第106話 シューター事情と小さな幸せ


「なーナシロ……そろそろ機嫌直してくれって」

「…愛護……団体に…訴える」

「アイゴ! ダイタイ、ウッタエル!」

「随分アバウトだな」


 氷城を後にしたアキラは、依頼を完了させホームへと帰ってきていた。時刻はまだ夕方には早い時間で、ホームは換算としている。天井の柱に隠れていたナシロをメラニーが引っ掴んでアキラの元に来たのだが、ナシロは猫なのに頬を膨らませてブスッとした表情をしていた。


「ごめんって」

「…ツーン」

「ほっぺたすごいな、ってか膨らみすぎじゃね?」


 膨らませた頬はどう考えても顔より大きく、猫の口でどうやっているのか好奇心に負けたアキラはナシロのパンパン膨らんだ頬を優しく突く。


「…やめれ」

「あ」


 突く指を尻尾ではたき、首を反対方向へと向けた。顔を覗き込もうとすれば、今度は覗き込んだ反対方向にナシロは顔を背ける。猫らしく身体が柔らかいのが見て取れる見事な180度の旋回だ。そしてナシロの頭上に居るメラニーは、ナシロの真似をして首を回すと一周回ってアキラの方へと顔が向いてしまう。


「……メラニー」

「ツーン!」


 メラニーはナシロの真似をしているのだが、目がバッチリ合っている。


「ほら遅かったのは謝るからさ……よしよし」

『ナァ』


 ナシロの首の後ろを摘まんで肩に掛けると、その背中を優しくさする。いつも不貞不貞しいナシロだが、この時ばかりは静かに嬉しそうな鳴き声を上げる。前回もそうだが、アキラは挨拶程度であまりナシロとメラニーに構ってやれなかった。


(こいつらにも意思はあるのにな……)


 ナシロが少し動き、ポジションを調整すると完全に動かなくなる。そしてメラニーはナシロとは反対の肩に乗り、アキラの仮面を突いて抗議している。


「オソメ、ダメ!」

「ごめんな」


 優しく笑いながら見えないメラニーを適当に触れ、顎の辺りをくすぐるように撫でる。小さな足を折りたたんで首を埋め、落ち着き始めた二匹を両肩に置いて暫く……。


(あれ、こいつら寝てんのか?)


 位置的にナシロの顔もメラニーの顔も見えないが、黙ったまま動く気配が微塵も無いことに気がつく。


(ま、たまにはゆっくりしてもいいか……)




(いや動けないじゃん)


 すぐに一切の身動きが取れないことにアキラは気がつく。動物はとても鋭敏な感覚を持つ生き物だ。安心出来る人物の傍で寝ることは出来てもほんの少しの動きで目が覚めてしまうことがある。中には例外も居るが、それを確かめるために起こすのは可哀想だとアキラは思ってしまう。


「君、ちょっといいかい?」


 そんなアキラに助け船ではないが、話しかけてくる人物が居た。


「……」


 正直な所丁度いいタイミングだが、起こしたくない気持ちが勝るアキラは口に指を当て、静かにと合図を出した。ナシロとメラニーを指さして再び静かにとジェスチャーをする。話しかけてきたエルフの男はアキラの様子から状況を察したのか、大袈裟に頷きながら引き返していった。


 戻っていったエルフは、一人の人物が居る所へと親しげに戻ちながら告げる。


「ダメだったよ……猫と雀が寝てるから静かにだって」

「え、あの猫目開いてんぞ?」

「雀の方は本当に寝てるようだったからね、引き返したよ」

「そりゃ仕方ないか、機嫌損ねたらそれこそだもんな」

「だね、多分あの人が例の・・シューターだよ」


 遠くからでも会話は拾えるが、あまりホームに居ない自分がどうして注目を受けているのかがわからない。


(ま、いっか。さてと、なんか暇潰しになる物あるかなっと……)


 考えていてもわからないとアキラはニュースを見ることにした。



【※重要※ 大規模クエスト募集開始】

【シューター騒動のまとめと注意喚起】

【今日のお面美女[告知有り]】

【犯罪をしたら罪都ザイトへ送還!】

【ユニゾンやシンクロの研究報告】

【エゴ習得方法(未確認)】

【[定期]PK問題】

【仮面を付けたプレイヤー情報】

【野球試合会場候補案】

     ・

     ・

     ・


(なんかツッコミ所多いな……)


 時間もあるため、アキラは【シューター不足と注意喚起】の記事を読むことにした。



【シューター騒動のまとめと注意喚起】

これまでに起こった騒動の要点だけを纏めて記載する。尚、この記事は記事作成者が主観によって集めた情報が元になっているが、内容の要点や考察は誹謗中傷を目的にはしておらず、この記事によって発生するいかなる責任も記事作成者は負わない。



(責任は自分で取れってことか、流れだけでも知りたかったから助かる)



■シューター騒動

・一部の未プレイユーザーが集めた事前情報が発端となり、シューターがパーティから敬遠される事態が発生する。

・それでもパーティを組んだシューターは、かなりの確率で同士討ちフレンドリーファイアによる一次被害、二次被害が発生する。ブレイブやウィザードにも問題点はあるが、シューター程深刻では無い。この件を重く見たギルド側は、一部の地域では依頼に制限を掛ける原因となる。

・結果的にシューターは種族問わず敬遠されたるようになり、ソロやシューター同士で組むことが増えてしまうが、それが発端となって大多数のシューターが行方不明となる。



(行方不明者って……)



・先の内容によりシューターが排斥される運びになりつつあったが、一部のプレイヤーが【UNION WAR】によりシューターの有用性を発見する。それはパーティーボーナスと呼べる物で、シューターが居た場合はクリティカル発生率が約2割だが伸びることが判明した。(提供:ユニオン【データ検証部】)

・データ収集でおなじみのデータ検証部が公表した事実が影響し、今度は深刻なシューター不足に陥る。

・近々発生する大規模クエストの準備を進める者達は、シューター確保のため非正規の手段に訴える者まで出始めた。

・上記の非正規手段に訴えた者は最終的に一人のプレイヤーに深刻な被害が出たため、問題を起こしたそのプレイヤーは罪都送りになり、以後強引な手段で勧誘することは目に見えて減っている。


以上が、現在まで判明している騒動のまとめとなる。



(なるほど、シューターいらねって先走った奴らとそのせいで孤立したシューターの起こした問題で変に勢い付いたってことかな……俺殆どダンジョンとかアニマ修練場に居たから全然わからなかったからこういうのは助かる)


 アキラは記事のページをスクロールして続きを読んでいく。



■現在浮き彫りになっている問題点

既にかなりのシューターが職人へ移行してしまい、行方不明も相まって壊滅的にシューターの数が減ってしまった。

パーティーを組むメリットとして、火力問題は無視出来ない物であり、フレンドリーファイアも攻略トップ層のシューター曰く「味方に当てるのはただの練習不足」らしい。


他の上位層のシューターも似たような回答をしていることから、この世界で鍛えればブレイブやウィザード同様、我々の世界以上に自身の力となって返ってくる。アニマ修練場のような特殊な環境でシューターとしての腕を磨けば更にその効果は顕著に表れるだろう。



(鍛えれば鍛えただけ身につくんだよな、やっぱそこら辺はゲームみたいだ。でも勘違いしちゃいけない、このゲームは命懸けだ。一つ一つ進めなくちゃな。重要な場面で一つでも間違えれば命は無い……重要なときに力が無いと嘆いても遅いんだ)


 アキラは両親の事故とこの世界に来て最初に死にかけたこと、この運命に関して本人は何一つ落ち度はない。防ぐ方法があったにはあったが、それも事前に車で出かけないことやソウルオルターのゲームで遊ばないといった、有り得ない方法のみだ。人は降ってくる隕石を気にして外出を控えたりはしない。例えそれが降ってき誰も本気で自分に当たるとは考えない。


 結果的に今その時をどう生きるかが重要で、理不尽な未来はその積み重ねた物を武器に立ち向かうしかないのだ。アキラは胸中改め、自身の進むべき道を改めて決める。


(よし、続きを読むか)



話は逸れたが、問題点はシューターの人数不足だけに留まらない。シューターに対してPKを匂わせることで脅して無理矢理従わせたり、パーティボーナスのみを得るためパーティに入れるだけで何も経験を積ませない等、かなりのトラブルが頻発している。


現在は罪都ザイトの存在が周知され、そのような問題はなりを潜めているが消えたわけでは無い。プレイヤー同士がモラルを守ってシューターの勧誘をして欲しいと考える。誰も罪都の檻の向こう側へは行きたくはない筈だ。


記事作成者 名無しのシューター



(PKってプレイヤーキルだったっけ? そんなこと……って俺もガンダってドワーフに殺されかかったんだよな)


 正確にはPKプレイヤーキラーと言い、オンラインゲームで他プレイヤーを倒すことを目的にしたプレイヤーのことを指す。この世界はゲームに近いため、人が人を殺すという行為を大多数のプレイヤーがPKと呼称している。また、PKプレイヤーキラーを専門にキルする者をPKKとも言うが、どちらにしろこの世界に居る間は近づきたくは無い存在だ。


 通常現実で殺人を犯した者をPKとは誰も呼ばない。ゲーム用語を使用しているのは呼称しやすいという面もあるのかもしれないが、死体が残らないのも現実感の喪失に一役買っている。もしかするとここクロスをゲーム感覚で居るプレイヤーが少なからず居るのかもしれない。


(まぁ今はいっか、パーティボーナスとか色々あるんだな……多分俺には“まだ”関係無いだろうけど覚えておいて損は無い)


 一通りニュースを見終わると、肩から蠢く気配があった。


「ンナ……ナシロ…寝てない」

「まだなんも言ってないぞ」

「…おぅふ」

「ヌ! メラニーネテル!」

「お前もだろ? 後“寝てた”な」

「ソウ! ネテル!」

「言えてないじゃん」

「?」


 寝ていたメラニーも目を覚まして惚けたやり取りをするが、アキラの言っていることがメラニーには理解出来ないらしい。アキラはメラニーに指を向けるとそこに飛び乗る。


「お前はそのままで居てくれよな」

「マカセテ!」


 首を傾げる可愛らしい仕草と、元気よく返事するメラニーに癒やされたアキラは、そろそろホームへ帰ろうかと腰を上げようとしたら先程のエルフが再び話しかけてきた。


「その子達は起きたかな?」

「あぁ、さっきの」

「ちょっと話を聞いてもらってもいいかい?」

「まぁ時間かからないなら」

「2、3分で済むさ」

「あいよ」

「ありがとう」


 話を聞くため姿勢を整える。エルフの男性はアキラの対面側の席に着席した。


「僕はジローだ。5人と小規模だがパーティを組んでる」


 ジローと名乗るエルフはそれなりの美形だが、元は日本人であろう面影がある。


「え、その見た目で?」

「……こんな事態を想定し出来ていたらもう少し違う名前にしたさ」


 彼もこの世界に来た被害者なのだ。クロスに来たプレイヤー達の見た目はこの世界の種族に引っ張られている。そのせいか、元の世界とは似ても似つかない西洋風の顔だったり動物顔だったりと様々だが、本人の面影は多少残っている。


「本名は名乗らないのか?」

「この世界は現実でも元はゲームだからね。暗黙のルールと言えばいいのか、キャラクターネームを名乗るのが主流なんだ」

「へぇ~、俺はアキラだ。話って?」

「ああ、アキラと呼ばせてもらうね」


 アキラが俺はジローだなと返してエルフのジローは本題へと入った。


「実は“シューター”を探していてね。アキラを僕達のパーティへと勧誘したいんだ」

「勧誘? 俺を?」

「うん」

「ってかなんで俺がシューターだってわかったんだ? 初対面だよな?」

「それは……そうだ、君はニュースを見てるかい?」

「時々なら」

「今のニュースに載ってる記事に【仮面を付けたプレイヤー情報】があるんだ。そこに君の情報も載っていてね」

「なるほど」

(そういえばそんなニッチな記事もあったな)


 自身が仮面を付けているため然程興味を惹かれていなかった記事だが、ジローの言葉で若干好奇心が沸いてくる。


「ちょっと確認させてもらっても?」

「君がいいなら構わないよ」


 了解を取るとアキラは自分とナシロとメラニーが映っている写真を見つける。



名称:アキラ

呼称:No.5

・銃のオルターを使用しているため、遠距離シューターの線が濃厚。

・意思を持ったペットをホームに放し飼いしている。

・ホームに居る頻度が極端に少ないため、エンカウント率は低い。

・シューター(と思われる)だが近接もある程度こなせるようで、No.3とのPvPで勝利している。その際、イドを使用。

・他にもいくつか騒動を起こすが、関係者に確認した所、騒動の原因はNo.5に直接的な起因が無い可能性が高い。

・No.5とは常識的に接すれば何の問題も無いとのことだが注意するに越したことは無い。No.1はレベルと強さが釣り合っていないため、接触するプレイヤーは注意すること。



「放し飼いにはしてないしエンカウントって……まぁいっかNo.3って?」

「ユニオン【リターナ】の翠火さんのことだよ、あの記事は仮面を付けてる人に番号を振ってるんだ。名前がわからない人も居るから混乱しないようにしてるらしいよ」

「へぇ、それじゃなんでシューターを積極的に募集してるんだ?」


 概ね知りたいことが聞けたアキラは本題に入る。


「これもニュースに載ってることなんだけど――」

「――そういうことか」


 ジローから語られた内容はアキラがニュースの内容がそのまま波及した物だった。


「パーティは集合都市テラを中心に活動してるんだけど、未だに誰も【エゴ】には到達出来ないんだ。だからそれに頼らず、パーティボーナスと戦力が保証されてる君に是非来て欲しいんだ」

「おいおい、戦力が保証されてるって……おだてても何も出ないぞ?」


 褒められて悪い気はしないのか、アキラは嬉しそうに返す。


「どうかな?」

「気持ちは嬉しいけど、俺はまだ越冬隧道サハニエンテをクリアしてないんだよ」

「……え?」

「いや、そんな驚かれても……」

「あ、いや、すまない」


 なぜかサハニエンテをクリアしていないと告げるだけでジローはしどろもどろになる。


「なんか悪いこと言った?」

「えっと、結構時間も経ってるからサハニエンテは越えていると思っていてね」

「……クリアしてないとなんかおかしいのか?」

「サハニエンテは集合都市テラまでのダンジョンで最難関と言われているんだ。道中はそうでもないんだけど、ボスで多くの死者を出しているらしい。僕達が挑んだときは皆死にかけたし、正直二度と戦いたいとは思えない相手だったよ。正直手伝ってあげたいけど……」


 そんなジローにアキラは気にした風も無く告げる。


「まぁ気にするなって、ただそういうことだからパーティの件は諦めてくれ」

「……そうするよ」


 残念に思いながらもジローは勧誘を諦める。






「おーうどうしたジローってその顔見ればわかるぞ、ダメだったんだな」

「ああ」

「お目当てのシューターだったのにダメだったのか。で、理由は?」

「彼はまだサハニエンテを越えてないそうなんだ」

「あぁ……ダメじゃん。俺はもうあんな死にそうな目に合うのは御免だぞ」

「だからダメだよ。はぁ」


 疲れたように溜息を吐くジローに対して、同じパーティと仲間が笑顔で一つの提案をする。


「そのシューターがサハニエンテ越えたらまた声かければいいんじゃないか」

「ふぅ、無理に決まってるだろ?」

「何がダメなんだよ?」

「普通に考えなって、彼はこれから僕達が行きたくないダンジョンへ行くんだ。難しいとわかっているのに手伝いもせず、サハニエンテを越えて危険が去ったと見て『パーティに入らないか?』と勧誘する。君が同じ立場ならどうする?」

「んー、なに都合のいいこと言ってんだ! って言いながら殴る」

「そういうことだよ」

「あ」

「だから君は脳筋って言われるんだ、考える頭があるのに考えないのは本当にどうかと思うよ? サハニエンテの時だって……」

「あーもーわかったって! 俺が悪かったよ!」


 ジローは溜息を吐きながら地力を上げる方向へ模索することにした。






「なぁナシロ」

「…ん」

「お前らって外出れないのか?」


 アキラはホームのベッドで、ナシロと向かい合う形で離している。メラニーはナシロの頭の上で毛並みをならして自身のポジションを確保していた。


「…すーにも……聞かれた」

「なんだすーって」

「…あれ……キツネ…お面の」

「ああ翠火さんね」

「…ナシロには……とても…とても」

「ナシロ、スーカッテ、イエナイ!」

「お、おう」


 ナシロはただ面倒くさがっているだけなのだが、メラニーは自分が言えていないことに気づいていないらしい。アキラはなんとなくその状況を察して話題を戻す。


「で」

「…うむ……ヘルプさ…あ、システムじゃ……無理だ…ナシロが、動くしか」


 以前より口数の増えたナシロが面倒くさがりながらも以前あったやり取りを教えてくれる。


「へぇ~それじゃ聞くけど、ナシロとメラニーは外に出たいのか?」

「…無理」

「メラニー! タノシケレバイイ!」

「無理とはなんだ無理とは、メラニーは外がどんなのかわかってなさそうだし……」


 要領を得ないナシロとメラニーだが、こんなたわいない会話が嬉しいのだろう。ナシロの両前足をアキラが握って好き放題に軽く動かし、メラニーはナシロの頭の上で円形にならしたベストポジションから落ちないように踏ん張っている。


 何の生産性もない行動だが、なぜか止めようとはしないアキラの表情は仮面で隠れているため窺えない。しかし、仮面から覗く開いた口元は優しげに緩んでいる。傍から見れば、誰もが望む幸せをアキラは味わっているのかもしれない。

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