第94話 ガンダとムスキ


 中規模程度の中隊相手に、アキラは全ての兵士を殺さずに立っている。ダンジョンのエルグランデで負った負傷やくたびれた格好以外、目立つ怪我どころか掠り傷一つ負っていない。


(やってみるもんだな、この人数相手でも手加減できる位にゆとりがもてるのか、やっぱゲームだよな……)


 アキラはすぐにこちらを見つめているドワーフのガンダに対して言い放つ。


「そんで、次はお前か」


 その言葉に待っていましたとばかりに担いでいた斧をそのままに、アキラへと近づくガンダ、最早元の世界での年齢は窺い知れない風貌だ。


「おめぇ、なんで未だ“自分の国”に居る?」

「?」

「わかんねぇのか、数を物ともしない程度には力があるってのになんでこんなに進むのがおせぇんだか」

「言葉のドッジボールがしたいなら俺を相手にするな、いつも外野だから狙えないぞ」

「……何言ってんだか、こっちもクエストだかんな。早めに終わらせとくに越したことはねぇな」


 そう言うと担いでいた斧を両手で前に構える。木こりが薪を割るにしては些か大きめの斧がドワーフのオルターだろう。不思議なことに装備を付けていないのが気になるポイントだ。ドワーフと言えば力自慢で物作りの専門家というイメージがアキラの中であるため、武器以外持っていない理由が思い至らない。


 そして、ガンダの物言いから物騒な気配を察したアキラは一応と思い、質問した。


「……もしかして殺し合いだったり?」

「なぁに、命までは取らんって、おめぇ次第だけどな」

「いや、そう言う意味じゃっ! おい聞け!」


 ドワーフの身長はアキラの半分程度しかない。だが、腕や足は丸太のように太く、筋骨隆々なのは見て取れる。その見た目からは想像だにしない俊敏さを見せたガンダは、アキラの居た所に斧を叩きつけていた。


「行くぞ! っと」

(話聞けよ! このおっさん!)


 アキラが振り下ろされた斧をギリギリで躱し、地面に打ち付けられたせいで跳ねた泥が互いの身体に掛かる。当然それに見向きもせず、アキラはすぐに膝蹴りをガンダの顎に突き入れる。


「!」

「へへへ」


 だが、多少顎が上を向く程度で影響は無い。ダメージはあるだろうが、それをガンダ自身がどう捉えるかは声と表情から察せられる。


「いい蹴りだぁなっ!」

「うぉっマジかこいつ……」


 ガンダは膝蹴りを顎のみで押し返す。アキラはそのことに驚くより痛くないのか? と引き気味に反応したが、押し返されたせいでバランスを崩したアキラに対してガンダはショルダータックルを仕掛けてくる。


(ぐっ)


 腕を使ってそれを防ごうとしたが、あまりの重みに心中で苦悶の声が漏れた。受け止めきれないため、ガンダの力に逆らわずに無理矢理後方に衝撃を逃がすように距離を取る。


「たく……ドワーフってのはなんでこんなに重いんだよ」


 膝蹴りをしたときに伝わる感触から、まるで壁に付けられたクッションを蹴り上げたのではないかと錯覚してしまう。


「はっはっは、ドワーフは全員こんなもんだぞ」

「勘弁してくれ」


 アキラのリアクションが思った物と違ったせいか、愉快そうに笑いながらドワーフは事実を教える。げんなりしつつもアキラはシヴァ呼び出し、ガンシフターで握り方を逆手に切り替えて力を込める。


(なら全力でやっても問題ないだろ)


 今まで魔物以外の相手に全力を出したことがないアキラは、この時初めてシヴァから受けるSTRの恩恵を人相手に全力で行使する。シヴァから伸びる三本のラインが全て輝きだす。それを見ていたガンダは、この時初めてにこやかだった表情を消して語りかけてきた。


「……おめぇ、シューターだったんか?」

「見てわかるだろ? 続きだ」

「……!」


 アキラが全力でガンダの元へと踏み込み、殴りかかる。ガンダもそれに対応し、斧で受け止めた。咄嗟とはいえ、ドワーフの体躯で受け止めたにも関わらずガンダは斧から伝わる衝撃で若干後退せざるを得ない。その力に驚くよりも、ガンダはこの先も力を温存するかを思考する。


(シューターでどんな力してやがんだ? こりゃ……全力出さねぇとまじぃか?)


 ガンダは今まで兵士に戦わせていたアキラを眺めていただけでなく、戦力の計算を行っていた。着目した点はアキラが身に着けている防具のみで格闘していることだ。ガンダはそれを武器オルターだと考え、観察した結果同じブレイブとして負けることは無いと判断していた。それが間違いだと気づき、自身の切り札を使う可能性が脳にちらつく。


 ガンダも漸く余裕な態度を改め始めるが、アキラが既に追撃の体勢に入っているため後悔をするのが少し遅い。アキラはガンダのオルターに再びガンシフターで通常状態に握り直したシヴァを押し当て、インパクトドライブを放つ。


『ドカァン!』


「おっ!?」


 桁外れの衝撃に斧をかちあげられ、自然と万歳の体勢をにさせられてしまうガンダ。その隙を逃さずにアキラはリベンジするかのようにもう一度膝蹴りをガンダの顎に叩き込んだ。


「っ!?」


 先程とは段違いの威力にガンダの顎は跳ね上がってしまウ。当然その心中穏やかではいられない。


 しかし、驚いてはいても呆然とするわけではなく、ガンダは慌てずに状況を把握するため牽制で斧を振り回してアキラを後退させる。前が見えないのでただ闇雲に振り回しただけだが、牽制するには十分な大きさと質量を兼ね備えた斧だ。


 後退したアキラだが、攻めの手を緩めない。シヴァで狙いを付けずにただガンダの身体へ向けて弾丸を2発放った。アキラは軽い気持ちで体勢を整える時間を与えないようにしただけだったが、結果的にこの行動が悪手となってしまう。


『ダァン!』『ダァン!』


「ふん!」

『ギィン!』『ギィン!』


「……は?」


 ガンダが気合いで漏れ出る声に続き、目の前の結果にアキラは困惑を隠せていない。どういうわけか、ガンダは飛んできた弾丸を持っている斧で正確に防いでしまった。


(マジかよどうなってんだ?)


 斧を盾に身体を守るなら理解も出来る。しかし、明らかに斧を振り抜いて弾丸を捉えたらしき動きと、崩れていた姿勢も整えているのを見るに、今のアキラでは不自然な点しか感じられない。そのせいで動揺するのも無理はなく、結果的に体勢を整えたガンダと様子を窺うアキラ、最早二人の間に流れる空気が最初の朗らかな様子ではないのは一目瞭然だ。


「アキラ……」


 静かに名前を呟くクロエは眉を寄せて口元を結んだ。壁に置いている手には自然と力がこもっているのがわかる。今回の事態を招いた原因は自分にあると理解しているクロエだからこそ、アキラ達の攻防から足手まといにしかなれない自分に対して苛立ちが態度に出てしまったのだ。


(やめよう、今は見守ることしか出来ないんだ。そもそもなぜこのような大事になっている? 私が誘拐された? ……逃げては来たが、そんな横暴な言い分が通るわけがない。それに、張本人である私を無視して罷り通ると思っているのか? 例え誘拐でも兵士を持ったフライスが待ち構えるなんて状況も不自然ではないか? フライスが話も聞かないのもおかしい。父様は一体何を考えて……)


 情報の足りないクロエからすれば、今回のことは父が指揮したとしか思えず、フライスの暴走についても知る術は無い。当のフライスはアキラ達を挟んで反対側でアキラ達の成り行きを睨みつけている。その口元が動いているのを見れば、最初のような余裕が無いのが伝わってくる。


「あのドワーフは何をしているんですか……さっさと片付けなければ時間が……」


 アキラ達にも聞こえないような文句を小さく声に出していたフライスだが、当初の余裕も既に無く、冷静に振る舞うことが出来ていない。まるで何かの刻限が迫っているかのようだ。


 それぞれ事情があるが、その結果はアキラとガンダの勝負の行方に掛かっている。フライスが睨みつけてはいるが、そんなことに気づきもしない両者の沈黙を破ったのはガンダの方だった。


「……おめぇがシューターなのは驚いたけどよ、この斧を見て戦う相手を判断すんだったな」

(やばい、何言ってるのかわからない)


 ガンダは余裕な声を上げるが、内心は声と違って警戒したままだ。近接攻撃が脅威なのは先の攻防で理解しているため、緊張感を切らすわけにはいかない。その反面、アキラはガンダの言っていることが理解できていないため、わかっていないことを悟られまいと表情を変えずガンダを見据える。


「だんまりか? へっへ、なら無理にでも喋ってもらうかんな、ムスキ! イドだ!」

『ハイヨ! マカセナ!』


(!? なんだ、今の感覚……)


 アキラには聞こえない、ガンダのオルターから発せられた声、その瞬間に何かを感じ取ったのか、久しく感じていなかった脅威に近い感覚が一瞬駆け巡る。ロキが言っていた相手の魂魄の大きさを感じ取っていたのだが、今のアキラは気づいていない。


(相手がイドにしてきたならこっちもイドにするしかない)


 イドはアキラ自身、その力の跳ね上がり方を理解している。相手に使われた状態で何もしないわけには当然いかない。


「シヴァ、こっちもイドだ」

『ウン!』

「へっへ」


 ガンダはアキラがイドを使ってきたことで当然笑みを深くする。そしてムスキと呼ばれたオルターは片刃の斧がスリムになり、柄が木から鉄に変わっていた。なぜか禍々しさを感じずにはいられない雰囲気を醸し出している。


 アキラのシヴァとは違って発光はしていないが、決して清廉な見た目はしていない。


「やっぱイドには出来ねぇとな! ムスキ、行くぞ!」

『オウ! 《ビルドアップ》』

「なっ……」


 ムスキと呼ばれた斧がその禍々しさを強めると同時にガンダの身体から湯気が立ち上り、血管が脈打ち、皮膚自体も朱く染まっていく。だが、アキラが驚いたのはそこではない。


(こいつ、シヴァとヴィシュより成長したオルターかもしれない)


 アキラが今度こそ脅威を正確に感じ取ったのは、オルターとのやり取りを見ていたからだ。斧が何かをしているのは明確で、ガンダの身体が豹変した。にも関わらずスキルを使用した形跡がないのだ。


(ヴィシュには事前に何を使うか言わなきゃスキルの使用は出来ない。だってのにあいつは掛け声しか掛けていない。あの斧の状態と身体の変貌がシヴァと同じ、握るだけでSTRが向上する仕掛けだとはとてもじゃないが思えない)


「ハッハッハ! この姿を見ると大抵の奴は驚くかん……なっ!」

「くっ!」


 勘違いしながら急接近してきたガンダは、先程とは段違いの速度で斧を振り下ろす。アキラはガンダの接近と同時にガンシフターでシヴァを逆手に握り、早すぎる動きに対応するため、振り下ろしてくる斧を捌こうと動きながら銃のスライドを押し当てる。


「こ、この野郎……」


 だが、結果は地面にアキラの転がる姿があった。受け流すどころかガンダはシヴァごと強引にアキラを吹き飛ばすように軌道を変えて斧を振り抜いたのだ。


「ヒューマンは軽い軽い、それにシューターだし、なっ!」

(まずい!)


 転んだアキラに追撃の斧が振り下ろされる。避ける暇もないため、アキラは咄嗟にシヴァを盾にして開いた左手で支える銃身を支える。


「おぉ……シューターは大抵一発で勝負が決まんだけどな。おめぇ、頑丈だな」


 ガンダの言葉とは裏腹に身体で攻撃を受け止めた代償として、アキラの両腕から血が流れている。真っ正面から攻撃を受けてしまったせいで、加圧に耐えきれず腕の一部分が損傷したのだ。。


 追撃のためガンダが斧を再び振り上げるのは目に見えている。そのため、アキラは勝負を急ぐためにガンダへ向けてシヴァを放つ……が。


『ダァン!』

『ギィン!』

「ちっ」


 当然のように防がれてしまう。なぜか舌打ちをしたのはアキラでは無くガンダなのだが、そのおかげでアキラはこの弾丸を振り払う動作の原因の糸口が見つかる。


(この距離でもわざわざ斧を使って弾くもんか? 見えるなら避ければいい……いや、そもそもコイツの視線は弾丸すら見ていない、おまけにあの表情……何かを邪魔されて苛立ったって所か)


 冷静に分析しつつ、ガンダが振り払いの動作で出来た隙間を上手く利用してアキラは寝転んだ体勢から後転し、腕を使って跳ね上がり窮地を脱する。腕に走る痛みは興奮しているせいか、多少感じる程度なのが救いだろう。


(ま、痛くても気合いでなんとかしなくちゃならないんだけどな)


 アキラの考えでは、ガンダは銃弾を弾くアイテム、又はスキルを使用しているだろうと当たりを付けて攻め方を再度考察する。少しでも時間を稼ぎたいため、自分からガンダへと語りかけた。


「そのスキルはシューターに対して便利だよな、反動で硬直するのを除けばな」

「そんでも当たるよりはマシだで、それに連続して使えるのも強みだかんな。シューターの連中には気の毒じゃねぇかと思ってたんだけどな」

「なんで過去形なんだよ?」

「へへ」


 ガンダが嬉しそうにアキラを見据える。何が嬉しいかはわからないが、ガンダは語らない。予想を口にしただけで想像以上の成果が得られたアキラは左手にヴィシュを召喚し、再びイドと唱える。その動作を見たガンダは、笑みを一転させ真剣な表情に戻る。


「おめぇ、まだ手の内を隠して……」

「……」


 アキラは答えない。お前もだろうと言葉を吐きかけたいが、知っていることを知らせる必要は全くない。エルフである自身との影で学んだ駆け引きは着実にアキラの中で形になっている。


「さっきの仕返しってか? いいけどな、何をするつもりかはわからんけど、やらせるつもりは……無いかんな!」

「クイックメントだヴィシュ」

『ソウ』


 ガンダの踏み込みとアキラの言葉が同時に響き、バックステップで後退しつつ、アキラは距離を稼ぐ。未強化の状態ではすぐに追いつかれてしまうが[クイックII]を付与する時間さえ稼げれば問題は無い。


『カァァン!』


 サファイアの銃身と姿を変えたヴィシュから放たれた弾丸を自身に放ったアキラは、漸くガンダの動きに付いていくことが出来るようになる。見えていても、イドで使用した何かによって強化されたガンダの動きにかち合ってしまえば力負けしてしまうからだ。


「なっ」


 ガンダがアキラに追いついたと思った瞬間、空を切る斧の虚しい感触と共に、アキラは銃弾では無く、隙間を縫うような蹴りで斧の遠心力をアシストしてやる。


「舐めんな!」


 だが、ガンダはその豪腕で無理矢理逸れる力を押さえ込み、更にその反動で威力を増して斧を振り落とす。アキラは既にそこには居ないが、視界の隅に見えるアキラの蹴りに対応するためにスキルを発動する。


「ワイルダースワイプ!」

「!」


 ガンダの一言と共に、地面へ付けていた斧の先端をアキラの方へと動かす。すると、斧と地面の間に光が生まれ、土砂袋を連続して積み上げるような鈍く重い音が響く。そしてスキルによって生まれた衝撃がアキラを襲うが、それと同時にアキラの蹴りがガンダの顔面を見舞う。


「っ!」


 結果的にカウンター気味となってアキラを襲う衝撃波は、後方にある大きな岩へとその身体を打ち付ける結果になった。アキラのぶつかった箇所にはヒビが広がっており、受けたダメージの壮絶さを物語っている。だが、ガンダからは見えていない。


「ハァハァ、全く、驚かせてくれるってもんよ」


 衝撃波で生まれた砂埃がアキラの姿を隠しているせいなのだが、ガンダは手応えからこれで終わりだろうと考えていた。


『カァァン!』


 そんな油断は、聞き覚えのある金属を打ち鳴らす特徴的な音色が再び響くまでだった。

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