプスを倒した日、狐のお面を外したまま翠火は自身の素顔を披露しつつ周囲を目だけで軽く窺う。


(な、なんでこんなことに……)


 周囲には自身と同じく正面を向いて横並びになり、複数の男女が静かに待機している。服装は貫頭衣と言った所謂奴隷が着るような布だけで胴体を覆い、腰部を紐で縛っただけの物だ。他には特徴として翠火以外全員怪我をしているが、誰もそれを気にも止めない。部屋は明るく、回りは清潔さと比例するようにイスが一つぽつんと置いてあるだけだ。


「全員右を向け」


 イスに唯一の人物の声が正面から聞こえると同時に不揃いに右方向を全員向いた。


「反対」


 その声に従って全員後ろを振り返る。互いの顔がチラリと見えるが、翠火は自身との面識は無いだろうと改めて思う。そのビロードのように分厚い服は、その傲慢な態度と比例しているかのようだ。


「左を向け……もう一度正面を向け。…………2番と10番と18番と20番、お前達は待機して治療をしろ。呼ばれなかった奴らはさっきの待機室に戻ってから治療だ」

(あ、私の番号)


 バラバラと移動を始める多種多様の種族、余計な動きをせずに観察を続けているとやはりと思ってしまう。


(容姿が整っている人ばかり……本当にこんな所に、奴隷・・になってアキラさんを助けることが出来るんですか? トリトスさん……)


 翠火は現状トリトスが示した作戦行動に不安ばかりが募り、彼女達との会話をまた振り返った。









「え? 別行動ですか?」

『はい、ただアキラを救って逃げるでは私達もただでは済みません。私達がまとまって行動すれば確実に顔は割れます。その状態でことを起こせば、脱獄も容易ではではないでしょう。よしんば上手く脱獄出来たとしても、逃走方法が1本だけなのは心許ないです。なので侵入方法もリスク分散の為にルートを分ける必要があります』

「それは……そうですね」


 翠火はこの手の行動は初なため、トリトスの立案に同意も出来る。ゆっくりとだが納得せざるを得なかった。


『今回の計画は大まかに分けて侵入、首輪の無力化、救出、脱獄、逃走と五つの工程に別れます。侵入方法は二手に分かれ、何事も無ければ侵入したルートで私達はそれぞれのルートで帰還します』

「ですが、人一人を運ぶのにバレずに出るには無理があるのではありませんか?」

『その為にも私とリョウが行う侵入方法が重要になります。それについては後で話しますので先に翠火さんにしていただきたいルートの説明をさせていただきます』

「は、はい」

『それは――』


 会話運びがスムーズなため、つい頷いてしまった翠火だったがその内容を聞いて驚愕する。


「――嫌です!」

『どうしてでしょう?』

「だ、だって! 奴隷だなんて!!」

『いえいえ奴隷”のような物”で、求められているのは美しく、そして戦える剣闘士だけです。基本的に嫌なことには逆らえますが、扱いとしては雇い主の言う通りに従って侍るだけです』

「ほ、他のは無いんですか!?」

『ありません。都合よく罪都へ行くには“とある理由”で必要な剣闘士です』

「そ、それに私の容姿が――その、ぃぃって……トリトスさんの思い込みですよね!? 私お面してるんですよ!」


 自分で言うのが恥ずかしいのか、小さく言っているつもりで殆ど言えていない翠火の首が赤くなるのが見えた。そこには触れない優しさを出したトリトスは冷静に言い返す。


『貴方の素顔を私は把握しています。ですのでこの世界で十分に通用する美貌を貴方は備えていると私が太鼓判を押しましょう』

「なん~っ!」


 普段自分を客観視出来てる翠火だったのなら、この言葉に然程動揺などしない。だがそれを武器にした潜入をしろと言われれば、また別の意味で恥ずかしくなってしまう。まるで自分がナルシストのようだし、そんな姿を想像するだけで自身とのギャップに身悶えしてしまった。


『剣闘士となれば戦いは強制です。逃れる術はありません』

「それは……構いません」

『そして結果の如何を問わず生死に関わります。それを避けることが出来ないので奴隷みたいな物だと申したのです。……ですが表現の仕方が不適切だったようで、謝罪致します』

「っぅう……わ、わかりました」

『その綺麗な素顔を披露して是非雇い主を虜にしてください』

「ト、トリコ……」

「これ何度目かわかんないけど、お前本当に人間のことわかってないのかよ」

『さっぱりです』


 リョウが突っ込みを入れ、この話は終わった。






「――番……18番、返事を」

「は、はいっ!」


 計画を整理していると自分を呼ぶ声で現実に引き戻され、馴染みの無い番号呼びに遅れて反応を返した。


「お前は美しく、実技でも素晴らしい成果を残している。擦り合わせも必要だが、今回の臨時募集で期待はしていなかったと言うのにとんだ掘り出し物が居た。18番、翠火と言ったか? お前には大トリの相手を務めてもらう」

「大トリ? ……最後の、という意味でしょうか?」


 暑苦しく厚い服で体格が不明だが、男とわかる声と顔つきが大きく動いて頷いたことを示す。


「そうだ、お前の美貌と力量なら例え臨時でも使える」

「しかし、大トリ? を飾る腕など持ち合わせては……」

「何を言ってる? 戦った相手に無傷で、それも手加減して勝つなんて中々出来る物ではない、何よりお前の戦い方は綺麗だった」

「きっ? はぃ?」


 さっきまでの傲慢さが嘘のように顔が緩んで目を閉じ、天井を見上げる。翠火も何を言われるか気が気じゃなかったが、実際に浴びせられた言葉は思っていた物とは方向性が違ったなと思案した。


「あれはいい。ただ傷つけるだけでなく、動き一つ一つに芯が通っていたというか……なのにしなやかで美しさも兼ね備えた女神のようだった……これは」


 瞬間翠火を見てゾッとするほど狂気を孕んだ目を向ける。


「……金になる」

「か、ね?」

「最高のショーに出来る自信があるんだ。お前はきっと引っ張りだこになるだろう……正式にうちでやらないか? お前なら相手が王族だろうと大富豪だろうと選り取り見取り、引っ張りだこだ」


 一々落ち着かない相手の感情に、恐怖を抱きそうになる。間違いなく強くはないが、なぜか力づくでも押し通せる気もしない。それ程に強い何かを感じるが、そもそも呼ばれてからの急展開についていけず、取り敢えず横に置いてこの質問だけは簡単に返した。


「……私は、やることがあるのでお断りします」

「…………」


 何を言ってくるのだろうか、何をされるのだろうか、不安こそあれ今は余計なことに思考を割かないためにきっぱりと拒絶する。凍ったような空気はきっと錯覚ではないのだろう。


 そもそも、今回のように傍から見れば金のために見た目すら選考に入る剣闘士をやるような者が、より金になる提案をされたのに断る理由が思いつかないだろう。


「そうか、そういうこともあるな」


 表情は残念そうで、着ている服の重みで膝と肩が明らかに落胆した時の姿勢に変わる。だが、翠火の言葉を聞いて取ったリアクションはそれだけだった。


「そうか……そういうこともあるか……よし、翠火……この名前は少し言い辛いな【スイカ】ではなく【スーカ】と呼ぼう。剣闘士をしている間だけの名前だ。問題は無いな?」

「はい」


 これは断らないな? とでも言うように聞いてきたが、特に気にならないので翠火も素直に受け入れる。


「ではお前に専用の個室と衣装を用意する。おい! 案内しろ!」


 大声で呼ぶと彼の背後から扉を開き、入ってきた強面のワービーストが翠火を一瞥し、首を捻って付いてくるよう促す。


「スーカ」

「……ぁはい!」

「うむ、見事にフラれてしまったが気が変わればいつでも言ってこい。待遇は保証するぞ」

「お、お心遣いに感謝します」

「はは、ではお前らは大トリの前の――」


 うまく躱されたと言いたげな笑いをあげ、残った剣闘士に指示を出し始めた。扉が閉まる直前に聞こえた声を最後に内容は聞こえなくなる。


「こちらに」


 そして剣闘士の元締めらしき人物に侍っていた内の一人が案内し、大人しく背を追う。


(剣闘士の募集に入って、実力を示せば雇ってもらえるって話だったけど……こんな布だけの恥ずかしい格好をするだなんて聞いてないですよ!)


 誰も見ていないのだが、格好が格好のため忘れていた恥ずかしさが蘇ってしまい、身をクネクネとよじらせてしまう。


(それに剣闘士となって、罪都で行われる余興の一つに参加する。それが私に課せられた課題……トリトスさんに言わせれば前提のような物、その証拠に“切り札”を切る必要もなかった……)


 翠火は案内の後を追って控え室の前まで到着する。


「罪都へのスケジュールは後程お持ちしますので、簡単にでも構いませんので身を清めてください。ここを出て奥へ行くとシャワー室ですので、お着替えは後程お持ちします」

「わかりました」


 深く考えず頷き、案内人が出て行くと翠火はまた思考に耽る。


(切り札……そっか、そういえば強化バフしか無かったのに、ノートリアスモンスターと戦った時に初めて出来た新しい力が、今の私の切り札……)


 そう考えながら何度も見たスキルの説明を憂鬱そうに眺める。


【煉魔招請】

煉獄に存在するとされる死を関するクラスモンスター、煉魔を呼び出すことが出来る。dying状態でこのスキルを使用するとささげるソウルに比例して煉魔を一定時間呼び出すことが出来る。

このスキルに使用制限は存在しないが、条件を満たさずに使用すれば捧げるソウルが増加し、煉魔を呼び出す時間は正規手順の1割のみになる。

また、捧げたソウルが自身の許容値を超えればソウルが壊れる可能性が非常に高い。


【煉魔との契約】Lv.2

煉魔が認めた証であり、魔人の祖でもある煉魔のスキルを解放出来る。

契約した煉魔と意思疎通出来る。


【死の克服】※エゴ以上限定

その身を煉魔と同等の物に切り替える。このスキルを使用中はHP表示がDEATHに切り替わり、DEATH表示が限界に達した時、強制的にdying状態になる。

また、DEATH状態で受けたダメージはスキル使用者に肉体的苦痛としてフィードバックされる。

※【死の克服】使用中は同一スキルの連続使用不可


【生者断絶】※エゴ以上限定

その身を煉魔と同等の物に切り替える。このスキルを使用中はHP表示がBIRTHに切り替わり、BIRTH表示が限界に達した時、強制的にdying状態になる。

また、BIRTH状態で受けたダメージはスキル使用者にソウルの苦痛としてフィードバックされる。

※【生者断絶】使用中は同一スキルの連続使用不可



(切り札と言っても、私はきっとこのスキルをギリギリまで使えない……)


 スキル使用時の味わったことのない痛み、それが翠火に震えとして表に出てしまい、自然と自身を抱くようにその両腕を掴む。


(身体に穴の空くような攻撃を受けた時も、エゴが切れて意識を失いそうになっても容赦なく責め立てて来た肉体の痛みと魂の痛み……きっとあの時は戦っていたから耐えられただけで、きっと私自身また耐えられるかどうかわからない)


 気が狂ってしまいそうな痛みは、目的があったから耐えることが出来た。しかし、もし似たような状況でまた使えるかと問われれば躊躇してしまうかもしれない。


(あんなの……耐えられないよ……)


 知らなかったから耐えられたが、知ってしまえば、それも時間を置いてしまえば尚耐えられない。たかが痛みでこうも自分が情けなくなるとは翠火自身思っていなかった。


(そういえば、あの煉魔はまた来いって言ってた……嫌だ、怖い)


 煉魔との会話は今でも覚えている。そして、翠火の想像以上に恐ろしい相手だと言うことも承知していた。それでも自分の見積もりは甘いのかもしれない。そう思うほどの化け物。


「シャワー……浴びないと、今はアキラさんを救出しないといけませんから……」


 煉魔とまた会うのは急ぎではない。だから、今は折れてしまいそうな、もしかすればもう折れているかもしれない心を見ないように、思考を止めて再び翠火という自身の仮面を心に被せて後回しにした。









「はぁ、はぁ、ったくまた手がボロボロだ……」

「お疲れ様です。【ヒールI】」


 アキラがオルトロスとの戦いで傷ついた身体をロビタリアに治してもらい、ドエル達の戦いを眺める。


「ありがと、でもあいつらのサポートは良いのか?」

「はい、今は傷一つ負っていません。あそこまで万全に整えてもらったのです。彼等なら一匹の魔物程度、敵ではありませんよ」

「そっか」


 その言葉の通り、グリットが果敢に攻め、反撃が来そうになればワッセが間に入って攻撃を逸らす。ブレスの予兆があれば強制的に口を閉じさせ、ドエル要所要所に短剣を差し込む。


 それを繰り返しパターン化されたせいか、オルトロスの動きは鈍り、体力があるにも関わらず身体を支えられないようで小刻みに震えている。それを見て、アキラは自分が割って入り連携を崩すのも悪いと考え、本来の通りに自分に害意を向けてくる者を探す。


「アキラ、君は本当に昨日聞いたような罪を犯したのですか?」


 ロビタリアからの予想外の言葉、雑談がお世辞にも相応しいとは言えないこの場所で何を? とアキラは思ったが、目はドエル達から逸らさず会話に乗ることにした。


「生憎詳細は知らない。避難者を押しやったのは確かに事実だが、犠牲者が出ないように俺が通る時に見かけた魔物は全て引きつけたんだ。詳細を知る前に意識を失って、気がつけばここにぶち込まれてた」

「そうですか……」

「なんでそんなことを?」

「もし罪の意識があるのならお話を聞こうかと思ったまでです。君には不要だったようですが」

「神父さんだっけ? 俺からも聞いていいか?」

「どうぞ」

「昨日実況が言ってた罪って本当のところどうなの?」


 アキラは視線を逸らさず世間話のように軽い調子で尋ねる。


「私は確かに子供が大好きです」

「なんかそんな感じはするよ」

「はは、孤児院をやる位ですからね。例え血が繋がっていなくとも私は子供達の父だと思っています」

「うん」

「私の子供達を、どうして傷つけれますか……それも、そのような口にするのもおぞましい方法で」


 ロビタリアは悔しそうに拳を握り、俯く。同時にアキラもチラリと横目で彼を観察する。


那庭治兌なばちた教徒として、いえ、一人のエルフとしてそのようなことを私は絶対に出来ません。何が悲しくて我が子を……」


 声を静かに震わせるが、顔をすぐに上げてドエル達を見る。


「失礼しました。少し感情的になってしまって」

「……まぁ俺も信じてなかったけど、あれだな……思った以上に父親なんだな?」

「はは、今では残り少ない寿命を数えるのみです」


 ロビタリアは我が子を思う父親のように寂しく笑った。


「それならさ、あんたが皆と一緒に脱獄やらない理由はなんだ?」

「……」

「もしかしなくても、子供達のためか?」

「……ええ、ここで私が何か問題を起こせば、孤児院は何かと理由を付けて潰されるでしょう。今なら哀れな被害者の居る孤児院として同情を買うことが出来ます」

「そんで大人しく処刑されるのか?」

「私には……それ位しか子供達にしてやれることがないのです」


 憂いを帯び、悲しい決意をするロビタリアには全てを諦めたようにしか見えない。


(なんでそんなこと言うんだ……あぁもぉ! 俺があぁだこうだ言った所で何も出来ないだろうが!)


 実際に両親を失ったアキラからすれば、ロビタリアの考えを真っ向から否定したい。しかし、それを声に出さない程度の分別はある。


「じゃぁ、もしあんたがここで何かトラブルを起こそう物なら?」

「今でさえ迷惑を掛けているのに、間違いなく将来に大きな傷跡を残すでしょう。だから、その為なら私は……」


 何かを堪えるように肩を震わせ、歯を食いしばる。


(ん……なんだ?)


 アキラは不意に感じた。今のロビタリアの態度には何かが引っかかると。だがそれもすぐに震わせた肩を落とし、溜息を吐いて落ち着いてしまったため何も違和感が消えてしまった。


(なんだ今の?「その為なら私は」……喜んで死ねる? って雰囲気でもなかったよな、なんて続けるつもりだったんだ? 気になる)


 そうやって連想するが、どうにも腑に落ちなかった。態度と言葉、そこから連想するとどうしても腑に落ちない。


(この人は別に死ぬことに関して怖がってる訳じゃ無さそうだよな? 子供達のために死ぬって決意をついさっき聞いたばっかりなのに……死ぬからこそ何かする気なのか? いやでも……まさか……それはないよな?)


 何かすれば、自身が手塩に掛けて育てた子供達に迷惑がかかると言ったばかり、何かするにはあまりにも先が見通せない。


『決着~~~~~~! なんとなんとなんとぉおおおお! 勝ったのはまたしても死刑囚だぁ! サブローが一人でデスマッチを始めた時は大いに盛り上がったぞぉ!? でも開始直後のあれはいただけないので、次回からもう少し趣向を凝らしましょう!』


 それっきりロビタリアは黙ってしまったので、会話という雰囲気でもなくなったアキラは思考に没頭していた。するとドエル達がオルトロスを倒したらしいのを実況で察する。


(ダメだ、嫌な方にばかり考えが向かう。時間はまだあるんだから後で考えよう)


 朗らかに笑いながらドエル、ワッセ、グリットは互いに讃え合った後にアキラ達に駆け寄る。今回も難なく終えたお陰か、その表情は明るい。


「こんのぉアキラの奴ぅ! よくやったじゃねぇかこのこのこのぉ! ハッハァー!」

「テンション上がりすぎだって」


 そしてアキラの頭を笑顔で揉みくちゃにするグリットに、抗議の意味を込めて逃げようとするが、それも叶わずヘッドロックを決められて頭頂部を擦られた。


(このおっさんはホントに……どこの世紀末だよ)


 嫌なはずなのに結局この空気は嫌いにはなれず、大人しくされるがままに身を任せた。

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