第12話 一時の休息の後の
一人の新米兵士が悲壮な覚悟をしていた頃、アキラは仮眠室と書かれたネームプレートの掛かった部屋の前に案内されていた。
案内と言ってもそこまで広い建物では無いので、取調室から出たらすぐ隣の部屋のドアの前に連れられただけだった。
後でまた呼びに来ると一言告げられると、すぐに兵士はその場を離れてしまう。
「え?入っていい……んだよな?うん眠いし入ろう」
ここまでの道中疲れ切ったアキラは、木製のドアノブを捻って扉を開き、室内を見回す。中には簡易ベッドらしき物が2つあるだけで、窓が1つのみの殺風景な部屋だった。
窓から入る光が室内を照らし、掃除だけはしているのか木の芳しい香りだけを感じる。簡易ベッドに近づくと、シーツが一枚載っているだけで最早ベッドと呼ぶのすら憚れる出来だ。
シーツを人撫でして感触を確かめると、使い古してはいるが、しっかり洗濯はされているのか肌触りや匂いに問題は無かった。
ここまで着の身着のままなので、血と泥にまみれた衣服と体でここまで来てしまう。
「あぁ…なんで誰も指摘してくれないんだよ。これじゃ完全にただの不審者じゃないか」
時間が経過して落ち着いてきた頭で自身の状態に気がついたアキラは、取り敢えず服の洗浄をするためにソウルオルターを調べた時の知識を思い出し、服を綺麗にする方法を実践するためにメニュー画面を開いた。
「確かステータスの何処かにある筈の【リペア】ってのはどこだーっと…あれ?マジでどこだ?」
アキラが探しているのは自身の装備を修復できる機能がある【リペア】と言うコマンドだった。
このコマンドで装備だけでも綺麗にしてしまおうと考えているが、リペアのコマンドを探している内にその目はステータスを眺めてしまう。
「こうやって見てみるとステータスの上がり幅が少しDEXとLUCに傾いてる位で、後は似た感じになってるな。これが種族的な特徴って奴にジョブが加わった結果なのか……おっ、みっけ」
アキラがステータスを眺めていると、事前に調べた時のリペアのアイコンである半袖のシャツの中心に救急箱に見られる十字マークが付いた物を見つける。
ステータスに注視していたアキラだが、目的を思い出してすぐにそのアイコンに触れる。
半透明のウィンドウが新しく出現し、そこには修復を知らせるメッセージが記載されており、そのために必要な素材かお金を消費する旨が載っていた。
「手持ちに金なんか……あるな。っていっても雀の涙って感じだけど」
そう独りごちるアキラのステータスに載っている金額は【32 G】と書かれている。
この中途半端な額は、ウルフを倒した際に勝手に入手するシステムのせいだろうと当たりを付け、アキラは表示されているメッセージにいくらかかるかだけでも見ようと【《G》で修復する】と書かれているコマンドを選択する。
「こんな汚れて破けた服の修理は普通に高いだろうなぁ。Gの価値もわからないし、手持ちじゃ絶対足りないよなぁ……って安いなおい」
アキラが心の中とは正反対の思いを望みながら呟き、選択した。
その結果は【3 G】と表示されている。
思った以上に安い金額に、反射的にメッセージの【修復】と書かれたコマンドを実行してしまう。
すると、いきなり足元から髪が多少巻き上げられる程度の風が吹き抜ける。それは一瞬だが、全身を撫でるように包むと思えば、まるで逆再生かのように服が綺麗になっていく。
「たかが服の修理になんて演出してんだよって、あれ?」
アキラが呆れながらも綺麗になった服を見ながら呟くと、違和感に気づく。
「なんか体も洗われたかのような爽快感がするぞ? おお! 手が綺麗になってんじゃん!」
そう言いながら両手を見ると、土や血で汚れていたはずの手は、まるで石鹸で洗った後にタオルで水気を取り去ったかのような心地の良い肌触りになっており、まるで風呂上がりのようにアキラは感じていた。
「リペアコマンド便利だな。これなら暫くは風呂は我慢できそうだな、まぁ取り敢えずは寝よう。今日は本当に疲れたし」
リペアの利便性に感心しながら、アキラは綺麗になった体と服に包まれて体を簡易ベッドに横たえる。
アキラはこれから来るであろう正体の見えない不安に心の中が沈んでいく感覚を覚える。
(これから今以上に辛いことが絶対起こるだろうな。
アキラはシューターを選んだことを後悔していた。楽しむはずだった
(事前情報から不憫な
不安な未来に思いを馳せるアキラは、有り得るであろう見通しを心の中で感じつつ1分もしない内に規則正しい寝息が聞こえてくる。
疲れていたからか、アキラが本格的に眠り始めたことがわかる。
なんでこんなことになったのか、原因はなんなのか、どうして死ぬ目に合わなければならないのか、家に帰ることは出来るのか、これから起こる未来に不安を感じつつも、アキラはその全てを乗り越える決意と、必ず妹のために家に帰ると自分に誓う。
意図せず最速で“ヒューマンのはじまりの街”へアキラが到着する少し前、丁度フィールドを駆け抜けている途中に、アキラと似た服装、アキラ曰く初期装備の服装をした男性や女性の姿が散見される。
女性に至ってはトレンカ風のボトムスらしき物を纏い、ゴアードスカートを履いている。そういった男女が“ヒューマンのスタート地点”であるウルフの森にポツポツと現れ始めた。
この人物達は、アキラと同じ日本からやってくるソウルオルターに囚われ、告げられることの無い使命を背負わされた人達である。
そして時を同じくして“各種族用のスタート地点”に、アキラ同様にソウルオルターの世界に放り込まれる人達が居るのだが、その姿は人間の姿ではなく、見た目は選択した種族となって居た。
当然日本でこのことが問題になるのはそう遠くなく、そして世界の裏で隠されていた存在と脅威が、表に現れる瞬間でもあった。
「フゥ…」
詰所に設置されたとある一室に疲れた表情を滲ませながら、背もたれのある椅子に腰掛けてはいるが、姿勢は前のめりになっている。
事態が微妙な解決のしかたをしたため、今後の対応に頭を悩ませているのだ。アキラが休み始めて暫くして、グランは詰所にある雑務を行うための部屋兼、応接室で状況を概ね察していた。
ウルフの習性を考えればアキラが何かしら関わり、仲間意識の強いウルフの集団が街へ迫ってきていたのは明白だった。
グランは確かに報告ではそう聞いていたのだが、いざ現場に行って指揮を執ると既にウルフの群れは消えていると報告が入る。
状況から察するにアキラがウルフの群れを引き連れていた原因を排除したか、群れを追い返すことが出来た。又は、全て倒したとグランは当たりをつけている。
見慣れぬ武器に戦闘後のようなボロボロの服装からはとてもそのようには見えないが、返り血や噛み跡から判断するに、死闘を演じたことは間違いないと判断できる。
傷を負っていない原因は薬でも使ったのだろう。
集団での狩りを行う相手をたった一人で返り討ちにすることが可能なのか? 名のある強者なら可能なのかもしれないが、アキラの見た目は年若く、とてもそのような経験を積んだような者にはグランは到底思えなかった。
だが、もしそれが事実であったなら慎重に相手取る必要がある。こちらの落ち度として一度街に入るのを強制的に拒否し、見殺しにする形を取ってしまったのだ。
【ルール】を破ってしまったこちらとしては強気には出られない。事情が何であれ結果的にそうなってしまったが、幸か不幸か生き残っていたことに感謝する。が、対応を誤れば事態は何も好転などしていないことがわかったのだ。
そしてルールとは別に、今度はこの街に入ってきた
不安を掻き消すようにグランは
地図からアキラが来たであろう方角に自然と目を向ける。この街アジーンから続き、ウルフの森の更に奥にある遺跡、そして未だ全種族が未踏破の場所がぽっかりと空いている。
その場所は不思議と、全ての種族のエリアに配置された遺跡が取り囲むように配置されており、その遺跡から続いて野生のモンスターの生息地、そしてその近くに街が存在している。
この円形に未踏破エリアを取り囲むような配置に、グランだけでなくこの世界に生きる全種族が理由が判明していない。
噂では、伝説のモンスターが居ると言えば、神が住まう都市と言う人も居たり、隠されたダンジョンが存在していると言えば、死者は全てあそこに行くことになる等、最早おとぎ話の部類に入っている場所だ。
ある種族は空から侵入しようとしてもその空間は認知できず、決して辿り着くことも出来ない。ある種族は地下から行こうとしても削れることすら出来ない未知の物質がその進行を阻んでおり、入り口は遺跡のみとなっている。
その遺跡に入れはしても奥に進むには何か条件が有るのか、入れる者と入れない者に分かれていたり、種族によってはそれで今後の扱いを区別する所も存在する。
グランがその未踏破エリアに目を向けた時、当たり前の疑問が思い浮かんだ。
「あの旅人は何処から来たんだ?もしかして…アジーンのルールに関連が?」
種族間に国境等は存在しないが、アキラの来た方向には村等存在しない。立地的に隠れ村を作るような適した場所等無いので、必然と村の何処かから来たと言う選択肢は排除される。
しかし、種族は同じヒューマンなのは血や見た目から確認済みだった。誤魔化す方法も無くはないが、そんなことをしてまでここ、アジーンに来る理由を見出だせない。
やがてグランは、見当違いな考えを咄嗟に思いつくも、すぐに馬鹿馬鹿しくなり、頭を振ってその考えを無かったことにするかのように追い出す。
「まさかな。未踏破エリアから人が来るなんて有り得ん」
次の日になってからはそんな考えは見当違いでは無いと思えてしまうほど、波乱の日が幕を開けるのだがそれをグランは未だ知らない。
「ん~…違うぞ深緑ぃ…それは醤油ラーメンじゃ……なくて家系……」
時間にして3時間と少し、アキラは自身の寝言で目が覚めてしまった。
「んー、何処だここ?俺の家系ラーメンは……そうだった。俺、拉致られてたんだっけ」
アキラの認識からすればこの世界に拉致監禁された認識が強く、連れられた場所から命からがらここに到着していたのを思い出す。
アキラが寝惚けた視界で周りを見ると、視界のとある部分がアキラの視線に合わせてゆっくり移動する半透明のウィンドウが見える。
「はぁ、ラーメン食いたくなったなぁ夜食食ったはずなんだけど、胃の中まで空っぽなのか?」
鬱陶しくも、視界から消えない半透明のウィンドウを睨む。
「そういえば【街へ行こう!】ってクエストがあったっけ。色々と夢中で忘れてたな」
最早仮想現実の可能性は完全に除外したアキラは、ここに来る前の妹の手料理を思い起こしながら、完了済みとチェックが付いたクエスト名に触る。
すると淡く表示されていたクエスト名は消え、目の前の半透明のウィンドウに報酬が表示された。
早速受け取るを選択すると、バッグの中に移動されたようで、ウィンドウはすぐに消えた。アキラはそのアイテムが気になってすぐに説明を見る。
【オルターの書・上】
オルターの生み出された経緯が記されている。
「…長そうだし寝起きで読む気分じゃないから後で読もう。先にメニュー画面弄るか」
アキラがメニューを思い浮かべて視界に一覧を表示する。そこからキャラクターを選択してステータスを見る。
普段のクエストやストーリーが出て来る透明なウィンドウと違い、横幅が2倍になった大きさの透明なウィンドウが出現した。
左側には現在のステータスを数値化したものと、右側には自身の全身絵を画面に合わせて縮尺を合わせた3Dモデルのような物が表示されている。
現在の姿を表示しているらしく、摘んで動かすとある程度モデルは動かせることがわかる。
HP: 368/368
MP: 358/358
STR:18
DEF:17
AGI:17
DEX:22
INT:16
LUC:21
「ここまでゲームっぽいのに一向にゲーム感が湧いてこないのも凄いな。それにこの数字ってのも出されてるだけでどの程度なのかもわからないし」
アキラはステータスやそのステータス画面に表示されている自身のモデルを摘むように回転させて弄り、顔が現実世界のままだったのを確認すると、自身が選択した種族の詳細な情報を思い出す。
種族、ヒューマンはほぼ人間と同じでファンタジーに存在する人間と言う点以外相違は無く。
ステータスは僅かでは有るが平均的より劣り、その分他の種族に比べてDEXとLUCが多く、全ステータスがレベルアップ時に上昇する特徴を持っている。
将来性は悪くないが、他の種族が優秀に見えるため隠れてしまう印象がある種族である。
「ヒューマンは将来性を見込むのと、命中に秀でてるから選んだんだけど…こんなことになるなら魔人とか無難なのにしとくんだったな。今更後悔しても遅いし仕方ないけど、今の種族で頑張るしかないだろうな」
アキラがステータスについて振り返り、反省を終えてスキルについて調べようとメニュー画面を操作する。
「そう言えばわざわざ操作しなくても出せるんだっけ? お、出た出た」
MMORPG等は一般的に今後取得できるであろうスキルは、スキルツリーと呼ばれた枝分かれしてその先に取得予定のスキルがある程度は見える。
なのだが、このソウルオルターには取得後のスキルしか表示されないらしく、スキル別に名前が表示されているだけだった。1つに至ってはカテゴリすら不明のスキル欄が存在している始末である。
ノービススキル
【射撃LV.3】
【武術LV.2】
【ピンポイントシュート】
アナザースキル
-
パイオニアスキル
-
オルタースキル
【リロード】
【クイックドロウLV.1】
【ムーヴショット】
------スキル
-
「ここは事前情報と変わらな…くは無いな。なんだこの名前が表示されてないスキル欄は?」
スキル欄には【------スキル】と書かれた項目があるが、事前情報には載っていない物だ。当然入手もしていないので表示されていない。
「……今考えても仕方ないか、そんじゃそろそろ行くか。いつかわかると思うしそれよりホームを探さないといけないしな。スキルの考察はその後やればいいだろう」
アキラが調べた事前情報には、プレイヤーの拠点となるべきエリアが各町に存在している。
その拠点のことをホームと呼び、プレイヤーがソウルオルターの世界を探索する上で準備に必要な恩恵が含まれている。
そのため、今後の目標を明確にしていくのと、当然ホームが使えるか使えないかの判断は、今後に影響する最優先事項だった。
簡易ベッドからゆっくりと降りるアキラの精神状態は休んだおかげで、それなりに落ち着いているのが動作から窺える。
ベッドから静かに降りたアキラはドアに向かって歩き、外に出る。木材特有の軋む音を響かせながらドアを開ける。
部屋の外に出ると、近くの取調室が目に入る。アキラは謝罪を受けていたことを思い出し、既に終わったことだったからか、または悪意を感じなかったせいか、あの時の絶望感が嘘だったかのように無くなっており、
「でもあの時凄くショックだったからなぁ」
気にしなくはなっていたがやはり思う所はあるのか、瀕死だった時を思い出しながら呟くアキラは取調室に向かった。
「そういえばどうして門を開けたんだ? こう上手く表現できないけど、見知らぬ人1人のために外敵を招き入れるリスクを犯してまで開門なんて普通はしないんじゃないか?」
アキラは取調室に向かいながら一人疑問を呟くと、それに呼応するかのように機械を通したような声で返事が返ってくる。
『それがこの街、アジーンの【ルール】だからだ』
アキラの背後から声が返ってくるが、そのことに対して内心驚愕するアキラはそんなことはお首にも出さずにゆっくりと振り返りながらその人物を眺める。
声の主は、まるで機械音声のような無機質な音だが、人間が喋っているのが辛うじて読み取れる。
見た目は全身が黒い鎧らしきものを纏っているせいか、性別が判断できない。喋り方の傾向からして男性かもと窺える程度だ。
その鎧も見た目は甲虫を彷彿とさせる物で蛇腹式の折り重なるような、頑強さとある程度の機動性を保った鎧だった。
顔を覆っているヘルメット式の防具は横線2本が淡く奔っており、視覚確保の線が光って見えているせいで中を見ることは叶わない。
そのため、装着者の目や顔色を窺い知ることが出来ない。一瞬だけ観察を終えると、アキラはそのまま気になった疑問を機械音声らしき声で発してきた相手に問い返す。
「ルール?」
『……そう、ルールだ。この街はウルフの森方面から来る人、正確には更にその奥を指してるんだが、まぁいい。この街のルールでその方向から入場する物に対しては、何が起ころうとも必ず受け入れるルールがある。“全てのはじまりの街”はそういう仕様だ』
アキラが自然に会話をしていたかのように振る舞う返事が来たため、アキラのリアクションを期待していたこの人物は、少しの沈黙の後にアキラの質問に答えた。
質問に答えてもらったアキラは心の動揺を静めて次の疑問を声に出す。
「へぇ、だから門を開けてくれたのか、教えてくれてありがとう。ついでに聞くけどあんた誰?」
『言って伝わるか知らないが、この騒動の原因の一人だ』
アキラはその一言を聞き終える直前まで、その言葉を掻い摘んで吟味しながら、ウルフの件ではなくソウルオルターの世界に飛ばされるこの事件を、騒動と即座に判断した。
ほぼ脊髄反射でその判断を下したためか、自然とその黒い鎧の人物に向かって飛びかかるように走り出していた。
一歩踏み込みシヴァを右手に召喚し、二歩踏み込む時点で引き金に指を掛けて狙いを付けずに黒い鎧の人物に向かって…発砲出来ずにアキラの後頭部は木製の床に打ち付けられていた。
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