第8話 群れとの戦い


 アキラの右手にあったシヴァは、猛然と突っ込んで来るウルフから回り込むような突進によって、シヴァはアキラの後方へと弾かれてしまった。

 右手からシヴァが離れる感触だけを、ただ漠然と感じていることしか出来なかった。


 アキラは、締め出されたショックで未だに今の状況を理解したくなかったのだ。理解すれば、最早待っているのは困難では無くどうしようも無い死の未来だけと思っていたのだから。


 その逃避のせいか、目の前とは違うことを少し考える。先程シヴァが強く脈打って自分を急かしていた理由についてだ。

 あれは背後から敵が迫ってきていることを知らせてくれていたのだと、今やっと理解したのだ。


 ウルフの森から平原へ、平原から街に向かって逃げている時もやっていた自然と出来上がっていたコンビネーションだが、付け焼き刃のこの方法では咄嗟の状況に対応出来ないため最悪なタイミングでボロが出てしまった。


(シ、シヴァが…と、取りに行かなきゃ)


 ここまでの道のりはこの世界にやってきたばかりのアキラにはあまりにも過酷だった。それでもアキラは自分なりに必死に抗い、漸く逃げ切れる。


 そんな思いで繋いできた道のりだったが、最後の最後でこの仕打である。アキラの心はどうしようない程に疲れきっており、肉体的にも精神的にも既にピークだった。


 朦朧とした頭では目の前の脅威を取り払うために、唯一の武器であるシヴァを、ただただ求めるだけだった。


 ピンチの連続を逃げることで切り抜け、ゴールが目の前まで迫りいざ入ろうとしたらそのゴールテープは無残にも目の前で閉ざされる。


 最初から門が閉じているなら絶望しか感じなかったはずだ。だが目の前でもう少しで助かると言う希望を奪われる。その絶望は最初から街に入れない時の比ではない。


 そして、後ろを振り返れば目視で一瞬で判断しても10匹以上は居るであろうウルフ、そして上位個体と思しきウルフには【ウルフ・リーダー】と表示されている。


 他のウルフよりも大きいその体躯を見た時に、逃走で熱くなった身体とは裏腹に、その心は冷えていくのをアキラ自身感じていた。


 アキラの体が自然と荒い呼吸を鎮めようと無意識に肩で息をしているが、次第に静かになっていく自分の呼吸を感じる。

 それは本当に自分から聞こえているのかと思うほど遠くにその呼吸音が耳に残る。


 「もう、頑張った」「ここまでこれただけ十分じゃないか」だから安全な所に行かせてくれと考えてしまう。

 だが無情にもまだ増えているウルフが「ここで必ず仕留める」とでも言わんばかりに集まる。


 既に狩りではなく、食料のためでもなく、生きるためでもない。誇りの問題なのだ。そう告げるように最終的に集まったのはウルフ20匹とウルフ・リーダー1匹が怒気を孕んだ瞳でこちらを睨む姿だった。


 ウルフ種と呼ばれる狼のようなモンスターは、優秀と言いないが数が集まればとんでもない脅威になるタイプのモンスターだ。賢く、同族の感情はある程度は読み取れる。


 その影響かフォレスト・ウルフから続いている遠吠えは森を越え、いつしかウルフ・リーダーに対する仇敵を討ってくれと懇願に近い無念を孕んだ咆哮が伝わった。


 最初に吠えたフォレスト・ウルフの無念の遠吠え、それがウルフ・リーダーへと伝わり現在の状況に陥っている。


 しかし、通常のウルフ種は狩りに失敗して自分が殺されようとも、助けを懇願するどころかそのまま息絶えることを選ぶ。が、何事にも例外がある。


 それは、獲物を横取りされた場合や、子供や仲間に自然界にそぐわない危害を加える、誇りを汚される等がある。


 今回の原因でもあるフォレスト・ウルフだが、自身が無理やり連れてこられて傷めつけるように危害を加えられたのが原因だ。


 勿論アキラやチュートリアルと言うシステムにそんな悪意は存在しないのだが、フォレスト・ウルフからしてみれば何がなんだかわからない内に拉致され、何をするでもなく放置された挙句の果てに、攻撃を受けるまで動くことが出来なかった。


 フォレスト・ウルフは今回の出来事をその例外なケースとしか思えず、遠吠えで己が受けた屈辱を感情にして伝えたのだ。


 そんなことを知る由もないアキラではあるが、こちら側にも拉致られたせいで現状で出来る判断を下し、命を掛けている理由があるのだがウルフ側も勿論そんなのはお構い無しだ。


 なのでこの現状、20匹のウルフと1匹のウルフ・リーダーに囲まれる状況というのは、なるべくしてなったと言わざるを得ないだろう。


 双方ともに理不尽な現実は、ウルフ側は敵意を、アキラはその敵意に心が押し潰されそうな現状も双方に原因が無いのだから「仕方が無い」の一言に尽きる。


 極めつけが、このソウルオルターの世界にそんな仕様が存在していなかった事と、未だソウルオルターをプレイして、ヒューマンを選択しているのがアキラしか居ない現状が突き刺さる。


 挫けそうな心は目に涙を滲ませ、終わりたく無いと願う。まだ死にたく無い! だが、そのためには戦わなければならない。


 アキラが滲ませた涙は瞼を強く閉じることで弾き、視界を確保する。そしてウルフ全てを殺して生き残ってやると決めたアキラは、目の前の集団を湿らせた瞳で精一杯睨みつける。


 どんな強さを持とうが個は集団には勝てない。と言う言葉がアキラの脳裏を過ぎるが、ゲームの世界なら個でも集団に勝つ場面はいくらでもある。


 ここは現実感はあるが、同時にオルターを始め、様々なゲームのシステムが存在する。そのゲームの要素をうまく活用できればやってやれないことは無いのではないか? とアキラは自分のやる気を上げるために自論を展開する。


 そして、今出来る限りの覚悟を決めてアキラが気合を入れてウルフの群れへ仕掛けようと足を踏み出す。


 筈だった。


 自分の意思に反して身体が前へ行こうとしても何故かその一歩が踏み出せない。アキラはウルフの群れの前に恐怖で腰が引けてしまい、足がうまく前に出て行かないのだ。

 要はビビってしまっている。


 例え一撃で倒せる相手でも見た目は狼であり、チュートリアルでの狼の噛みつきは恐怖でしか無かった。

 その恐怖がいざことをなそうとすると心を伝い身体にブレーキを掛ける。この事実にアキラの反骨精神が泣け無しだった闘志に火を灯す。


(何ビビってんだ!ここでビビってたら生き残る可能性すら放棄することになるんだぞ!それにシヴァをふっ飛ばされて後手に回ってるんだ。しっかりしろ!)


 全てを終わらせないためにも、未だこの状況でさえ諦めないアキラは己を鼓舞し、自身の寿命さえも見える程度に危機感を感じる。


 そんな思いを原動力にしたアキラは、漸く覚悟を決めて足を踏み出そうとした。が、まるで身体は溶けた鉛の中を動いているような気分だ。


 その感触を足から感じるが、それでも一歩を踏み出せた。その重い一歩が覚悟の完了を表している。


 そして一歩を踏み出した後、身体をなんとか前へ前へ持っていくことに全力を出す。全身に力を入れると共に声を大にして勢いをつける。


「いくぞおおおオォォォ!」


 アキラは恐怖に引き攣る自分を誤魔化し、奮い立たせるように叫ぶと同時にウルフの群れへ駆け出す。


 それを合図にしてか、ウルフの群れが一斉にアキラに駆け寄ってくる。


 一匹がアキラの右腕に喰らいつくが、逆に強く腕を突き込む。突き込んだ勢いでそのまま地面に叩きつけるように殴りつけ、ウルフが悲鳴を上げるも多少のダメージを負っただけで体力を表すゲージは半分より少し多く残しており、ウルフはまだ生きている。


 アキラは、素手だがレベルが上がっているおかげなのか、多少なりとも腕力が上がっている。

 一撃では倒せないが、口に入れた腕を再度振りかぶるようにして地面に体重を乗せながら叩きつけると、ウルフは光の粒子になってアイテムボックスを残す。


 この調子で「次だ!」と思うがアキラの快進撃はあまりにも早くその勢いは失速する。シヴァによってもたらされていたステータスの補正が無いのだ。当然この数相手に、それも1匹だけに複数回攻撃しただけで致命的な隙になってしまうのは当然だろう。


 アキラの左肩にウルフが一匹噛み付いてくる。そして、右の大腿部や左腕、右足と次々に噛みつかれる。


 ウルフはアキラの攻撃で光の粒子となって消え、自由になった右手で左肩に噛み付いたウルフを引き剥がそうとするが、力が足りなのか、それともウルフが必死だからか、毛皮を掴んでも引き剥がせない。


 右腕にもウルフが噛み付いていき、更に力が出なくなる。右腕に噛み付いたウルフを地面に叩きつける。2回3回と叩きつけるが、唸るだけで一向に離れる気配がない。


 そんな足掻きを続けているが、すぐに限界が来る。気がつけばアキラの視界が外側から周囲を覆うように白く霞んでくる。


 急所に当たったのか思った以上に血が流れていて、時間がそれなりに経過している。そのせいだけが原因ではないが、頭が心とは裏腹に働きが鈍くなっている。

 心は諦めずに現実に喰らいつこうとしているが、体は付いてきてくれない。


 そんなアキラの思いを嘲笑うかのように、体が強制的に意識を落とそうとしている。


 まるで人形劇で動いていた人形が、糸を失い突然力を無くしたかの様に力が抜ける。それと同時にもはや自分の目の前の狼すら霞んで見える。


 その狼を最後の力を振り絞り、地面に叩きつける。と、同時に頭の中でレベルアップのアナウンスが響く。


【レベルが1上がりました。】

既定レベルに到達、ソウルが共鳴した。

アニマが一定の強度を獲得、想定オルターが発げn……。


 そのアナウンスは声は聞こえても、アキラの朦朧とした意識には途中までしか届かない。


 そして、アキラの意識は途絶えてしまう。


 もはやレベルアップのアナウンスに意味があるのか定かではないが、アナウンスの声が優しげな女性のせいか、母を連想して家族の思い出が走馬灯のように思い起こされる。


 その中で特に印象的だったのが親子4人で過ごし、妹を守る決意をする切っ掛けの一つになった時の幼い頃の思い出だった。




 冬の寒さが厳しい時期の記憶、家族で動物園に行った時の思い出だ。懐かしいな……あの頃の俺はまだ5、6歳だったな。


 当時の俺は妹のことを子供の小さな嫉妬心のせいかあまりよく思っていなかった。なぜなら、両親は妹のことばかり構っていたからだ。


 今思い返せば、俺も十分構ってもらって愛されていたが、子供は0か1なんだ。当然0だと思い込んでいた。


 子供とはちょっとしたことでもすぐに嫉妬する。小さな嫉妬心は妹を嫌うのには十分で、でも俺は兄だから妹のことを邪険にしてはいけない。

 両親にも「お兄ちゃんなんだから」と言われ、その妹が嫌いな思いは益々強くなった。


 そんな思いを当然知らない妹は、舌っ足らずに「にーちゃ、にーちゃ」とお兄ちゃんと呼べないながらも必死に後をついてきて、俺を慕って呼び続けた。今思い返せばあの頃のあいつも本当に可愛い。


 でも子供の頃はそんな考えなんてない。当然ながら複雑な心境で落ち込みながらも構っていた。毛嫌いしていても懐いてくれる妹なんだ。


 そんなある日、テレビのニュースで動物園の特集をやっていた。それを見て動物園に行きたくなり、必死に両親におねだりをした。

 そのおねがりの結果が兄妹の絆を強固な物にする選択となったのは僥倖だたのだろう。


 俺の必死の思いを聞き届けてくれたのか、休日に動物園へ行くことになった俺は今まで抱いていた嫉妬心が吹き飛ぶ程に興奮した。

 まだ物心がつく前に動物園には行ったらしいのだが、当然の如く覚えていない。


 父と手を繋ぎ、見て回る動物たちを興奮しながら見て回り、妹もキャッキャしながら喜んでいた。お土産も買い、日も沈み、あっという間に終わりの時間は近づいてしまった。


 動物園は既に閉園時間間近で、冬の空は太陽が沈むのが早いせいかとても寒く、妹も疲れたのか母に抱っこされてうとうとしていた。当然時間的に「もう帰ろうか?」と父がそう言うのも無理はない。


 当時の俺は帰りたくなくて駄々を捏ねると同時に、抱いていた小さな嫉妬心を思い返してしまった。


 今家に帰ってしまったらまた親に構ってもらえなくなる。動物園と言う特別な場所で、妹ではなく俺に構ってくれるようになった両親が、やっと居場所を取り戻したと思って満足していたのに、また妹の所へ行ってしまう。

 と、有り得ない思い違いをしてしまった。


 それ程子供の嫉妬心は感情的で、単純にそう思い込んだ。そう思ったと同時に、父と繋いでいた手を振りほどいて逃げるように走った。


 拒否しても俺の言葉なんて聞いてくれない。閉園時間だから出ないといけないが、身勝手な子供だったからそんな理由は、当時の俺は絶対理解しなかったに違いない。


 両親に構って欲しいと言う想いと、ここから帰りたくないと言う思いが自然とその場から「逃げる」と言う選択をその時の俺はしてしまった。


 両親から逃げ出すこと10分。これ程の時間しか経っていないが、当時の俺は何時間も一人で過ごしていたと思い込み、もう二度と家族に会えないのではないか?


 両親や妹の居る家に帰れないのではないか? と泣きべそをかいていた。冬の空は既に真っ暗で、寒い中彷徨っているとまだ檻の中に居る虎や梟等の動物特有の目の光に驚き、とうとう泣いてしまった。


 その時に鳴っているアナウンスで迷子のお知らせなんか理解できるはずもなく、雑音とすら認識されなかった。


 俺の小さい小さい嫉妬心は、少し離れただけで両親や妹すら恋しくなり、同時に妹に対してのわだかまりはどうでもよくなり、皆にただただ会いたいと泣き続けた。


 そんな俺の泣き声で職員の人が迷子の俺を見つけた。待機場所まで連れてこられたが、待っていたのは母だけだった。


 父や妹がどうなったか涙ぐみながら尋ねると、母が職員の人と父や俺のことについて話しているちょっとした隙に居なくなってしまったとのことである。

 妹は居なくなった俺と父を探しに行ったのではないか?と母は言っていた。


 直ぐに母は職員に俺のことをお願いすると、妹を探しに行った。だが、5分位して妹の泣き声が外から聞こえる。俺は外に飛び出して、妹である深緑ふみの名前を大声で呼んだ。


 すると、深緑は近くにある案内用の小さなバスの中から、窓に顔と手をビタッと付けて「おに゛ぃーぢゃーん」と呼んで窓をペチペチとその小さな両手で叩いていた。


初めてちゃんと呼べたのがこの時だけで、泣き止んでからは「にーちゃ」に戻っていた。今となっては微笑ましい思い出だ。


 ドアは開いていたが、バスは小さな子供には長い通路で、奥に行くと誰もいない暗い空間は恐怖でしか無い。そのために大声で泣き出してしまったらしい。


 俺がバスに入るとよたよた泣きながら近づき、見ていて危なっかしかったので駆け寄る途中で、転けそうになった。

 急いで近づき、抱えるように小さな体を、子供サイズの小さい手と腕で抱きしめた。


 深緑が「いな゛ぐな゛らな゛いでぇ」と大声で泣き続け、俺は深緑がこんなにも泣いている原因が身勝手な嫉妬だったことに気が付き、俺自身も泣きながら謝って二人して涙の大合唱をした。


 その時に幼いながらも決めたのだ。泣きながらも誓ったのだ。もう深緑を1人で悲しませたくない、悲しませたりしない。と、ここまではっきりは考えていなかったが、子供ながらにこれだけはやらないと決断したんだ。


 暫くして戻ってきた両親は、俺ら二人を抱きしめながら心配そうに声を絞り出して再会出来た喜びを呟いていた。


 後で聞いた話だが父は俺をすぐ探しに出たが、人に紛れて見失った俺を探すのが困難になり一旦諦めてサービスセンターで迷子の相談をしたらしい。その間、母と深緑は待機場所である子供用の遊具がある場所に預けたとのことだ。


 母も子供を抱えたまま俺を探すのは難しく、深緑を身内以外に任せるとうとうとしていてもすぐに目を覚まして探し出すらしい、自分が動く分には問題ないが、見渡すところにいないとなると大変なことになる。

 そのため、母は動くことが出来なかったらしい。


 それから父は俺を探しに行き、兄の俺が居なくなってすぐに父も居なくなる。見知らぬ場所で母は見知らぬ職員と放送する内容を決めているだけなのだが、知らない人ばっかりだった不安のせいで深緑は泣いてしまったそうだ。


 深緑をあやすため母は動けないが、そのおかげかぐずりながらも泣き止んで静かになった。


 だが再度職員が母に放送内容の話を決めるため話しかけたが、その隙に待機場所から出て行ったらしい。俺と父を探しに行ったのだと予測するのは簡単だった。


 そんなことがあってから、深緑はいつも母親の手を握るか手が離せないときは裾を掴むかしていたのが、常に俺の後を引っ付くようになった。


 俺は動物園の一件以来、子供特有の癇癪を深緑だけには絶対起こさず、友達にからかわれようとも引っ付く深緑に何も言わなかった。


 決意したこともあるが、引っ付く深緑を見て目が合うた度に凄く嬉しそうに笑うのだ。こんなに幸せそうに笑う妹を邪険に扱うことなどできるはずも無い。


 それなのに今度は親が居なくなって、あれほど酷い精神状態を経験した妹が、今度は一人になって俺が居ないなんて状況に気づいたら何をするだろう。


 だから俺は、もう深緑だけを残して絶対居なくなったり死んだりしない。そんなことになってまたあれより酷い状態になる深緑を想像したら、死んでも死にきれない。


 だから最後まで手段を探せ、勝つことを諦めるな、絶対に生き残る道はあるはずなんだ。例え道がなくてもそれは気がついてないだけだ。


 この世には“やるかやらないか”の二択しか存在しないのは知っている筈だ。なら“今度こそ”絶対見つけ出してみせる。あんな苦しい選択を、二度としないためにも。




 ぐらつく身体がアキラの意識を呼び戻し、現状を思い出す。やはり意識が飛ぶ前のウルフにあちこち噛みつかれて動けない状況は変わらず絶望的な状況がアキラを待っていた。当然助けなんて来たりはしていない。自身の手でなんとかするしか無いのだ。


 走馬灯のように思い返した思い出は、死に瀕した現状を打開するために人間が過去の記憶からヒントを見つけるための物と一説には言われているらしいが、最後に見るのが家族の思い出と言うのも人生を諦める切っ掛けになるのは良いかもしれない。


 しかし、思い返したのがアキラが心に決めた最初の決意の記憶だった。

「何が起ころうとも妹だけは守る」と抱きしめながら朧気に思い、後に決意する切っ掛けになった「兄として」当たり前に思えるその思いだ。


「諦め…ない…ぞ」


 満身創痍のアキラの口から自然と発せられた。十分頑張った。とでも言うように頭は家族との思い出が出迎えるように再生される。

 だが、最初に決意した思い出はそんな言い訳は許さないと言わんばかりに、アキラの心が騒ぎ立つ。


 深緑を守るというのは身体だけじゃない、心も守らなければならない。その決意を今思い返す。今自分が居なくなれば誰が深緑を守る?

 過保護とか、シスコンとか、そんな否定の理由にもならない言葉ではアキラは変わらない。

 例え目の前に死ぬしか無い状況が待っていようともアキラは決して諦めない。そんな結末は待っていない、そんな未来は捻じ曲げなければならない。


「う…うぉぉ…ぉぉぉぉぉ……っ」


 アキラは一つの想いを胸にシヴァの元に這うように歩き始める。視界は霞、なぜか周りは血飛沫でも起こったかのように赤く染まって見える。手足の感覚は無く、身体は先程の溶けた鉛の重み等笑ってしまうぐらい動くのが辛い。


 最早まともな思考は出来ないアキラに出来ることはこの状況を打開するために武器を手に入れることだけだ。


 そんな冷静に考えることも出来ずに立てた計画は、勿論成就することなく地面に何かが倒れた音が聞こえる。やけに近い音に何が起きたか理解できないが、気がつけば地面に顔が埋まっていた。アキラの体が倒れた音が自身の耳に響いていた。


「か、関係ない。倒れたなら、起き上がれば…いいんだ…」


 だが、腕にはピクリとも力が入らない。もう駄目だなんて思わないし言わない。ただ叫びたくなるも、最早その力すら無いがために心の中で強く願う。


(シヴァがあれば…この手にシヴァがありさえすれば…!)

「……っ!」


 気がつけば鈍い思考と身体に少しだが力と感覚が戻った。起き上がるために身体に力を込めると右手に何かを握っている感覚がある。力を込めて握れば握る程、その感覚ははっきりとアキラに伝わってくる。


「こ、れは?…シヴァ?な、なんで…ここに」


 その手には距離的に考えて有る筈の無いシヴァが握られている。そもそもアキラはオルターと言う存在を深くは考えていなかったがために、ここまでの事態に発展していた。


 本来ならアキラは素手で殴りかかる必要は無かった。素手で挑んでしまった原因は唯一の武器を失ってしまったことにある。


 オルターとは己の分身であり、魂が形になった物とソウルオルターの世界では設定されており、その分身とも言える物が手から離れた程度で無くなるはずもなく、武器をただ念じるだけで収納出来るなら、同じようにただ念じるだけで装備することも可能なのだ。


 だが、アキラはそのことがわからなかったために、素手で戦うことを選んでしまった。その結果、現状は最悪と言ってもいい形に発展してしまう。

 後で気づくが、どっちにしろこの情報は知り得なかっただろう。


 しかし、ここでアキラを誰が責められようか。物が手から離れてしまえば、それは自分で回収するか持ってきてもらう。それしか手段はない、通常ならば。


 自動で戻ってくる物ならいざ知らず、そんな物が存在することすら知らない者を誰が責められようか?


「魂が形になりました」「オルターは己の分身です」と言われてもそれが当たり前の住人なら兎も角、現代人の思考を持つアキラに理解しろと言うのはあまりにも酷だ。

 誰も居ないからこそ学べることもあれば、誰かが居ないと学べないことが有るように、学ぶ術も時間も無い現状、アキラを責められる要因は無いのだ。


 それがこの状況を生んでも運が悪かったの一言で済んでしまう。


 しかし、その不運もこの手にシヴァが戻ったことで呟く。


「これで…まだ戦える」


 絶望しかなかった未来に希望が灯る。やり方は違えど、アキラが諦めなかった思いが結果となり、今ここに武器が戻ってきた。


 先程ウルフから逃亡してる最中に得たヒントで現状を打破出来るかもしれない。そのために求めたパートナーと一緒にこのピンチを乗り切るため、アキラは決死の行動を起こす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る