第47話 タクリュー停留場
『チュンチュン』
「……ん? ぁあ……なんで
昨夜、三世界へと行ったせいで若干眠そうなアキラは起きながらメラニーに文句を垂れる。
「ったく……」
そう言いながらも幸せそうに寝ているメラニーを見ると、その小さな見た目から来る愛らしさから不満げな声とは裏腹にアキラの表情は優しげだ。
簡易なベッドから降りるのが億劫になっているのか、アキラは中々ベッドから降りずに予定を考える。
(ん~取り敢えず屋台の飯適当に買っておこうかな、そんで装備代と依頼料ぐらい残せばいけんだろ。その後でタクリューに乗ろう……あ、タクリューって金かかんのかな?)
アキラはタクリューにそのまますぐに乗れると考えていたが、もし想定以上に金がかかるのなら無駄遣いをし過ぎるのではないのかと思い直す。何かヒントが無いかクエスト欄を改めて確認する。
【タクリューを利用しよう!】
クエストもこなし、ダンジョンをクリアした!
次の目的地である岩山跡地オラクルを目指しましょう。
そこであなたは帰還方法の手がかりを掴むのです!
タクリューを利用して、目的地へ向かいましょう。マップの竜のアイコンが目印!
※岩山跡地オラクルへはタクリュー経由で到着しなければクエストクリアになりません。
「やっぱわかんないか、仕方ない。予定通り最後に確認するか、金が必要なら稼ごう……その時はリョウを誘おう」
昨日の今日で気恥ずかしいが、黙って一人で依頼を受けるよりはこっちの方がいいと判断してのことである。ベッドから降りて準備を整えたアキラは、ナシロとメラニーを起こしてラウンジへと向かう。
「相変わらず朝は賑やかだな、そんじゃ俺は暫く戻れないかもしれないから自由にしててくれ」
「…えぇー」
「エェー!」
「こら、メラニーはナシロの真似をしちゃ駄目だぞ」
「エェー!」
「おいナシロのせいでメラニーが反抗期になったぞ」
「…その苦労が……きっと実を…結びます」
「他人事だな、取り敢えずそう言うことだから頼んだぞ」
「…ういさ」
「エェー!」
「メラニー、もうそれは大丈夫だぞ」
「ハイ!」
ラウンジへと出たアキラはカーペットの上にナシロを放り投げ、メラニーがナシロの首輪を掴んでキャッチする。ナシロはされるがままだが、少し楽しそうに目を細めていた。
「…もっかい」
「今度な」
若干注目を浴びたが、アキラは一つ疑問を覚えた。
(なんで俺みたいに管理獣を外に出す奴が居ないんだ?)
どこから湧いたのか、翠火がナシロとメラニーを既に抱きかかえていた。
「え、何? なんで居るの?」
「今日はお休みなんです」
「そうじゃねぇよ」
「はい?」
「……まぁいいや」
待ち構えてでもいない限りはこんなに素早く行動には移せない筈だが、アキラは捨て置くことにしてタイミング良く現れた翠火に疑問を尋ねる。
「翠火さんちょっと聞いていい?」
「なんでしょう?」
「なんで他のプレイヤーはナシロやメラニーのように管理獣を外に出さないんだ?」
「出さない理由もなにも、ホームの管理獣はナシロやメラニーのように意思を持っていません」
「そうなのか?」
「私にも猫の管理獣が居ますが、ここのリスみたいな生物らしさというのが有りません……動いてはいますが、話しかけてもこちらを向いて目の前にホームメニューを表示するだけなんです」
翠火はそれが逆に不気味に映ってしまうらしい。ただ居るだけで懐くことも無い形だけの管理獣の存在にアキラはただ呆ける。そのまま視線をナシロとメラニーに合わせて呟くように話す。
「なんでお前らに人気があるのかわかった気がする」
「…ナシロ……凄い…からね」
「メラニーモ、スゴイ?」
「凄い凄い」
「フフ」
仮面とお面を付けた怪しい一席は、傍から見ればさぞシュールだろう。翠火的にもアキラ的にもうるさい輩が近づかないのは良いことだ。
「ナシロは知ってるのか?」
「…ンナ?」
「翠火の管理獣みたいな原因」
「…そりゃ……ナシロクラスに…なると……ね」
「そうだな、ちゃんとって言っていいのかわからんが、会話が成り立つのお前位だもんな」
珍しくナシロの冗談を真っ向から褒めたアキラの反応に、ナシロは瞬きをゆっくり繰り返してアキラを見つめて驚きを表現していた。
「お前芸が細かいな」
「…まぁ……ね」
「んで?」
「…簡単……ナシロが…特別……ついでに…メラニーも」
「メラニーはついでかよ、特別ってどう言う意味だ?」
「…んと……管理獣は」
ナシロが前置きして話し始める。ヘルプでは頼めない部分らしく、長文になってしまったせいか非常に気怠い様子だった。
「…ふぃ……疲れた」
「たいして喋ってないだろ? 要は
「…そ」
「でも驚きましたね。ナシロが「リスだけ外に出るのが気に入らない!」って理由で外に出たら、アキラさんの管理獣になっちゃっただなんて」
「いや、もっと気怠そうな言い方だったでしょ」
「伝わればいいんです」
「……ごもっとも」
アキラと翠火は気がつかない。モデルになった管理獣が居なくなったことで、それ以降機械的な見た目と機能のみになってしまったことに。
そんなことは露知らず、疑問が解消されたアキラは朝食を食べるために外へと向かう。
「そんじゃま俺は暫く戻れないかもだからな、伝えた通り好きにしてくれ」
「…帰って……くるのだぞ」
「アキラ、グッバイ!」
「待ってください!」
アキラがナシロの言い方に言及しようとする前に翠火が間に入ってくる。
「翠火さん、いきなりどしたの」
「暫く戻らないとはどういうことですか?」
「え……なんで翠火さんに言わないといけな……あぁナシロとメラニーね」
「はい」
「岩山跡地オラクルに行くからホームあるかわからないんだよ」
「そういえば最初のダンジョン超えればタクリュークエストでしたね」
翠火はクエストの経過を告げてくる。どうやら種族とは関係なく、大筋の流れは変わらないらしい。
「タクリュークエスト?」
「タクリュークエストはシリーズ物で、途中からサブクエストに切り替わるんです」
「ってことは、もしかして?」
「はい、タクリューが手に入るようです」
「翠火さんは持ってないの?」
「私は持っていません」
「なんで?」
「そう言う選択をしたからです」
アキラが首を傾げるのを見て翠火は微笑むようにしてナシロを持ち上げ、自分の口元を隠して告げる。
「それはクエストを進めてから判断してくださいね」
『ナァ』
合いの手を入れる翠火とナシロはいいコンビだとアキラが考えつつ、翠火に向き直る。
「あいよ、そうだタクリューについてなら少し教えて貰っても?」
垂れたナシロを揺らして遊ぶ翠火が「構いませんよ」と告げて自身の膝の上にナシロを下ろす。されるがままのナシロはアキラに対するのと同様の目を細めてご機嫌な表情をしている。
「タクリューは初回のみ、距離に関係なく無料で利用できるんですけど2回目から運賃を取られます。専用のゴーグルと帽子が無ければ目と頭が大変なことになりますよ?」
「なるほどね、ありがとう」
「いえいえ、それでは暫くナシロとメラニーは私が預かっておきますね」
「……ナシロとメラニーがいいって言うならな」
「え! いいんですか?」
「自分から言っといてそれか? 情報を教えて貰ったし、多分そいつらも嫌がらないだろうからな」
翠火はダメ元の冗談めかした言葉だったが、アキラがすんなりと了承してくれたのを見てとても上機嫌になる。
「それじゃ今度こそ行くからな、飯も食いたいし」
「はい! ほらナシロとメラニーも手を振ってください」
「バイバイ!」
「…早くね」
翠火がナシロの前足の関節を優しく持ちながら軽く手を振る。遠目から待ち合わせや食事をしていたのを見つめている人物の中に、アキラを睨みつける
「……」
アキラがホームから出て行くと無言で席を立ち、外へと向かう。ヒューマンであるアキラとは当然入った場所が違うため、消えていくドラゴニュートの行き先を知る者は居ない。
「魚もいけるな、肉ばっかだったからこういうのも有りだ」
アキラは魚菜食通りで
「水も肉も魚も野菜も買ったなぁ……買いすぎたなぁ……」
アキラは表示された金額が残り2776Gと書いてあるのを見る。
「装備代しか手に残らなかったのはやりすぎたが後悔はしていないぞ、多分」
これでは夜ご飯すら食べれなくなってしまうことに気づいてはいる物の買いすぎた事実を認めたくないアキラは、一先ず忘れることにした。
「革装備取りに行かなくちゃ……」
2日で所持金を使い果たす計画性の無さを見ないようにし、防具屋クローザーへと向かう。
防具屋の近くまで来ていたアキラは、革独特の臭みが殆どしないことに疑問を覚えていた。
「あっれ、昨日あんなに臭かったのにどうしてだ? 防具屋はもう目の前だぞ?」
疑問を感じつつ、防具屋クローザーのドアを押し開けながら首を傾げるアキラだったが、そもそも臭くないのは悪いことじゃないと思い直して思考を外に追いやる。
「いらっしゃい」
「昨日来た客だけど覚えてる?」
「そこまで
「え、すまん」
「革で作ったラウンドシールドじゃろ? ここに……」
「ちげぇよ」
店主がそう言いながらカウンターの下から取り出したのは、アキラの注文した胴と脚と足装備だった。
「ちがくねぇよ」
「フォフォ」
「年寄りのしゃれにならないネタは止めてくれ」
「こう言うのも年寄りの特権じゃ、こんな冗談位多めに見てくれんかね。フォフォ」
「愉快そうな爺さんだな」
「老い先短いんじゃ楽しめるうちに楽しんどかんとのう」
「それもそうだな」
「フォフォ」
店主の冗談にアキラも笑いながら同意するのを見たせいか、朗らかな顔で革装備を渡してくる。髭を生やした老人は実に楽しげだ。
「合わせてみぃ」
言われた通りに着ようとするアキラだが、問題があった。
(着方がわからん……ステータスに直接付けてみるか)
アキラがステータス画面を開いて、3Dモデルの自分に革装備をパソコンのコピー&ペーストのように付けると、自動で正し方向に着させてくれた。
(便利すぎてやばい、まぁそれは置いといて)
アキラは身体の動きを試すように屈伸運動や手足の可動域の把握に努め、問題ないことを確認する。老人はこちらを見ながら、溜息を吐いていた。
「爺さんありがとな、これ結構良い品だな」
「……お主もあやつらのように便利なことが出来るんじゃのう。羨ましいわい、ほれ」
老人がカードを差し出すのに釣られてアキラもカードを差し出す。店主の老人に2500Gを支払った。取り出すのと同じ動作でバッグにカードを仕舞うのを見た老人は羨ましそうに世間話を始めた。
「お前さんらは凄いな、そんな便利な物を持っちょる」
「やっぱあんたらにはバッグが無いんだな」
「似たような魔法や道具はあるんじゃが、使い勝手はお主の簡単に使える物と比べるとのぉ……」
「そりゃそうか」
「確か、装備の修復も出来るんじゃろ?」
「まぁな、実際に俺がやるわけじゃないが」
「地域を転々とするタイプのメンバーには重宝するからのう。おぉ、そうじゃそうじゃ」「ん?」
老人が何かを思い出したのか、アキラのグローブを指す。
「そのグローブじゃが、もしかしてヨランダさんの作品じゃ無いか?」
「確か説明には軍事工房ヨランダって書いてた気がしたけど」
「説明……? まぁええわい。確かに軍事工房はヨランダさんが経営しとるが、ここからは大分離れた所の筈じゃ、どうやてそれを?」
「ダンジョンで拾ったんだよ」
「……どこのじゃ?」
「さっきから質問ばかりだな」
「年寄りの話に付き合う位ええじゃろ」
アキラはなぜこうも質問ばかりされるのかわからず、不思議に思いつつも質問の続きに答えていく。
「試験会場ライセンスだ」
「あそこは初心者用ダンジョンじゃろ? なぜそこにシニア級の防具を作れるヨランダさんの作品が……」
「難易度はパイオニアだったからな、それでじゃないか?」
「……これは驚いた。仕舞ったところで悪いんじゃが、カードを見せてはくれんか?」
「ほい」
まだこの時点では。年寄りの好奇心だと思っていたアキラだが、雲行きの変化を感じ始めていた。アキラにカードを見せられた老人はパイオニアチェック欄に目を通す、すると……。
「本当じゃったか……ちょっと待っちょれ」
「なんなんだ?」
それ程待たずに老人が帰ってくると、一つの封筒を渡してくる。
「これは?」
「わしのやっとる防具屋は先祖代々このクローザーの看板を掲げ取ってな。この防具屋の初代様が当時のパイオニアクリア者の一人でな、この封筒は同じパイオニアクリア者に渡すように言付かった者じゃ」
「なるほどね、中身は?」
「中身は紙が1枚入っとるだけじゃが、なぜかわしらには見えん。初代様の言付けにはパイオニアをクリア出来る者のみ、見ることが出来ると伝えられとる」
アキラが無造作に封筒を開こうとして、店主は慌てて止める。
「待て待て、慌てなさんな」
「?」
「その封筒の中身はホームで開ける方が良いぞ、中身をわしが知ってるとなると何が起こるかわからんからの」
アキラがその言い分に首を傾げるも、素直に言うことを聞いてバッグに封筒を仕舞う。
すると、アキラの視界にウィンドウが現れた。
【わらしべイベント~過去の遺産編~】
渡された封筒の中身とは一体!?
過去から未来へ託された封筒を手に入れた。
時間がある時にホームで開けてみよう!
(サブクエストか? それに「封筒の中身は一体!?」じゃねぇよ、もろタイトルにわらしべイベントって書いてんじゃん。どうせこの封筒を持ってどっか行けって封筒の中身に書かれてんだろ)
「大丈夫か?」
「あぁ、それじゃ革装備助かったよ」
「命大事にの、達者でな」
老人がアキラを見送り、溜息を吐く。
「本当にパイオニアクリア者が現れるとはのう……長生きはするもんじゃわい」
サブクエストのイベントを発生させたアキラは、ストーリー進行に影響が無い程度に進めようと考えて取り敢えずはタクリュー停留所へと向かう。
街中には無いらしく、街の少し離れたところに専用の停留場が作られていて、門から出て10分もしない所にある。
「ふぅ着いた着いた。それにしてもすげぇな」
小走りでここまで来たアキラは思った以上に質素な作りに驚く。
手続きのためのカウンターが一つあって、受付の男性が一人居るだけだ。タクリューらしき竜は小さく、つぶらな瞳が可愛らしいのが遠目でもわかる。ゲートがあり、その奥には建物が一つ建てられていた。
「タクリューで岩山跡地オラクルに行きたいんだが」
「あいよ、そんじゃカードを出してくんな……兄ちゃん初めてか」
「そうそう」
「初回は無料だからな、よしそのままゲートを通ってくれ、そんで中にタクリューいっから係員に行き先告げて乗るだけだ。簡単だろ?」
「思った以上に面倒が無くて良かった」
「おう、時間が命だからな。それじゃな、快適な旅を」
カードを受け取り、決まり文句らしき言葉を聞いたアキラはゲートを潜って奥へと行く。狭い搭乗通路のように人一人分のスペースしか空いていない四角い板で囲われた通路だった。
そこを抜けると待っていたのか、係員が声を掛けてくる。
「ようこそ、タクリュー停留場へ。カードを」
アキラはカードを見せると、係員は受け取ってすぐに返してくる。
「初めてですね、説明は必要ですか?」
「頼む」
「はい、まずあそこにある革の椅子に座っていただきます」
係員が指さす方向には、革のブランコにワイヤーのような物が通った椅子がゆらゆらと揺れているのが見える。
「ん? 竜じゃないのか?」
「初めての方は勘違いされますが、竜で運びますけど背中に跨がったりはしませんよ。あの椅子に座って運んで貰うんです」
「なるほど」
アキラが納得の声を上げる。背中に跨がれる程の竜となると相当な大きさが求められると考えればそれも当然なのかもしれない。
「あとはこの石を座席の下に取り付けてください」
「これは?」
「これはシグナロックと言って、一つの石を割ると互いに引き合う性質があるんです。と言っても違和感程度に引き合うだけなので、その違和感を頼りに竜が迷わないように誘導する程度の物です」
(なるほど、信号代わりか)
係員に促されてアキラは革の椅子に座る。足置きがあるので、多少は安定するが宙に浮いた状態は慣れない物がある。途中落ちないように革のシートベルトを締め、石を座席の下にセットする。
「道中山岳地帯は強力なモンスターが多いですから途中で降りたいしないでくださいね」
「え?」
「それでは、快適な旅を」
「ちょっとま……」
係員が流れ作業のように垂れ下がった革を2回強く引っ張ると、アキラの身体もワンテンポ遅れて引っ張られる。ブランコとは違って、斜めに座っている感覚に襲われながらも、アキラの声に反応した係員が「降りなきゃ大丈夫ですよ~」と大声で告げてくる。
アキラは三世界でトラブルに巻き込まれると言われていた。今の話を聞いただけで、既にタクリューから降りるかもしれない恐怖に襲われる。
「ま、まじかよ。まだ高度上がってんだぞ……そこから降りろって言うのか?」
アキラは空の快適さを味わう暇も無く、ダイビングの覚悟を強いられそうな不安に駆られていた。
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