第108話 越冬隧道サハニエンテ

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氷の王子物語に出てくる登場人物の武器を一部修正しました。

ハズが弓で、アミが杖です。




 一歩、また一歩と積雪の上を歩くアキラは雪独特の沈む感覚に苦戦しながら均すように踏みしめる。吹雪とは逆の方向へ歩いているため顔に当たる雪に苛立つも、急がずゆっくりと前へと進む。


(これが雪山の登山ってやつなのか?)


 何も見えない中マップを頼りに進み続けるが、その頼りにしている命綱を断ち切るかのように信じたくない光景がマップには広がっている。


「これは……」


 マップに映るアキラ自身のマーカーを起点に、進むべきであろう先が真っ白に染まっていたのだ。よく見れば霞むような描写がされたマップは雪が積もっていることを現しているのだろう。


 一歩進むとすねまであった積雪が太股まで深く沈む。そして吹き荒れる吹雪が先程とは比べものにならない強さでアキラを襲う。


(マップが役に立たないのか)


 最早遭難と変わらず、休むことも許されない。現実世界で考えればこの状況に待つのは凍死というありきたりの結果だけだ。だがこの世界で鍛えられた身体を型作るアニマは通常通りに動くことを可能とする。


(デバフの【器の崩壊】だって大した痛みは無いんだ。救助だって来ないなら闇雲でも動き続けるしか無い)


 手掛かりも無く、立ち止まるこの時間さえ惜しく思ったアキラは目を腕で庇いながら進む。




「はぁ……はぁ……」


 当てもなく進むこと数十分、太股まで沈む雪は体温を容赦なく奪い、低温の雪は身体の感覚を麻痺させ、吹きすさぶ吹雪は体力を奪っていく。低温の世界だというのに身体が汗ばむ。そしてその汗が冷えてくると身体へとかかる負荷は更に増していく。


(あ、あれは?)


 取り敢えず真っ直ぐに進むアキラを待っていたのは、この吹雪の中とある地点を平然と飛び回る白い鳥の群れだ。吹雪の風をものともしない所かそれに乗ることで遊んでいるようにも見える。だがただ遊んでいる訳では無いのは近づくにつれて理解出来た。


 マップのマーカーには警戒状態の黄色いアイコンのみが見えるが敵の特徴である名前は見えない。アキラは敵では無いのだろうと判断するが、鳥の群れは一カ所に集まっては移動を繰り返している。まだ遠いせいで良く見えないが啄木鳥きつつきのようにホバリングで細かくスライドしながら何かを中心に飛び回る様は、落ち着きを感じられない。


 手掛かりも無いためそこを目指すアキラに鳥の群れが気づき、一瞬身を強張らせてしまう。小さい鳥でも群れ単位で一斉に見られたせいで驚いてしまったあきらだが、そんなリアクションにはお構いなしに群れを抜けた一羽の白い鳥が猛スピードで接近してきた。


(敵、じゃないんだよな?)


 ここは最高難易度のダンジョン、警戒しすぎても問題足りない場所だ。アキラはいつでもシヴァとヴィシュで対応出来るように用心する。


(手は……よし問題なく動く)


 手の震えも止んで久しいのは寒さで身体の感覚が殆ど無くなってからだ。その中でも無理矢理手を動かすと妙な違和感を感じながら動いている感覚は伝わる。アニマ修練場で味わった全身の感覚喪失に比べれば気にする程でも無いとアキラは無意識に比べていた。


『ピィー! ピィー!』


 目の前まで接近してきた白い鳥がアキラの周囲を飛びながらホイッスルのように甲高い鳴き声で何かを語りかけてくる雰囲気が感じられる。何か危害を加える様子も見受けられない。


「な、なんだよ!」

『ピィー! ピィー!』


 吹雪で声が流されるのか、声が届きづらい環境なため大きめの声で話しかけるとアキラの目の前で問いかけるように滞空したまま鳴く。やたら羽ばたく速度が早く、落ち着かせるために簡易の止まり木に見立ててアキラは腕を差し出した。


(おっ)


 軽い気持ちで止まれば良いと考えていたのが良かったのか、腕を見て一瞬逃げる素振りを見せるが、動かないアキラを見てすぐに腕へと遠慮無く着地した。


(胸毛すっごいこんもりしてる……あったかそう)


 温かそうな羽毛を誇るでもなく群れの方向をその両翼で指し示す。若干シュールな動きだが、どうやら指示した方へ行けと言いたいらしい。アキラは触りたい衝動を抑え、罠だろうと変化を欲したアキラはそのまま無言で指示された場所へ向かった。




「……はぁ……はぁ」


 白い鳥の群れへと向かうアキラは、次第に口で大きく呼吸するようになる。腕に止まっている鳥に異常は見られない。アキラは自分にだけ起こる異常に思考を巡らせるが、デバフの表示すらないため手掛かりが少ない事実に歯痒い思いをするしかなかった。


(呼吸が辛い、いきなり倒れるとか勘弁してくれよ? ん、なんだあれ)


 少しづつ近づくと、吹雪で見え辛い視界の中鳥が群がる物の正体が見え始めた。


「か、かご……あ」


 辛そうな呼吸で呟くアキラの目に映るのは自身の身長の3倍はある氷で出来た見事な網目状の籠だった。その中には囚われた一匹の青い雛が元気な声で鳴いている。よちよち歩きと言うに相応しい動きはアキラの心を捉えて離さない。


『ピィー!』

「おっと」


 アキラがどれ程の時間目を奪われていたのか、その時を動かし始めたのは腕に止まる白い鳥の鳴き声だった。それを受けて、籠の周囲を飛んでいる群れが突如アキラを目指して突っ込んでくる。


(は? ちょっ!)


 咄嗟のことに目を瞑って顔を腕で覆うが、頭を起点として肩と両腕に何かが乗る感触が来るだけだった。


 電線に乗る鳥のようにアキラの身体には一定の間隔を空けて鳥の列が出来ている。当然降ろした腕に構う様子が無く、爪を引っかけるようにポジションを確保していた。鳥に掴まれる独特な感触に落ち着かず、身体を揺するが一瞬羽根を広げてバランスを取るだけで逃げる様子が無い。


「はぁ、誰か説明してくれよ…………なんでこいつら飛ぼうとしてんだ?」


 謎の急に羽ばたき始める白い鳥を見ればただ飛び立つだろうと誰もが予想出来る。しかしその飛び立とうとしている場所はアキラの身体、そして掴んでいる服を離す素振りを一切見せないため不安が募る。


(え? ……え?)


 不意に太股まで埋まっていた筈の雪から足が抜ける。服を優しく引っ張られている感じはする物の宙吊りになるほどの力は感じない。


「こ、これは予想外の変化!」


 若干余裕を見せた戸惑いを表に出しつつ、息苦しさも忘れて連れて行かれた場所は氷の籠の真上だ。網目なので足場にも困らないが、氷で出来ているため転けないように慎重に姿勢を整える。


『ピィー!』

「うぉっ」


 鳴き声が号令らしく一斉に群れが飛び立つ。腕に残るのは最初に会った鳥だけだった。そして片翼でアキラの行くべき道を指し示す。


「はいはい行けってことね」


 歩きに歩き、漸く見つけた突破口を慎重に進めていく。






【氷の王子物語】


~第一章~


 ヒューマンの王様が新しく出来たダンジョンに対する策も功を奏さず迫る危機にどう対処すればいいか悩む毎日、そんな暗雲立ち込める暗く広がる未来に可能性という光が差し込みます。


「それしかないのだな」

「既に万策尽きてます故」

「良きに計らえ」

「……お任せを!」


 苦渋の選択とばかりに重く頷く王様に提案した重鎮も苦悶の表情のまま頭を垂れます。それもその筈、王様達がこれからすることを考えれば国の面子、強いては王様達の顔に自ら泥を塗る行為なのだから。




「氷のダンジョンですか」


 一人の物腰柔らかな青年がギルドの掲示板を眺めています。そう、国の取った方針とは出来たばかりの機関、ギルドに新しく出来たダンジョンの攻略を依託することでした。


「全くこの国はまだ出来たばっかりだってのによ! だから面子なんてありゃしねぇからこんなことができんだ! 死んじまった兵士に申し訳が立たねぇのかってんだ!」


 青年の隣に居た片腕を失った顎髭を生やした壮年の男性が愚痴ります。それも当然でしょう、自国が自国の危機を出来たばかりの機関に依託する。これの意味することは「この国の兵士では危険に対処出来ません。ですから外部の者の手を借りて問題を解決します」と言っているような物。


「まぁまぁ逆を言えば私達にも漸く大きい仕事が舞い込んだんです。この国の兵士達には申し訳ないですが、割り切りましょう」

「……ったくよぉ」


 青年の言葉に隻腕の男性は渋りますが、その表情を見れば先程の怒りの表情はなりを潜めてやる気は十分のようです。


「この腕のせいで国から見捨てられたんだ! 見返すには丁度良いさ!」

「……国から退役扱いで年金が出ていませんでしたか?」

「セト、男が細かいことを気にすんじゃねぇ。それにこのドンザ様は片腕になったくれぇで戦いを止められるかってんだ!」


 このヒューマンの国が出来る前、大きな戦争が一息吐いた後に起こった問題の一つ、それが戦うことしか知らない兵士達の今後の処遇でした。それは老若男女、種族を問わず大きな問題として社会現象を巻き起こします。


 それを解決するために生まれたのがギルドでした。彼らはそのギルドの一員、戦うことで生計を立てるメンバーなのです。


「それでは皆を集めましょう」

「ああ! 俺様の腕が鳴るぜ!」

「片方しか無いんですから張り切りすぎないでくださいね」

「ちげぇねぇ! ガハハハ」


 こうしてお約束のやり取りをしたセトとドンザは仲間と共に氷のダンジョンへと立ち向かうことになります。




 そしてセト一向が氷のダンジョンへと入れば、待ち受けているのは厳しい寒さによる環境でした。そして問題点はすぐに浮上しました。


「やべぇぞセト、入口が見つからねぇ!」

「兵士達が戻って来れなかったのはこれが原因だったのですか」

「どうするよ!?」

「進むしか無いでしょう」

「ううう、心細いですぅ……」

「ハズ? あんたも覚悟決めてこの世界に足を踏み入れたんだからしゃんとしなさい」

「アミちゃぁんううう」


 背が高く弓を持った弱気なハズと呼ばれた女性と、背が低く杖を持った勝ち気なアミと呼ばれた女性が励ますような会話が聞こえます。


「必ず生きて出ましょう! 諦めてはいけませんよ!」

「おう!」

「ええ!」

「……ぁぃ」


 そして当てもなく進むセト達は道中、怪我をした青い小鳥を見つけます。


「おいセト、そんなの放っておいて行こうぜ? 今は歩く時間すら惜しいってのによぉ」

「……おかしいと思いませんか?」

「な、何がでしょう?」

「なぜ小鳥は怪我をしているのか、そして怪我をしているにも関わらずなぜ未だに捕食もされず生きているのか、そして何よりこの環境はあまりにも鳥が生きるには不向きです」

「確かに言われてみればそうね。でもそれがなんなの?」

「まだ材料が不足しているのでわかりません。しかしダンジョンで出会う動物には何かしら助けられることも多いでしょう? ですから保護します」


 この小鳥との出会いがセト達の運命を大きく変えることになるのですが、彼らはそのことを知るのはまだまだ先の話、今は静かに出来る場所を目指して吹雪の中を彷徨うのでした。






「……ん~要はこの青い雛を連れてけってことか?」


 本を閉じたアキラは足下で自分の靴を突いて遊ぶ青い雛を見ながら呟く。白い鳥は既にその姿が無く、指し示す方へと向かった結果誘われた場所は氷の籠の出入り口だった。扉方式で鳥では開けることも出来ないためアキラをここまで誘導したのだろう。


 中は氷の床があるだけで入口に伸びる氷の階段以外何も無い。そして籠の中は驚くことに無風状態だった。そのお陰で落ち着いて氷の王子物語を読むことが出来る。


(ヘルプにもあったけどこのダンジョンは本に沿って攻略すればいいんだな)


 寒く辛いが読むしか無いのが辛い所だ。未だ冷たすぎて感覚が無い手足を動かして雛の胸を掬うように支えて持ち上げる。首を傾げてアキラの指を突く仕草は微笑ましい。


「お前は寒くないのか?」

『?』

「って言葉がわかるわけないか」


 返事の代わりというわけでは無いがアキラの指を再び突き出す。アキラはこれ以上ここに居る意味も無いと考え外へと出て行くと、それを待ち構えるように白い鳥の群れが雛を抱えるアキラを待ち受けていた。


(雛を寄越せとかそう言うのか?)


 アキラの考えは杞憂に終わる。群れが一斉に翼をとある方向へと向けるのを見れば、あっちへ進めと言われているのがこれまでの誘導で把握出来た。それに従ってアキラは猛吹雪の中、手で雛を庇いながら進む。


 時には手の感覚が覚束ないため落としてしまうが、下は雪なので怪我などはしない。埋まるトラブルもあるが、おの猛吹雪でも喜んでいるため飛ばされないように注意していると、またもや氷の籠が見つかる。


(くっそ……いい加減にどこかで休みたい)


 疲労困憊のアキラだが、この猛吹雪と地面が雪ではテントすら張れない。雪の中でのビバークをする方法などはそもそも知らないアキラは休むことなく進むことを強要される。


(もし魔物とか出てきたら一溜まりもないな)


 自虐風に出ないことを祈りつつ籠の前まで辿り着くと、手の中の雛がアキラの手から顔を出す。


「あ、おい! また落ちるぞ!」

『チチチチチッ!』


 小さく鳴く声に反応したのか、突如としてアキラの頭を起点に白い鳥がアキラを掴む。


「え」


 驚くアキラを他所に身体が容赦なく持ち上げられ、再び籠の上へと着地する。そこで漸くアキラは気づいた。


(これ雛だけどあれか、アニマルヘルパーか!)


 籠の入口を見つけて中に入ったアキラは、本の指針通りの行動をすることでこの雛の意味を見出す。アニマルヘルパーは攻略では非常に役立つ存在だ。元々動物を害する気はないアキラだが、より一層何かあってもいいように守ることを誓う。


「お前を絶対見捨てられなくなっちまったな」

『?』


 話しかけられたのは理解したのか、首を傾げる。その愛らしい姿を見つつ、アキラは再び本を取り出して新しいページが描かれているのか、描かれていれば自分はどうすればいいのか? 等積極的に調べ始めるのだった。

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