第96話 勝利の形
爆発の起こった影響か、砂埃でアキラ達が居た所は何も見えない。暫く時間が経ち、砂埃が落ち着き始めたのを見計らってフライスが声を上げる。
「ガンダ! 終わったのですか!」
「ふぅ~見てたらわかるかんな、消し飛んだぞ」
フライスが近づきながら声を張る。ガンダは後味が悪そうな雰囲気でその場を見ていた。
(ついに人一人
本来ならプレイヤーはHP全損状態になると死ぬわけでは無く、dying状態になる。この状態は致命傷以外の攻撃を受けても、無理をすればステータスの下がった状態での活動が可能な物で、HPの10%を回復しなければ通常のステータスに戻らない物だ。
dying状態で致命傷を負わなければ死なずに生き続けることが出来る。だが、その状態で致命傷を負えば、今度こそ死ぬことになる。この世界でのプレイヤーの死は、魔物と同じく光の粒子となり消滅してしまう。魔物と違う点は、アイテムボックスも何も落とさないことだ。
dying状態になるダメージを負っても死にはしないが、例外は存在する。戦闘中の高所落下による死亡や、デバフによるHPを介さないダメージ、そしてオルターがエゴ以上の時に行われる攻撃だ。ガンダはそれを知っていたため、アキラを殺してしまった思いが苦虫を噛み潰した思いに駆られている。
「あいつ、生き残っててくんねぇかなぁ」
自分が手を下してしまったが、ガンダはアキラが何か悪足掻きをしていた事実に当然気づいている。だが、エゴの前では所詮イド程度で対処など出来るはずも無い。嫌がらせが関の山だろう。
「ま、うじうじと悩むのもよくねぇかんな……はぁ~」
「ガンダはクロエ嬢の保護に向かいなさい。時間が無いのです、心を病んだせいで手間を患わせるようなら多少の無礼は許容します。早く連れてきなさい」
「……あいよぉ」
フライスの言う無礼の解釈をガンダは当然理解している。
「これはゲームだかんな、もっと気楽にやらんと持たないってもんよ」
そうして最後にクロエを見た方向へとガンダは足を進める。
ガンダとアキラが互いにぶつかり合って少し、急ぎ気味に岩肌の上を歩く二人の男女が慌ただしく動いている。そのペースは走っている程ではないが、歩くペースはどうみてもゆっくり歩くペースではない。
「よし、もういいか? 少し休もう」
「ふぅ、ふぅ、ありが、たい。ふぅー……」
女性が息を吐くと同時に座り込んでしまった。疲労困憊な様子は見て取れる。呼吸を若干落ち着けることが出来た女性は、周囲を警戒したままの男性に話しかける。
「お、追っては居ないか?」
「ああ、あの“ドワーフ”も気づいていないっぽいし気にしなくていいだろ」
「そう、か……」
「これはあれだな、完全に俺の勝ちだな」
「……あれ程ボロボロにされたというのに、何を言っているんだ?」
「“クロエ”こそ何言ってる。あんなのにどう足掻いても今の俺じゃ勝てるわけないだろ。そもそも何が勝利条件か理解してるか?」
「それは……当然“アキラ”があのドワーフを倒すことだろ?」
「全く……これだからお嬢様は……」
「む」
不満気なクロエと会話しているのは、ガンダが殺したと勘違いしていたアキラだった。呼吸も完全に落ち着き、聞けなかったことをこの際聞こうとクロエは捲し立てる。
「そういうならその条件はなんだ? そもそも! 君はどうやって私の所に来て、あの爆発から生き延びたんだ!? ボロボロで死にかけてるわ、突然私を連れ出すわ、いきなりの連続だが私にも我慢の限界がある!」
「お、おう」
「さぁ! 教えて貰おうか!」
「いいけど歩きながらな」
「さぁ来い!」
「はいはい、まず最初の爆発は……」
何があったのかをアキラは歩きながらクロエに聞かせることにした。
アキラが全力でシヴァを突き出し【インパクトドライブ】をガンダの【ワールドビット】を発動した斧に銃口を合わせてぶつける。アキラは最初から強力な攻撃を利用しようとタイミングを図っていた。
エゴには決して勝てない、アキラはその威力は身をもって理解している。
その結果、アキラとガンダの衝突は小さな爆発が生まれ、その勢いに負けないかのように斧を振り切ったのはガンダだ。本人から見ればアキラの迎撃を打ち破り、斧の軌道上に間違いなく存在したアキラを完全に葬ったと思い込む。
当然事実は異なる。
重要な点として、互いの必殺技をぶつける前からアキラは自分が負けるとわかっていた。全力で歯を食いしばってインパクトドライブを実行したのも、必ず勝つためではなく食らえばどうなるかわからない攻撃を少しでも弱めるためだ。
(い、意識を持っていかれるんじゃない……耐え……ろっ!)
シヴァの銃口から来る徹底的に施したバフと相反の腕輪によるブーストの掛かった反動、そしてスキルとスキルのぶつかり合いで起こった爆発による衝撃波、仕舞いにはガンダの振り抜かれた斧で、アキラの腕は
そしてアキラは打ち負けることを予想していたため、更にもう1枚の盾としてヴィシュでガンダの斧撃を受け、後方に吹き飛ぶよう誘導する。
空中に居たおかげでそれもスムーズにいき、シヴァのインパクトドライブだけでは後方に居るクロエの元へ行くには力が足りない。結果としてガンダの攻撃を利用することを思いついたアキラは、上手くその場を凌ぐ。
かなり危険な綱渡りだが、生き残ることを第一に、そして自分が納得するために考えたか細い勝利条件だった。
(あ、後はバレないように……)
アキラが後方で受け身を取って転がる。その音で気づかれそうな物だが、爆発で吹き飛んだのは何もアキラだけでは無い。ガンダの振り下ろした先にある岩も吹き飛び、アキラと同じ方向にも大きな岩が転がる音で誤魔化すことが出来た。
そこから立ち上がるため、身体に力を込める。
(がっ、力……が)
身体に負ったダメージがでかすぎるせいで、中々起き上がれない。片腕は拉げたせいで使えないのも原因の一つだ。腕は麻痺していて痛みが来ないのは幸いだが、焦げ付いた足や左手は重傷のため中々思う通りに起き上がれない。
(も、もう少しだろ……ここで無理しないと本当に詰むぞ!)
そうして鼓舞しながら踏ん張ると、段々と身体が動き始めた。少しでも動き始めれば後はすんなり立ち上がれる物の、その苦しみで身体は悲鳴を上げ続けている。アキラは声を出そうとする身体の反射を必死で抑えつけ、煙が晴れないうちにクロエの元へと向かった。
「! アキ……んぐっ、んーんー!」
「た、頼むから静か……に」
「むん?」
苦労して左手を動かしてクロエの口を塞ぐ。なんとか絞り出した苦しそうなアキラの声に、クロエは疑問符を浮かべながらも素直に従った。
「逃げる、ぞ付いてこ……っ痛ぅ……」
「! ……んはっは」
痛みを覚えたのか、言い切る前にアキラが辛そうにしている。口を塞がれながら感じる生ぬるい血の感触と、尋常ではない状態に漸く気づいたクロエは、これ以上時間を掛けてはいけないと素直にわかったと返事をする。
「よ、よし……こっち、だ」
それを確認して手を離したアキラは、震える手でバッグからポーションを取り出し、あらぬ方向に曲がっている腕に振り撒いて治療しながら歩き出す。クロエもそれに付き従った。
(マップで奴らの位置を……くっそいてぇ、あのドワーフも動いてないな。行けそうだ)
周囲は岩山に覆われた構造をしているため、通常なら見つかってしまう。しかし、地形が砂塵を逃がさない構造にもなっているため、砂塵が端に溜まり、落ち着くのが遅れている。
これ幸いにと煙幕変わりにしてアキラとクロエは走らない程度に急いでフライス達の横を抜けていく。その途中で声が聞こえた。
「……終わったのですか!」
(ん? これはフライスって奴の声だな)
「ふぅ~見てたらわかるかんな、消し飛んだぞ」
(こっちはガンダってドワーフか、エゴは……切れてるみたいだな。消し飛んだって? 怖いこと言うなよ……dying状態にもならなかったんだぞ? ったく覚えてろよ、全く)
アキラはあるかもわからないと思いながらもリベンジを誓う。負けるような結果でしか先に進めない自分の至らなさを再認識し、奥へと進む。ガンダは疲労からか、初めて人を殺したと思い込んでいるせいか、見た目程冷静ではないのだろう。マップを確認していないのは幸いだ。
「アキラは負けるのがわかっていたのか?」
「そうだ。って言っても序盤は嫌な予感止まりだったな、俺も負けるつもりはなかったけど
「さっき言ってた勝利条件というのが、私なのか?」
「クロエだって今回のことは自分が原因ってわかってるだろ?」
「うっ……それを言われると辛い」
アキラの指摘に自分の引き起こした騒動が大きくなったことを自覚していたクロエは何も言えず、アキラは続ける。
「あっちはどうかはわかんないけどさ、俺とあのドワーフは駒に過ぎない」
「駒?」
「こう言う言い方嫌いだけど、結果が出れば居ても居なくてもどうでもいい存在だ。死んでもな」
「そんなことは!」
「わかってるって、でも綺麗事で考えてたらシビアに物を見る重要性はわかるとおもうけどな」
「しかし……」
地頭はそこまで悪くないクロエだが、感情を優先にしてしまいがちな嫌いがあるせいで理解は出来てもその見方に納得は出来ていない。
「まぁまぁ、それを前提に考えれば見えてくるだろ? この戦いは俺の戦いじゃないってことが」
「そう、だな。私とフライスの戦いだ」
「そうそう、だから俺は途中で勝てないと悟ったから方針を変えたんだよ」
「負ける方へ?」
「ああ、別に俺が負けても状況が不利になるだけで、結果が出るわけじゃない。それはわかっただろ? 後は相手が勝ったと思って上手く負ける方法だ。多分今頃はバレてると思うけど、逃げる時間は稼げただろ?」
「だからあれ程重傷でも無理して逃げたのか」
「それが本当に勝利へ繋がると信じてたからな」
(駄目だ……私なら意地でも刃向かってしまう)
もし自分が同じ立場で同じ状況になったらとクロエは考えるが、そこは冷静なため正確に思い描くことが出来た。その思いに歯嚙みしつつも、クロエの思いに気づかないアキラは続ける。
「それにラッキーだったのが、最大戦力の俺とあのガンダっていうドワーフのせいか、人が居ないせいかわかんないけど、あっちもクロエをどうにかするって考えが抜けてたみたいだったな。俺を躍起になって殺そうとしてたし」
「……」
「あれ、どうしたんだ? 急に黙って」
「……もし、私が同じ状況だったら、わざと負けるなんて思いつきもしなかったと思ってな」
「あぁ~っと……俺の居た世界だとそれ位は基本だったからな……創作とかだけど」
「負けることがか?」
最後の言葉を小さく付け加え、アキラは小さく頷いて続きを補足する。
「間違っちゃいけないのが、勝つためには負けが必要なことがあるってことだ。一旦引くって言葉もあるだろ?」
「だが、全て勝った方がいいに決まっているだろう?」
「そうなんだけどさ、それが出来れば苦労しない。全てに勝ち続けられるなんて物語の英雄位だ。負けなら負けで、次に繋がる負け方をしないといけない。本当に負けちゃいけない時にそれを利用して勝つことが出来ればそれでいいんだよ」
それっきり黙ってしまうが、そのまま歩き続けるアキラの背をクロエは追いかける。アキラはアキラで今回の戦闘の反省会をしていた。上手くはいっても、今回のギリギリの状態は本意では無かった。
(ああは言ったけど、地形が味方してくれたのも大きい。予定だと、エゴの反動で疲れたガンダを振り切ってもっと余裕を持って逃げるつもりだった。周囲に煙幕が出来たのも本当に偶然だ……)
結局は運が味方しただけで偶然逃げ切れただけだった。大技のぶつかり合いに切り替えたのもガンダに詰め寄られた結果であって、本意では無い。
「居ないかんな」
「……もう一度正確に報告しなさい」
「嬢ちゃんは居ないって言ってんだ」
「逃がしたのですか?」
「俺が行った時にはもう居なかったかんな」
事実を淡々と告げるガンダだが、その顔は青ざめている。エゴの反動で体力以上に何かを持っていかれてるらしいが、それでも気にした風も無い。フライスはその変化に気づいているのかいないのか、どうでもいいような振る舞いしかせず、ガンダを責め立てる。
「あなたはドワーフの国からヒューマンの国に依頼で来ているはずですね?」
「国からの依頼だかんな」
「ならば今回の依頼は失敗ということになりますが、よろしいですね?」
フライスは丁寧な口調ながら、脅しを掛けるように吐き捨てる。冷めた目で見つめたガンダだが、答えが返ってこないと判断したフライスは告げる。
「ラモン様には私から報告しておきます。役に立たないなら国に帰りなさい」
「……ふぅ、ゲームだから楽しんでたんに、あんだけ長い道のりをこなしたってのにやり直しかぁそんなぶち壊すようなこと言われるなんて思いもしなかったかんな」
そう告げると、ガンダは王都の方へと歩き出す。ガンダも所詮雇われの身、あれほど力を見せても驚く程早く足を切られるのだ。
(アホらし、ホームに行くかぁ)
フライスが何か大声で言っているが、ガンダにはもう聞こえていない。
「あの薄汚いドワーフ! 人がチャンスをやろうとしているのに無視するとは何事ですか!」
足切り宣言の後、フライスはガンダに挽回のチャンスを告げたのだが、もう関係を断つことに決めたガンダの耳には届かなかったらしい。
「お前達! 早く起きなさい! いつまで寝ているのです!」
フライスはそう言うが、兵士達はアキラとガンダの戦いに身震いする者も居るが、巻き込まれて気絶している者も居る。ほぼ全ての兵士が使い物にならなかった。
「フライス様、そろそろ時間が迫っています。いかがなさいますか?」
フライスの背後で待機していた部下らしき兵士が声を掛ける。
「わかっています! ……あのドワーフも使い物にならない、クロエの小娘は取り逃がす、どうして私は降って湧いたチャンスをモノに出来ないのです!」
騎乗している鞍の持ち手を強く叩く。すぐに息を吐き、呼吸を整えて指示を出す。
「幸いあの誘拐犯の仮面の男は死んだとガンダは情報を残しました。ならば、女の足です、そう遠くには行ってはいないでしょう。動ける者をかき集め、小娘の居た場所を徹底的に調べなさい!」
「はっ!」
態度はあまり褒められた物では無いフライスだが、指示は的確に済ませた。能力はあるらしい。
「あの小娘をなんとしても捕まえなければ……せっかくの……」
ストレスを振り撒きながらフライスは引き返し、追い詰められているせいか、独り言を呟きながらその場を後にした。
「はぁー、結構遠いな」
「これでも大分短縮出来た方だ。後数時間で付く」
「クロエは地図を見なくてもわかるのか?」
「岩場を抜けて草原に入ったからな、それくらいはわかる」
「なるほど」
ポーションで完全に回復したアキラは、マップに表示された地形の記号を見ながらクロエの言葉に頷く。
「にしてもアキラ、君は回復が早すぎないか? なぜ腕がもう元に戻っている?」
「そりゃポーション使ったからな」
「それはそうだが、いくらなんでも早すぎる」
「……俺だからな」
それはアキラの
「答える気が無いのはわかった」
「おう」
「はぁ」
クロエ溜息を吐きながら先へと進む。後はこの草原地帯を越え、集落地帯を抜ければ王都アザストだ。
(すんなりいけばいいけどな)
目に見えない不安が、アキラの不安を加速させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます