第37話 今後のための決闘


『チュンチュン』


「目覚ましかよ」


 時間は過ぎて翌朝、ナシロとメラニーは自分の寝床で寝ている。メラニーは朝の良い時間に寝ながらさえずるので、アキラは丁度良く起床してしまう。


 ゆっくり立ち上がり、泥で汚していたと思ったベッドが綺麗になっている状態なのを呆けて見つめる。


「そういえばベッド綺麗だったな、ナシロ達か? おかげで気持ちよく眠れた」


 アキラがどんなベッドメイキングをしたか想像できないが、ナシロとメラニーに感謝しつつ、寝ている二匹を起こさないように外に出ようとする。


 しかし、相変わらず寝ていたのか起きていたのかわからないナシロが声を上げる。


「…どこ……行くのさ」

「飯だよ、おはよう」

「…おっは」


 アキラはそんなナシロに一言告げて頭を一撫でする。


「じゃな」

「…連れてって」

「ラウンジにはいつでも出れるだろ?」

「…まぁまぁ……そんなこと…言わず」

「はいはい、メラニー起きろー」

「……ム! オハヨー!」

「おう、おはよう」


 仲間はずれにしないため、アキラはメラニーを呼ぶ。一瞬で気がつくメラニーは周りを見回し、すぐにアキラの肩に乗る。


「そんじゃラウンジまでだけど行くぞ、いいか?」

「ゴー!」

「……」

「ナシロも返事位しなさい」

『ナァ』


 そう言いながらアキラがナシロの首輪を持ち、鞄のようにぶら下げる。ナシロはどことなく嬉しそうに目を細めていた。気持ちのいい朝はアキラ達の心を穏やかにしてくれる。


 アキラは心底諦めないでよかったと表情を緩める。しかし、自室から一歩出るとそれは台無しになってしまうのをアキラは知らない。






 今アキラの目の前には半透明のウィンドウで、とある画面が表示されている。



【BATTLE】

【翠火】から対戦の申し込みを受けました。了承しますか?



「俺はNOと言える日本人だ!」

「断らないでください」

「ただ俺は、ご飯を食べたいだけなのに」

「その子達の世話を放棄する貴方のような人に、ご飯を食べる権利はありません。二度とこんなことをしないようにしっかり白黒付けて貰います。貴方の仮面のことを言っている訳ではありません」


 どこか似たようなフレーズをアキラが口にするが、翠火がアキラに言い返す。なぜこんなことが起こったのか?


 始まりはアキラがホームから出た時に起こった。






(今日は何食べようかな、って言ってもあまり選べる程の余裕は無いんだけどな)


 アキラが朝食を何にしようかと考えながら自室から出てラウンジへと向かう。朝だというのにラウンジはプレイヤー達でとても賑やかだ。種族は多様で、キャラクタークリエイトで選べた7種族の人達が大勢居る。


 ホームも当初より拡張されているらしく、スペースが広く感じられた。


(やっぱ時間経ったせいかな、困惑の声とか全然聞かないな……これは乗り遅れたかもしれない)


 アキラが最初はソロでの活動を心配しながらナシロとメラニーを空いている席に下ろそうとした時、声が掛けられた。


「おはようございます」

「……ん? お、おはようございます」


 昨日見かけた狐のお面を被った女性がアキラに声を掛けてきた。アキラも戸惑いがちに挨拶を返す。


「ナシロ、メラニー元気だった?」

「…苦しゅう……無い」

「ゲンキ! ゲンキ!」

「なんだお前ら、この怪しい人にも世話になったのか?」

「タマニ!」

「そうなのか、ナシロはちゃんとお礼言わないとな?」


 アキラはそう言いながらナシロを持ち上げて鼻頭を軽く弾く。


「…むぁ……ありっす」

「お前な……」

「やはり我慢できません!」

「ちょっと翠火ちゃん!」

「翠火!」


 離れて見ていた夢衣と華が翠火を抑えにかかる。ヒューマンの二人は魔人である翠火を押しとどめるのも一苦労に見えるが、翠火もそれ程力は入れていないように見える。


「離してください! ナシロに対してあのような雑な扱いをしたり、暴力を振るい、あまつさえあんな苦しそうな持ち方をするなんて、貴方のような人は到底許せることではありません!」

「思い当たるところが一切無いんだが、取り敢えず俺が居ない間面倒を見てくれてありがとう。お礼はまた今度するから、じゃ」


 アキラは昨日と似たようなあしらい方で、この場を離れようとするが華と同じようにはいかなかった。


「待ってください!」

「……何さ」


 アキラも面倒くさくなり、苛立つ態度を隠さない。


「ナシロに対して振るった暴力は今後しないと約束してください」

「え……なぁナシロ」

「…ンナ?」

「俺お前に暴力振るってたのか?」

「…アキラは……ナシロに…暴力したの?」

「いやいや、してないぞ」


 アキラは翠火に向き直る。


「君さ、もしかして俺がこう言う持ち方したり、ナシロの鼻にタッチしたのを暴力って言ってるの?」


 アキラはナシロを掲げるように持ち上げる。ナシロはされるがままだが、可愛らしく欠伸をしている。


「あぁ、可哀想ではありませんか! やめてください!」

「いやいや、こいつの顔見ろよ」

「可愛いです」

「……いや、苦しそうとか、平気そうとか何か無いの?」

「……わ、わかっています。いつもよりリラックスしている位です」


 予想していた答えとはまったく異なる回答だったが、すぐに翠火は訂正する。その物わかりの良い訂正を受けたアキラは、訝しむ。


(なんだ? 何かおかしいな、自分が言いがかりを付けているのに気づいてる……よな?)


 アキラ達を顧みない言動を取るかと思えば、ナシロが未だに迷惑そうにもしなければ翠火をうっとうしそうにすることもない。


 アキラはこの言いがかりをただの癇癪だと最初は考えていたが、何かを勘違いしているのはもしかして自分なのでは無いかと薄らと思い始める。


 その証拠に夢衣と華が翠火を全力で止める風に見えたが、翠火は押し退けようとはしていないしすぐに突っかかる動きを止めていた。


 まるでそう見せているかのように。


 もしかしたらナシロとメラニーは翠火という女性をちゃんと理解しているから抗議の声すら上げていないのかもしれない。


「なあ、お前らこの人のこと知ってるのか?」

「イイヒト!」

「…まぁ」


 メラニーが端的に答え、ナシロがよくわからない返答をする。この状況に対してもメラニーはともかく、面倒くさがりのナシロが何も言わないのはおかしいとアキラは考える。


 そこで周囲からざわめきが感じられ、自分達が注目を受けているのを感じ取った。


「あれがナシロ達の飼い主か? 仮面なんかして変な奴だな」

「ナシロ可愛い!」

「メラニーちゃん愛らしい~」

「この世界に動物愛護団体が居ればよかったのに……」

「あれが噂の飼い主? あの子達可哀想……」

「大丈夫だってあの翠火さんがほっとくはず無い。見てみろよ」


 アキラは精神的にたくましくなっているのか、ダンジョンから戻ってきてから女性に対して物怖じしなくなっているが、なぜこんなにも注目を受けるのかについては困惑を禁じ得ない。


 そんなアキラの元へと、翠火を夢衣に任せて華が近づいてくる。翠火は一旦詰め寄るのを止めて、夢衣が宥める様子が窺えた。


「あの、飼い主さん。昨日は失礼しました」

「ナシロ達のことを思ってのことだろ? なら気にしないって、そんなことよりこれってどう言う状況?」

「それは……」


 華の話によるとナシロとメラニーは、飼い主を健気に待つその姿勢と愛くるしさからホームのアイドルとしてプレイヤー達から可愛がられていた。


 ホームに入った時から飼い主が居るとは知られず、端から見れば会話の出来る動物として人気を博していた。


 ある時から飼い主が居るとわかるが、その存在が何日も何週間経っても現れないことからナシロとメラニーを放棄するとんでもない奴だとレッテルを貼られ、見たこともないアキラに対して噂に尾ひれが付き、アキラの評判はすこぶる悪い。


 自身に関わりが無ければ、本人の事情など知ったことではない。人はそう言う人物が大半を占めている。その結果がこの現状なのは仕方が無いのかもしれない。


 メラニーはあまり細かい話はできないので大凡しか説明できず、ナシロは基本相手を鬱陶しそうに振る舞うので、アキラは最初のダンジョンに籠もる変人という噂も出ていた。


「尾ひれ付きすぎて空飛べそうだな」

「……何言ってるんです?」


 華のツッコミを無視してアキラは続ける。


「そんで、あの怪しい娘がなんで俺を晒すような真似を?」

「それは今後の飼い主さんのため、延いてはナシロ君とメラニー君のためなんです」

「ん? 話が見えないな、具体的にこれから何するつもりなんだ?」

「それは……」


 アキラの疑問の声に応えるために華が口を開こうとするが、それを翠火が妨げる。


「それは、こうするのです!」



【BATTLE】

【翠火】から対戦の申し込みを受けました。了承しますか?



「俺はNOと言える日本人だ!」


 アキラは嫌なことははっきりと拒否できる性格なのだ。


 夢衣が翠火すいかの予定を無視した軽率な行動を小さな声で注意する。


「ちょっと翠火ちゃん」

「あ……やってしまいました。怪しい人呼ばわりされて少し気が立っていたのかもしれません」


 その言葉から彼女達は少し穏便に対戦を申し入れる予定だったらしい。一方華は、対戦を拒否したアキラから質問を受けている。


「んで、なんでこいつらのために俺が対戦BATTLE受けなきゃならないの」

「あのですね、飼い主さんがナシロ君とメラニー君には酷いことをしていないとこの機会に証明して欲しいんです。そのために翠火は対戦を申し込んだんです」

「意味がわからん、それにいくらあいつらナシロとメラニーのためとはいえ俺に一言あってもいいんじゃ無いか?」

「その予定だったんですけど、飼い主さんとナシロ君のじゃれ合いが翠火の琴線に触れたみたいで……」


 昨日、翠火をフォローしている内にナシロ達の今後について話し合っていた。翠火は既にナシロ達の今後を心配する程に愛着が湧いている。


 不貞不貞しいナシロの態度に面倒見のいい性格が嵌まってしまい、完全に情が移っているのだ。そして、このままアキラがナシロ達と一緒にホームから出るだけで、翠火と似たような人達に謂われの無い中傷をアキラに浴びせるのは目に見えている。


 この世界クロスで性格が開放的になっている人が多いせいで、よりその傾向が強くなっているのだ。


 アキラにかかる負担は必ずナシロ達にも来るだろうと翠火達は想像してしまった。それを打開すべく、実力者である翠火を中心に大勢の前で弁明の機会と、その実力者に対抗出来る程の腕を持っているように見せるため、翠火達は計画を立てていたのだがアキラ達のやりとりで翠火が冷静さを欠いてしまった。


「と言った事情があって、飼い主さんに話し合ってからのつもりだったんですが……」

「お、おう」


 確かにアキラはついでのようなフォローだが、ここまで目立ってしまったら「やっぱり止めましょう」とはいかない。好奇の視線はホームに居る人達で溢れているのだ。


「翠火はホームでも一目置かれる程の実力者です。ある程度拮抗した戦いを演出できれば、飼い主さんにちょっかいを掛ける人も減り、私達がナシロ君とメラニー君の飼い主さんのフォローをすれば完璧! と言うつもりだったんですが……」

「見事にその計画したレールとは別の路線になってるけどな」

「も、申し訳ないです」

「でもナシロ達がここに居る原因になったのは俺にも責任があるのはわかってる。それであいつらナシロとメラニーの為になるなら俺も協力しよう」


 アキラのその言葉を聞いて華は翠火に向けて頷く。


 戸惑った翠火の雰囲気が少し和らぎ、気を取り直してアキラに対戦を申し込んだ。


「ただ俺は、ご飯を食べたいだけなのに」

「その子達の世話を放棄する貴方のような人に、ご飯を食べる権利はありません。二度とこんなことをしないようにしっかり白黒付けて貰います。貴方の仮面のことを言っている訳ではありません」

「俺にも事情があったんだ。決してナシロとメラニーを蔑ろにしたわけじゃ無い、それから仮面には触れないでくれ」


 翠火が若干抜けた訂正をしつつアキラに告げ、それにアキラも答えた。目的がナシロとメラニーの今後だとわかっているため、それに合わせることにした。


 アキラが合わせてくれたのに安堵したのか、それを聞いた翠火がこれ幸いにと口上のような宣言が続く。


「蔑ろにしていないと言うのですね? それなら貴方が負けた場合、ナシロとメラニーに対して今後似たようなことが起こらないよう約束をしていただきます!」

「具体的にどんな?」

「長期離れる場合、ナシロとメラニーを私が保護いたします」

「……」

「……あら?」


 あまりにも透けて見えてしまった要求に沈黙してしまう。それに、若干の違和感を覚えた翠火は疑問を声に出してしまうが、逆にどうして返事が無いのかと思っていそうだった。


 真面目な話かと思えばさらっと、私欲を絡ませてくるのに若干呆れながらアキラは問い返す。


「わ、わかった」


 私欲を絡ませてくるならこちらも当然やらせて貰おうとアキラも返す。


「それでは……」

「だが!」

「!」

「こちらが勝った場合の条件も勿論付けさせてもうぞ」

「……え、あ、と当然ですね」


 翠火の幸せな皮算用は、あるかもしれないナシロとメラニーで頭の中が埋め尽くされている。そのため、負けた場合のことなどは露程にも考えていない。


 詰まった返答を見たアキラは、翠火に世間の厳しさをその身を持って教えることにした。

 勝利した場合の条件も決めていないということに気づかない代償を持って。


「それじゃこいつを頼む」

「え? きゃ」


 華が女性らしい小さな悲鳴を上げる。アキラがナシロを華の頭に被せたのだ。ほんのり暖かい感触に、頬が緩む華はそのままナシロを預かることにした。


 途中で持ち方に苦戦したが、腕にタオルを掛けるようにぶら下げることでなんとか落ち着く。当然ナシロはノーリアクションだ。


「BATTLE形式は模擬戦でいいか?」

「お任せいたします」


 アキラは事前情報となんら変わりない対人戦PvP情報を元に模擬戦を選択する。この形式は指定された相手同士のみ成立するダメージポイントDPが設定され、HPゲージに比例した量になる。


 互いの食らうダメージは全てそのDPが減るのみなので怪我の心配は少ない。設定されたDPの全損、又は降参することで決着が付く。


「それじゃDP無くなったら負けで、あと降参してもいいからな」

「フフ、貴方は面白い人ですね」

「君のお面程センスは高くないけどな」

「これはふざけて付けてるわけでは無いんですよ?」

「そうか」


 アキラは思う。


(教えないとな、自分が勝つと疑わない考えしかないのがどれ程危険なのか。考え無しでこんなことをした結果がどうなるのか)


 そして実力があると思っている彼女に、レベルが自身より大分上だと思っている彼女に、ステータスで圧倒していると思っている彼女に、教えるため戦う覚悟を決める。


(なんだ、俺も傲慢だな。不思議と負ける気が微塵もしない)



【BATTLE】

形式:模擬戦

勝利条件:相手のDPを0にする。

制限時間:∞



「それじゃ開始の合図が鳴ったら始めるぞ」

「わかりました」


 本来ホームのラウンジで戦うのはあまりいい行いとは言えない。しかし、PvP中はDPが設定されているので外部からは勿論、指定した互いにのみ影響を与えるため問題なく戦うことが出来る。


『3秒前、2、1……GO!』


 今、遠距離シューターの根本を覆す戦いが始まる。

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