第95話 【エゴ】の脅威


(この程度で終われるか)


 ヒビの入った岩がアキラの背中を支えている。吹き飛ばされた拍子に頭もぶつけてはいるが、死転の面が触れていない頭も守ってくれる優秀な装備でもあるため、大してダメージは負っていない。それ以外の身体はダメージを負うが、反省を優先する位には余裕がある。


(本格的に近距離ブレイブとやり合うのはこれが初めて……でもHPが2割削れただけってのを考えればこの程度とも言える。……まぁこれがあいつの限界だとは思えないけどさ)


 アキラは一瞬考えをまとめ、ここまで温存していたバフ[賦活]の使用を決めた。ここまでステータスが上昇する賦活を出し渋っていたのは相手の戦闘スタイルが不明なのと、様子見で使用した時、賦活が解除されてしまえば強化の手段を一定時間失うからだ。


 強力なバフ故に、使用法を誤ってしまえば切り札を一つ失ってしまう。アキラとしては温存せざるを得なかった。灼熱神殿エルグランデのボス戦でゴリ押したせいで、図らずも賦活が解除された経験が生きただけだったのだが、アキラにとっては今後のためにもいい経験になったと割り切れるだろう。


 そして、ガンダの戦闘スタイルが近接だけの確率がかなり高いのも決めた要因だ。決意を固めたアキラはヴィシュに告げる。


「回復する、強化も頼むぞ」

『……ソウ』


 ヴィシュの返事がワンテンポ遅れたが、素直にその銃身をエメラルドの輝きにしてくれた。アキラを思ったことで返事に戸惑いを現したのかもしれないが、今のシヴァとヴィシュでは簡単な「はい」と「いいえ」しか喋れない。


 手から伝わるシヴァの強いやる気と静かに心配するヴィシュの思いは伝わっているため、アキラは声を掛ける。


「俺が負けず嫌いなのはわかってるだろ? このままやられっぱなしで済ますのはな……。恐らく、あいつはそれなりの強さがあるかもしれないけどさ、イマジナリーブリザードに比べたら屁みたいなもんだ」

『ウン!』

『……イエ』


 それぞれの性格が返事だけで伝わりそうな返しに、アキラは仮面では見えないが表情は苦笑を色が浮かんでいる。しかし、それでいいと感じたのか、満足してガンダが居るであろう方向を睨みつける。


「よし、行くぞ」


 静かに告げたアキラはヴィシュの銃口を自身の頭に押しつけ、その引き金を絞った。




『カァァン!』


「……もう驚いたっつんだよ、こりゃいよいよ“本気”を出すことも視野に入れないといけんよなぁ」


 ムスキから得られているであろう、ビルドアップで膨らんだ肉体で若干の溜息交じりに言葉を吐く様は、見る物が見れば不気味だろう。しかし、それを意に返さずフライスが声を掛ける。


「ガンダ、さっきの音はなんです!? 終わらせたのではないんですか!」

「聞いてたらわかんだろうよ?」


 フライスに顔すら向けず、ガンダは斧のムスキを構えた。臨戦態勢のままなのは見ればわかる。


 瞬間、砂埃の中心からアキラが現れガンダへと急接近を果たす。ガンダはそれを想定していたため、即座に斧で迎え撃つ、と同時に気づく。


(さっきより早え!)

「ふっ!」


 アキラが小さく息を吐きながら飛び込むと同時に、若干開いた距離から前宙で飛び込み、ガンダの頭へと踵落としの体勢に入っていた。隙の多いこの攻撃は当然受けるまでも無くガンダは避けようとする。


『ダァン!』

『ギィン!』


「しまっ」

「はぁあっ!」


 アキラが踵を振り下ろす直前に、無茶な姿勢でシヴァを使って発砲する。突然の射撃に反応したガンダは流石だが、対応してしまった影響でスキル【球弾き】を使用する。飛び道具などの遠隔用攻撃を防ぐために球弾きは連続で使用できるが、使用した後に球弾き以外の行動を行うと若干の硬直が生まれてしまう。アキラはガンダの動きを見越した上での行動だった。


 ガンダはもどかしく感じる身体の感覚を全力で操作しようと奮闘するが、自身の眼前に迫る踵落としを見送ることしか出来ず、気がつけば視線は地面の土に覆われている。顔面を打ち付けてしまったのを、ガンダは遅れて気づいた。


(な、なんだってんだ、こいつ)


 無防備に踵落としを食らったとはいえ、ガンダはその一撃だけでアキラの強さに気づいてしまう。このヒューマンは自分と同じイドにも関わらず、自分より確実に強いとその一撃で理解させられてしまう。


 今のアキラと力比べをしたらどちらが勝つかわからない。力自慢のドワーフにそうまで考えさせる威力の踵落としは、ガンダの意識を切り替えるのに十分だった。


(つ、使うしかねぇかんな!)


 アキラは踏みつけで追撃してきている。ガンダは即座に転がり離脱、本気を出すかもしれないと言いつつ使うつもりの無かった切り札を切ることになった。


「使うぞ! ムスキ!」

『ガッテン!』

「させるか!」


 最大限に嫌な予感がしたアキラは弾かれてもいいからと銃弾を放つ。それと同時にガンダが叫び声を上げる。


「エゴ!」


 ガンダとムスキが同時にイドの次へと進む認証ワード【エゴ】と唱えた。結果、一瞬強烈な圧が放たれたのが肌で理解出来た。その圧には何かあるのか、アキラの放った弾丸はガンダに当たらずどこかに吹き飛ばされてしまう。


 ガンダの持っている斧は鉄のような鈍色にびいろではなく、銀色の柄に変わっている。斧刃の部分は大きくなっているが、ボロボロになっていてとても切ることを目的にした造りでは無くなっているのが印象的だ。


 ボロボロの刃先からヒビが伸びていて、それに沿って血のように赤い煙が這っている。アキラはそれを見ただけで死の危険を感じた。頭の中で警報が血流となって頭を叩きつけているのか、本能が逃げろと訴えている。


(エゴ……前に見た影の俺と同じ嫌な予感どころか無理だとわかる。勝てない)


 アキラは一瞬でその結論を導き出していた。心で勝てないと思うのは当然だが、それならもう終わりになるのか?


「……まだだ」

「んぁ?」


 導き出した結論に異を唱えたのは当然と言えば当然、アキラだ。ガンダの間の抜けた声が小さく聞こえるが、気を取り直してアキラに斧を向ける。


「おめぇはどうだ? ま、まだエゴに出来るのは限られた奴らだけだかんな。無理なはずだ」

「……」


 沈黙で返すしかない。エゴに限らず、イドならイド以上で、エゴならエゴ以上にしなければならない。この世界で過ごしてきたプレイヤーからすれば常識レベルのことだが、出来ない物は出来ないのだ。


 イドとエゴには隔絶された上下が存在する。肯定と否定しか出来ないイド、ムスキのように片言だが性格の表れたバリエーションある返しに、物事を判断する能力まで備わった自己の確立が出来たエゴ。


 その性能差を表すかのようにイドとエゴには絶対的な違いが存在している。現状、アキラはシヴァとヴィシュをエゴにすることは出来ない。そしてその身にエゴの脅威ははっきりと刻まれている。故に、その絶望的な状況の答えは降参しか有り得ない。


 今から戦闘が再開されればガンダが手加減できるかもわからず、下手をすれば高確率で死ぬ。そのことが自身の経験から予想されてしまった。


「おめぇはエゴになれないみてぇだな? ならさっさとあの嬢ちゃん置いて消えな、見逃してやるかんな」


 ガンダの言葉はアキラの考えを如実にするかのように降伏勧告として告げられる。そんな状況だからだろう、アキラは……笑っていた。


「……はぁ、何がおかしいんだ?」

「ん? ……いや何、いつも通りなんだなって思ってな」

「?」


 ここに来てからまた、命を危険に晒す選択肢が出てきていることにアキラは笑ってしまった。今回はクロエを捧げれば問題なく王都アザストに行ける。貴族との伝は無くなるが、急いでもいないため、また伝が作れる別の貴族をゆっくり探せばいい。


「おぉい、嬢ちゃんからもなんか言ってやってくんないか? このままじゃこいつ、死ぬかもしれないかんな」


 遠くに居るクロエは、困惑しつつアキラの選択に身を委ねるしか出来ないでいる。そんなクロエにアキラは振り向きもせず告げる。


「危ないから下がってろよ」


 驚きの表情はクロエだけでなく、ガンダもだった。


「人殺しになんのかなぁ……まぁゲームだし気楽に行くかんな」


 ガンダはやるしか無いと思ったのか、悲壮に駆られながら意識を切り替えるように呟き、アキラは構えた。


(自分の心と向き合ったとき、現実で死んだように生きても一つだけ絶対に守っていることがあった。父さんとの約束……深緑を守ることだ。そしてまた、俺はクロエと“約束”をした。必ず王都アザストに送り届けると)


 アキラは意識を研ぎ澄ませる。


(俺は、父さんの所に必ず戻ると言ったのにその約束を果たせなかった。だから遺言だけは必ず守ると誓ったんだ。例え理不尽な現実のせいで約束を守ることが出来なかったとしても、もう二度と約束をたがえたりしたくない。後悔なんてしたくないからな)


 アキラの頭の中には深緑の元へ帰るという最優先目標がある。当然忘れてはいないが、だからと言って自分が納得のいかない形で関わった事柄が後味の悪い形で終わること、それだけは性格的に断じて許容できないのだ。何度命を懸け、心を曝け出されても変わらない物はある。


 数えるのも面倒な程に決めた覚悟、この先何度も賭けるであろう命を懸ける覚悟を、負けられない覚悟を再度心に決めた。


(相手は殺すつもりで来る。なら俺は絶対に生きることで勝ってみせる)


 ガンダの言葉から連想し、オルターについてよく思い出す。勝率は少ないが出来なくは無いと踏んだアキラは、すぐに思いついた作戦を敢行する。


「……」

「……」


 互いに見つめ合う張り詰めた空気が両者から肌を伝って感じられる。しかしその静寂は長くは続かなかった。アキラが岩に吹き飛ばされて出来たヒビの一部が突如欠け、地面に落ちる。その音が聞こえると同時に緊迫した空気が破裂した。ガンダはアキラの目に見えない程の速度で移動していた。


 それでもアキラは動かない。目の前からガンダが消失したことにも動揺しない。影が何度もしてきたことであり、今更だ。そして自身の感覚を信じるならば……。


『ヂッ!』

「!?」


 銃と斧、鉄同士が触れ合い一瞬削れるような音が鳴る。互いの武器に傷一つ無いが、ガンダは動揺しているようだ。


(ちぃ、見えてやがんな!)


 アキラは、イドより更に速度が上がったガンダの攻撃をまた受け流す。エゴによる効果か、更に力が増したガンダの攻撃を受け止めることが出来ないと予測したアキラは、丁寧に丁寧に捌く。そして自身の影が言っていたことを思い出していた。




『おぉ早い早い。まぁ、無理して相手に合わせなくても、攻撃の当たる一瞬を捉えるだけで十分なんだよね。こんな風に……さ!』




 アキラはその時に負った傷と屈辱を思い返しながら、ガンダの攻撃を受け流す。どんなに早くても攻撃が当たる瞬間は存在する。ならば自分より早い相手に出来ることは、単純にその動きを予測して攻撃を食らう一瞬に合わせることだ。


 言うは易しだが、普通そんなことは出来ない。予測が難しい場合でも攻撃の当たる気配を察知出来るアキラだからこそ出来ると言ってもいいだろう。


(くっそ……なんて重たい攻撃なんだ)


 しかし、どれ程丁寧に捌いても完全に防げているわけでは無い。ガンダから押し寄せる攻撃の一撃一撃がとても重く、アキラの身体に見えないダメージが蓄積されている。その証拠に受け流す度にHPは減少していた。


 ガンダもガンダでイドにしか出来ないアキラ相手に、焦ったせいなのかは不明だが、不安が更に募ってきている。


(やはりこいつはおかしいかんな! ……仕方ねぇ、もし何か隠し球があんならそれを出す前に終わらせるのが一番いい。つまらんことで怪我したくねぇかんな)


 突如ガンダが攻撃をやめ、アキラから少し離れた場所に陣取る。アキラの望む結果、第一の難関であったガンダによる通常攻撃の防衛は成功を収めた。だが、その難関を越えた結果第二の壁が即立ち塞がることになる。


「ハァ、ハァ……」


 怪我は負わなくても消耗は激しく、アキラの荒い呼吸は当然周囲の耳に入る程大きくなっていた。その正反対であるガンダは渋い表情のまま斧を振り上げ、ピタリとその動きを止めてアキラに語りかける。


「降参しねぇんか?」

「ハァ、結果の……ハァ、見えてる勝負……を、捨てる奴は……ハァ、ハァ、一生敗北が……お似合い、だな……ハァ、ハァ」

「……そうかぁ」


 この時にも強がりを言うアキラに、ガンダは仕方ないと考え、その言葉と共にスキル名を告げながら地面に斧を振り下ろした。


「【大地の揺蕩たゆたい】」


 ガンダの巨躯から信じられない程静かに、優しく振り下ろされた斧を疲労困憊のアキラはただ見つめることしか出来なかった。


「……!?」


 その結果、アキラはエゴの恐ろしさを再び味わうことになる。


(じ、地面が揺れてる!? そ、それだけじゃない! これは……)


 地震のような揺らぎに、踏み込んだ足場が石に近い地面にも関わらず沈む感覚にアキラは戸惑う。地面を蹴ろうとすれば更に深みにはまり、踏ん張ろうとすれば押し返されてしまう。影響下にあるため、更にバランス感覚を保つことは困難になっている。


(まずい! 踏ん張りも何もあったもんじゃ……!)


 そんな中、ガンダは平然と歩いていた。自分が発動したスキルの影響は全く受けていない。自然さえも手中にするガンダのエゴは、未来のアキラが取得するであろう物とは全く別の物だった。


 ただ自分さえ自由なら、ただ自分さえ好きに出来たら、ただ自分さえ迷惑が掛からなければ、ただただ“それだけ”でいい。このスキルにはガンダの少し奔放に見える性格が垣間見えている気がする。


「くっ!」


 アキラは堪らず手を地面に突いてしまう。転けたというより、座らされたという表現の方が強い。一連の流れが目に見えない力となってアキラの膝を曲げさせたようだ。


 人としてどれ程力があっても、生き物はその身体の構造に抗うことが出来ない。ガンダのエゴに対してアキラは為す術が無い。切り札も残り一つとなったアキラは、いよいよ覚悟を決めなければならない。


(エゴって奴は皆こうなのか? 頭おかしいだろ……くっそ、愚痴っても始まらないんだ。この状態をなんとかしないと!)


 そんな姿を見たガンダは油断のない足取りで、ゆっくりと斧のムスキを引き摺りながら近づいてくる。揺れる視界に落ち着かない身体の状態、それでも次へ繋ぐ行動をアキラは思考する。そのため、時間を稼ぐためにシヴァの銃弾を見舞った。


『ダァン!』

「ぐっ」


 弾丸は無防備になっているガンダに命中した。斧で弾かず、身体から多少の血が流れるが、無視している。


(ん? なんで斧で弾かな……まさか、弾かないんじゃ無い。“弾けない”のか!)


 ガンダが斧を引き摺る過程から、この環境は斧を常に地面に付けておかなければならないと仮定した。近づこうとするガンダを考えれば、これだけで済むはずが無いのは簡単に予想出来る。


(近づかれていいことなんて何も無いはずだ)


 アキラは寝転んだ姿勢でシヴァを構え、スキル【クリティカルシュート】を使用して威力の底上げを行った。狙うのは勿論、ガンダの斧を持つ手だ。


『『『ダァン!』』』


 3発分同時に鳴り響く銃声がアキラの鼓膜を打つ。


「……っでぇーなぁ」


 ガンダはその斧を持つ手を身体で隠し、弾丸から守っていた。背中に刻まれる弾痕はシヴァの口径より少し大きめの穴を開け、貫通していた。当然斧の持ち手は守り切っているのだが、そうまでしてこの状態を維持する不穏な行動にアキラの心臓の位置から、死の恐怖を連想させる緊張感が、鼓動のように脈打つ。


 改めて歩を進め始めるガンダに、アキラは弾丸を浴びせ続ける。それも弾が切れてしまえば終わってしまい、ガンダにはそれなりに痛手を与えたが不安は一向に拭えない。せいで動く身体は、上手く出来ていたリロードをさせてくれない。


(くっそ! 入れよ!)


 金属同士のぶつかる小さな音だけが小刻みに聞こえる。


(立つことも出来ないってのに……よし、これで)

「ぅぐっ!」


 その声はアキラから聞こえた。リロードをなんとか終え、再びシヴァを構え直そうとするが、ガンダに背中を踏まれて押さえ込まれてしまう。リロードにもたついて居る間にアキラの傍に到着したのだろう。いつの間にか地震も止まっている。


「これが最後だぁ……降参しないんか?」


 ガンダとて人を殺したくは無いのだろう。圧倒的優位と自身の勝ちを確信しているからこそ出る言葉だった。そんな言葉に、アキラはまたも笑ってしまう。


「フッ」

「……」


 無言でそれを見るガンダだが、アキラは悪いと小さく言いながら頭を振って言葉を続けながら準備を進める。


「この世界に来た時にその言葉があれば、俺はどれだけ救われただろうかって思ってな」

「おめぇ、何言ってんだ?」

「もしこの世界に初めて来て、もしも俺にその言葉を投げかけてくれて命の保証をしてくれる人が居たら、俺は喜んでクロエを差し出してただろう。命が助かるんだからな」

「それは降参と受け取っていいんか?」

「……」


 アキラは小さく沈黙し、再び口を開く。


「悪い悪い、最初にその言葉があれば救われたと思ったら少し可笑しくてな。安心しろ、俺は勝てる勝負はなるべく拾いたいと考える性分なんだ」

「あん? さっきからおめぇ……何を時間稼ぎみたいに……………………おめぇ時間切れを狙ってるんか?」

「時間切れ? なんだそれ」

「そりゃ……ちっ、これもそうか」

「バレたか」

「なら、もうしめぇだかんな」


 そう言うと、ガンダはアキラから足を離すと同時に【アースホッパー】と唱えた。逃げようとしていたアキラは突如地面から弾き飛ばされ、軽く上空へと押し上げられてしまう。


「うぉ!」


 ダメージは特にないが、アキラが準備した相反の腕輪が一瞬輝く。ガンダはあんな物を付けていたか? と疑問に出しながらも、斧を再び上段に構える。宙に浮いたアキラも漸く斧がおかしいことに気づいたが、既に肝は据わっている。


(そうだよな、わかってるって……あの斧の一撃を凌いだ先に、俺の我を通した未来が待っている)


 赤く禍々しいヒビの入っていた斧の姿はもう無い。掲げられた斧は黄色に近い茶色を帯びたオーラで包まれ、その斧刃は白い輝きを放っている。失われた物を取り戻したかのようにボロボロの面影が綺麗に無くなっているのだ。


 アキラはそのオーラから最大の難所が来ると理解した。


(あいつの反応を見る限り、間違いなくエゴの時間切れはある! だからこれさえ乗り越えれば……)


 打ち上がったアキラが落下を始める。当然、このままで終われないアキラは生き残る最後のチャンスを自身で切り開くため【クリティカルシュート】を使用した。踏ん張りのきかない空中で、全力でシヴァを握りしめる。


「【ワールド……」

「【インパクト……」


 アキラは気合いを入れるため、ガンダはエゴの影響で仕方なく、互いにスキル名を唱え始めた。そのタイミングに合わせて斧を振り下し、アキラは賦活で上乗せされたステータスとクイックIIの速度を合わせて全力で握りしめながらシヴァを斧のムスキへと当てるように突きだした。


「ビット!】」

「ドライブ!】」


 ガンダのエゴによる強化と特別なスキルによる強大な攻撃と、アキラのバフによる上乗せやインパクトドライブをクリティカルシュートで強化し、更に相反の腕輪で倍にした威力がぶつかった結果、高密度のエネルギーがぶつかった影響なのかアキラとガンダの間を起点に小さな爆発が生じた。


「う……ぐぅ」


 一人分の呻く声、静まると同時に人の倒れる音が静かに聞こえる。倒れているのは……ガンダだった。だが、地面にあるのはガンダだけでアキラに関しては姿形すら見えない。


 まるで消滅してしまったかのように、その場には何も痕跡が残っていなかった。倒れはしたガンダだが、すぐに起き上がる。


「はぁ~、やっぱエゴの反動は辛いかんな……」


 ガンダはダメージを負って倒れたわけでは無かった。エゴのスキル使用時に自身を守るシステムがこのソウルオルターには存在する。そして、倒れたのはエゴによる時間切れで起こる身体に返ってくる反動のためだ。




 当然その結果が現すことはアキラ側にとって決していいとは言えないだろう。

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