第138話 奇跡の行使【フェノメノン】


 アキラがブラックアビス・変異種の動きを止め、姿勢を整えるな否や第三者の視界から消えるほどの速度で動く。ガンシフターでシヴァの握り方を銃身部分に持ち替え、グリップ部分を鎌のようにして移動先である足下へと叩きつけた。


『ァ……!!』


 一瞬だけ漏れるような音が聞こえるが、アキラは気にせず左手のヴィシュを開いてシヴァで叩きつけた箇所と同じ足の根を掴む。


「行くぞヴィシュ!【創製そうせいの魔弾!】」


 ヴィシュの掌には、丸い穴が空いている。先程まで白かった状態だがこの時は翠玉のようにそのガントレットと同系統の色になっていた。そしてアキラがエゴ専用スキルを唱えたと同時にその色は血のように真っ赤な光に切り替わる。


『バース、ト』


 その時大気が震えた。


「なっ」

「マジ?」


 離れていたルパやリッジでさえ肌に奔る圧迫感に身構えた。爆発が起こったわけでもない。2人は空間が割れるような聞こえない筈の音を感じ取っただけだ。そして驚いたのにはもう一つ理由がある。


「ダメージはあんま変わんねぇか、すぐ根も元通りになっちゃったし」


 なんでもない雰囲気を帯びたアキラが持つ、千切れていたブラックアビスの支えである根っこをそのエメラルドのガントレットで持っていたことだった。リョウや翠火が攻撃しても傷つけることが精一杯だった身体の一部を、あろう事か切り離してしまっている。


「有り得ねぇだろ……俺様はあいつの胸を貫くのにどれだけ無茶したと思ってやがんだ」

「おまけに皆のサポートがあって長時間スキル使ってだし、それにあいつあの花から木に変わったような状態(第2形態)相手でシューターなのにね。……え、あいつやばくない?」

「……」


 リッジの間の抜けた声を最後にルパは黙ってアキラを睨みつける。


(巫山戯るな! 俺様と同じエゴだろうが! どうして……何が違う!)


 わからないことをわからないまま考え、手に持つ根っこを見向きもせず放り捨てたアキラは遠目だが見失いそうになる速度でまた動こうとした直後、ブラックアビスが反撃にスキルを使用した。




【ブラックユーモア:ソニックブラスト】




 一瞬で根が回復し、距離を取っていたアキラに向けてではなく周囲へと被害を出すこのスキルは翠火に致命的なダメージを与えた脅威の攻撃だ。花弁が回りだし、生まれた鎌鼬が発生する。不可視の刃がアキラを襲った。


「っ!?」


 当たれば翠火のようにただでは済まない。だが見えない程度で今更そんな攻撃を受けるアキラではない。予定を変え、咄嗟の動きなのに計算し尽くしたように何も無い場所でジャンプして足下を何かが通過した気配を得るとそのままブラックアビスへと駆けだしていた。


「見えない程度・・でこんな予備動作の多い攻撃に当たるわけ無いだろ! 舐めんな!」


 蹴った地面が抉れる。


(あいつ・・・の攻撃はもっと早かった!)


 左手でブラックアビスの首元を掴む。掴むと言っても自分より巨大で首もその大きさから比べれば細身。とは言えアキラの手だけで掴めるほど小さくもない。触っていると言った方が適当だろう。


(俺は戦えている。けど――)


 ヴィシュのガントレットは木で出来た肌を、指が文字通り貫通した。5本の穴で取っ掛かりを作ったアキラは身体を固定し、ブラックアビスの左目にシヴァの銃口を突き付ける。


「――お前はあいつより強くない」


『ドカァン!』


 シヴァのインパクトドライブで吹き飛びそうな身体を無理矢理抑えつける。


『ドカァン!!』


 シヴァを握る腕が勢いに耐えられずどこかいきそうになるが、ヴィシュのガントレットはビクともしない。エゴになってからシヴァの火力は増すばかりだが、行き過ぎた火力は不安定さにも繋がる。ガントレットがアキラの身体を浸食する光が強くなっていく。


『ガァァァッ!』


 3発目を撃とうとした直後、突如発生した慟哭と同時に衝撃波で強制的にアキラは切り離されてしまった。アキラの右腕からは血が滴り、ガントレットを右腕に当てることで出血も止まる。


「ヴィシュ」

『アトスコ、シ』

「よし、これで動く。くっそ……シヴァの威力でかすぎだろ」


 未だイドの状態だがアキラの腕は先のインパクトドライブでボロボロだ。極めつけに変異種になる前とは桁違いの衝撃波を間近で受けたせいで至る所から出血していた。だがその甲斐あってブラックアビスのHPは2割弱まで減らすことに成功している。そして焦げ付き、若干片目が抉れた歪な顔面がアキラに向けられた。


(こんだけやってあの位か、ん?)

『ァァ……ガァガガ』

「!?」


 声というよりその壊れたレコードのように鳴る不快なが出る度にアキラにかかる重圧が増していく。自分の足に掛かる負担が強烈になるに連れ、視界に映るデバフ[加重]の数値が上がる。これを見て攻撃を理解した。


(っぅ……イドにしてんのに身体が重い)


 感触を確かめるため足を動かそうとするが、いつも通りに動かそうとしても動かない。地面に若干埋没するように埋まる足は一歩動かすだけでも苦労する。いつも通りに動けず、一分も全力で動き続ければ体力はすぐに底を突くだろう。遠くからは避難している者達の苦悶を秘めた唸るような声が少しだけ聞こえる。


『ガガァガガガ』

「くっそ激成法使ってんのにこれかよ……使わずに済むわけが無いって思ってたけど、やっぱ使わずに倒せるほど甘い相手じゃないよな――シヴァ!」

『ワーイ!』


 シヴァの元気な声、それ以上は言わずとも伝わるだろうことはアキラも理解した。故に気合いを入れて唱える。


「エゴ!」


 アキラの右腕が左腕と色は異なるが赤く光っていく。ルビーのように透明感があり、けれども濃さを損なわない眩い光が肩まで達する。シヴァを握る手を強めると、シヴァに奔る三本の赤い線が濃く輝き出す。そして右目も同時に同色の輝きを放っており、額から滲み出る汗。


(ヴィシュの激成法とシヴァのSTR向上を合わせて尚且つエゴの基礎能力向上……初めてやったけどあまり長く持ちそうにない。覚悟を決める必要があるな)


 今までは様子を見るに徹していたアキラだったが、その眼光に鋭さが加わる。その時から雰囲気が一変した。


「――行くぞ」


 ゾッとする程の低く聞こえる声音と滲み出る重厚感、これまでに無い真剣な眼差しとこれまであった余裕を切り捨てるほどの圧力。それを遠目で見ていたルパの目は嫉妬すらも起きない衝撃を受けていた。


「なっ、やっぱ使ってなかったのかよ……クソが」

「ちょ、ちょっと重力やばいんだけどれも気になる。使ってなかったってエゴのこと? よくわかんないけど」

「そうだ、ありゃ化け物の類いだ。俺らと同じエゴな訳がねぇ、同じであっていいはずがねぇ! あの威圧は装備なんかじゃ出せねぇだろ!」


 重力とプレッシャーに耐えながら受け答えするルパとリッジだが、ルパは既に立つだけなら問題無く慣れ始めていた。同じ風に考えてたリッジは言葉を重ねる。


「確かにエゴって聞こえたけどあの威圧感はどゆことさ? よくわかんないけど」

「俺様も頭がどうにかなりそうだぜ」

「まぁヤバイ奴ってのはわかったよ」

「あの花の怪物もやべぇけどな、それをたった一人でやれちまいそうなあいつはもっとやべぇ。ったくどうなってやがるんだ?」






 加重が増し、動くのに苦労していたアキラの姿はもう無い。だが彼が何をしてこようと関係なく、自身が有利な状況になったことで蔓を束ねた巨大な鞭を手始めに振り下ろす。


『?』


 ズシン……


 小さく聞こえる地鳴りと叩きつけた感触は得た。ただの振り下ろしだが自身と戦った誰しもが当たれば戦える状況では無くなっている。この小さく粗暴な観客も他とは違い多少は手間取るが大差は無い。概ねこのノートリアスモンスターの考えはこのような物だった。


「――ォラァッ!!」


 次の瞬間、気合いと共に聞こえたのは木が折れる音だった。ブラックアビスが振り下ろしていた蔓の腕がアキラの居た位置を境に折れ曲がり、ボッコリと千切れそうな線が入っているためとても動かしづらくなっている。アキラは振り下ろしてきた蔓の鞭に対してヴィシュではなく、上段に回し蹴りを放っただけだった。


(一度は受けておきたかった。どの位なのか……ちょっときつい、な)


 痛みのせいで若干麻痺した足を振り切り左手のヴィシュを使って地面に腕を突っ込む。そこからは早かった。


「シヴァ!」

『ウン!』


 呼び出す声に継いで連続する小さな金属音、シヴァの形状が銃口を中心に上下左右に亀裂が現れる。特徴ある3本の赤いラインが生まれた亀裂から伸び、そこから広がるように可変が完了した。現れた正方形の銃身に小さな大砲並に広がった銃口を折れた蔓に突き付ける。そして銃口の延長線上に居るのは当然ブラックアビスだ。


「【エグゾーストブレイカー!】」


 シヴァの上下左右裂かれた亀裂から大量の熱が発生し、突き付けた蔓を焦がす。赤いラインは目で見ることさえ辛いほど眩く光り、触れれば大やけどしそうな白い蒸気が噴出する。そしてアキラは引き金を握り込む。




『カチィン――』




 撃鉄は起き上がるがその音は弾切れにも思える程の虚しい物、だがそれ以降は音さえも許さない。


「――! ――」


 誰かが何かを言おうとしても声にならず、誰にも届かない。それはルパとリッジが居る場所も例外では無かった。音が突如消えればやってくるのは静寂、その静けさは衣服を貫通して冷たくも無い冷気のような寒気が直接肌に被さる矛盾した感覚を生み、否応なしに意識ある者全てがその元凶を目にするのは自然なことだ。


『――ゴォン!』


 視界に映る第三者の目からアキラの手元から突如発生する爆発、そして遅れてやってくる轟音が容赦なくブラックアビスの蔓を呑み込むように破壊する。


『ゴォォォ――』


 だがそれでは終わらない。破壊の音は蔓を突き抜け爆破のレールを築き、真っ直ぐにブラックアビスへと向かう。腕から伸びた両方の蔓が動き出すが、胴体へと突き刺さった方が早い――かのように見えた。ブラックアビスは花弁のスカートを畳み、つぼみの形状に変化させその攻撃から逃れている。動いた蔓は何のことは無い、ただ切り離しただけであり花弁を使って防御することで致命的な状況から逃れたのだ。


「ヴィシュの負担を押しつけるぞ」


 なのに防御した瞬間、間を置かず小さな観客の声が間近・・聞こえる。爆発から守り1秒にも満ちておらず、まるで真っ正面にいるかのように感じられる距離。なぜその一瞬でそれ程近くに居るのかブラックアビスには理解出来ない。


「【エグ――


 つぼみの自分になぜ赤い夕焼け……とは全く違う種の眩しい光が花弁の間に差すのか?


    ――ゾースト――


 理解が出来ない。その輝きが花弁の間と間を押し退け、新たに生まれた赤い輝きが自分に押しつけられたのか。


 ――ブレイカー!】」


 どうして緑と赤からなる双眸の輝きは、つぼみに覆われた自分を見つめているのか。




 なんで歌いたかっただけなのに……そしてその歌を誰も聞いてくれな――


『カチィン――』




 連発して降り注ぐ静寂、そしてそこからの轟音は最初とは違う。


『ボォ――』


 一度曇た爆発音は一部を除き、花弁で覆われたつぼみの内部をボコボコと音を立てて膨らむ。アキラの腕が抜け、再び閉じられたつぼみがすぐに開くことは無い。防御のためにつぼみの形をしたことで自身を爆発の力が逃げない爆心地にしてしまう。


『――ォォオオオン!』


 つぼみの防御を内側から突き破り、頂点から火柱の螺旋が昇るように生まれた。その光景を見れば誰しもが終わったのだと感じ取ることが出来る。だが、相手はクラスモンスターではない。災害を振り撒く魔物ノートリアスモンスターなのだ。






『フフフェフフェ――』

「!」


 花弁は燃え尽き、HPは残り1割にも満たない量しか残っていない。そう、仕留め・・・きれなかったのだ。顔の1/4は吹き飛び、片方の蔓は無くなり、胴体は千切れかけ、上半身を保つことも朧気であった。唯一健在なのは足から伸びる根だけ。アキラはそれを全て確認する前に一瞬で跳躍して瀕死のブラックアビス・変異種の前へと躍り出る。

(終わら――)

『――フェノメノン』


【マリオネット】


 その思考、そして視界に映るスキル名を認識したと同時にアキラの身体は地に沈む。


(な、にが?)


 反射的にヴィシュを前に出していたお陰でダメージは抑えられたが、身体が押し潰されている圧迫感は嘗て経験したことの無い大質量だった。エゴを使わず受ければ即死は免れない程の威力を誇っている。その証拠にHPは今ので半分を切った。デバフも受けるが、そんな時間は一瞬で過ぎ去る。そしてその間思い当たった攻撃は1つだけだった。


(……蔓? 両腕は無かった筈、どうし――なんだ?)


 その疑問に答えるように聞こえてくるのは有り得ない歌声・・


『ラ、ラ、ラ、ラララ~♪』


 フェノメノンはこの世界Soul Alterに存在する者のみが使える奇跡を行使するスキル。それは有り得なかった現象を引き起こし、自身の願いを形にする物。二度と歌えなかったブラックアビス・変異種はどんな形であれ歌うことを願い、フェノメノンを行使した結果、自分の変わりに歌う人形を新たに造り出した。


『カ……カカ……カガカキガ』


 正解を見せつけるかのように持ち上げられた蔓は、変異種の物では無かった。アキラは見たことは無いが、それは変異種となる前のブラックアビスだ。花弁は勿論逆さになっていて歌うことが嬉しくて仕方が無いと言った風なのだがアキラの耳には届かない。それどころでは無いのもそうだが、アキラのアニマはその程度ではビクともせず、影響は皆無だ。


「っく!」


 再び振り下ろされた鞭を転がるように避ける。すぐに体勢を立て直そうとするが連続して迫る鞭がその暇を与えない。2体になったノートリアスモンスターは当然棒立ちではないからだ。




【ブラックユーモア:オキザリス】




 そして唯一まともに残った歪に割れた口で植物の種をアキラにばらまく。扇状に広がるが、それはアキラを中心としてであり逃げられても必ず爆破は受けさせようとする強い意思を感じる。


(このスキルはさっき爆発したやつ!)


 そう察知するが爆破に関係なく蔓の鞭が振るわれる。だからアキラは選んだ。転がった姿勢から手や足を使って無理矢理飛び跳ね、蔓が振るわれる軌道上の最適なポイントに自身の身体を空に置くように配置する。


「っ!」


 その結果掠めるようにわざと自分の身体を蔓に当て、吹き飛ばされる。流石に爆発する種の位置までは把握出来ないが、なるべく威力を殺して少しのダメージと引き替えになるべく遠くへと離れることで爆弾のダメージは免れる。その予定だった。運悪く1つだけもっとも遠く飛んでいた種がアキラを迎えるように鎮座し、歓迎するように煙を噴いてるのを見るまでは。


(――)


 煙を見た瞬間弾く時間も猶予も無いと直感したアキラは、ヴィシュを付けた左手を伸ばす。それさえも間に合うかどうかの瞬間、そしてその時はすぐ訪れる。


 ドォォォン!






「ちっ、あの化け物アキラでも駄目なのかよ……それに【フェノメノン】ってのはなんなんだ! なんで俺様が風穴開けて倒したあいつが生きてやがんだ!」

「あいつの気配は死んでなくない? よくわかんないけど」

「そうだが瀕死だぜ? あんな爆発目の前でもろに食らってまともだったらマジの化け物だぜ」

「はぁ……僕らの運命もここまでか~それだけはよくわかる」

「馬鹿なこと抜かすなぶっ飛ばすぞ……一度殺せたんだ、もう一回いけんだろ」

「いやいや……」

「ッチ」


 リッジはルパに対して「あの時は皆でやったじゃん」とは言わずに首を振るだけだった。それを受けてわかっていたルパも舌打ちで返す。






 翠火と違って守る物がヴィシュのみ、タイミング的に爆発から身を守る術がある筈も無かった。


「ぺっ!」


 だが口の中に溜まった血と皮を吐き出せる程度には動けるアキラがそこには居た。


「はぁ、口の中が切れてる……後で絶対ポーション飲も。ヴィシュ、ありがとな」

『モンダイナ、シ。デモ、アキラゲンカ、イ』

「そんなの今に始まったことじゃないだろ」

『ソウ、ダナ』


 急な移動と爆風で巻き上がる土埃で一息吐いたアキラは大凡の予想を付け、やはり時間を長くは掛けられないと結論付ける。


「“激化”ももう長くは持たない。決着ケリをつけるぞ」

『アイテハ、2』

「大丈夫だ、ボロボロのあいつをやれば何とかなるはずだ」

『ソウ』

「頼んだぞ、ヴィシュ」

『シヴァモ!』

「ああシヴァも頼りにしてるぞ」

『ウン!』

「行くぞ、ヴィシュはギリギリまで激化を使わないでくれ」

『リョウカ、イ』


 アキラは体中・・から血を流しながら前を向きシヴァとヴィシュへ返した。満身創痍でもあり絶体絶命のこの状況だが、アキラの表情からは微塵も絶望が感じられないのが印象的だろう。

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