第49話 生還の代償
『『『ドォォォン!』』』
アキラが落下したと思しき位置から聞こえる爆発音と多大な砂煙が巻き上がっていた。それを見下ろすアキラを襲撃した張本人が口を開ける。
「人が落ちたにしちゃすっげぇ音だな、まぁいい……あれなら多分死んだだろ。何が絶対許さないだ、てめぇは死んでんだろうが? ったく雑魚ヒューマンのクソシューターが、肩やりやがって……おぉいってぇ」
痛がってはいるが、ドラゴニュート特有の竜鱗がそのダメージを出血程度に留めてくれている。
「ったく、ヒューマンはLUCが高いから嫌だぜ、とんだラッキーパンチを貰っちまった。にしても、よくあいつは俺がドラゴニュートって気づいたな。……ま、どうでもいいか、例え生きてても
ドラゴニュートは騎乗している自身の“ビークル”に指示を出して、去り際に上機嫌そうに声を発する。
「翠火ちゃんがあんな雑魚に負けるなんてあっちゃいけねぇ。翠火ちゃんの傍にあんな近くに寄っちゃいけねぇ。翠火ちゃんは皆の……俺のもんだからな、ゲヒヒ」
下品な笑い声を上げるドラゴニュートの心境は、愛しの翠火の元へと参る際に出てくる邪魔者を排除し、ロマンティックに馳せ参じる。そんな思いが彼の中で渦巻いていた。
翠火はこのドラゴニュートを知りもしないし、話したことも無い。当然彼は自分から声も掛けられないような痴れ者なのだが、そんなことは関係なくは元の所からホームへと帰る。
今日は休みと聞こえたことを信じればホームに居るのだろう。叶わない夢を抱いて上機嫌にその場から消えていった。
「……ポ、ポーション」
アキラは左腕を“失った状態”でバッグからポーションを取り出していた。体中ボロボロで出血や汚れが目立つが、失った左腕に比べれば軽傷レベルでアキラは生きていた。
起き上がるのも息絶え絶えで、落下した位置からかなり距離が離れている。アキラ自身身動きを取るのも一苦労のはずだが、アキラと落下地点の間には何かが転がった跡と出血の痕跡が点々としている。
「なん、とか……生き残った、のか?」
ここはゲームの世界を基準に作られた世界、本来Soul Alterというゲームは落下程度では死亡しない。なぜなら、致死ダメージはdying状態になるからだ。
ただ、例外は存在する。それは“戦闘中の落下”だ。
戦闘中の落下はdying状態に限らず、致死ダメージを受ける高度から落下すると即死してしまう。
これはモンスターから逃げる時、飛び降りての逃走を防止するのが目的だ。当然アキラは事前情報で確認済みのため対抗策を強いられる。
例えこの世界がゲームとは違い、仕様通りにならなくても何かしらの理由で死に直結するのは想像に難くないのだから対応するのは当然だろう。
「ま、まじで……つ、次は、本当に、やらない。……まじで、最後」
アキラが一つの決意を固めているのには訳がある。自身で飛び降りたアキラは、まだ十分高度がある状態だったためこのままでは死んでしまうと察していた。そのため、残り少ない時間で助かる方法を取る他なかったのだ。
二度とやりたくない攻撃、今度はシヴァが“イドの状態”でインパクトドライブを使用したのだ。そんなアキラは、ポーションを失った左腕に掛けながら元気を取り戻していく。
「ポーション、万能過ぎだろ。
ポーションには
残ったポーションを
そして同時に失った原因を思い出す。
(良く、生き残れたよな……いろんな意味で)
「ヤッベエェー!」
何処までも響きそうなアキラの叫び声は、墜落死をどうやって回避するかで精一杯だった。周りは山岳地帯、周囲に捕まれそうな物も着地点にも有りはしない。
残り数十秒もしない内に不機嫌のような凸凹な地面の肌と対するアキラ、互いの一発勝負の殴り合いが今、始まろうとしていた。
(勝てるか!)
現状の打破をするためにフル回転で頭を回すが、一つの手段を除いて助かる方法が無いことをアキラは十分に承知していた。
「もう二度としないって決めたのに! あいつ絶対許さん!」
アキラはクイックIを解除してダメージに備える。慣れない空中で必死に空気抵抗を利用して姿勢を整えようとする。
やっとの思いで地面と向きあえたアキラは、シヴァのリロードを行ってから力一杯握りしめて極限の発光をその銃身に宿らせる。
「俺の身体が吹き飛ぶ位の威力なんだ、これにクリティカルシュートを加えれば……ど、どうなるんだ?」
自分で言って狼狽えるが、既に迷っている時間は無い。
クリティカルシュートはシヴァのマガジン内にある銃弾を3発まとめた威力にして放出するスキルだ。当然弾丸が3発以下だとその分までしか威力はまとまらず、デメリットとして必ず弾切れを起こすことと、発動までに時間が必要になる点だ。
更に一番の問題点は使用準備中から使用後まで動くことが出来ない。そして反動の硬直が発生するデメリットが多いスキルだ。
更に威力の底上げのためにパイオニア級のアクセサリー、
(これでインパクトドライブの準備は整った……永遠に落ちててくれないかな)
毛先も思っていない冗談を考えて頭を振って目の前に迫る地面を見つめて集中する。クイックIを付与したいアキラだが、そんなことをすれば恐らく身体が耐えられない反動と衝撃を受けると考えているため解除したのだろう。
「はぁ、こう言う使い方もあるってわかればいい。今回は良い勉強になった……」
これから味わうであろう苦難の道を誤魔化すように、アキラは誰にも聞こえない声量で呟く。元から風圧で何も聞こえないのだが、気持ちの問題だろう。地面まで後数十メートルという所まで来て、銃弾を放つタイミングがチキンランのように感じていたアキラにシヴァの声が聞こえた。
『……チガウ』
「わかってくれ、これしか手が無いんだ。手が無くなるだけに……」
『……チガウ』
アキラがシヴァの銃口を手で押さえて何をしようとしているのか、そのせいで起こる結果はわからないシヴァだが、これからアキラがアニマ修練場でやったことをするらしいのは察したらしい。
ついでに、あまりにも酷い洒落を飛ばすアキラに対してニュアンスを変えたシヴァは否定した。
「俺の手が無くなるのと、作戦がこれしかないのと、この作戦を実行すると他に手が無い。この三段構えが面白くないのか?」
『……』
「……わかってくれって」
『……ウン』
「ありがとう。シヴァ」
(俺は……生きて深緑の所に行かなくちゃならない。こんな所でくたばるわけにはいかない!)
残り約10メートルと言うギリギリの所まで待った結果、アキラは自身の左手でシヴァの銃口を覆ったまま弾丸を解き放った。
『『『ドカァァァン!』』』
一度で三重に聞こえる艦隊から砲撃のような轟音が轟く。その音と衝撃でアキラの意識は吹き飛んでしまう。左腕は消滅し、地面は小さなクレーターを作り、斜めに威力を別方向へと逃がすようにして撃ったせいか、アキラの身体は面白いように投げ出される。
地面を多少削って腕から流れる出血が点々と続くが、10メートルを超えても未だに途切れない。意識を失ったアキラを見た者は誰もが死んだと思うこと必須な状況だ。
20メートルを超える頃に、漸く引きずられたボロ雑巾のようになったアキラは衝撃が強すぎたのか、すぐ意識を取り戻す。
「グッ……い、きて、る……な?」
この幸運とは言い辛い状況で目覚めたのは運が良いのだが、当の本人は絶対に幸運とは認めないだろう。
「ポ、ポーション……なん、とか……生き残った、のか?」
アキラがステータスでHPを確認する。
Lv.15
HP: 490/1346
MP: 1260/1260
STR:32
DEF:31
AGI:31
DEX:74
INT:29
LUC:72
落ちた衝撃でシヴァを手放しているせいか、ステータス自体に何か強化された数値は見られ無い。
現状を把握し暫くして元気になったアキラは、抜き取ってバッグに放り込んでおいたシグナロックを手に持つ。革のベルトを外すだけで無く、乗り捨てることになることを想定して目印になる物を取っておいたのだ。
「まさか竜が死ぬとは思わなかったけど……ん? なんだ?」
アキラが地響きを感じ取る。まるで何かがアキラに向かって来ているかのようにその感覚は強くなる。
「い、一応クイックメントI準備しとこう。後回復も、まだ[循環]だからバフは付けれないけど」
アキラの準備が終えるのを待っていたわけでは無いが、遠くから二つの砂埃が舞うのが見える。
アキラはここが山岳地帯だったことを思い出す。ここは迂回する程の危険地域なのだ。そしてその“原因”も現れる。
「ふ、ふざけんなよ……」
アキラの濃い人生は、休むことを知らない。
その頃ホームでは、翠火と夢衣と華が山岳地帯オラクルの道のりについて話していた。
「そうなんですか、私は魔人ですからヒューマンの位置とは正反対の場所のせいか知りませんでした」
「そうなのよ、夢衣が気軽に「行ってみよぉ」って言うから行ってみたらほんと死にかけたわよ」
「華ちゃんだってノリノリだったのにぃ……じー」
「うっ」
夢衣に指摘された華はばつが悪いのか、夢衣のジト目から視線を逸らしてしまう。話の続きが気になる翠火がナシロを抱き寄せて続きを促す。
「それで、オラクルの道中にある山岳地帯に居るキングとはどう言った魔物なんですか?」
「えーっと」
「キングはねぇ、二匹のゴーレムのことだよ」
「複数のキングが居る? はじまりの街周辺にキングクラスの強力な魔物が居るなんて有り得るんですか?」
「二匹と言ってもHPは共有なの、片方削ればもう片方も削れるからね」
「うんうん」
言外に実質一匹だから存在できていると華は告げるが、それでも翠火は納得いかなかった。
「続きだけど、さっき私達が山岳地帯に行ったって話したよね?」
「はい」
「そしたら、エリアに入って5分もしないうちに駆け寄ってきたのよ」
「あの時は怖かったよねぇ」
「何がでしょう?」
「ゴーレムよゴーレム、夢衣なんて一発だけ攻撃貰ったのにプロテクションが貫通しちゃったもんね」
「私ねぇあの時ほんーっとーにおしまいかと思ってねぇ、ほんと焦った」
「なんやかんやあってもなんとか一匹倒したんだけどね、そこで本当にまずいことがあったの」
「まずいこと、と言うと?」
「なんと片方倒すとね……」
「ハァ、ハァ、よし! いける!」
アキラは目の前の人の形をした岩の塊を相手にしている。大きな見た目な割りに機動力があるその岩人形の頭上には【ゴーレム・キングα】と書かれている。
アキラはそのαを集中して倒そうとしているのだ。
最初は砂埃を舞上げて迫る二体の岩の塊に驚愕した。キングと書かれている物は明らかにリーダーやコマンダーより上位の存在を示しているからだ。それも二体同時に現れれば焦りもする。
しかし、その決断を嘲笑うかのように攻撃が通常通りに通るのだ。相手はなぜか避けることもしない。そして驚くべきことにαを削ればもう片方の【ゴーレム・キングβ】のHPゲージも削れている。
この幸運に感謝しながらも、近づいてはαをグローブで守られた拳で殴り、射撃でβを牽制する。
10分程続いた戦いだが、アキラも必死なのだ。コマンダーより手応えが無いことに対してはそれ程気にしていない。パイオニア級のダンジョンはそれ程モンスターが強い場所だと認識しているからだ。
「インパクトドライブ使わずに倒し切れ……おっと、そうだな」
迫ってきたαから繰り出された岩の塊の拳を飛んで避けると同時にそのまま蹴り上げる。
「スーパーアーマーでも持ってんのかよっと」
余裕も出てきたアキラは、蹴り上げられてもそのまま反撃してくるαの攻撃を着地と同時に転がって避け、背後から迫るβをシヴァとヴィシュの弾丸で牽制する。
ピンポイントーシュートを使って関節や踏み込む足をずらしてやることで行動の阻害を可能にしている。
「これで終わりだな! 一匹だけならそう手間取んねぇよ!」
『ドカァァァン!』
「これでβも……っ!」
「それは本当ですか?」
「ほんとよほんと、夢衣の方見たら夢衣もこっち見てて同じこと考えてるってわかったわ」
「一緒に頷いて逃げたよねぇ」
「今思い出すと笑っちゃうけどね」
華が過去のピンチを笑って話している。山岳地帯は中堅のメンバーでさえ入ることを嫌うと忠告を受けていたせいか、キングの追跡範囲からいつでも逃れられる距離に居たのだ。
「あれってぇ最初は普通に倒せそうに思えちゃうから油断しちゃったよ」
「夢衣はプロテクション破られてからずーっと焦ってたじゃない」
「楽しそうですね……早く二人と合流したいです。ねぇメラニー?」
「キツネ! 一人なのか! アキラト、イッショ!」
「一応パーティは組んでますけどあれは攻略を前提に考えているだけの方達ですから役割をこなせば孤立しているような物です」
翠火はそう言いながらアキラのことを考えてしまう。華と夢衣の言葉が正しくてもまさかその道程で山岳地帯に降りるわけが無いと。
(倒し方は知りませんけど、片方倒したら“強化されて復活”し、その後HP全回復するなんて……長期戦が不利なゴーレム・キングですか、ナシロとメラニーを置いていくようなことが無ければ良いんですが……って考えすぎですよね)
翠火自身キングクラスの敵を倒したことはあっても、それは翠火とほぼ同クラスの4人パーティでのみだ。ソロで挑んだと仮定してしまったのか、身震いがしてナシロを抱きしめる。
(でも、あの人なら……長時間イドに出来て尚且つ戦い方の心得もあるアキラさんならソロでも倒せるかもしれませんね)
まだアキラの本気を見たことが無い翠火が有りもしないと思いながらも考えてしまう。
だが、現実はそこまで甘くは無い。そして、そのもしもが起こっていた。
「…………」
地面から伝わる地響きに近い音、ゴーレムの足音が聞こえる。はっきり聞こえるのはその耳が地に着いているからかもしれない。
アキラはαとβが“3回”も強化した状態にしてしまい、倒すことも出来ずに致命傷を負ってしまって血まみれで倒れている。
殺意の塊であるゴーレム・キング、その二体がアキラに迫っている。現時点で
(ふ……み)
今、アキラの冒険が幕を閉じようとしている。出会える筈の未来にすら辿り着くことが出来ずに……。
突発予告
翆火の思いとは裏腹に死に体になっていたアキラだが、彼に何があったのか?
敵側が使ってくるまさかの新システム、だが彼にはそれを見守ることしか出来ない。
キングと冠する名は正に圧倒的強者の称号だった。
次回【キング戦】
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