第109話 絶望の展望

年末は忙しくてその……要は投稿遅いです。量もちょい少ないです。ごめんです。









 極寒の地は空を見ることさえ困難な吹雪が視界を覆う。未だに止む気配を見せない吹雪、そして当たり前のように零下を下回る気温は冷たいを通り越して感覚が無くなりその先に痛みが走る程だ。デバフの【器の崩壊】とはまた違う痛みがアキラを襲っている。既にこのダンジョンに来て数時間は経過しているのだが、氷の籠を点々とする状況に変化はない。


 進んでいるかどうかも定かではないこの状況は通常ならば辟易するだろう。しかし、やることは変わらなくとも氷の籠に入る度に起こるイベントがその思いを払拭してくれていた。


(……すっかり大きくなっちゃって)


『ヒュー!』


 アキラは優しげに自分の肩で鳴き声を上げる青い雛だった・・・ものに視線を送る。


 最初は手の平サイズ以下で重さを感じない程度だった雛が、今では手の平では包めない程度に大きくなり確かな重みまで感じる程の大きさまで成長している。その小鳥は片翼を上げ、翼の付け根をくちばしで羽づくろいをしながら時折顔を上げてアキラに元気だとアピールする程だ。


 そんな仕草に気を緩めたアキラの身体に霜が降りる。


「やべっ」


 止まっていた足を動かすと身体に降りていた霜は一瞬で消えた。


(こ、これじゃ碌に飯どころか水も飲めない。この鳥はほんとに味方なのか?)


 アキラがダンジョンの手助けをしてくれるアニマルヘルパーを危惧する理由、それは身体の動きを止めると身体が凍る・・【凍結化現象】と言ったデバフが付与され始めたことに起因する。


 現在は氷の王子物語一章以来進行は無いが鳥の群れが示す誘導通りに進むとまた氷の籠に出くわすを繰り返していたが、訪れる所に必ず一つの木の実が置いてある。縦に一定の凸凹でこぼこした列が表面にあり、ひょうたんの形をした外殻をしていた。どうみてもただの落花生なのだが、アニマルヘルパーの雛はそれを見た途端アキラの手から飛ぶように降りる。


 慌ててキャッチするアキラの手を更に乗り越えて冷たい氷床を生まれて初めてであろう全力疾走で駆けた……がそれはとても遅く、アキラの一歩で追い越してしまう程だったが雛なので仕方がない。


 その後も籠の中に置いてあるピーナッツを与えていくのだが、食べれば食べる程一回りずつ大きく、見た目も変化していったのだ。


(見た目だけならよかったのに)


 若干の凜々しさを感じさせるその出で立ちから急に世界の気温が下がったのだ。ただでさえ寒い環境は痛みさえ呼び覚ます程気温が下るの同時に止まり続ければ身体全体が凍結する[凍結化現象]のデバフも付与されたのだ。


 イマジナリーブリザードのような氷柱が刺さって発動する[凍化]とはまた違ったデバフだ。


『ヒュー!』

「なに暢気に鳴いてんだ、こっちはお前のせいで死ぬ思いだったんだぞ?」

『?』


 アキラの非難の言葉に当然と言っていいのか理解していない反応が返ってくる。初めはデバフに気づくのが遅れてしまい、身体が凍る寸前まで体験した時になってから漸く死の気配を感じた。


(感覚が無いってのも考え物だな)


 今は考える余裕がアキラにもある。しかし、この状態はかなり悲惨で深刻な未来しか見えてきていないため対策すら思いつかないと言った方が現状は正しい。


(腹が減った)


 空腹も限界なのか、バッグからホットドッグを取り出して食べようとするが……。


「ダメ……か、次は屋台の料理だけじゃなくてクッキーとかチョコも必ず買う。絶対に」


 仕方なく凍って・・・しまったホットドッグを力なくバッグに仕舞う。そう、食事が出来ない理由の一つは下がりすぎた気温だった。このせいで食事を取りだしても一瞬で凍ってしまうのだ。素早く取り出しても湯気すら出ず取り出した場所から次々に凍り始めてしまう。同じ理由で飲み物すら取ることも許されない。


 そしてデバフにより当然……。


(まさか寝ることも出来ないのか?)


 敵が強く、体力や精神を突いてきたり頭を使わされたりと散々な目に遭ってきたアキラだが、ロキがまだここに来るのは早いと言ったことを思い出しながら先へ進む。


「それでも俺は……!」


 前へ進むことを諦めないアキラの足取りは強く、声が木霊するが吹雪の流れる方へと強気な態度とは裏腹に虚しく消えていく。






 アキラが越冬隧道サハニエンテへと突入して暫く、暗く静かな空気の流れる一室に男性をモデルにした氷の彫刻と繭のようなカプセルに包まれた女性が対面している。


 置物のように見えるのは氷城の主、ゼフトだ。そしてその近くには彼を見つめる病的な印象を抱かせる程の白い髪をボブに纏めている女性が居た。彼女は若干呼吸を多めに吐くように口を開く。


「随分と珍しいお客さんですのね」

「久方ぶりだな、気を使わなくても構わん。実体で無理をするなロキ」


 ゼフトが横になった状態から身を起こそうとするロキを制止する。若干苦しそうに喋るロキだが、ダンジョンで見た元気な姿は見る影もない。そんな気を使う言葉ににこりと微笑むロキ。


「相変わらずコクーンから動けないのか、分体はどうした?」

「私は生きるだけで精一杯ですし、このコクーンが唯一の生存領域ですのよ? 動け無いのは当然です。だから分体が居るのですから……今はダンジョンへ飛ばしています」


 アキラと最後に会ったロキの華やかな印象はないが、性格は確かに彼女その物だろう。


「珍しいこともあるのだな、茶の一杯はいただけると思ったのだが」

「フフ、これは失礼致しました」


 成人女性一人が収まる程の大きな繭に寝転がったままのロキがゼフトの言葉におどけるように微笑んで返す。ロキの姿から悪戯っぽい雰囲気はあるが、儚げな印象が強く出ている。


「それでどうしてゼフトさんがこんな所・・・・へ?」

「なに、目を覚ましてみればペリメウスが面白い“人間”を見つけてな。そのついでという訳ではないが久方ぶりに起きたのだ。たまには“同じ王”達と顔合わせをと思ってな、それと……」

「それと?」


 ゼフトは言い辛いのか、若干の溜を作ってから言葉を続ける。


「それと最後・・になるかもしれないからな、顔を見ておきたかったのだ。知らない仲ではないからな」

「最後になるかもしれない……と言うことはゼフトさんもこの世界、クロスが滅ぶのを座して見ているつもりはないということですか?」

「今更出来ることは多くない。それに出来た物に手を加えないスタンスを変えるつもりも無い。高々私のような半端物が少しだけ手を出そうとも代わりはしないのだ」

「では?」


 ロキは問い返すことでそれだけではないのだろう? と続きを促す。


「ああ、やるなら突き詰めねばならない……そこで私はダンジョンを造ろうと思う。正確には造らせるだが……」

わたくしのダンジョンに手を出すというのですか?」

「勘違いするなそっちは君の領域だろ? そこに干渉するつもりは無い。私は最後の・・・ダンジョンの創設をすると言っている」

「!」

「……」


 衝撃を受けたロキは口元を手で覆う。腕を組むゼフトは予想通りのリアクションなのか、毅然とした態度だ。


「あ、貴方は自分が何を言っているのか理解しておいでですの?」

「無論だ」


 ゼフトの言葉に衝撃を受けたのか、我慢ならないとばかりにやっとの思いで身体を起こしたロキ、今度はそれを止めずに見守るゼフトを睨みながらロキは胸に手を当てて動悸を抑える仕草のままその真意を問う。


「ゼフトさん! 貴方は本当にこの世界を救う芽を摘み取るつもりですか!?」

「逆だ……逆なのだロキ。世界の終わりを迎える時は私達に手出しは出来ない。だが地球の生命はそれに立ち向かうことを強制させられるのだ。ならば自ずと私達のすることは限られてくる」


 手が出せないのならそうなる前に出来ることをする。ゼフトはロキにそう告げている。


「いいですかゼフトさん? 例えそうでも最後のダンジョンを用意すると言うことは、奴ら・・をこの古の地に誘うということですのよ?」

「今更だな、我ら・・偽りの生命を造らせ、我ら・・を偽りの世界で生きることを強制させ、我ら・・に偽りの創造神テラを信仰させる」

「……」


 ロキの目つきは鋭いままだが、話を落ち着いて聞ける器量はあるようだ。


「お前も知っていよう。あの理解の及ばぬ存在が造らせた物全てを壊そうとしていることを。なぜか理解出来んがそれをさせないため、せめてもの抵抗としてこの地を守ってきたが結局は全ての王が引きこもるという散々な結果が残っただけではないか」

「それでもです! 奴らはこの地に来れば間違いなく最後のダンジョンを作り上げますのよ? そうすれば必然的にそのダンジョンは攻略の対象にならざるを得ません! そのダンジョンはわたくしにも手が出せない特別な物、そしてそのダンジョンがクリアされなかった場合は足掻くことすらできずにこの世界の終わる……そのことは理解してまして?」


 ロキは疑問を含めて厳しく問い続ける。


「ゼフトさんは今までそのようなことを仰る方ではありませんでした。一体どうしたというのですか?」

「……例え偽りだろうとこの世界は生きている」

「……」


 この言葉の意味をロキは正しく理解しているだろう。だからこそ憤っているのだ。ゼフトの続ける言葉にロキは己の葛藤を抑えて聞き入る。


「正直地球の生命らには何も期待してはいなかったのだ。この偽りの世界は言ってしまえば地球の生命の踏み台、それを思えばそんな者達に自分の人生を預ける等到底出来ることではないだろう?」

「……」

「だがこの世界の枠に収められた地球の生命である“人間”に可能性という未来を、“あの頃”の気持ちを思い出させてくれた」


 ゼフトの言うあの頃の気持ちがなんなのか? それはこの者の過去を把握しているロキには手に取るように理解出来る。だがそれを知っているロキは小さく「ですがそれは」と続けようとしたが、ゼフトが手を前に出して遮る。


「わかっている。信じられないがこれも偽りの記憶なのだろう。だが偽りだろうが本物だろうがそんなことは関係ない。あの時の私は確かに諦めない思いがあったのだ。ならこのまま奴らの侵入を阻むだけの……囚われの王に甘んじ、この世界を捨てるような真似は出来ないのだ」

「例えその選択が世界を終わらせることになろうとも?」

「どちらにしろ最後のダンジョンの前で行う試練で終わりの予定だったのだろう? あの試練を潜り抜けても得られる力は然程変わらん」


 世界の終わりはその程度で避けられないと言うことをロキは痛い程に理解していた。だからこそテラが選別した注目すべき人物をロキは監視していたのだが、それも期待外れに終わりそうな予感に藁をも縋る気持ちがあったのは仕方が無いのだろう。


「ふぅ、貴方は相変わらず弁が立ちますのね」


 気がつけばロキの反論する気持ちは消え失せていた。言い返すことはまだまだあったがそれを溜息と一緒に吐き出して白旗を上げる。


「ロキもわかっていたのだろう? 私はお前の背中を押しただけなのだ」

「……ゼフトさんには叶いませんね。ですが、私もただ待つだけではダメなのはわかってましたのよ? ですから分体を使ってあれこれ動かしていたのですが、結果はあまり期待出来ませんでしたが」

「ふむ、お前もお前で動いていたのか、だがやるなら“テラ”のようにこの世界の管理を放棄する程でなければならない」

「フフ、そうですか。確かにそんなこともありましたね……」


 ロキは頬を綻ばせている。先程のように癇癪を起こす気配はない。既にこれから起こることに対して覚悟を決めたようだ。


「この世界にやって来た地球の生命が来たことを鑑みれば、クロスに残された時間もあまり長くはない。協力してくれるか?」

「はい、わかりました。どうせ終わるのなら盛大にやらかしましょう。フフ……」


 ロキ生来の悪戯心に火が点いたのか、女性らしからぬ不敵な笑みを浮かべている。


「あっ、こ、これは違いますのよ?」

「わかっている。お前の性格は理解しているつもりだ、それよりもテラが起こしたことについてもう少し詳しく教えてくれないか?」

「え、ええ、わかりました。ダンジョン内でしか状況を把握していませんがそれでよければ……」


 ゼフトの言葉に安堵しながらロキは聞かれたことに答えていった。これから何が起こるのか、そして何が起こっているのか、それを把握しているであろう人物と未だ現れぬ脅威に対して人知れず、人々は対応を求められる未来が近づいている。

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