第107話 氷の地にそびえ立つ氷山
かなり間が空きました。まだ万全ではありませんが投稿します。
手足短い猫のナシロが上目遣いで真っ赤な髪を見つめる。猫の本能なのか、ゆらゆらと揺れるその軌道に合わせて目を動かす。髪の持ち主である病的な程白い肌とキツネのお面を付けた翠火が、ナシロを背にポニーテールを揺らしながら相手をするという奇妙な構図だった。
「…って……感じ」
「ではアキラさんとはまた擦れ違いなんですね?」
「…そう……いうこと?」
「そういうことなんです」
翠火達もダンジョンやクエストの他にも
「ナシロ君は翠火の髪好きなんだ?」
「…赤だし」
「ね、猫なのに赤がわかるんだ」
「…ナシロクラスに……なると…ね」
「……」
華はナシロの話についていけないのか、沈黙してしまう。そんな華を置いて首で高さを調節するナシロは、追うばかりで飛びかかったりはしない。それはこの首から上を動かさない奇妙な猫のいつもの行動だった。
「それではアキラさんに伝言を頼んでもいいですか?」
「…えぇ」
「すっごく嫌そうな顔して……ほんと器用な子ね」
「そう言わずにお願いします。大事なことなんです」
「…うぃ」
向けていた背を反転させ、真剣味を帯びた翠火の態度に渋々ナシロは頼みを聞き入れた。
「ここほんと寒い」
アキラはギルドで転移球を利用して越冬隧道サハニエンテがあるであろう近くに来ていた。氷で出来た山や地面はその圧倒する見た目とは裏腹に静謐な物だ。元は山岳地帯だったのがその凸凹した形状から推察出来るが、氷の中に土や岩が一切見当たらず、中は透き通って見えるものの光が届かない場所は見ることも出来ない闇が広がる。
「回りは雪が降ってるってのになんでここには雪が降らないんだ? 降られたら降られたで困るからいいんだけどさ」
上空からみれば中央に穴のあるドーナツに粉砂糖をまぶしたている光景が広がっている。不思議な天気を暢気に眺めていると、身体の感覚が鈍くなってきていることに気づく。
(寒さで手が……これじゃ本読むどころじゃないな)
と言うのも氷城で入手した氷の王子物語を読もうと開くも中身は白紙だった。新たに来たクエストで、越冬隧道サハニエンテ近辺から本の内容がわかると知る。
「ふふふ、こんなこともあろうかと買っておいて良かった。ちょっと高かったけど」
寒さを想定して購入した防寒ジャンパーを取り出す。下にはストライダーパンツという防寒を目的にした衣類も用意し、自身の動きを妨げない動きに不自由のない物を選んだ。これらは全てギルドのオークションで購入したために高く付いてしまったが、初めてのオークションの利用としては概ね満足している。
「大分寒さが和らぐけど、あれってオークションっていうよりフリーマーケットだよな」
オークションと聞いて想像していた会場は24時間いつでも足を運べる個室で、出品されている品物を選ぶだけというシンプルな物だった。普通に買うより値段設定は高額だが、欲しいときに欲しいものが手に入るのは非常に便利だ。
そして探索を始めてすぐ、自然に作られた氷山と言った方がしっくりくる程透き通る氷の山に辿り着く。
「なんか感動的だなこんな綺麗な氷始めて見……ん?」
完全に観光気分でグローブ越しに氷を触っていると奥に何かがあるような歪んだ景色が窺える。氷越しに見ているため見通しは悪いが、青緑赤の色は見えた。そのまま追いかけるように氷山を回っていると、近くで見なければわからない洞窟のような入口が見つかる。
「おっとと、こんなとこに入口?」
氷の透明度が高い弊害なのか、入口らしき場所はとても見え辛くなっている。アキラは誘われるように奥に見える何かを目指して入っていった。
【氷の王子物語】
今よりも遙か昔、王都が建国されてから間もない頃の話、この物語は一人のヒューマンが知恵と勇気を振り絞り、頼れる相棒と共に一国を救った話である。
~序章~
王都にある謁見の間、そこに一人の兵士が膝を着いて肩で息をする程深刻な様子で玉座に座る王様に報告をしていました。
兵士の状態から既に察していたのか、その報告を聞いた王様含め、重鎮達は重苦しい空気の中喋ることも出来ないようです。なぜなら彼らは兵士の言葉で王都に迫る脅威を理解してしまったのだから。
それは王都に迫る災厄についてでした。ヒューマンの国の近くに突如として雪が降り始め、それが周囲に広がるよう近づいてきているのです。この地は寒くても雪など滅多に降らない季候、その異常気象を調査した結果はなんと新しく発見されたダンジョンが原因だとわかりました。
沈痛な面持ちの重鎮達に王様は言います。
「これは神が与えし試練なのだ」
この時代のダンジョンは死地として恐れられ、周囲に影響を及ぼしその土地はダンジョンの性質と同一の物となり、その影響はいつまでも広がり続けると信じられていたのです。
それからというもの、王様は国の力を上げて生まれたばかりのダンジョンに挑みましたが、結果は明るくありません。近づくだけで精一杯であり、それでも強行した兵は二度と返っては来なかったのです。
そうして月日は流れ、日々広がる降雪は突如として異変を来します。中央の一部の降雪が止み、その空間を空けるように円形に猛吹雪が始まりました。遠目から見れば天使の輪と見紛うばかりのその景色は、踏み入った者を天に召す地として恐れられました。
そして広がり続ける天候は遂に人の住む地にまで及びます。山岳地帯は雪山に、生い茂る森は氷の彫刻に、村落は只の氷となりその猛威は留まる所を知らず、ヒューマンの生存を掛けた戦いは先の見えない暗い未来が広がるばかりでした。
「――それでこんな氷みたいな場所が出来たのか」
氷の王子物語の導入部分を読み終えたアキラが呟きながら周囲を本と重ねるように観察する。先程氷で出来た壁越しに見えていた物の正体は3頭身程の人形だった。
3体の色別に並んだ人形はそれぞれ青、緑、赤と別れている。それ以外には何も無いため手掛かりを探すため周囲を探すも空振りに終わってしまう。
「後は人形っと……どれどれ」
無造作青の人形をに手に取る。
【HELP】
難易度ノービスへ挑戦するにはレベルが28必要です。
※条件を満たしていないため挑戦出来ません。
「あぁ、これ難易度か」
突如視界に表示されたヘルプを見たアキラは、色ごとにダンジョンの難易度を現していることに気づく。アキラのレベルは現在25のため挑むことが出来ない。レベルの上がりようは下位だが、既にアキラはレベルを重要視していないため気にしない。
「そうだよな、ここまで来て色分けって言ったらこれしかないよな」
元々挑戦するつもりもないのか、特に気落ちせずに次の緑の人形を両手で持ち上げる。
【HELP】
難易度ジュニアへ挑戦するにはレベルが30を越え、主要装備を全てジュニアより上位のクラスにする必要があります。
※条件を満たしていないため挑戦出来ません。
「主要装備ってのはこれだよな」
ステータスを表示し、左右に装備一覧が別れて表示されている。左側には頭、胴、手、脚、足と表示されていて右側には首、腕、指と表示されている。
「どっちにしろ俺は入れないから関係ないんだけどな」
アキラの主要装備は手と足のみがシニアクラスで、頭は死転の面というレジェンドクラスの仮面装備だ。胴体には一応と言うのか、絶酸の肌着を身に着けているがこれは装備扱いにはなっていない。衣服に属する物は装備扱いにはされないようだ。
(オークションにはシューター用装備全然無いし、なんとか胴と脚の装備欲しいな、ここで手に入ればいいけど……それより俺ダンジョン入れるのか? そっちの方が心配だな)
無い物ねだりをする前に重要事項を確認するため、続いて赤い人形を持ち上げる。
【HELP】
難易度パイオニアへ挑戦するにはオルターがイド以上へ成長可能で、状態を維持出来る者。また、アニマが不足している場合は挑戦を推奨出来ません。一度でもダンジョンを難易度パイオニアでクリアされてからの挑戦を推奨します。
※条件を満たしています。台座に人形を設置してください。
「こっちはレベルも装備も制限が無いみたいだけど……その分」
呼気で肺の空気を入れ換えて覚悟を決める。それに呼応したわけではないのだが、タイミング良く奥の氷壁から小窓が開くと人形が置ける程度のスペースが用意されていた。これまでとは違う雰囲気を持つダンジョンを前に、アキラは今までとは全く状況の異なる心意気を持った自分を振り返ってしまう。
(最初は無理矢理パイオニアに挑まされたけど、今ではほんの少しだけど良かったんじゃないかって思える自分が居る)
人形を置けるスペースに近づきながら心の中で独白を続ける。
(パイオニアに挑んだせいか、確かに他のプレイヤーと比べて多少は俺自身も強くなってるかもしれない、でも今のままじゃ足りないんだ)
赤い人形を握り締め、始めてこの世界に来たときに味わった恐怖、出会ったプレイヤーの中で一番強いと感じたドワーフ、そしてそれすらも上回る未知の存在が居ることを示唆した氷城での出来事を思い返す。
(どんな相手に囲まれても切り抜けられるくらい、ガンダみたいな強い奴に勝てるくらい、何が起こっても自分で道を切り開くことが出来る“本当の力”が欲しい。どんな相手来ても俺が帰るのを邪魔させない程の……)
アキラは元の世界に戻ることを決して諦めないため、思いを薄れさせないため拳を握り締めて戒める。覚悟を決めて赤い人形を指定されたスペースに置くと小窓は閉じてしまうが、目の前の氷壁が縦に割れてアキラ一人分が通れる通路が出来上がる。
もしアキラを見る存在が居れば命の危険があるパイオニアを、一度二度ではなく三度も挑戦する。そんな蛮行に異を唱える者も居るだろう。我が身を危険にさらすアキラの攻略方針を理解出来ない者も居るだろう。多少は強くなってから改めて鍛えればいいのではないかと考える者も居るだろう。
だが、アキラはそんな暢気な考えでは間に合わないことを知っている。後悔先に立たずという言葉はアキラは身をもって味わっている。
危惧したことが起こってからでは遅いのだ。大切な人が死んだ後に後悔しても意味が無いのだ。何度自分に両親を助ける力があればと願ったことか。勿論絶対に後悔しない未来なんて有り得ないことはアキラでもわかっている。
今の時点でアキラは後悔している。この世界で出会った人達や不思議な動物に助け助けられた時もそうだ。自分にもっと力があればと思わずにはいられなかった。これまではそんな小さな後悔しかしてこなかったが故に、取り返しの付かない未来を考えれば気が気では無い。
(取り返しの付かない後悔だけは絶対にしたくない。する必要の無い後悔なんて無意味なだけだからな)
現実の世界よりも命の価値が軽いこの世界では、失敗出来ない場面はいずれはやってくる。「あの時頑張っていれば……」そんな無意味で取り返しの付かない後悔を
向かった入口の先は一歩目からアキラを驚かせる。
「え、これ雪か?」
足に伝わる最初の感覚は雪を踏みしめるときに味わう砂より柔らかい層を蹂躙する感触だった。隧道という名前から氷の洞窟を想像してい身としてはかなりの衝撃なのだろう。無意識に前へと進んでしまう。
「それにこれって吹雪? なんで外に出たんだ……」
後ろを振り返れば切り取られた空間が入ってきた入口の形だった。その証拠に青の人形と緑の人形が見える。この光景を見れば少し弱気になるだけで戻ることが出来るのを考えれば、まだ引き返せる段階なのだろう。
周囲を
「日和るな……行くぞ」
マップを表示すると意外なことに両サイドは描かれておらず、一本道となっている。
[D]越冬隧道サハニエンテ
選択難易度:パイオニア
※パイオニア用ゲートです。この難易度で挑む場合、以下の条件に同意したと見做します。
・制限時間の解除による時間遅滞の実施
・帰還ゲート位置の固定
・ダンジョン放棄による退出方法の使用不可
・
・
以上の条件に同意していただける方のみゲートをお通りください。
ゲート突入と同時に[D]越冬隧道サハニエンテを開始します。
少し歩けば若干懐かしい表示を目にしたアキラだったが、それは捨て置いて重要な人物がゲートの向こう側に居る。
「ロキ……」
「お久しぶりです」
日傘のような物を差したロキは露出している服装だが、寒さを気にもせずに微笑みながら会釈する。吹雪に曝される傘はなぜかしなりもしない。
「まだダンジョンは始まっていないのになんでお前がここに?」
「ここは既にダンジョン内、私が現れるのは至極当然のことだと思いませんこと?」
「お前が現れるのが当然ってのはちょっと違うけど……なんで開始前に来たんだ。いつもは入ってからだろ」
アキラはこれまでの傾向とパイオニアでしか現れなかったロキに告げる。
「いつもならそうです。しかしながら今回はパイオニアを選んだ貴方には入る前に忠告だけさせて頂に来ましたの」
「忠告?」
「前回は灼熱神殿エルグランデのパイオニアを選びませんでしたわよね?」
「……あ、ああ」
いつもと違って屹然とさせられるロキの雰囲気に悪気は無いとはいえ、速度を優先したアキラは悪いことをしても居ないのに若干気まずさを覚える。
「一つのダンジョンを飛ばしてのパイオニアは決してオススメ出来ません。前回のダンジョンへ戻るのがリスクを減らす意味ではベターですわ」
アキラは何も言えない。クロエが一緒だったとはいえ速度を優先した結果だったのだが、そのせいで戻れと言われるとは思わなかったため黙っていることしか出来ない。そんな唖然としたアキラを見ながらロキは続ける。
「なにもこれは意地悪で言っているのではありませんのよ? 言ってしまえば前回のダンジョンと今回のダンジョンでは難易度は別の意味で跳ね上がっています。均す意味でも……」
「そうか、だけどどうしてだ?」
「……なにがでしょう?」
アキラの主語の無い問いかけで言葉を遮る。言葉は足らないはずだがロキは理解しているのか、その言葉とは裏腹に表情から疑問は窺えない。
「お前がこんなに優しいわけ無いだろ」
「まっ! 失礼な殿方はもてませんことよ?」
「はぐらかすな」
「茶化してきたのは其方でしょうに……」
「え?」
「……もういいですわ」
アキラのペースに乗せられまいとロキは会話を打ち切る。
「冗談は置いといてダンジョンに入る前になんで忠告するんだ?」
「やっぱり冗談でしたのね。……まぁいいですわ、理由の一つとして貴方は自身が抱えている可能性の芽を潰さない為です」
「は? 可能性?」
突然アキラには縁の無い話に頭の中は疑問符で埋め尽くされてしまう。
「そもそもがダンジョンの最高難易度をクリアする者は極めて稀有な存在です。遙か昔前にクリアした者は居てもその者達は既に寿命を迎えてしまい、この世には居ません。現時点で数少ない制覇者である貴方を失うのはどうしても避けなければならないのです」
構わずロキが話し出す内容に付いていくのが精一杯だったが、ふと疑問を覚えた。
「待て待て俺が凄いのは元からわかってる」
「は、はぁ」
「にしてもだ、お前にどんな関係があるんだ?」
「それは……」
茶化した反応でロキが呆れて油断した時、核心に迫る疑問を突き付けた。アキラの言葉に返事をしようとするが、咄嗟の言葉が出てこない。そこへアキラが更に畳み掛ける。
「パイオニアをクリアする奴がかなり少ないってのはわかったよ。そんでその内の一人である俺に危ないからもっと段階を踏んでダンジョン攻略しろって言う。お前の目的はなんなんだ?」
「……」
「俺がこれからもダンジョンをクリアしていくことでお前にどんなメリットがあるんだ?」
「それを言う訳にはまいりません。まだ貴方はその領域に立っていないのです。理解も出来ないことでしょう」
「どうしてもか?」
「はい、どうしてもです」
「……そっか」
そういうとアキラはあっさりとパイオニアのゲートを越えてしまう。一度パイオニアが開始されればここから出る方法は二つのみ、生きて攻略するか、死をもってこの世から消えるかだ。
「なんてことを!」
「お前とは良い友達だと思ってるし忠告までしてくれてありがたい限りだ」
ロキはアキラを見て泣きそうな顔になる。まるで子供が大切にしていた宝物を目の前で叩き壊されてしまったかのような悲しい表情だ。
「でも俺には俺の歩き方がある。そこに立ち塞がるならそれ相応の理由は説明すべきだ」
「……酷く後悔しましてよ?」
「かもな、でもそれは後悔することになった時にでも言ってくれ。じゃ、
「はい、短い間でしたが……楽しかったです」
そう言うとロキは踵を返すと即その姿がフェードアウトして掻き消えてしまう。
「はは、まるで別れの言葉みたいだな……」
アキラとロキは小さな喧嘩のような仲違いをしてしまう。その若干冷えた空気とは別に現実は更に凍てついてくる。突如として吹雪が視界も開けないような猛吹雪に変わるのを感じ、この先もに待つ自分の未来は更に冷たくなるだろうことを、アキラは予感せずには居られない。。
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