第125話 Soul Alter最初の惨劇


 Soul Alterというゲームが発売されてから現実時間に換算すると約半年強の時間が経過している。


 Soul Alterというゲームだったはず・・・・・の世界に拉致され、ゲームをする予定だった人々プレイヤーはそれだけの時間を過ごしていた。今ではある程度この世界に落ち着き、馴染み始めてはいる物の全員が全員そうではない。中には心に傷を負った者や戦うことを止めた者もいる。


 だが、それでも活動を続けるプレイヤーは存在した。


 ある者は元の世界に戻るため方法を探し、ある者は強くなるために先へ進み、ある者は生きるために日々を過ごし、ある者はSoul Alterにもう一つの現実を求める。理由は数あれど、現時点で生き残ったプレイヤーにこの世界に来て辛かったことを挙げてもらえば間違いなくその1つに数えられるのがこの世界に降り立った初日が上位に位置付けられるはずだ。




 種族を選択してHMDを被った人達は、キャラクター作成を終えて続々とプレイヤーとしてゲームをスタートする。それと同時にSoul Alterの世界が広がるわけだが、ゲームが始まって最初に感じるのは似たり寄ったりだが感動だろう。例え仮想でもついさっきまで居た場所と一瞬で世界が切り替われば誰しもが気持ちの高揚を抑えることは出来ない。


 だがその感動も近くに居る光景を眺めれば一瞬でなりを潜める。原因は単純で上下が麻のような簡易な生地で出来た、簡素な服装をした人々がパニックになっているからだ。通常大袈裟なリアクションは周囲の目を気にする日本人の価値観からすればあまり出来る人は居ない。余程の感動なら別だがスタートでごった返す人混みでそれが出来るのは至難の技だ。その人混みも誰の目も気にせず頭を抱える者、怒りながら「帰してくれ!」と大声を上げる者、ただただ涙する者と他にも様々な人が居る。人の目を気にする日本人と言っても退っ引きならない事情があれば感情に人種は関係ない。そう思わせる程の負の感情がその場には溢れていた。


 本来なら新しく始まるオンラインゲームならプレイヤー達でごった返し、お祭り騒ぎになる程賑やかなスタートになる。しかし、今では別の意味で賑やかで、その原因もすぐにわかる。いやわからされてしまう。ここがゲームの中ではなく現実だということに。


 新しくやって来たプレイヤーもまた、その混沌たる様の一部になる。それはプレイヤーのログインペースが落ち着くまで何度も何度も続いた。






 当然この程度では上位に挙げられる内容としては若干弱い。当然これにはまだ続きがある。ことの発端はどこかの誰かが開始したチュートリアル、種族が異なるプレイヤーは別のエリアに居るがどの種族にも似たような人はいるらしく、殆ど同時期に“敵を呼び寄せて”チュートリアルを開始する。それがプレイヤー達の心を深く傷つける惨劇の始まりだった。


 呼び寄せられた魔物だが、どの種族も呼び出した張本人がチュートリアルに従って屠ってしまったためなんの問題も無く障害にすら感じられない。それは当然チュートリアルはに向けた物だからだ。チュートリアルをこなした倒したプレイヤーは告げる。


「武器は自分で想像するだけで創れる。後はそれを使って倒すだけだ」


 全員が全員そう言った訳では無いが回りで見ていた人達も、それなら……と各々が好き勝手にオルターを作り始めてしまい、チュートリアルを開始してしまった。そして複数人が魔物を呼び寄せた結果の戦いは集団・・へと形態が様変わりしてしまう。


 呼び寄せられた魔物だが最初の内はチュートリアルのお陰で身動きが取れない。そして不幸なことに全員が全員魔物を仕留められるわけでは無いのだ。生命に攻撃を加えるというのは現代人からすれば精神的ハードルがそれなりに高く、中途半端に攻撃を当てる結果に終わることが多々あった。


 倒せなくともその都度チュートリアルを始めた先駆者がサポートして事なきを得たのだが、当然全員が全員そんなサポートを受けられるわけが無く、当たり前と言えばいいのか、最初の犠牲者が出てしまった。それは酷く呆気なく、血糊が辺りに蔓延るが死体がない。人の死体が光の粒子となって消えてしまう。それを見ていただけの人達は恐怖で騒ぎ出す。ここじゃ無いどこかに、人が死なないであろうどこかに、逃げだそうと動けずにいる人達を揉みくちゃにしながら這々の体で駆ける。


 パニックは伝染する物で、次々に騒ぎ出し訳もわからず後ずさりなり、逃げるなりしてしまう。それも呼び寄せた魔物を放置した状態でそんなことをしたせいか、身動きできずにそのままにしていた魔物にぶつかってしまった。急に動き出す魔物のせいで更にパニックは加速し、人と魔物が入り乱れた大混乱に陥ってしまう。そしてその騒ぎで更に魔物が集まり、大惨劇へと発展してしまった。


 当然パニックの引き金は種族によってある程度変わってくる。怪我で似たようなパニックになる所もあれば魔物が現れただけでパニックが起こることもあった。




 そもそもプレイヤーは何を相手にしたのか? 種族毎にそれは変わってくる。



ヒューマンは『フォレスト・ウルフ』

狼の一種であり群れで行動する。戦い方を間違えれば群れに襲われる可能性が高くなる。集団の中にはリーダーが居ることもある。


ワービーストは『無念者』

種族は問わず、無念を抱えて死んだ者が怨念となって生まれた。一体一体は大したことが無く簡単に屠れるが、数が多く一人と遭遇すれば必ず4人規模で襲ってくる。複数集まると分隊になり、極稀に強力な個体が誕生する。


エルフは『狂精霊』

誰からも知られることも無く自身の存在に疑問を持ってしまったがために精霊から暴走した存在。自身の存在意義を忘れたため精霊の長所が消えている。そのせいで物理攻撃しかしてこない。また物理以外に高い耐性を持つが物理攻撃は通常通りダメージを与えられる。


ドワーフは『ゴシックワーム』

地面に無数の穴を開けて耕し、足場を悪くして自分の有利な戦況にする。伸びた身体には螺旋のように刃が並んで常に動き回っている。迂闊に近づくことは出来ないが、攻撃方法も体当たりのみ。装備も整っていなければ触れた端から切り刻まれてしまう。


ダンピールは『アシッドマミー』

どす黒くなった血液が染み込んだ包帯を人型にして全身に巻いている化け物。中身は形の維持出来なくなった粘性の魔物、スライムが入っている。魔物の習性で複数並んで行動することは絶対に無いが、もし複数存在する場合何を置いても合体しようとする。合体した個体は能力値が微増し、身体も大きくなる。


ドラゴニュートは『レッサードラゴン』

見た目は完全にトカゲだが、ドラゴンと言うだけあって動きが素早く力強い。耐久力に秀でていて、倒すのに時間が掛かる。属性別に存在していてブレスを吐く。稀に鳴き声で別種を呼ぶ。


魔人は『マキナの残骸・汎用製』

機工都市マキナで製造された戦闘用ロボットの廃棄物から生まれた存在。パーツはバラバラで人型や動物型、虫型と多様に区分されている。物理、魔法に対して非常に高い耐性を持っているが、弱点を突かれると脆い。




 以上がチュートリアルで現れた魔物のデータだ。最初なのだから相手も弱いだろうと、このクエストを実行した誰もが思っていた。だが後に見返せば種族毎に最初から対策が立てられた相手がチュートリアル戦の相手だと誰が思うか?


 その結果、ログインしたプレイヤー人口の3割が減少(後に判明)するという凄惨な殺戮が起こった。中でもヒューマンが一番被害の割合が高く、それが尾を引き口にはしなくても暗黙の了解で種族毎の優劣を決める結果にもなった。そのせいでヒューマン、またはジョブの遠距離シューターを選んだ者は基本的には足手まといというレッテルを貼られることになる。そもそもが数の減ったヒューマンを選んだプレイヤー自体、戦闘で見かける機会が殆ど無くなってしまった。


 その結果、トップを走るプレイヤーにヒューマンを見かけなくなる。






(だって言うのに、なんで私はあの娘達から情報収集なんてしなくちゃいけないのかしら……今更ヒューマン、それも女の子しかいないじゃない)


 兎の耳と指揮棒のオルターを時折動かして翠火達を探るワービーストの女性は無意識に思い返していた過去の情報と現在の状況を結びつけて不満に思う。それでも仕事だと割り切って情報収集をする。


『――後はホームで――』

『です――』


 結局は腹を満たしたついでらしく、残りの話はホームですることに決定したのか引き上げる様子が彼女の耳に届く。


「あの娘達、後はホームで会話するようね。ご飯食べるのを優先しただけみたいだし」

「は? 飯の後に詳しい話をするんじゃなかったか? いい加減なこと言って仕事を切り上げるつもりかよ」

「失礼ね。そっちこそいい加減なこと言わないでちょうだい」


 冷めたように目を細めて男を見る。対して両肩を竦めるだけで済ました男も出る準備を整え始めた。


「行くの?」

「あいつらが出るんだろ? だったら先に出て後を追う準備だけでもしてるさ」

「あら、信じてないんじゃなかったの?」

「間違ってたら間違ってたで報酬が出ねぇだけだからいいんだよ」

(結局信じてないのね……にしても変よね、彼女達は5人居るのにどうして私のオルターは4人分の反応しか返さないのかしら?)


 既に彼女を見ず懐からカードを機械に当て支払いだけ済ますと外へと出てしまう。オルターを出したままの女性は胸の中で愚痴を零すが、気になることの方に意識を割いていると……。


「おっと、また用があればすぐに連絡するからすぐに来れる所で待機してろよ」


 返事も待たずにすぐ消えたが、人を躾のなっていないペットのように扱う男の言い草に先程の疑問は吹っ飛んで不満だけが頭の中で渦巻く。


「……あんな奴らがやってる宗教なんか潰れちゃえばいいのよ」


 聞かれたら間違いなく命を落とす――ではなく神の御許に導かれる言葉を吐き出す。彼女は残った料理をやけ食いしてストレスを解消していった。




(どうやらあの兎の言ってたことは本当のようだな、あの小娘達もすぐ出てきやがった)


 先程のワービーストの女性と一緒に居たヒューマンの男が急いでホームの方向へと歩き始める。尾行とは言っても行く方角がわかっているため、後を付けてバレるリスクを抑えるため翠火達の前を歩く。


(あんなガキ共が本当にクラスモンスターをやったってのか? あの兎が本当のこと言ってるのか疑わしいぜ)


 彼が兎の女性に対して無条件に信用出来ていないのが、止めこそ全員で刺したがたった2人(正確には2人と1体)で凶暴化させたクラスモンスターを倒したことだった。


(ただの信者が何人束になってもジェノサイダークラスに太刀打ちなんか出来ねぇってのに、それをあんなガキが? ふざけんじゃねぇってんだ! 例え魔人だろうがなんだろうが剣も握ったことも無さそうな女がどうして倒せる!? それにもう1人はヒューマンって言うじゃねぇか! くっそ、どうして送り込んだ信者共も誰一人帰ってこねぇんだ!)


 この男が信用すべき情報筋に対して疑念を抱いているのが断片的な情報だけを拾っているからだ。兎の女性は自分の知った情報を全て報告しているにも関わらず、男は見た目と単語だけを拾っているため事実と情報が食い違っていないのにそれを誤情報と決めつけている。


 男は後ろに意識を割きつつ相手は子供だと侮ったまま不満な思いを募らせていく。




(リョウ、前方のヒューマンが件の……)

(は? 前に居るのにか?)


 トリトスが前を向いたまま声も出さずにリョウに語りかける。リョウも前を向いたままだが顔を若干強張らせてしまうが、声に出さず意思だけでトリトスに疑問を投げかける。


(はい、あの人物に似た反応を確認したのが3回目です。間違いなく尾行だと考えて問題ありません)

(でも3回だろ? それに前歩いてるし)

(彼は先程の居酒屋に居ました。それと情報収集のため目的地へ行く途中にあった妨害を覚えていますか?)

(ああ、お前目当てに絡んで来た奴らだろ?)

(一応リョウにも目を向けていた方は居ましたが?)

(……いいんだよ、そういうことにしといてくれ)


 トリトスはリョウのその反応に何も言わずに続ける。


(……妨害された時に1人だけこちらの様子を窺って隠れていた人物が居ました)

(え、なんでその時言ってくれなかったのさ?)

(場所もスラムですし、力の無い弱者が隠れていると判断したためです)


 スラムに居るような人物が女性、又はカップル向けの居酒屋で偶々入り、偶々同じ道を歩く。ここまで出揃えば偶然と言うにはあまりにもお粗末な状況にリョウも納得した顔になる。


(そっか、なら目の前に居るのと同じ反応で3回目ってことか)

(はい)

(なら決まりだな、ちょっと寄り道しつつ皆に意見を聞くよ。翠火さんにはオレが言うよ)

(では私は華さんに)

(夢衣さんには?)

(彼女はそのままでいいでしょう)

(お前ほんとドライって言うのか薄情って言うのか……)

(彼女には落ち着いた所で話すのがベストだと判断したんですが)

(お前少しは変わったと思ったけどまだまだだな。ま、今回は状況が状況だけど少しは気にしろって……いやお前なりに気を使ったのか?)

(?)


 疑問の意思がトリトスから伝わるが、リョウはそれを無視して声を上げる。


「みんな! ちょっとデザート的な物でも食べない? あれとか――げ」

『賛成します。リョウ、貴方が言い出したのにその切れの悪い物言いはなんですか』

「リョウさん……あんなに食べた後でよくクレープなんか食べる気になったわね?」

「わーい! あたし食べる~」

「アイスならなんとか……」


 リョウの腹にはクレープが入る余裕は無いが、なんとなく適当に時間を稼ぐために指定したツケがすぐに回った。トリトスも即賛成の意を表した所で別の場所を提案する余裕も奪われ、夢衣も乗り気になってしまったのが止めとなる。唯一翠火の案に一縷の望みを託して一行はクレープ屋に向かった。

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