第97話 兵隊再び
草原地帯の一端にある小高い丘に、数匹の羊が静かに草を食んでいる。木で出来た柵が羊の居る一帯を覆っているのではなく、近くの集落の一帯を囲うように柵が伸びている。
その光景を小走りで進むアキラは二つ目となる集落を通過しながら疑問に感じていた。
「なぁ、クロエ」
「どうした?」
小走りのペースを早歩き程度に落とすアキラを見て、クロエもそれに合わせながら答える。
「さっき通った村もだけど、ここの村もなんで一部じゃ無くて村全体を覆うように柵が設置されてるんだ?」
「そんなのは当然、魔物避けのためだ」
「え? 村に魔物が来んの?」
「む? アキラの所は来ないのか?」
「あ……」
当然地球に危険な生き物が居ても、都会で育ったアキラには縁の無い話である。そして魔物という存在も当然居ない。クロエとの認識のズレを実感しつつ、アキラは事情を話しながら聞きたい疑問をぶつけた。
「む、そっちには魔物が居ないのか……」
「危険な動物は居るけど、殆ど縁が無い」
「ならあの柵がなんなのかもわからなくて当然か、アキラはあれをどう見る?」
クロエが柵を示しながら問いかける。アキラはわけがわからないので首を傾げていた。
「柵だろ?」
「そうだが、あの柵がただの柵だと思っていないか?」
「木で出来たただの柵……じゃないのか?」
「柵自体はただの木材だが、その木材には聖水が染み込ませてある」
「聖水?」
「私も詳しいわけでは無いが、聞いた話では邪を寄せ付けず、飲めば身体に潜む邪を払ってくれる効果が期待出来るそうだ」
「……なんか高そうな水だな?」
クロエは値段を気にするアキラに対してきょとんとしてしまい、すぐに何かを納得した顔をする。
「そうだな、確かに聖水は中々の値段だ。量もこの位で500Gだったかな?」
(安い一食分の食費が、500mlのペットボトルサイズだと? 意識高い系かよ)
クロエのジェスチャーで大凡の量と値段を把握したアキラだが、クロエの話はまだ終わっていない。
「と言っても、その値段で買う輩は殆ど居ない」
「ん? と言うと?」
「聖水を提供している
(胡散臭ぇえ! これ日本のゲームが元だよな!? だから教会ってだけで拒否感あるのに500Gの物を入信するだけで50Gにするってなんだよ! なんでいきなり十分の一にすんだよ!)
アキラが頭の中で盛り上がってる中、不信に思ったクロエは声を掛ける。
「アキラ?」
「あ、ああすまん。ちょっと聞きたいんだけど、入信するとどうなるんだ?」
「どうなる? いや、特に何も無いが?」
「え? 毎週お祈りしないといけないとか、他の信者を連れてこいとか、物を売るノルマとか、買い物できる専用のチケット貰えるとか……なんも?」
「……君は
「それだけ?」
「それだけだ」
「後で寄付を強要されたり、お布施を貰うために募金箱みたいなの持って立ち尽くしたり、友人に幸せの壺とか言う変なの売らなくてもいいのか?」
「き、君の居た世界と私の知る教会は別物と考えた方がいい。今言った中に含まれる物は一切無い」
「なんてこった……そ、そうだよな。これゲームだもんな」
「?」
アキラがいい意味(?)でショックを受けながらも、疑問が一先ずの落ち着きを見せたので先へと進む。そして時間は経ち、簡単にアキラの手持ちの軽食をとってから更に先へと進む。途中で雑木林に囲われた街道らしき整地された道を見つけたため、そこを進むこと数分、漸く目的の目印らしき物が見えた。
「お! もしかしてあれが!?」
「そう、あれが王都アザストだ。にしても……久しぶりだな」
「まだ遠目だから見辛いけど、やっとだな」
「ああ、もう少しでティエラの所へ……ん?」
「なんか向こうで土埃が舞ってるっぽいな」
アキラとクロエが同時期に気づく。二人揃って眺めていると段々こちらに近づいてくる何かの塊、それえが更に近づくことで漸く認識出来た。
「なんかさっきも見たような集団だな」
「む……アキラ、後方にある旗を見てくれ」
「ん? 豪華そうな
全身鎧を纏った集団が馬に跨がり、街道を真っ直ぐ走っている。その集団の後方から見える幟には、白と赤を基調にした流星のようなシンボルが見える。
「もしかしてフライスって奴じゃないよな?」
「まさか! 街道を避けて最短ルートで来たんだ。奴が先回りしたにしては早すぎる気が……」
(マップに従って来ただけなのに最短ルートだったのか)
ゲームにありがちな、街道などのルートを無視して最短経路のみを表示する不親切設計だったが、今回はいい方向に働いてくれたらしい。しかし、その結果が最良とは限らない。
「それに、あのシンボルは私の家の物だ。フライスは掲げていなかったから奴じゃ無いのは間違いない」
「えぇー……」
「な、なんだその目は……わ、私も不安になるじゃないか」
家の家紋と聞いたアキラが訝しげにクロエを見る。フライスの襲撃があったため、最初から信用していないアキラの思いが伝わったのか、クロエも自信が無いようだ。
「疑わしいけど、あの人らに一応会ってみるか」
「え?」
「疑問を感じるのはわかるけど……」
クロエはどこかに身を潜めてやり過ごすと考えていたため、アキラの発言に疑問の声を上げる。その反応に答えようとするアキラだったが、自身の接触理由がクロエには理解出来ない部分であるため、言葉に詰まってしまった。
「まぁ大丈夫だって、敵意は感じないからさ。それになんかあればまた逃げればいい」
「君がそう言うなら任せる」
適当な言葉で濁し、話題を変える。
「随分素直だな」
「一番確実な方法を選んだだけだ、それに家の者全員が全員、話が通じない相手になっているとは思いたくは無い」
(そりゃ身内を信じたいに決まってるか)
この世界の貴族については情報が無いため、アキラが具体的にクロエの事情を知ることは出来ない。それでもクロエの疲れた表情から心労は察せられる。
段々と近づいてくる集団がアキラ達を捉えたのか、その足並みが一瞬淀む。
(やっと気づいたのか……警戒止まりのままなら大丈夫そうだな)
アキラがマップに映るアイコンを確認する。青から黄に変わったのを見ただけで問題ないと判断する。
(あのいけ好かない敬語野郎達は最初から殆どアイコンが赤と黄だったからな……)
「あれはフォーメール……」
「知ってんのか? ってか一人だけやたら大きい馬に乗ってね?」
クロエの顔が困惑の色に染まる。馬の話題に触れないのを見るに、余裕が感じられないもののアキラに危機を促すような態度は取らない。そして焦る様子が無いのを見ると安心は出来ないが、構えなくても問題なさそうだと判断する。
(油断は出来ないけど)
少ししてアキラ達から数十メートルの距離で一際大きな馬に乗る、フルプレートメイルを纏った大柄の人物が一言発する。
「おい」
「ハッ! 停止!」
それだけで副官らしき人物は察したのか、大声で合図を出して部隊を指揮する。小隊規模の小さな集団ながらフライス達とは違ったまとまりを見せた。停止しただけだが、覇気を感じさせる大男が率いる集団は止まるだけでも迫力を感じさせた。
「待機」
「指示あるまで警戒!」
そう一言告げるだけで統率の取れた動きを見せるが、それが当たり前なのか、他の馬より大きい馬に跨がったフルプレートメイルの男はその状況が整う目に馬を進める。
「クロエ様、馬上から失礼します。おわかりですね?」
「フォーメール……お前が来たと言うことは」
「はい、お察しの通りです」
「そう、か……」
クロエが諦めて項垂れた様子だが、アキラにとって状況が把握出来ないため、小声で黒に話しかける。
「ちょっとちょっと、クロエさん」
「あ、すまない。なんだろうか?」
「いやいや、説明してって」
「そうだな……」
「説明は道中願います。こちらへ」
フォーメールが促す言葉に黙って従うクロエ、アキラが声を掛けようとするが、フォーメールがアキラに向けて言葉を続けた。
「お前が護衛の依頼を受けたヒューマンだな? 話は聞いている。怪我も無いならそのまま付いて来い」
「あ、はい」
通常ならこの態度にアキラは反発することも多いが、相手の態度から嫌味に感じないのと自分の状態をさり気なく心配されたのを感じとれたため、素直に従った。
(それ程悪い奴じゃなさそうだな……状況は最悪っぽいけど)
一抹の不安を予感させながらアキラ達は従う。
「クロエさん……楽っすね」
「……そうだな」
アキラが上の空になっているクロエに話しかけるが、同じ返事しか返ってこない。
「なぁ、あんたから教えてくんない?」
「なぜ俺が説明せねばならんのだ」
「クロエは心ここに在らずっぽいからな。それに同じ馬に乗ってる仲じゃん」
「……」
今アキラはフォーメールの後ろに用意された、二人乗り用の鞍に座っている。本来はクロエが乗る予定だったが、アキラが乗り込もうとすると軒並み他の馬が
そのためクロエは副官の馬にのることになり、ゆっくりだが馬を走らせ現在に至る。
「その前に聞かせてくれ、お前達はフライスを退けたのか?」
「逃げただけだ」
「逃げただけならまだ追ってくる可能性がある……か」
命令の口数は少ないが、普通の会話は難なく進めるフォーメールは状況の把握を終えると、アキラの疑問に答える姿勢を見せる。
「クロエ様の事情は知っているのか?」
「大部分は聞いてると思う」
「ならそれを前提で話す。クロエ様の旅には、俺が来るまでは自由に旅をしていいと言う条件があった」
「へぇ、それは知らなかった」
「万が一に定めた条件なのでな、知らないのも無理は無い。その際は問答無用で近場の家、又は拠点へ行くことを約束している」
その話を聞いてクロエの気落ちしている原因をアキラは確信する。クロエは立場上、家の事情から
「クロエが落ち込んでいるのはわかったけどさ、フライス達には襲われたのに、あんた達からは襲われなかったのはどうしてだ?」
「あいつらの事情は把握していない。なぜこんなことが起こったのかも、奴に直接聞きたいくらいだ。俺達はクロエ様を連れて帰るだけだ。邪魔をしなければお前を襲う必要もない」
この言葉を聞いて、警戒を緩めたアキラは再度確認するようにフォーメールに問う。
「なら“俺達”は静かにしてれば襲われることも無いってことでいいんだよな?」
「その認識で問題ない」
アキラのように仮面を付けている輩は怪しまれても文句は言えない。しかし、フォーメールは何も感じさせずに迷い無く言い切った。フォーメール自身もフルプレートメイルのため顔は見えないが、その態度は実に堂々としている。
(大丈夫……だよな)
マップのアイコンも青くなっているため、アキラはやっと肩の力を抜くことが出来た。
「ふぅ……ん?」
アキラが気を抜くと周囲に展開していた兵士のアイコンが黄から青に変わる。アキラの緊張感が他の兵に伝わっていたのか、張り詰めていたらしい空気が緩和された。フォーメールもアキラと言うより周囲の反応に思う所があったのか、僅かに気配が弛緩したのを僅かながら感じ取れる。
「あんた達ってクロエのなんなんだ?」
「……お前には関係ない」
「そりゃそうだけどさ、ほら、さっきは色々教えてくれたしちょっと位……な?」
フォーメールは何も反応を示さず、ただただ馬を前にゆっくりと走らせる。先程とは打って変わった反応だが、話せるラインがそこまでだと暗に告げている。アキラも所詮はクロエに雇われた身であるため、必要以上の内部情報を教える必要もフォーメール側には無い。
(人生初の乗馬だからな、楽しむとするか)
クロエもフォーメールも相手にしてくれないと感じたアキラは馬の景色を楽しむ方へと切り替える。
(はぁ、風が……フォーメールのせいで感じれない……景色は、タクリューの方が凄かったな……振動も凄いし……あれ? タクリューの方が良くね?)
アキラは船も乗馬も一番楽しめるタイミングを逃しているが、そのことに気づかないのは幸か不幸かは今後の冒険次第だ。それでも気を抜くアキラだが、なぜか不安が消えないでいる。
その姿を遠くから眺める存在が居た。
「見つけた矢先だと言うのに……! フォーメールめぇ!」
「も、申し訳ありません!」
「……ちっ」
クロエを追っていたフライス達だ。中隊規模はあったはずが、今ではフォーメール達と同等の数しか居ない。部下らしき男が謝罪をするが視線すら向けない。
「それにあの黒と白の妙な仮面……生きているのはどういうことです?
冷静を装うが、歯ぎしりが聞こえてきそうな程歯を食いしばっているのは誰が見てもわかる。当然指摘はしないが。
「……撤退します。早く指示しなさい!」
「ハ、ハッ!」
「“侯爵の娘は”諦めなければなりませんか……」
慌てて指示する声と共に王都アザストとは逆方面へと呟きを残しながら進む。敬語を使ってはいても、その性格から考えれば無理にでも突撃しそうな物だが、フライスの行動は謎に包まれている。
その後、フライスと一部の兵士が消息を断ってしまう。近い将来、良い未来が待っているとは思えないが、アキラはそれを知るよしもない。
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