第105話 氷城の主


 腕を伝った一滴ひとしずくの血液が肌から流れ落ち、氷の床に当たる。しかし、そう見えたのは滴の形をしたかたまりのようで、落ちた時に聞こえた硬質な音はとても人の身体から出たとは思えない。


(身体が重い)


 それでも今は気の抜けない危機に直面しているアキラは、動くのを止めるわけにはいかない。一瞬でも気を抜けば二度と元の集中力は戻ってこないため、慎重に行動する。


(寒すぎて身体の感覚も無い)


 寒さで震える身を縮込ませることもできず、四肢の感覚も奪われている。身体から流れ出る血が凍っていようとも、静かにゆっくりとだが前へと進むことしか出来ない。


 その動きに合わせているのか、無数に浮かぶシャボン玉・・・・・が、アキラを掠めるように通り過ぎていく。静かに動く度、傷口に張り付く凍った血液がかさぶたを剥がすように痛みを与えてくる。


 このシャボン玉は霊鳥ペリメウスが気温の調節を終えてから使用してきた魔法だ。そのせいで気温も既にマイナスの領域に足を踏み入れていて、肌に張り付く汗と血潮は即座に凍り付いてしまう。


(後少し……)


 アキラは薄皮一枚引っ張られ、裂けるような痛みを感じているが気にしてはいられない。だが、不意にアキラは通り過ぎるシャボン玉に当たるのを防ぐため、身体の動きを一瞬止めてしまう。


「しまっ!」


 掛け声と同時にアキラの身体が凍り付き始め、それを合図にシャボン玉もアキラの近い所から順に凍り出す。次々に斑模様を浮かべながら急速に落下するシャボン玉は不気味で、その静けさと現象は嫌悪感すら感じる。


(くっそ! シャボン玉が一番少ない所は……あそこだな、また離れるのかよ!)


 ペリメウスが翼を広げている。ペリメウスの周囲はシャボン玉が存在しないが、こちらに来れば攻撃すると、翼を広げて威嚇してくるせいで近づけない。距離を取ったアキラは落ちたシャボン玉に備える。


(また氷の栗かよ!)


 そして、全てのシャボン玉が凍りながら地面に落下したと同時に、アキラが名付けた氷の栗がその現象を露わにする。


 落下していた一つのシャボン玉が突如弾け、鋭く細い針のような氷が弾けた場所から周囲へ、まるで木に生る栗の外皮のような形を一瞬で成形する。


「っつぅ……」


 なるべく氷の栗が出来る前に被害が一番少ない所へと避難したアキラだったが、氷の栗は一つではなくシャボン玉全てがそうなのだ。あまりの数に、急所を避けて避けることしか出来ず、腕や足に刺さる物は無視せざるを得ない。


 今まで単一な攻撃は避けれるアキラでも、範囲型の攻撃は今ひとつ対処に困窮しているようだ。そしてすぐに氷の栗は霧散するように消えていく。


(いてぇ、すぐ次が来るんだ……切り替えろ。身体を常に動かすのを忘れるな!)


 現在のエリアは寒いだけで無く、アキラに一つのデバフも付与されていた。視界の隅に[凍結]と表示されたこのデバフは、動きを止めている間に身体が凍り付く効果がある。


 このシャボン玉もアキラが凍り始めたのを機に凍る性質があるらしく、どうにか止まらずにペリメウスの元へと辿り着かなければならない。


『我の元へ辿り着くか、その身を散らすまで続けましょう【スターフロスト】』

「絶対にそのつらぶん殴ってやるからな……」


 アキラの事情などお構いなく、また周囲にシャボン玉が展開される。急に動いてシャボン玉を割っても先程の状況を再現してしまい、止まってしまってもアウトだ。静かに流れるシャボン玉に触れないよう、かつ止まらないようにゆっくりとアキラは太極拳のように慣れないゆっくりとした動作を繰り返す。


 氷の栗、スターフロストで負った傷から流れ出た血は既に凍っている。


「負けるか、たかが鳥に……負けてたまるか」


 静かに呟くアキラは霊鳥ペリメウスが、なぜすぐに勝負を決めに来ないのかを悩みつつも、その状況に感謝するという複雑な思いを抱きながらも、相手をただの鳥扱いする挑発とも取れる言動はいつも通り健在だった。




 その頃、氷城の最上階では人の形をしている奇妙な物が氷の棺に入っている。今までこの階に来た者は、その棺で眠っている“者”と霊鳥ペリメウスに限る。なぜならこの氷城の最上階は階段やエレベーター、転移装置等の移動手段が存在せず、空でも飛ばない限り辿り着くことが出来ない致命的欠陥を抱えた場所にあるからだ。


 かといってそのような場所に価値のある物が置いてあるわけでもない。ただ人の形をした彫刻が眠っているように見えるだけだ。そして、奇妙なことに眠っている彫刻は規則正しく身体が寝息で動いている。


『……ォン』


 遠くから地響きのような音が最上階にまで届き、誰が見ても美男子とわかる容姿をした彫刻の寝息が不意に止まる。目を閉じたまま氷で出来た整った顔立ちだが、人のようにその表情が動く。


 未だ嘗て最上階へ訪れた者は居らず、これからもここを訪れる者は居ないだろう。ただ氷の棺に入っている存在の目覚めは近い。




『ま、まさかシューターが我にここまでの傷を付けるヒューマンが居るとは!』

「ハァー、ハァー……に、人間なめんなよ!」


 霊鳥ペリメウスは片翼を根元から断たれ、片やヒューマンのアキラは息も絶え絶えで全身傷だらけである。


『我の誘導を逆手に取ったことは褒めましょう』


 シャボン玉の群から抜けたアキラは、ペリメウスへ辿り着くための道筋が見えた瞬間、ヴィシュで【賦活】と【クイックII】を使用した。観戦を気取ったペリメウスは、シューターのアキラが急速に接近して来るとは考えてなかったらしく、最初と同じように自身の姿を鏡に映したデコイで対応しようと行動する。


(奴が何をやってくるかさえわかっていれば、これくらい当然だ。にしても寒さのせいか? 息が全然整わない)


 急接近したペリメウスの囮を攻撃せず・・・・壁を蹴る要領で背後へと飛ぶために利用する。アキラはいつの間にか接近していたペリメウスの翼に取り付いた。同じ行動を反射的にしてしまったせいか、猛禽類のような鋭い顔をしかめながらアキラが視界から消えるのを見ることしか出来なかった結果、インパクトドライブを片翼に食らってしまった。


『加減をしていたのは我だけでは無かった……ということですね。ならば我も本気を出させていただきましょう』

(くっそ! い、息が……)


 動いていない筈のアキラの呼吸は、整うどころか呼吸の回数が増えてしまっている。いつの間にか[凍結]のデバフも消滅していた。


「ハァ、ハァ、な、なんだ?」


 ペリメウスの雰囲気が突如として変化する。漏れ出ていた冷気は突如消え去り、周囲の明るさは濃く暗い青に変化し、なぜか氷で出来ているこの城の氷すら凍りつかせるようにペリメウスを中心に氷が出来はじめている。


 静かに怒り、本来の目的を忘れてしまっていたペリメウスが呟く。


『フェノメ……』






「ペリメウス! そこまでだ」

『!』


 氷の世界すら凍り付かせる何かを仕掛け終える直前、突如として凜々しい青年のような声が通る。それと同時に、ペリメウスは動揺を抑えながらやろうとしていた何かを中止した。これだけで、より上位の存在が来たことは想像に難くない。


『申し訳ありません、我が主』


 冷静になっているのか、ペリメウスは気負うこと無く謝罪の言葉を述べて頭を垂れる。


「な、何が……」


 酸欠気味で朦朧とした視界となったアキラは声が聞こえる上空を見上げる。そこには芸術とも思える氷の彫刻が静かに降りてくる。重量の影響を殆ど受けていないような落ち方は、ワイヤーか何かで吊されているのではないのか? とアキラが映画の小道具を思い浮かべていた。


『我が主、お目覚めになったのですね』

「あれほどうるさければ流石にな、重ねてお前の動揺も伝わればイヤでも目覚めると言う物だ」

『お見苦しい所をお見せ致しました』

(あれが、ここの……氷城の王)


 再びこうべを垂れるペリメウスの片翼を見た氷城の主と思しき人物が、おもむろに氷で出来た手を向けると、一瞬で水晶のような輝きと共に翼が綺麗に生え揃う。


(ふざけんなっ!)


 当然アキラからすれば面白くない。漸く相手に与えた致命傷が無くなってしまったのだ。


『ありがとうございます』

「気にするな、そこのヒューマン」

「!」


 アキラは臨戦態勢を取る。翼を折角破壊したと思えば一瞬で元に戻されてしまったのだ。朦朧としていても警戒を怠るわけにはいかない。冷静で居られなくなっているアキラだが、一人ではそれも気づけなかった。


「落ち着け、戦うつもりは無い。……そうだな、まずはここの環境を戻そう。ペリメウス」

『ハッ』


 瞬間、最初に訪れたのと同じただの氷で出来た謁見の間になり、呼吸も楽になってくる。その時初めて氷城の主を見た。氷の彫刻のような相手だが、その容姿は彫刻とは言えない程になめらかに動く。氷のような硬質にも見える肌は自然に動いているように見えてしまう。


「私はこの氷城と呼ばれた城の……家主と言った所か」

『我が主、貴方様はこの地の王なのです。家感覚で扱わないでください』

「普段は寝ているだけだ、実感もないのでは家と変わらんと思うのだがな」

『……』


 ペリメウスと同じでその瞳には色が無く、白一色だ。だが不気味さも感じないこのやり取りでアキラも大分落ち着いたのか、まだ若干荒い呼吸を落ち着けながら疑問をぶつける。


「ど、どうして……だ?」


 この一言には多分な疑問が含まれているが、氷城の主は敵対する気が無い部分だと考えて返事を返す。


「私は元から敵対する気が無い、と言ってもわからないか。そもそもが、このペリメウスが調子に乗ってしまったのが原因なのだ」

『……』


 霊鳥ペリメウスを見やるとアキラを見ずに顔を何も無い方向へと気まずげに逸らしている。HPバーが既に見えなくなっており、マップのアイコンも青になっているため戦闘をする気が無いようだ。


(なんだこの鳥、やたら人間くさいぞ。あ……あいつらにはすぐ帰るって言ったのにそのままこっちに来ちまった……ま、まぁ大丈夫だろ)


 どこかの猫と雀を思い出したアキラは、若干心にゆとりが出来、別の意味で焦り始める。そんなアキラを置いて氷城の主は話を続ける。


ペリメウスこいつの役目はここまで来た者の力を見定めること、相手を追い詰めることはあっても殺したりはしないのだ。本来ならな」

「ちょっと待てよ、追い詰められるのはわかったけど殺したりはしないってなんだ? 殺されそうにはなったけど、俺は死んでないぞ?」


 今まで攻勢を凌いできたアキラからすればこの発言は納得がいかない。


「細かいことを気にするのだな……あと少し止めるが遅ければ、命は無かった筈なのだがな」

「……」


 アキラは特に命の危機を感じてはいなかった。これからペリメウスが何かを仕掛けてくるとは気づいていても、特に危険は感じていなかったのだ。死に直結する事柄は自然と反応出来るようになっているアキラは、半信半疑に氷城の主が続ける言葉に耳を傾ける。


「話を続けるぞ? 本来相手の力量を確かめたらそれで終わる筈なのだ。にも関わらず、こいつは本気を出そうとしていた。今までそんなことは同格の相手以外には無かった筈なのだがな」


 アキラから視線をペリメウスに切り替える。


『……』

「先程から黙っているが、大方お前は本気を出してもいい相手と感じたのかもしれない。だが明らかにあれ・・は度が過ぎるぞ」

『申し訳ございません。手傷を負うのが久々だったので血が騒いでしまい……』

「お前の戦闘スタイルを考えれば、そもそもが攻撃を食らうこと自体負けたような物だろう」

(お前に血は通ってないだろ)


 落ち着き始めたアキラは冗談めかしてペリメウスにここの中でツッコミを入れる。


『はい。ですが、ここに来た者で掠り傷は負っても手傷を負ったことはありませんでした。我は見たくなったのです。どのような攻撃を仕掛けても食い下がり、未知の攻撃から反撃までしてくる。そして何より、我が何をしてもこの者の目は何一つブレることが無かったのです。もしかしたらあれ・・をも超えるのではと……』


 氷城の主は瞳孔の見えない白い双眸を閉じ、考えをまとめたのか、再びペリメウスに視線を向ける。


「お前の考えはわかった。だが、この者の魂魄はどう見てもあれを打ち破ることは叶うまい。もし打ち破れる可能性があるのなら、その芽を摘み取る行動は慎むべきなのだ」

『失礼しました』

「よい。済まないな、そこのヒューマン」

「ん? あ、ああ」


 空返事をするアキラは、主語の抜けた氷城の主とペリメウスの会話に困惑しつつも、間に入れず待つしか出来ない。


「詫びというわけでは無いが、これを受け取るといい」


 そう言って投げて寄越したのは一つの指輪だった。


「冷たくないな、これ」


 受け取った指輪は氷をイメージした造りをしているが、冷たくも無ければ溶けもしない。金属特有の感触も無い。近い感覚で言えば硬質なプラスチックだろう。


「ペリメウスの認める相手だ、より強さを欲さんとするならばその指輪は助けになるだろう。身に着けておくと良い」

「あ、ありがとう」

「うむ、久々に起きたのだ。ペリメウス、行くぞ」

『はい、我が主』


 そのまま行こうとする氷城の主と、ペリメウスだがアキラからすればそうはいかない。


「ま、待ってくれ! 氷の王子物語!」

『……』

「お前絶対忘れてただろ」

『力なき者よ、其方そなたは耐えるべき試練に打ち勝ったのです』

「おい聞けよ」

『さぁ、これを受け取りなさい』


 本来であれば出るべき口上なのだろう。両翼を広げて何かをする雰囲気を出すが、何も起こらないし現れない。


「……」

『……』

「……」




「早くくれよ」


 場を沈黙が支配した中、最初に痺れを切らしたのは当然アキラだ。


『我が主、本が出てきません』

「……私が来たからだな、手渡しで済まないが受け取るがよい」


 氷城の主が手のひらを返すと、そこに氷をモチーフにしたカバーに包まれた本が落ちてくる。


「あ、ども」


 アキラもどうやったか気にはなるが、自然に受け取ってしまう。言葉遣いに対してかなり抜けている所があるペリメウスには目もくれず質問する。


「ちょっと聞いても良いか?」

「ああ、構わんぞ。急ぐことでもないのでな」

「失礼な聞き方だけどさ、あんた魔物なのか?」

『我が主になんてことを、本当に失礼な奴ですね』

「なんちゃってボスは静かにしてくれよ」

『ヒュルロロロォ!』


 ペリメウスの威嚇の鳴き声がするが、アキラは無反応だ。


「そうだな、このような姿であればそう思うのも仕方が無いのかもしれないな」


 全身が氷で出来ているその姿は、どこからどう見ても魔人所か人にさえ見えない。氷城の主は自身の手のひらを見つめ、小さく溜息を吐いてアキラを見据える。


「私は“元々ヒューマン”だったのだ」

「……」

「今は私自身、どのような存在なのかはわかってはいないが、この姿は一つの到達点と言える物だ」

「到達点?」

「全ての種族には“深化しんか”と呼ぶべき段階が存在する」

「深化……」

「これは、圧倒的脅威に対向するため至った境地の一つだ。この深化を行うことで、種族によってはより強い力を手にすることが出来る」

「エルグランデにあったあれか?」


 アキラの言葉に氷城の主は少し考える素振りをした後、思い出したように話を続ける。


「そうだ、深化とは各種族の特徴が色濃くあらわれることをいうのだ。詳細は省くが、私のこの姿は深化を超え、更なるその先を望んだ結果……とだけ言っておこう」

「俺もあんたみたいになるのか?」

「……それはお前次第だ。出来れば私のようにはならない方がいいということくらいか」

「?」


 これ以上は語るつもりは無いのか、深化についてはこれ以上聞けなくなる。


「それじゃさっき言ってた“あれ”ってなんだ?」

「フム……君には縁の無い話と捨て置きたいが、ペリメウスが認める程だ。ヒントはやろう」

「ヒントって……」

「詳しく説明してその存在を知ることは出来ても、その身に受けるまで理解することは出来ないだろう。だからヒントだ。そして軽々しく使う物でもない、ましてや君ら“地球の生命”には決して扱えない。“世界クロス”の住人の一部が扱える奇跡だ」

「!」


 魂魄という単語やアキラを地球の生命と告げることから、明らかに何らかの事情を知っている存在だとわかる。あのことにアキラが内心驚いていると、氷城の主は言葉を続けた。


「もしもこの先にその奇跡・・使用する者と相対するなら、肝に銘じておけ……今の君では何も出来ずにただ見ているだけで終わることになる。魂魄を鍛えれば抗うことは出来るが、裏を返せばそれしか出来ないのだ。この世界はヒューマンに……いや、地球の生命には非常に厳しい現実がこの未来さきには待ち受けているのだ」


 告げられる内容があまりにも突拍子で、アキラはその言葉を受け入れるだけで精一杯だった。


「そうだ! なんであんたは地球の……っ」


 更にアキラが質問を重ねようとした所で、ペリメウスが透き通った綺麗な翼で間を遮る。


『我が主は優しい、それ故に其方の聞きたいことに全て答えられてしまうだろう。だが、それにはあまりにも都合が良すぎるのではないか?』

「……お前は、俺を」

『だとしてもです。これ以上の譲歩は必要を感じません』


 アキラも聞いたこと全てに答えてもらえるとは思っていない。そしてこれ以上の情報を聞き出そうとすると、ペリメウスが本格的に邪魔をしてくるだろう。


「フム、では行くぞ」

『はい、我が主』

「……最後に一ついいか?」

『其方、我の話を聞いていましたか?』

「よいペリメウス、聞こう」

「名前を教えてくれないか? 俺はアキラ、元の世界に戻るために奮闘する地球の生命って奴だ」


 その言葉に、多少の毒牙を抜かれたペリメウスはくちばしを半開きにしている。それが面白かったのか、氷城の主はペリメウスの翼を撫でて正気に戻してやる。


「クク、落ち着いたかペリメウス?」

『失礼しました』

「名乗られたからには返さなければな。私の名はゼフト、古の地の一部を領地に持つ氷城の王だ」

「ゼフトか、指輪ありがとな」

「気にするな、それではペリメウス行くぞ」

『はっ』

「アキラよ、いつか会うことが出来れば再び相まみえよう。さらばだ」

「色々教えてくれてありがとう!」


 ペリメウスに乗り、上空へと消えていくゼフトにアキラは大きく手を振って応えた。






 ペリメウスに乗り、氷城の上空を飛び立つ氷城の王ゼフトは、自身のビークル・・・・である霊鳥ペリメウスに疑問をぶつけた。


「なぜお前はアキラの質問を妨げたのだ?」


 ゼフトはペリメウスの行動は止めはしなくとも疑問を覚えていたようだ。


『あのアキラとかいうヒューマンを見ていると思い出すのです。ただの小鳥だった時の自身を』

「ははは、あの時はまさか私よりでかくなるとは思いもしなかったぞ! フム、それならば尚更疑問だ。優遇するならわかるが、なぜ意地の悪いことをしたのだ?」

『いつかは知ることです。わざわざゼフト様の手を煩わせる訳にはいかなかったのです。あの者があれやその他の知識を知ろうとすれば、それ相応の出会いがあります』

「奴らか……」


 氷の顔が苦しげに歪む。ゼフトには苦い思い出があるのだろう。


『はい、アキラ当時・・のゼフト様よりも若い。あのような技量を身に着けるのにどれ程の犠牲を払ったのかはわかりませんが、その成長を妨げる機会を奪いたくは無かったのです』

「……それ程までにお前は、あの者に期待しているというのか?」

『はい、今はまだそれ程の力は無いでしょう。ですが、彼の瞳を見たときにゼフト様の雄志を思い出しました。もしかすれば、彼はゼフト様と同じ領域に辿り着けるかもしれません』

「お前がそう言うのなら信じよう。だが、本当に私と同じ領域来られるのは困る」

『……ゼフト様』


 その言葉は何を思っての言葉なのか、瞼からは白い霧が溢れていた。人で言えば、涙を流しているのかもしれない。


「ああ、私は“失敗”したのだ。私と同じ領域に来てもらっては困る。私を含む全ての王に据えられてしまった者を超える程でなければ、この世界に未来は無い。私に出来るのは終わりを待つように眠ることだけだ」

『……』


 その哀愁漂う一人と一匹の後ろ姿は、灰色の空と同じようにその先を見いだせずにただただ氷城から見えなくなるまで飛び続ける。その後は空中に道を作るように残す悲しみの粉吹雪だけだった。

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