第157話 会話はやっぱり成立しない


 ロビタリアがつい先程まで戦っていたドエル、ワッセ、グリットの三人を治療している。その様子を見ながら、アキラは未だ思考を続けていた。


(その為なら……ってどういう意味だ? 子供達の迷惑になるから、何かことを起こすわけにはいかないって言ってたし……あれ、待てよ? 逆に考えればロビタリアは子供達のためなら何かが出来るってことじゃないか?)


 一つの道筋が見えたせいか、モヤモヤとした曇りが晴れた気分になる。


(考えすぎってこともあるかもだけど、取り敢えずロビタリアにはまだ裏があるって思っておこう)


 戦いの舞台が元の場所、即ち牢屋に囲われた中央に到着する後少しの所でざわめきが聞こえる。


「なんだ?」


 先の観客がざわついてるのと似たような興業染みた空気をなんとなく感じ取った。


「なんだじゃねぇって! 俺ら二日連続で全員無事なんだぜ!?」

「グリット、アキラはまだここに来たばかりで碌にここの空気を知らないんだ」


 グリットがアキラに笑顔でわかってるだろ? とばかりに告げるのを、ドエルが押し留めてアキラに向き直る。


「どういうことだ?」

「簡単に言うとだな――」


「「「ワァー!」」」


「ん?」


 突如聞こえた歓声に何事だと顔を上げる。


「本当に五体満足だ!」

「やったやったやった! 俺らのためにも頑張ってくれよぉ!」

「ほら言っただろ!? ドエル達は常連だからまだ平気だって!」

「その調子で頼むぞぉ~!」


 全体的に好意的な声が多く、一番でかい声は死刑囚のZ牢からだった。熱を帯びた歓声は熱狂していて執念さえ感じた。


「死刑執行を二日間誰一人欠けることなく通ることなんて、まず無い」

「そうなのか?」

「ああ、俺らが無事なのもお前が出鼻を挫いてくれたのと、一匹丸々引き受けてくれたからだ。もしそれが無かったら……間違いなく全員揃っていない」

「……そうか? ドエル達だって一匹丸々ほぼ無傷で倒してたじゃないか。俺はズタボロになったけど」

「あれでもギリギリだったんだ、それに相手は段々と強くなる。ならあれは二匹でサイクロプス以上の戦力として換算されてもおかしくないだろ?」

「そういえば、段々と相手が強くなるって言ってたな」


 やれやれとドエルが前髪が眉に掛かる程度の金髪を揺らした後、アキラの肩に手を置いて続ける。


「要はなんでこいつらが騒いでるかっていうと、俺らが戦っている間は自分達にそのお鉢が回ってこないからだ。まぁ……それだけじゃないんだけどな」

「なるほど……それだけじゃないって?」

「まぁそれは後のお楽しみだ! それにZ以外の牢は刑期が短いからな、戦えない奴も多いだろうから自分の番が一回でも減るなら万々歳さ」

「死刑囚達がこんなに盛り上がるのはどうしてだ? 死刑制度に変わりはないんだろ?」

「ただ死ぬならいいさ、だがあんな見世物にされて、恐怖の中死にたいなんて思う奴が居るか? 居たとしても、この騒ぎを見ればどっちに気持ちが向いてるかは言うまでもない」

「確かに自分に置き換えればそうかも、な……」

「俺らが誰一人欠けることなく居るってことは、更に日数が伸びるってこった。アキラも補給して明日に備えるんだぞ、そろそろ外の空気が恋しくなってきたしな」


 ドエルは説明をこれで締めくくるかのように自分達の牢へと進む。


(外の空気……脱獄のことか、そういえばいつ決行するんだ?)


 アキラは軽く身体を伸ばし、これからについて考える。身体を動かしたのなら、今度は頭を使う番だ。


(まぁそれより今大事なのはそこに行くまでだ。なんとか2回目も越えたが、これからすることは何かないのか? 次まで何もせずだらだら時間を潰して本当に良いのか?)


 ここからは結局出ることも叶わず、探索も終えてしまっている。めぼしい物も無ければ、人との出会いも無いだろう。だから何かをするにも切っ掛けが無いが、それでも何か無いかを思案しつつ、取り敢えず特別配給を受けるか悩んでいる時だった。


「まだ生きていたのか、とっととくたばればいいものを」

「……」


 突如背後から聞こえた忌々しげな声音を、アキラは考えるフリをして歩き出して無視する。


「おい! 貴様に言っているんだ!」

「……」

「なっ! こいつっ!」


 アキラは肩を掴まれて注視させようとする人物を更に無視して構わず歩き始める。自分が掴んだので止まると思っていたせいか、その人物は掴んだ肩に引っ張られるようにバランスを崩して転けてしまう。その勢いで、アキラの視界にその人物が目に入った。


「なんで山賊が執行者の制服を?」


 それはここに連れられたアキラが初めに目にした看守の片割れだった。一人は青い制服を着た執行官であり、今目の前に転がっているのが緑の制服を着た執行者であるもう一人だ。そんなことを声と気配で気づいていたアキラは、初日にした煽りにしては少々大きすぎる言葉で疑問符を浮かべる。


「――お前っ!」

「おい」


 怒りに身を委ねようとした執行者を呼び止める声が聞こえた。それはアキラに同意無き罪状を着せた赤い制服を纏った上級執行者、通称赤犬だ。そして声を掛けられた緑の制服を着た執行者、囚人間では通称緑子えんじと呼ばれる者は冷静さを取り戻し、淡々と告げる。


「……暴力を振るったな」

「勝手に転んだだけだろ? 冤罪は執行者のお家芸かなんかなのか?」

「~っ!」

「執行者殿」

「座長さんも見えてご苦労様、なんか用か?」

「言葉を慎めぇ!」

「お前が慎めっ!!!」


 突然怒鳴りに近いアキラの声に、緑子と赤犬が目を白黒させている。因みに他の囚人達はグリット達含め面倒ごとは勘弁だと言うように、自然に鮮やかな手際で距離を置いていた。そのお陰と言ってはなんだが、離れていても耳を塞ぎたくなるような声量に目を白黒させている。


「じょ、上級執行者殿、コイツは反省の色を見せません」

「た、確かにな……仕方がない反省房行きだ」

「はい!」


 アキラはくだらない茶番でも見ているかのように冷めた目を向けながら言う。


「本当に同じ人なのか? 言葉が通じないってレベルじゃないだろ。反抗的な態度を取ったのは反省する。お願いだから言葉の勉強を子供からやり直してきてくれないか? それともこの言葉も理解出来ないのか? 俺は動物に一方的に話しかけてるようで頭がどうにかなりそうだ」

「黙れっ! 我々を愚弄するなどいい度胸だ!」


 肩が怒りの度合いを示すように大きく揺れ、こちらに近づいてくる。手錠を出し、拘束しようとする物の当然アキラは拒否した。その様子を見て赤犬が警告する。


「大人しくした方が身のためだぞ」

「ルールは俺様って態度は恥ずかしいから、止めた――がぁっ!?」


 突然身体に衝撃が走った。思わず膝をつきそうになったが、なんとか堪える。


「なっ、んだ?」

「ほぉ? 倒れない奴なんて初めて見たな。ならもう一度」


 赤犬がそういいながら手に持つリモコンを操作する。


「ぐっ!?」


 今度は首元から熱さと、針で刺されたかのような痛みをハッキリと感じ取った。


「く、首……輪、か?」

「……どうなってるんだ? 二回も使えば体力の無い奴なら死んでもおかしくない威力の筈だ」

「ふざ、け」

「お、大人しくしろ!」


 緑子がアキラを拘束しようとするが、力を振り絞って緑子を押し退けると予想外の反撃に緑子は再び転けてしまう。


「ぐぁっ!?」


 三度アキラを襲う首輪の電撃に、遂には膝をついてしまう。


「ふう、ようやく大人しく……ひっ」


 アキラの眼光が赤犬を貫くように見据える。先程のやる気の無さそうな反抗的な目つきではない。相手を、魔物を殺そうとする完全な敵を見る目に、小さく怯えた声が出てしまった。


(う、ごけ! 今、動かないと……!)


 最早先程の余裕はアキラにもない。首輪から走る衝撃は、生命に警鐘を知らせる程の威力があったからだ。1回なら耐えられた。2回目は看過出来ず、3回目は命の危機を感じた。


「上級執行者殿! もう一度やるんです!」

「なな、もう3回もやったんだぞ!?」

「コイツはどうせ一週間と生きられやしない! なら事故・・が起きても構わないでしょう!?」

「くっ……」

(動、け! どうして動けな――)


 上級執行者が4回目の操作を行った瞬間、アキラは致命的なダメージを悟った。そして意識をがあるのに動けない。動きたいのに動くことが出来ない。


 またそんな理不尽を味わっている。そしてそれは、デフテロスとの戦いを思い出させた。

(あの時は、こんなもんじゃ……なかった)

「やっと止まったか」

「死んではいないようだ」

(身体が無くて、魂だけで動いたあの、感覚……)


 すっとアキラが立ち上がる。ダメージなんて無いと言わんばかりに淀みなく動き、イスから立ち上がるように自然な動作で直立した。


「「!?」」

「忘れ、てた……思い、出させてくれて……あり――」


 皮肉たっぷりに自身にしかわからない、そんな言葉を告げようとしたと同時に赤犬はリモコンを力一杯握り締める。


「死ね! 死ね!!」


 そしてアキラは前のめりに倒れ込んだ。そんな中、消えかかった意識で省みる。


(魂を動かす……か)


 本当に限界を迎えたのか、起き上がることはなかった。









「一体どうすればいいのだ?」


 頭を抱えた小太りのヒューマンが執務室らしき席で唸る。それに返答したのは赤い制服を身に纏った上級執行者であり、その胸には八星の金バッジが輝く。


「ここは何かと理由を付けて、あの仮面を出場させないと言うのは……」

「出来る訳がないだろう? 今日起こった興業のせいで、あの仮面を殺す魔物のオッズが跳ね上がったのだ」

「……もし出場させなければ生き残りに賭ける者が居なくなりますね。下手すれば以後の興業にも影響が出かねません」

「どうすればいいのだ……ん?」


 コンコンと木製の扉を叩くノック音が聞こえる。だが今はそれ所ではなく重要な打ち合わせ中だ、だから追い払おうとも思った。


「……入りたまえ」


 しかし、何か切っ掛けが欲しくてつい招いてしまう。


「獄長! 失礼致します!」


 姿を見せたのは緑子の執行者だった。


「今重要な打ち合わせ中なのだ、緊急なのだろうな?」

「は、はい! そそ、それが! Z36の死刑囚についてです!」

(……奴か? Z-3036に変わったあの仮面の?)


 目下悩みの種になっていた者がトラブルを起こしたと考え、気が気ではいられない。


「や、奴がどうしたと言うのだ?」

「それが、看守に暴力を振るったとして反省房に……」

「どういうことです? ……死刑囚に怪我は?」


 返事を返したのは金バッジの赤犬だった。


「あの、首輪を作動させたようで……」

「ふぅ……興業中はよっぽどのことが無い限りは危害を加えてはならんのだ、影響が出……る……か、ら」

「獄長?」

「いや待てよ? あぁ君、首輪は何回作動したんだ?」

「そそ、それが……5回、です」

「はて? なんの冗談なのだ?」

「ほ、本当に5回なんです! も、もしかしたらそれ以上!」

「こ、殺したって言うんですか!?」


 赤犬が声を上げながら割って入る。


「いえ! い、生きています!」

「……ほぉ?」

「……なんの冗談だ」


 獄長と呼ばれる小太りのヒューマンは、その立派な二重顎を自分で揉んで感触を楽しみつつ、先程閃いた考えをまとめる。


「生きているのならいい」

「ですが獄長、5回も首輪のショックに耐えられるなんて聞いたことありませんよ? 何かの間違いでは?」

「それは今問題では無いのだ」

「は、はぁ」

「君」

「はい!」

「その死刑囚だが、明日の興業まではそのままで構わん。もう行っていいぞ」

「わ、わかりました! それでは自分は失礼します!」


 そう言って緑子は出て行った。


「どういうことです?」

「もしショックを5回も浴びて生きているなら、奴は相当な強者かもしれん。いやかもではない」

「……確かに普通なら3回、いや2回も連続でもらえば死んでもおかしくないですからね。大抵の奴は1回で伸びるでしょう」

「このまま回復されれば、明日の興業も私達にとって不安を抱えたまま始まるかもしれんのだ」

「はい……そ、それにもしこのまま勝ち進んでしまえば……」

「いや、奴がどれ程の強者だとしても“あれ”には叶うまい」

「はは、そ、そうですよね」


 何かを思い出したのか、赤犬の言葉が弱々しくなる。


「で、では獄長はどうお考えなのですか?」

「明日は趣旨を変える」

「と、言うと?」

「明日はモンスターパニックを行う」

「え? しかし、あの程度なら次に出す奴の方が圧倒的に――」

「あのコロシアムはショーだ。ショーはコントロールしなくてはならないのだ」

「ですが、モンスターパニックを切り抜けられてしまえば……」

「勿論あの大群は乗り越えられるだろうことは予想出来る。だが上級執行者殿、次に出す奴をボスとして用意すれば――」

「な、なるほど! 適度に疲弊した死刑囚も片付いて丁度良い訳ですね! 間違いなく盛り上がりますよ!」

「後は任せたよ?」

「はいっ!」


 それを見て大きく獄長が頷く。赤犬もすぐ準備に取り掛かるため出て行った。


「フッフッフ……数だけは居るのだ。もしあの仮面が万全ならと思ったが、これは案外面白いことになるかもしれん」


 最初の狼狽え振りが嘘のように、獄長からは余裕が滲み出ていた。このままなら高笑いすら始めそうな程機嫌が直り、明日の戦いが始まるのを今では楽しみに感じるほどだ。


 いつまでもこの罪都は自分の支配に収まり続ける。そう考える獄長は、やはり考えが足りていない。首輪という切っ掛けはあったが、深くは考えず、成功する未来ばかりを見ていた。

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