第38話 翠火模擬戦


「行きますよ、ほむら


 眼前の文字のみで開始の合図を知らせると、翠火すいかは直ぐに自身のオルターの名を告げ、呼び出した。


 翠火の右手に召喚されたのはシュバイツァーサーベルと呼ばれる片刃直刀タイプの片手専用の剣だ。先端が突きに特化した鋭さが有り、先端から三分の一位まで裏刃と呼ばれる刃になっている。


 握りの柄は黒く、手を守るための護拳は白銀のような白い輝きを放っている。中はしっかりし、見た目も損なわない機能性と装飾両方を合わせ持った武器だ。


「まずは小手調べといきましょう」


 サーベルを壁のように正中線を隠し、腕が振れないよう背に手を回して構えた翠火がアキラに向かって突進してきた。


 見た目通りの近距離ブレイブ系だとわかるが、やはりその動きは手を抜いているはずなのに素早い。アキラは避けるので精一杯だが、逆を言えば避ける程度は出来ると言うことだ。


(小手調べでこれか、本気出されたらまず避けられないな)


 アキラは何も強化をしていない状態なら間違いなくここまでだろうと判断する。まだ強くなる手段を残している状態ではここが限界だとわかると、右手に“ヴィシュ”だけ召喚する。


「!」


 翠火が驚くと同時に、周りの観客から声が上がる。


「え、あいつ遠距離シューターじゃん」

「銃使ってるのか? 可哀想に」

「ヒューマンと相性はいいけど……」


 観客から遠距離シューターが良く思われていないジョブというのがよくわかる。1ヶ月経っているので事前に調べられる者が話していれば自然と広まるのは当然だろう。


 アキラのオルターが何かを理解したからか、翠火は手を止めていた。勝負中だというのにアキラに話しかける。


「貴方は御自分のジョブと私のジョブの相性はご存知ですか?」

「君よりは理解してるさ」

「……そうですか。申し訳ありません、いい勝負をする自信が無いです。直ぐにはやられないでくださいね?」

「……」


 アキラはこの世界クロスでの判断基準がまだ出来ていない。しかし、完全に格下で舐められている状態から更に見下される所まで視線を下げられたことは理解した。


 そんなアキラの沈黙から有無を言わさず、先程とは違う手加減無しの速度で翠火は迫ってくる。


 どうやらいい勝負から猛攻を浴びても耐えられる存在にアピールする方針へと変更したのだろう。その驕った態度が見て取れた。


(そうかよ、そっちがそういう考えなら俺は意地でもシヴァを使わないぞ)

『……ソウ』


 ヴィシュも何か癪に障ったのか、肯定の仕方に静かな怒りの感情が伝わる。シヴァなら疑問符を浮かべる所なのは容易に想像できるが、ヴィシュにはそういった区別がつくらしい。


 アキラは最初、ただ勝って思い知らせる予定でいた。それが驕りではあるが、裏打ちされた自信からだ。


 当然翠火も似た自信は持っているが、アキラの物とは質が違う。


 命懸けで手に入れた物と、魔人のスペックと近距離ブレイブから来る与えられた環境では掴み取れる物が違って当然なのだ。


(そっちが馬鹿にするつもりが無いとしても、絶対に許さない。命懸けで培ってきた物をどうして見ただけで判断されなきゃならないんだ。必ずだ、全力の手加減で必ず勝ってやる)


 少々行き過ぎた予想ではあっても、周囲の環境と翠火自身の態度はそれを雄弁に物語っている。






(どうしてここまで、もつれ込んだのでしょう……)


 翠火の心は疑問で埋め尽くされている。ヒューマンの遠距離シューターという戦いにすらならないと思っていた相手とほぼ拮抗しているのだ。


 スキルはパッシブ系のみしか使っていない。相手も同じだろう。だが、明らかにおかしいのはそれが接近戦で行われていることだ。


 相手は遠距離シューター系でこちらは近距離ブレイブ系だ。相手がパッシブしか使っていないとしても、それは翠火も同じだ。そもそも遠距離シューターの通常攻撃すらしてきていない。


(実質、負けてるのは私ということに……)


 アキラは斬りかかってくる相手に銃を盾にした防御法で現状の維持をしている。それをしていると言うことは、翠火の剣速に付いてきていることに他ならない。


(逃げ回って攻撃し、近づかれたら終わる。遠距離シューターという存在は例外なくそうだった。なのに……この人はその枠に当てはまらない)


 翠火がアキラを侮っていたのは遠距離シューターの本来の戦い方が一方的に攻撃して逃げ回る戦闘スタイルだからだ。


 遠距離攻撃アウトレンジが得意なら必然的にそうなるだろう。近づかれた場合の対処をするなんて素人には無い。パーティを組んでも遠目から攻撃するだけ、ピンチになればすぐに逃げる。


 遠距離シューターの役割が本来それで問題ないのだが、命が懸かったこの世界でその行動は現代人にとってあまりにも辛辣に映るだろう。


 一部の優秀な遠距離シューターはその姿が目撃すらされないために、周囲の評価は最悪と言っていい。おまけに一部のシューターは問題まで起こしている。


 翠火が困惑しているのを見てアキラから挑発が聞こえる。


「どうした? 魔人様ってのはこの程度なのか?」

「あまり舐めないでください。【コンバート】」


 翠火がスキルを使用したのか、刀身が赤く染め上がっている。その瞬間から切り結びの瞬間、ヴィシュで防ぐ時に力負けし、慌てて後退する。


(筋力が上がってるな……そっちが使ってくるならこっちも使わせてもらおう)


「スキルを使ってまで俺の相手をするのか?」

「貴方をただの遠距離シューターと思うのは止めました。本当の本気です」

「そうか、それは最初からするべきだったな」

「……なにを?」


 アキラはヴィシュをこめかみに押しつける。それを見ていた翠火は、アキラの行動と言動の二つの意味を聞く意味で問いかけた。


『キン!』


 だが、返事はヴィシュの銃声である金属音でそれどころでは無くなる。アキラがアニマ滋養供給法で能力が1.2倍されたのはわからなくても、何かしら強化されたのに感づいたからだ。


 イドになったせいかはわからないが、アニマ増強活性法とデメリットは同じになっている。そのおかげで時間制限は無くなった。


 それを見た翠火が再び突進してくるが、若干力負けしている。しかし、アニマが修練で強化されたステータス外の力を持ったアキラは、攻撃を完全に受け流すことで再び拮抗状態を作り出した。


「く! 貴方は本当に遠距離シューターなんですか!?」

「俺は一言も自分が遠距離シューターとは言っていないが? 勝手にそう思っただけだろ」

「そ、それでは中距離ウィザードということに……」

「ま、遠距離シューターだけどな」

「っ!」


 会話しながら攻防を続けている最中に、アキラは見つけた隙を容赦なく突く。翠火の腹部に蹴りが入りDPが少しだけ減る。


「卑怯ですよ……」

「え、攻撃してたのそっちじゃん。俺は反撃しちゃいけないのか?」

「そ、それもそうでした」

「……」


 少し抜けているが、基本的に素直なようでアキラの言葉にあっさり意見を取り下げる。そんな様子に少しだけアキラの心に刺さっているとげが抜けるが、今は戦いの最中だ。


 すぐに気を取り直して翠火が後退し、アキラは様子を窺う。基本的にアキラは自分から手を出さない方針のまま、相手を降すつもりなのだ。


「あまり余裕な態度を取っていると命取りになりますよ?」

「俺はシューターだからな、この位の距離が俺の得意な場所なんだよ」


 アキラは攻撃をする様子も無いのにいけしゃあしゃあと告げる。そんなアキラに翠火が少し感情を顕わにする。


「フフッ」

(え、挑発したつもりなんだけど、なんで笑ってんだ)

「それでは……続きといきましょう!」


 翠火がアキラに向かって動くのと同時にその姿が掻き消える。そしてアキラの背後から翠火のスキル【背面切り】が発動する。


 このスキルは文字通り背後からのダメージを大幅に上昇する。背後以外に攻撃がヒットするとその威力は通常攻撃の半分になるスキルだ。


 そして翠火が消えた方法はスキル【縮地】を使ったからだ。縮地はレベルに応じた距離を瞬間的に移動できるスキルなので、アキラの背後に行ける距離から奇襲するために翠火は使用した。


 しかし、アキラは似たような技を何度もその死を持って経験してきた。死なない一撃程度なら当たらなくても当然、反撃すら容易だ。


「っは!」

「え!?」


 攻撃の位置が気配で感じ取れたアキラは即座に回転してヴィシュで翠火の振り下ろされた縦切りを弾く。そしてその流れを無駄にすることなく翠火の脇に左腕を入れ、足で大外刈りの要領で投げ飛ばす。


 だが翠火も黙って投げられたりはしない。背中が地面に向くと同時に腕を振るってサーベルに備わっている護拳でアキラを殴ろうとするが、それを素気なく右手で包むように受け止める。


 魔人の身体はこの程度では大してダメージにもならないが【コンバート】を使った影響が出ているのか、翠火の受けたダメージは若干多いようにも見える。


 コンバートは耐久力を担うVITを減らし、筋力であるSTRを底上げする能力だ。その影響は魔人といえども免れなかった。当然周りはざわめき出す。


「お、おいどうなってんだ?」

「あいつシューターだよな?」

「翠火さんがあそこまでいいようにされるの初めて見た……」


 翠火はそれなりに知名度があり、程度はあれど実力がそれなりにある人物なのがわかる。


「ほら大丈夫か?」


 アキラは手を差し出して助け起こす。模擬戦中にも関わらず、追撃しないで余裕を見せるアキラの態度は、当然翠火にも伝わる。


 手を払いのけたくもなるが、それを素気なくすることは翠火の性格上出来ない。


「あ、ありがとうございます……」


 助け起こして貰い再び距離を取って仕切り直す。そこでアキラは言った。


「一番始めに言ったことだが」

「……なんでしょう?」

「降参してもいいからな?」

「私は諦めるのが大嫌いなので、折角の申し出ですが遠慮させていただきます」

「……ほぉ」


 アキラは初めてこの翠火に好感を抱く。多少抜けてて律儀だが、芯があって己を貫く物があるのを感じたアキラは、翠火という人物のことを少し見直す。だが、きちんと報を与えるつもりなのは変わらない。


ほむら! イド!」

『ホイ』


 翠火にだけ聞こえる少しふざけた声が、頭の中に響く。それと同時にサーベルの刀身から炎が吹き出すように燃えている。


 なぜか魔人の翠火の肌は黒い入れ墨のような紋様が奔っている。


「え、魔人のイドってかっこよくね?」


 アキラが相手の変わりように嫉妬していると、翠火はそれを無視して告げる。


「あまり長くはこの状態にはなれません。しかし、貴方を倒すには十分です」

「そうだよな……やっぱりわかってないよな」

「わかっていないとは?」

「それを今から教えてやる。ヴィシュ、イドだ!」

『ソウ』

「……最初のダンジョンしか経験していないはずの人が、イド?」


 翠火の戸惑いの声が聞こえる。この時点で既にアキラを侮る者は居ないだろう。翠火は自分がイドを使う程の相手であると周囲に思わせればそれでよかった。


 だが、アキラもイドを使ってくるとは予想だにしなかったのだ。当初の力を示す目的は達成されているが、当然アキラに戦意の衰えは感じられない。


 ヴィシュによるエメラルドのような輝きは当然イドによる物だ。その輝きは翠火の焔と同等の凄味を印象付ける。


「ほら、かかってくるんだろ? 自分が強いなんて勘違いは長くなればなるほど自分を苦しめることになるからな」

(……そうですか、そう言うことですか)


 翠火は薄々とアキラが怒っているのを感じていた。抜けていると言ってもそれ位の機微はわかるのだ。最初は男の子だから、と子供っぽい理由だと予想していたがそれも勘違いかもしれないと思い始める。


 しかし


(私が負けるはずが……)


 翠火にはこれまでトップクラスの実力を誇ってきた自負があるのだ。そう簡単に負けを認めるわけにはいかない。


「私は負けません」

「いいや、現状を理解出来ていない君じゃ勝てない」


 瞬間、アキラはこめかみにヴィシュを当てアニマ強化活性法を使う。


『カァァン!』


 響く音色は開始の合図、と言わんばかりに翠火は駆け出しながらオルターの能力【糸遊いとあそび】を発動する。翠火のオルターから炎が吹き出し、糸のように伸びるその炎は翠火の分身を一瞬で生み出す。


 そして、アクティブスキルの縮地と併用してアキラに攻撃を仕掛けた。


 焔のイドから生まれた能力は、相手に翠火を本物のように見せる幻影の炎を生み出し、幻影の攻撃がヒットすると継続ダメージを受けるデバフを付与する効果がある。厄介なところは、このデバフがスタックすることだ。


 一度受ければ[火傷I]になり、最高IVまである。ただの継続ダメージで30秒で消えるのだが、当たれば時間が上書きされるため本体より厄介なダメージを受ける羽目になる。


 そんな効果を持って攻撃モーションに入った翠火が一瞬驚くのを感じ取れる。


「クイックメントI」


 その銃身はサファイアのように鮮やかで、独特の金属音が再び響く。アキラが更に能力を使った行動に翠火はすかさず攻撃を仕掛ける。


 傍から見れば、二人の翠火がアキラに攻撃を仕掛けるが、アキラは縮地と分身した翠火の攻撃を受け無いように立ち回らなければならない。


(一瞬で移動する技の合わせ技か? なるほどな、これが本来のスタイルか、攻撃する暇がない……それならそれで、全部避けちまえば関係ない)


 シヴァの召喚を封じる条件を自身に課したのだ。ならヴィシュのみで切り抜けるなら相手の時間切れを待つ。


 僅かに出来た隙を見つけてはヴィシュの銃弾を当てるが、威力が弱すぎて少ししかDPを削れない。分身に当たっても突き抜けるのみだ。


 そのため、アキラは決定打を使わない勝利を目指す方針に変更し、相手の弱点であるイドがまだ定着していないことを利用するしか無いと結論づけた。


『「ハァッ!」』


 翠火とオルターからそれぞれ声が聞こえるが、同時に入れ替わり声が聞こえるのでどっちが翠火かで糸遊の効果で生まれた幻影なのかが判別できない。


 縮地のリキャストが終わる度に変則攻撃を仕掛けてくるのがわかっているアキラは、ギリギリで対処できている。


 視界から消えた翠火の殺気を読み取って攻撃を防ぎ、その隙を突いてくる幻影の攻撃を避け、崩れた体勢から翠火が追撃を行う。


 アキラは崩れた体勢から無理矢理身体を捻って、空いている左手で側方や後方へと回転して体勢を整える。まるで曲芸師のようなその動きで翠火と焔の両者を翻弄し続ける。


 自身に定めた翠火のイドが切れるまでどうなるのか、果たして結果は……。

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