第48話 痛み分けの空戦
革で作られたブランコでブラブラと運搬されているのを後悔している中、タクリューに乗ったアキラに痛みが襲ってきていた。
「痛って……またかよ!」
風圧に流されながら発する声は自身にもあまり聞こえていない。
アキラは今小さな山なら超えられそうな高度を保って革のブランコに乗って運ばれている。高度を保っては滑空飛行を繰り返すため、身体の剥き出し部分に虫が当たったり、葉っぱならまだしもどういうわけか小さい枝もぶつかるからだ。仮面のおかげで顔は兎も角、なぜか頭まで保護されているおかげで怪我も痛みも無い。
だが、首や風でめくれる腕なんかは現在進行形で風圧の脅威にさらされている。
(風圧程度どうにでもなる装備とかありそうだよな、他の人はどうしてんだこれ)
痛みに耐えて身体を小さくしていたアキラが竜に運ばれること少し、山岳地帯が見えてくる。緑が豊富な丘から一気に荒れ果てたエリアが見えるため、ファンタジーならではの眺めにアキラは少しだけ感動していた。
(空からの眺めってのも悪くないな……痛て、もしこんな乗り物ゲットできるなら俺も欲しくなるな。そういえばあの山岳地帯超えれば直ぐに着くのかな、なんでわざわざタクリューに乗るんだ?)
その疑問は視界の隅から見える道沿いから理解できた。
(そういえば危険なモンスターって言ってたな、あの奥にある道っぽいのは山岳地帯を避けるためのルートか、そうだよな危険な道通らないで普通なら遠回りするよな。……でもモンスターなんか見当たらないぞ?)
暫く周囲を見ていると時折、巨大サソリみたいな強そうな魔物や茶色と薄茶の斑模様をしたカエルやロックペイントを見つけた。大量には居ないようで、ロックペイントが居るくらいならなんとかなりそうだとアキラは考える。
更に辺りを見回しながら、飽きてきたのか、上を見上げる。ファンタジー生物の竜の顔は見えないが、下から観察は出来る。見上げれば運んでくれている竜の腹が見え、少し距離はあるがアキラより相当でかいのがわかる。
アキラの顔以上にでかい足や爪、長い尻尾は本能的に恐怖を覚えそうな物だがアキラは無感動に眺めていた。
(もっとでかくなるのかな、あの皮膜とか触ってみたい)
成長後の姿や触った感触を知りたいアキラは、そっちに気を取られてしまっている。顔を見ていないせいであまり実感が湧かないのかもしれない。
一向にトラブルの気配が無いため、若干観光気分で周囲を窺っているとタクリューの速度が緩やかになってきた。
(ん? どうしたんだろ……あの見えてるのがオラクルだから減速してんのか?)
未だ山岳地帯を超えてはいないが、広大な岩肌が地面を覆っているその一部に三角形の小さい密集地帯が見える。
(跡地って位だから街とか無さそうと思ったけど正解みたいだな、あれテントっぽいし)
ダンジョンで散々寝床に使ったテントが密集していると考えたアキラは、何事も無く着きそうな現状に頬を緩める。
『グォー!』
「うお! うっさ!」
アキラが頬を緩めた直後に運搬中だった竜の鳴き声らしき物が上から聞こえる。
(はいはい、そうですよね。まだあんなに遠いのにこんな所で速度落とす理由無いもんな……)
アキラは減速するのが早いと感じつつも、空の上ならこんな物かと思いたかった。既にトラブルは発生していたが、それに気づくことは初めてタクリューに乗るアキラには難しかったのだろう。
「あっれ……おかしい。山岳地帯が迫ってる」
前に進みながらも地面に向かって行くのを感じる程に低下する速度が上がっている。それと同時にアキラの腿の上に青色の液体がこぼれ落ちてきた。
「ん? なんかの毒……じゃないよなってことは、うっわやべ」
上を見ると竜の片翼に穴が空いている。
(これ竜の血かよ! 何の音もしなかったのにどこからか攻撃を受けてるってことか!)
周囲を見回してもそれらしき物は発見できなかった。マップを開くと赤い敵意を示したマークが丁度アキラと同じ場所にあるが、若干後ろに居る。
「上空か!」
竜を使ってアキラの死角に入るよう調節しているのか、日の光で黒い影しか見えない。
「シューター様舐めんなよ! シヴァ、イドだ!」
即座にシヴァを右手に呼び出し、イド特有の発光を見せながらアキラはピンポイントシュートを見えている部分に向かって設定し、弾丸を放つ。
力の込められたシヴァは3本の赤い発光を発する。スキルの影響で落ちる威力を若干カバーする程度の底上げにしかならないが、弱点を多少でもカバーされたその弾丸は見事に命中する。
『ガァン!』
「チッ! ヴィシュもイドだ!」
と思えば詳細は見えなくても音だけで防がれたのが理解できる。鉄板で反射したかのような音を響かせるのを聞いたアキラは、即座にヴィシュで自身を強化する。
アキラは追撃の手を緩めないため、
見えていた影が1発だけ防いだらしいが、後はその防ぐ音が続かない。どうやら残りは当たったらしく、その証拠に影がアキラの死角から慌ただしく動き出した。
(慌ててるな、緩めねぇぞ)
即座にシヴァをリロードしているその最中も、ヴィシュの弱い威力で攻撃する。威力はシヴァに劣り、スキルで更に威力が下がる。
しかし、空中ではその当たる弾丸でさえ脅威になるだろう。敵はまた同様の防ぎ方で対抗してきたが、音が1回鳴るとすぐ残りの弾丸が突き刺さる。
(確定とは言えないけど恐らく1回は防げて時間が経てばすぐに使える防御法みたいだな)
相手の情報を考察しながらアキラはどんどん高度が落ちている事実に焦り始める。だがどうしようも出来ないため相手を見据えていると、防御が一度切れたら当たる弾丸を無視して何かをしたのか、稲妻のような黄色い光を目撃した。
『ゴォー……』
竜が再び吠える。とても苦しそうに鳴く声にアキラは反撃以外出来ない事に歯?みするが、ヴィシュの存在を思い出す。
「そうだヴィシュを使えば回復できる筈だ。くっそ……なんで気づかなかったんだ」
初めてのタクリューに初の空戦で動揺していたのだろう。アキラはすぐにヴィシュで回復を促すため竜に向けて発砲する。
『カァァン!』
真鍮独特の甲高く響く音を発した弾丸は……竜には当たらなかった。攻撃を受けてパニックに陥っているため、竜はアキラ含めて警戒を含めた敵意を撒き散らしている。
「ま、まじかよ」
ヴィシュは敵意ある存在には決してその弾丸は命中しない。こんな緊急時でもその生真面目と言ってもいい性格は正確に能力として反映されている。
「いつか融通効かせてくれよな」
『……ソウ』
ヴィシュにも現状が危ないと認識は持っているはずだが、だからといって人のように場合分けの判断が存在しているわけでは無い。
今の時点では。
アキラは現状に対する不満をヴィシュにぶつけることなく、未来に期待して声を掛ける。ヴィシュも間はあったが、返事だけはしてくれた。
引き続きアキラは攻撃に移るが、問題が起こってしまう。一定以上距離が離れてしまったせいか、ピンポイントシュートの射程から外れてしまったらしく、スキルが機能しなくなった。
(クッソ! 自力で当ててやる!)
だが、いくら射撃LV.9であっても想定された
「駄目か! スキルの補助無しじゃ当てることも出来ねぇのかよ!」
アキラが悪態を吐くが、相手はアキラの攻勢が無くなるのを悟ると黒かった影に光が集まり始める。その時に見えたのは鱗、アキラを運んでいる竜と似たような
そして散らされていた光は収束する。
「……このやな予感は! くっそ、間に合うか!?」
アキラの第六感が死をイメージしたため、アキラが何かをしようと藻掻くと同時に、響くような声が聞こえた。
「クイックメントIだヴィシュ!」
『ハーベスト!』
アキラは即座に自身にクイックIを付与すると同時に、大きな鎌のような形をした光の塊が上から下にアキラ目掛けて振り下ろされたアキラを運んでいた竜は既に満身創痍だったため、真っ二つとなって光の粒子になって消えていく。
アキラもタダでは終わらない。相手が何かを仕掛けてくるのを察知した時に革のベルトを外していたのが功を奏した。自身にクイックIを付与した状態で、竜が消える直前に革のブランコを足場にして上空に身を投げ出していた。
まだ地面まで距離はあるが、そんな自殺行為とも呼ぶべき行動と同時に大声で叫ぶ。
「どうにでもなれ!」
ハーベストを避けたアキラは、天に身体を反転させ大声で叫びながら、バッグからタイニートゥルスから出た枝を放り投げてシヴァを構えた。
「映画なら離れてても当たるだろ! だから、この一発は絶対にぶち込んでやる……意地でも外さねぇぞ」
クイックIの効果を受けた動体視力が周囲の時間を遅く知覚させる。アキラのその意地に応えるように、放り投げた枝が綺麗に真っ直ぐになって線の形ではなく点になる。
今まで効果を確認するだけで使っていなかったスキルをアキラが準備する。クイックIで慎重に狙う時間を調節し、枝が相手に重なったその瞬間、アキラはすかさず点となった枝にピンポイントシュートを設定する。
そして思いの丈を込めて大声でスキル名を叫ぶ。
「クリティカルシュート!」
その叫びと同時に、最大限握り込んで強化された弾丸はいつもの銃声と違って“複数同時”にアキラの耳をつんざいた。
ピンポイントシュートが設定された枝は綺麗にその中央を穿ち、先端から枝を散開させて角度がズレることなく相手にその弾丸が飛び込んでいく。
ピンポイントシュートで狙ったのは枝のため、アキラは結果を確認できないまま地面へ向かって銃撃で若干速度を上げて落下を開始する。シヴァはスキルの影響なのか、弾切れを知らせるスライドリリースレバーが作動した状態だった。
だが、アキラはそんなことを気にせず大声を張り上げる。
「そこの“ドラゴニュート!” お前だけは絶対に許さない! 帰る邪魔をする奴は、必ずぶっ潰す!」
その言葉を最後にアキラは落ちていった。
この先のことなど頭には無い。ただただ強がりで発した言葉だったが、もしアキラの動向を見ていた存在が居たとすればこの時の言葉が結果的には強がりにはならないことを知っていただろう。
アキラが襲撃したドラゴニュートの青い血を見ていれば、少しは胸が空く思いだったであろう。
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