第39話 反省会


「フゥー」

「ハァハァハァ……」


 二人の男女が汗だくになり一方は少し荒げた呼吸、もう一方は荒い呼吸を上げている。そして女性の方が苦しそうにしながら崩れ落ちて告げる。


「こ、降参……させて、いただきます」


 立っているのも辛くなったのか、片膝立ちで翠火すいかがオルターを杖代わりにしてこちらを見上げて宣言した。イドが切れると同時にオルターの焔は炎となって翠火のサーベルに戻っていく。


 既に打てる手もなくなり、イドの反動と動き続けた代償で体力もほぼ無いのだろう。顔は見えないが疲れ切った姿は色っぽく見える。


 滴る汗は額から頬を通り、顎からショートパンツとニーソックスの間から僅かに覗く太股に垂れている。多少乱れた髪は仮面を被っているのに扇情的に映った。


(……凄くいいアングルだな)


 疲労困憊の翠火対して随分な言い草だがアキラらしくもある。そんなアキラも当然疲労困憊だ。そのオルターであるヴィシュは勝利の狼煙を上げるかのように光り輝いたままだった。


 翠火の宣言を受け取ったのか、試合の終了を告げるブザーが鳴り響く。それを合図に手に汗握っていた観客もそれに一息ついた。試合結果がアキラと翠火の眼前にウィンドウが現れる



【BATTLE END】

プレイヤー翠火の降参が確認されました。

【WINNER】アキラ

【LOSER】 翠火



「まじかよ……やりやがったぜあのヒューマン」

「あれってホームに居た猫と雀の飼い主なんだろ?」

「え!? 動物の飼い主に一言言ってやろうと思ってたけど、やめた方が良さげだな」

「おい、あのシューター“あいつら”とは全然違うぞ! ああいうシューターなら安心して後ろに置いとけるんじゃないか?」

「でもあの銃一発も撃ってなくね? シューターでイドに出来るなら話位聞いてみるか?」


 観客の話し声がアキラの耳に入り、このままだと囲われてしまって翠火に大事なことを話せないと感じたアキラは即座に行動へと移った。


(疲れてんのに勘弁してくれよ、仕方ないな)

「ほら、行くぞ」

「はぁはぁ、す、すみません足に力が入らないのです」

「肩を貸そう」

「あ、ありがとうございます」


 観客がアキラ達の戦いを興奮気味に見る側から、野次馬根性で近づいてくるのを感じ取り、アキラはすぐさま立つことすら覚束ず、息も絶え絶えになった翠火に肩を貸して抱えられるようにアキラのホームに向かう。


 その道中、ナシロを抱えたはなと、夢衣むいの肩に乗るメラニーに手招きする。


「騒がしいから一旦俺のホームにいくぞ」

「え、あ、わかりました」

「君達もナシロ達を連れてきてくれ」

「は、はい」

「あ、わかった!」


 アキラに慣れない夢衣と若干遠慮が残った了承の声を上げた華が二人の後を付いていく。






「本当に何も無いとこだけど適当に寛いでくれ」

「この部屋、初期のままじゃない……」

「お、男の人の部屋に入るの初めてだよ、華ちゃんどうしよ?」

「安心しなさい。皆初めてだから」

「え、翠火ちゃんも初めてってなんでわかるの?」

「だって男に声かけられるのが嫌だからって理由でお面被るような娘だからね」

「あ、それもそうか」

(そんな理由かよ)


 スタイルが良く、お面のせいでミステリアスな雰囲気を醸し出しているせいで余計に声を掛けられているのだが、翠火は気づかない。翠火自身は最善手を取っているつもりだ。


「おかげさまで呼吸も整いました。イドは反動がでかいので助かります」

「気にしなくていい」


 そう告げるアキラはとっくに呼吸が整っていて、イドの反動らしき物を受けていない。


(イドって反動かかるのか、まだ【定着】してないからかな)


 イドになる者が多く居ても、それが定着しているかどうかはまた別の話になってしまう。アキラのようにアニマが一定以上蓄積された存在なら関係の無い話だ。


 そんなことを考えるアキラと翠火は自身にリペアを使って綺麗にすると、炬燵の中へと入っていく。動作がそっくりな所が笑いを誘ったのか、華と夢衣は遠慮気味に微笑ましく笑う。


 紆余曲折あったが、取り敢えず話し合いをするために二人に倣って炬燵に入っていった。


 メラニーがナシロを持っていたが、なぜかアキラの膝上に畳むようにしてナシロを置いていった。


「メラニーベッドに置いてくれよ」

「ゴメン! デモ、ツカレタ!」

「……さいですか」


 そんなメラニーの態度が可愛らしく、女性陣は笑っている。アキラは仕方ないと溜息を吐きつつアキラの指に乗ったメラニーを指先で撫で回しながら話を切り出す。


「来て貰ったのは、勝敗についてゆっくり話したかったんだけど」

「その前にちょっといい? さっきの勝負なんだけど聞きたいことがあるの」


 最初にアキラと話していた時の敬語が華からは取れている。普段通りの話し方で質問してきたが、それを翠火が押し留める。


「華、まずは自己紹介からしない?」

「あ……それもそうね」

「言い出したのは私ですから私から自己紹介をしましょう」


 面倒くさがりなアキラは、そんなに長く一緒に居るわけでも無いのに自己紹介は必要ないと考えていたが、わざわざ告げることでもないため口を噤む。


「私は翠火です。ユニオン【リターナ】に所属しています今回はご迷惑をおかけしました。それから、こちらの意を汲んでいただいて感謝いたします」

「こいつらのためでもあるからな、そこは気にしなくていい。逆に礼を言うよ、ありがとう」

「いえ」

「キツネ! アリガト!」

「…よきに……はからにぇ…やめへ」


 アキラがナシロの頬を言葉が崩れる程度に引っ張って、ナシロの言葉を咎める。


「……」

「…あざます」


 素直なお礼に翠火は目元を緩めている。やったことはあまり褒められた物ではないが、余程お礼を言われたのが嬉しいのだろう。


 すぐにメラニーはナシロの首輪を突いて遊び始め、ナシロは尻尾でメラニーを押して遊んでいる。


「夢衣、先にしておいた方がいいんじゃ無い?」

「う、うん」

「いや、無理に自己紹介しなくても」

「いえ、や、やりますよ!」


 身内にしか心を開いていないせいで人見知り気味な夢衣は、少しでもそれを変えたいと考えているために自己紹介を決意したらしく、つっかながらも名乗る。


「あ、あたしは夢衣って言うます」

「無理して敬語にしなくていいぞ、むしろ変になってるし」

「え、その、頑張る……ね。特にえと、ユニオンとかには入って……な、い。よ、よろしくね」

「最後に私ね、華って言うの。昨日のことは水に流して貰って助かったわ。私と夢衣はユニオンに入ってないけどいつもパーティを組んでるの」

「謝ってもらったからな、そっちも気にするな。そんで最後に俺か、アキラだ。好きに呼んでくれて構わない」

「あの!」


 アキラが自身の名前を言い終わると翠火が少し大きめに声を上げた。


「それは、プレイヤーネーム……ですよね?」

「……当たり前だろ? 現実の名前をゲームで付ける奴がいるかよ。ってかリアルの話を出会ったばかりでするのはちょっとマナーに欠いてないか? 例えネットの世界じゃなくても……だ」

「し、失礼しました。忘れてください」

「あぁ、話を戻そうか」


 アキラは自身の名前についての質問に動揺を表には出さない物の、若干返事を溜めてしまった。幸いばれてはいないと思っても、取れない仮面のおかげで顔が隠れていることに感謝する。


 例え表情に出なくとも心は動揺している。そのため顔が隠れていることに安堵を覚えるからだ。


 言葉に反して現実の名前を付けているアキラは、ゲームに自分の名前を入れる人だと思われたくないがために否定してしまった。


(ロキの報復は少し減刑してやろう)


 アキラが取れない装備に対してロキの裁定を調整すると、自己紹介に戻る。


「お察しの通りダンジョンから戻ったばかりでな、ユニオンとかパーティには所属していないし組んでもいない」


 自己紹介が再び終わると華が質問を再開する。


「アキラ君って呼ばせて貰うね」

「え、確かに好きに呼べって言ったけど……まぁいいや」

「いいの? それじゃそのままで、アキラ君ってシューターなのにどうしてあそこまで接近戦が得意なの?」

「ん? んー接近戦が得意だからじゃないか?」


 アキラが答えにならないはぐらかすようなことを言う。それに気づいた翠火が華を制する。


「華、先程の私じゃありませんが、詮索するのは良くないですよ?」

「でもヒューマンなのに翆火に勝つなんて凄いじゃない?」

「私も少し気になることはありますが、詮索は止めましょう」

「残念」


 少し食い下がって諦めたように残念がる華だが、直ぐに次の話題へと移る。


 そもそもアキラは実力を隠したかったり、目立ちたくないと言った理由で質問に答えなかった訳では無い。


(説明することが多すぎて面倒くさいんだよな、理由を告げたら次の「なんで?」が始まるに決まってる)


 ただ説明するのが億劫なだけだった。


「それじゃアキラ君、翠火を連れ込んだのはどうして?」

「変な言い方はやめてくれ、ただ単にあの場にいたらギャラリーがうるさそうだったからな。それに正々堂々と戦い抜いて助け起こすアピールのおかげで目的は達せられたと思ってる」

「そうね」


 アキラは気づいていないが、助け起こした後に肩を貸してホームに連れて行く様子を見ていた観客全員が好意的に見ていたわけでは無い。


 仮面を被る前の翠火を見ている者や、仮面姿の翠火を好意的に見ている人物は非常に多く、今回翠火を連れて行ったせいで嫉妬の火種を作ってしまっている。


 当然アキラ達はそれには気づかない。話の本題から逸れがちだった物をアキラが軌道修正する。


「そこで、ついでと言ってはなんだが翠火さんにはちょっと教えておこうと思ったことがあってな。あ、翠火さんって呼ぶけど構わないだろ?」

「はい、大丈夫です。私もアキラさんと呼ばせて貰いますね」

「さん……」


 アキラは、どうしてプレイヤーネームなのに敬称を付けるのか気にしつつ、自分がさん付けで呼んでいることは棚に上げてホームに招いた理由を告げる。


「それで、私に教えておこうというのは、どういった内容ですか?」

「なに、そんな小難しいことじゃない。このままいたら、いずれ足下を掬われると忠告したくてな」

「……もう掬われた後です」

「っぽいな」


 アキラの言葉を聞いて若干気落ちした雰囲気を漂わせた翠火がそう言うと、アキラも同意する。


 しかし、そこから更に追い打ちを掛ける。ナシロとメラニーが世話になっただけじゃ無く、アキラ自身も思う。


(つまらないことでこの娘に何かあったら嫌だからな)


「一つ言うと、このままだと掬われるのは足下だけじゃないってことだ」

「と言うと?」

「翠火さん、あんたは自分が優れた種族を選び、戦う相性がいい相手で尚且つ最初のダンジョンからやっと出てきたと思って勝ちを確信してたな?」

「……お恥ずかしながら」


 アキラの言葉に気落ちしながら翠火は肯定する。


「結果は俺の勝ちに終わったが、問題はそこじゃない。本題は俺が“手加減したまま”なのに対して翠火さんは良い勝負が出来たと思っている。それが勘違いなのを理解していない点だ」

「え?」

「へ?」

「……アキラさん、貴方は何を言ってるのでしょうか?」


 華と夢衣が順に疑問の声を上げ、翠火自身も流石にプライドを傷つけられただけで無くアキラが虚言と思われる言動を取ったからだ。


 互いに精一杯戦ったと思っていたのに、突然それを裏切られたような気分を味わった翠火はアキラに向けて告げる。


「私達は互いの全力で戦ったと思っています。貴方は私の時間切れを待つ戦法、私は攻め続けて押し切る戦いでした。例え模擬戦とはいえ、それを侮辱するようなことをなぜ言うのです?」

「あまり人を舐めるなよ、あんたの言う全力勝負とやらは互いの力を引き出し合うことを言うんだろ?」

「はい、その通りです」

「でも翠火さん、あんたは相手が格下と思って手を抜いてたろ? それに俺がシューターとわかってすぐに戦いを終わらそうとした対応を取ったのは? これを舐めた態度だと感じる俺がおかしいのか?」

「……それ、は」


 アキラは如何に翠火が相手を侮っていたのか並べる。


「ちょっと言い過ぎじゃ……」

「だから俺は翠火さんと同じ対応をしたんだ」

「それが、手加減ってこと? でもそんなの口では何とでも言えるんじゃない?」

「これでもか?」


 アキラは右手にシヴァを呼び出す。シヴァはヴィシュだけで戦っていたことに少し腹を立てているらしく。アキラに少し攻撃的な感情を伝えてくる。


「……あれ? さっきのオルターと色が違う気がするけど」

「それはこっちだ、すまんなシヴァ」


 それを聞いたシヴァはすぐご機嫌そうに『ウン!』と返事をする。左手からヴィシュを取り出し、アキラの武器は一つでは無かったことを示した。


「……嘘、ではないですね」

「全力で戦ったのならさぞ気持ちよかっただろうな。でも俺は、全力で手を抜いて戦った。もう一つ言うなら俺のイドは定着状態だ」

「……!」


 翠火のアキラを見ていた目は、うなだれて逸らす形になってしまう。イドを使っていたのにその反動らしき物が出ていないことを疑問に思っていたのだろう。


 そして翠火はまだイドの定着が済んでいないため、漸くアキラとの決定的な差に気づいたのだ。


(ちょっと意地悪しすぎたかな、でも今後のためだ)


「常に全力で当たれって言ってるわけじゃないぞ、様子を見るのも当然大事だ。でもな、相手を舐めた状態で様子を見るってのはよくない。もし実践で同じことをしてみろ? 俺が隙を突いて全力でシヴァを使った攻勢に出ていたらどうなる?」


 アキラはこれが言いたかったのだ。相手を舐めるのも、様子を見るのも構わない。だが、その驕りとも言える代償は実践の場合、替えの利かない命であがなわなければならない。


「まぁ、今回は模擬戦だからな。ちょっとした意趣返しをしたかったのがメインだ」

「えぇ……」


 華が呆れたような声を出し、それを言うの? と目でアキラを咎める。そんなことは何処吹く風で、更に重要なことを告げる。


「そんで最後の締めとして、相手を舐めた代償は支払って貰うぞ」

「え? ど、どういうことですか?」

「言ったよね? 俺が勝ったら翠火さんに条件を付けるって」

「あ」


 夢衣が声を上げてアキラを見る。品物をまだ要求していないことに気づいたのだ。華も遅れて気づき、一体何を要求するのか想像したらしく、なぜか自分の身体を抱きしめている。


「確かに、勝った場合の条件を付けるって言ってました。ですが、私はどうすれば……」

「ふふふ」


 アキラが怪しげに笑うのを見て、翠火は嫌な想像をしてしまう。華はその抱きしめた身体とは別に、顔まで赤くしているのはどういう想像をしているのか?


 夢衣はナシロとメラニーが無反応に遊んでいる様を見て、問題無さそうと判断していた。


「それじゃ……」


 間を作って見えている口元を歪め、相手に焦燥感を煽り、想像を膨らまさせる。華は少し呼吸が荒くなっている。何がとは言わないがそういうのが好みなのだろうか、何がとは言えないが。


「い、いや……」


 翠火は自身の胸に両手を握って涙目になっていた。


「クックック、じゃぁ……朝食を食べに行こうか」

「「「……」」」


 アニマ修練場に居たアキラの影である魔人と同じ笑い方をしながら、思った以上に小さい要求をする。華は期待外れな言葉だったのか、抱いたままの肩から力が抜けて若干拍子抜けした表情をしている。


 夢衣はナシロとメラニーを眺めたままだが、無言のまま心では「そうだよね」と頷いている。


 翠火に至っては固まったままだ。そんな彼女にアキラは声を掛ける。


「心配すんな、ラウンジで飯を奢って貰うだけだ」

「は、はい」

「でもこれでわかっただろ? 自分が絶対的に有利と勘違いして相手主導で全てを決めさせた結果がどうなるのか、それで負けたら後悔しか残らない」


 翠火はコクコクと首を縦に振っている。


「ア、アキラちゃんはそれを翠火ちゃんに教えたかったん……だ、よね」

「……そうそう」


 好きに呼べとアキラは言ったが、既に後悔していた。自分が有利な状況で相手に条件をゆだねる。


 正に翠火に説教をかました内容を早速自分が実践していた。


 失敗例として……。


 結果、ブーメランの如く名前の呼び方を決めさせた後悔が自身に返ってきた。


(あれ? あんなに偉そうなこと言って俺だけ損してね?)


 アキラは正に忘れる生き物、人間なのだろう。翠火に抜けた性格をしていると言えなくなってしまった。

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