第36話 待ち獣、ナシロとメラニー


 アキラは報われた思いに水を差されている間も、声は響く。


「聞いてるの? ナシロ君とメラニー君を放置してた君に言っているのよ!」

「ちょ、ちょっと、止めなって……相手男の人だよ? まずいって……」


 意外にも咎める声をかけたのは、緩いウェーブの娘ではなくロングヘアの娘だった。ウェーブの娘は仲間には遠慮した態度は取らないが、知らない人に対しては人見知りになってしまうようだ。


 当然自分から声をかけるなんて以ての外だ。その点、ロングヘアの娘は理知的であってもまだ精神的に習熟はしていないために、物怖じしない性格がアキラを責めることに繋がった。


「え、俺?」

「あ! ナシロ君をそんな持ち方したら可哀想でしょ!」


 アキラが無造作にナシロの首輪を持ち上げているのを見て、アキラに突っかかる娘は益々冷静ではいられなくなってしまった。自分は触ったことも無いのに、と言う嫉妬が含まれているのは言うまでもないだろう。


「え、別にナシロはこんな持ち方でどうこう言う奴じゃ……」

「アキラ! アノコ、ナニオコッテル?」

「あのな、メラニーの持ち方はナシロが可哀想だから止めろって言ってるんだよ」

「わ、私はそうは言ってないでしょ? 君に言ってるの!」

「ナシロ! メラニー、モチカタ、ダメ?」

「…え……気にしたこと…無いけど」


 アキラに首輪を持ち上げられてぶら下がってるナシロは、器用に首を動かしメラニーに言う。


「デモ! アノコ、ナシロ、カアイソウ! イッテル」

「…えぇ……どうでも…いいよ」

「えっ!?」

「ほら、はなちゃん。行こ? ね?」


 ナシロがメラニーに捨て置くよう言うと、華は今まで少なくない程度には顔を合わせているはずの相手に切り捨てられたような顔をする。


 華と呼ばれた娘は勘違いしている。


 ナシロは元々がこんな性格で、毎日何人も見てきて構ってくる人は居るが、今まで誰一人として親しげに出来た人は居ない。


 無理矢理触ったり撫でたりする相手には迷惑そうにメラニーを呼び出しては離れる。いつ帰ってくるかわからないアキラを待ち続けている間に、そんなことを繰り返していたのがナシロとメラニー達だ。


 そんな人達から多少なりとも庇ってきたと自負していた華は、ナシロのどうでもいいと言う一言に困惑する。


 困惑している華を置いておいて、アキラはナシロ達に一言告げる。


「メラニー、カアイソウじゃないぞ、カワイソウな。それとお前らなんか世話になったの?」

「…時々……邪魔者…追い払った」

「ならお礼くらい言わなくちゃな」

「マッスグ! アリガト!」

「…どうも……っす」

「え? あ、その……」

「メラニーは髪型のこと言ってるんだろうけど、真っ直ぐじゃ伝わらないだろ? まったく、俺からも礼を言うよ俺が居ない間構ってくれたんだろ? ありがとうな、今度礼をするよ」


 アキラは華が困惑している隙に素早く自室のホームへと向かった。取り残された二人はアキラの背を見つめる。途中でナシロを肩に掛け、メラニーも反対の肩に止まったままの後ろ姿は見えなくなる。


「もう、華ちゃんってば突っかかっちゃダメだよー。噂だと酷い人っぽいけど、なんかいい人そうでよかったね?」

「あ、う、うん……そうね」


 アキラが居なくなってから打って変わって、二人の態度は正反対だ。そんな華を慰めるようにウェーブの娘は話を続ける。


「ナシロちゃんもメラニーちゃんも飼い主が帰ってきて嬉しそうだったからいいじゃない?」

「……夢衣むいはそれでいいの?」


 未練がましく援護を期待して夢衣に問いかける。


「酷い人って噂があったから、あの子達を引っ張ろうとしてただけだよ。でもあれ見てるとどう考えてもそれは無さそうだよねー」

「はぁ……そうよね、あんなナシロ君とメラニー君初めて見た。でも、翠火すいかは納得しなさそうじゃない?」

「……そ、それは知らないよ。そもそも、あたし達が勝手にしていいことじゃない気がするもん」

「そうなんだけど……」


 華は夢衣の言葉で冷静になり、自分が如何に勝手なことをしていたのか反省していたが、翠火と呼ばれる存在がまた別の懸念を生み出す。


「あら? ナシロとメラニーはどこでしょう?」


 そんなことを話し合っていると、一人の女性がホームのアイドルを探して声を上げる。


 誰もがその声の主を一度見れば忘れられないだろう。白い狐のお面が一番始めに映るからだ。


 素顔は見えないが、存在感を示す輝く真っ赤な髪はポニーテールでまとめられ、自然をあしらった宝石のような緑の石が目立つかんざしを付けている。髪と同じ色の瞳は、優しげだがその雰囲気に反して凜とした空気を身に纏っている。


 覗く口元からわかる顎のラインや小さな口から発せられる声は、そのシャープな印象と違い、はっきり伝わる。


 髪に合わせた色合いをした服装は、濃いめの深紅のシャツとノースリーブのロングコートに白い手袋をしている。ショートパンツと黒いニーソックスの間に覗く領域は実に扇情的だ。膝下まで伸びているロングブーツは彼女のスタイルを綺麗に引き立てている。


 服装からして中堅以上のメンバーだと推測できる。


 そして更に特徴的なのは所々覗く、病的に見える程の肌の白さだ。この肌の白さは、女性が魔人であることを現している。ソウルオルターでは魔人以外一定以上の肌の白さは存在しないため、種族を見分ける手段の一つとして用いられる。


「おぉ、翠火ちゃん終わったの?」

「一段落したので帰ってきたんですが、いつもなら見えるナシロとメラニーが居ないんです。癒やしの二匹が居ないなんて、何かあったに違いありません!」

「翠火、落ち着いて聞いてね」

「やはり何かあったんですね?」


 華が翠火と呼ばれた女性を宥めるように前置きをする。そして本題をゆっくり告げた。


「飼い主が現れたの」

「……え?」


 一瞬何を言われたのか、理解しているのに翠火は聞き返してしまった。


「翠火ちゃん、気持ちはわかるよ」

「……夢衣さん?」


 共感を示した夢衣に縋るような目を向ける。だが、夢衣は関わらないと決めたが言わずにはいられなかった。


「ナシロちゃんとメラニーちゃんは凄く幸せそうだったの。だから見送ってあげよ?」


 まるで別れのようだが、今まで何かが変わるわけでは無いのに翠火は面倒を見ていた猫が飼い主の元へと行き、二度と帰ってこない哀愁を感じてしまう。


「そ、そうですか……」


 翠火はその後ホームの自室へ向かう。ホーム入り口に差し掛かると、アキラと鉢合わせるが翠火はそれどころでは無く、アキラは道を譲ってすれ違う。


 面識は無いので、当然ナシロとメラニーの飼い主だと気づくことは出来ない。翠火はそのアキラの顔さえ見えない程、うなだれているのだ。


「な、なんだあれ」


 アキラは翠火の姿を見て奇妙なお面に印象付けられてしまった。それを見送ってからアキラはラウンジの席に着き、バーテンダー風のリスを呼ぶため呼び鈴を短く二回鳴らす。


(はぁ……なんで俺が取りに行かなくちゃ行けないんだよ)


 アキラはホームに戻ってまずナシロとメラニーに高級餌を与えた。帰って来れた記念だ。アキラは祝いのために飲み物を用意しようと提案するが、既に二匹は餌を貪っていた。


 食べなくても平気だがご飯は食べる。そんな二匹は久しぶりの御馳走に歯止めが利かず、話しかけても唸るだけで、果てはメラニーまでも「アキラ! オネガイ!」と飲み物まで注文してしまう始末だった。


 仕方なく飲み物を取りに来たアキラは、天井から降って来たリスを片手を差し出してキャッチし、告げる。


「あぁ、来たか。ニャンディガフを皿毎くれ」


 アキラの掌にキャッチされてもなんとも思っていないのか、お辞儀をするバーテンダー風のリスが懐から自身の何倍もある瓶と猫皿をくれた。


 アキラはそれを受け取って、自分も何か頼もうとするが、渡されたメニューを見ると人用の飲み物には金がかかるのがわかった。そしてホテルを彷彿とさせる値段設定だった。


(水一杯800Gってなんだよ、そんな水買う奴居るわけ無いだろ)


 あまり余裕が無いアキラは仕方なく森のミルクで代用する決意を固め、管理獣用の飲み物をバッグに仕舞ってから自室へと戻っていく。


 そんな様子を見ていた夢衣と華は、そんなアキラを見て思う。


「やっぱあの人って噂とは全然違う感じ、しかも降ってきたリスをキャッチした人初めて見た」

「私もそれには少し驚いたけど。そうね、それにあの子達の飲み物わざわざ取りに来る位だから酷い扱いはしてなさそう」


 そんな意見を一致させた二人はご飯にしようと言ってホームから出て行った。翠火のフォローを話し合うため、そして今後について翠火を交えて話し合うために。






「ナシロもメラニーも寝たのか、なんか1ヶ月あそこで俺を待ち構えてたのかな? そりゃ悪いことしたな……疲れて当然か」


 アキラは待ち続けて寝てしまった二匹を見つつ、自身に掛けられた白と黒の鎖のネックレスをふと思い出し、バッグへと入れる。


「これのこと忘れてたな……ロキは俺に何をくれたんだ?」



【ロキの円環】

ソウルの選別者、ロキが身につけていたアクセサリー。



「え、これだけ?」


 アキラが説明を呼んで疑問の声を上げ、そしてもう一つ気づく。


「これアクセなのに使えるのか? コマンドに【使う】って出てるけど……おりゃ」


 アキラが気軽にロキの円環を使うと、バッグから出てきた鎖は光を放ち、仮面に変わる。それを見てアキラは装備だと思い、手に取って見る。シンプルに口を隠さないタイプで白と黒が中央から縦に分かれて半々に色別れしている。


 仮面を見たら付けてみたくなったのか、アキラは自身の顔に付けた。


「フッ……」

(ナシロ達に見られる前に止めとこ)


 仮面は引っかけるところが無いため、あっさり離れると思っていたが。


「あれ? ……取れない」


 取れなくなってしまう。どうやっても取れないアキラは、取るのを止めてロキに悪態を吐く。


「あいつ! 次会ったら覚えとけよ」


 心に再会を誓い、報復を決めたアキラはステータスに異常が無いのを確認すると、眠ることにした。ベッドの中で自身の装備を確認すると、頭に仮面が付いている。


「装備扱いなのか……にしては違和感がなさ過ぎるな、顔に付けてるのを忘れそうだな。どんな素材なんだよ」


 アキラは溜息を吐きながら内容を見ることにする。



【死転の面】クラス:レジェンド

ロキの悪戯心が与える装備。アニマの質と比例して仮面は頑強になる。一つの条件を満たすと装備は壊れてしまうが、それまでは決して外せない。



「悪戯心が良い方向へと働くこともあるのか……って取り外せないってやばくね? もういいや、寝よう」


 その仮面はアキラの今後の人生を左右する程の影響を与えるとは、現時点では夢にも思わなかった。

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