第124話 大規模クエストに向けて

1ヶ月弱振りの投稿です。

遅れてすみません。また一週間ペースで投稿予定です。









 植物や多くの木が枯れ果て風通しがよくなった森だった場所がある。


『ラララ~♪』

(綺麗な音だな)


 ヒューマンの男性が荒れた木々の奥から鼻歌にも歌声にも風の音にも感じる綺麗な音色に誘われ、奥へ奥へと進む。


『ラーラーラーラララ~♪』

(こっちには海しか無かったはずだ。もう日が落ちるのにまだ歌っているのか? ……にしても本当に綺麗だな)


 不思議なことに、いくら近づいても音なのか歌なのかハッキリしない。だがこの男性は無意識の内に洗練された歌声だと感じている。誘われるがままに進んでいるせいで日が落ち、木々の薄暗い影が地面を差す。そのせいで本来なら見えるはずの水面が見えてこない。しかし男性は気にもとめない。


『ラララ~♪』

(不思議な声だ……おっとと、一応警戒しないとな)


 既に木々は無く、背後を照らす夕日が距離感と現在地を混乱させている。既に状況はおかしなことになっているが、男性は警戒しているつもりなのだ。


「…………ん、海?」

『ラーラーラーラララ~♪』


 気がつけば足が水に浸かっている。それでも音は更に奥から聞こえていた。


(仕方が無い、もう少し奥まで行こう・・・・・・警戒だけは怠らないようにしないとな)


 彼の運命はその音を聞いた時、既に決まった。いや、もしかしたらこの依頼・・を受けた時に全てが決まっていたのかもしれない。


(行方不明の捜索初日なんだ、慌てないでゆっくりやろう。にしてもここ最近魔物の姿が急に減ったってのにどうして行方不明者なんて……)


 思っていることと矛盾して更に奥へと進む行動に疑問すら覚えず、腰まで浸かった海の冷たさにも気づいていない。そして周囲には何も無く、海を覆う木の影すら消えている……筈だった。


 男性を中心に現れた不自然な闇が広がるまでは。


『ラララ~♪』

(はここから聞こえているのか……にしてもいいだ、ずっと聞いていたいな。この黒い雪・・・も凄く雰囲気に合ってる)


 警戒しているはずが目を閉じ、身体に触れた黒い雪を振り払おうともしない。歌に聞こえていた筈なのに曲とも捉え始める自身の不自然さにはやはり気づかない。自身を中心に広がる影に気づいてもいなかった。もし彼がこの影に気づいていたとしても気に止められたかはわからないが、もしかすれば待ち受けている運命を変えられた可能性はある。


『ラーラーラ……………………』

(ん? 歌が止ん……あれ、俺なんで海に入ってんだ)


 首を慌ただしく振って周囲の状況を確認すると、自分の居る場所が妙に暗いことがわかる。何かに囲われている感覚にやっとと言えばいいのか、暗い原因を見上げてしまった。


「あ、あぁ……な、なっ!」


 言葉を上手く発することが出来ず、自分が正気を失っていたことに気づかず再び恐慌状態になる。


「く、来るな!」


 腰から下が水に浸かっているせいかなのか、何か他に原因があるのか不明だが一歩も動けないでいる。その彼が目にしたのは5枚の花弁だった。遠目から見ると逆さになった花が静かに降りる光景だろう。


「やめ、やめ――」

『ラーラーラーラララ~♪』


 その花弁に包まれそうになる時、再び歌が聞こえる。包まれる瞬間目にしたのは花弁の表面全てに接地された無数の釣り針だった。男はこの暗い中光る鈍色に本能的な恐怖心を刺激されてしまう。それが最後に唯一働いた人間として正常な機能だった。


「――て」

『ラララ~♪』


 海から照り返された光が金属の釣り針を光らせる光景、彼の最後は歌声によって泣き叫ぶことも無くこの海と同じく静かになる。






「ってお話だったんだぁ……ふぅ」


 1人のヒューマン女性がその語りとは一風変わった口調で締める。これが本来の喋り方なのか、女性は張り詰めていた緊張を一息入れることで緩めた。


「あたしが集めたお話はこれだけなんだけどぉ……」

「むしろなんであんたはその話を仕入れられたのよ」


 とあるイベントに挑むため情報を集めていた彼女達は一旦情報を纏めるため集まっていた。そしてストーリーを持ち込んだ女性、夢衣に同じくヒューマンである親友の華が合いの手を入れた所で改めて集めた情報を精査するため洋風仕立ての一室で各々が成果を語っている最中だ。


「私はそこまでストーリーの詳細を調べることが出来ませんでしたが目当てのボスが居るルートを調べることはできました」


 狐のお面を付けた女性、一目見ればプラチナの如く白い輝きを放つ程綺麗な肌をした魔人の女性、翠火が情報を開示する。そして次に話題を上げたのが条件付きで一時加入しているヒューマンが声を上げた。


「オレが調べられたのは――」

『種族や魔物がその歌によって集められ、道中敵として出現するとのことです』

「――って感じ……被せるなよトリトス」


 若干吊り上がった勝ち気な目つきにバックに纏めた髪を逆立てたヘアースタイル、そして綺麗な顔立ちをしたリョウと、儚げで愛想が感じられないが人形のような美が感じられる無表情の女性、トリトスが息の合うやり取りの後、最後に華が続く。


「私は夢衣の話で出た黒い雪の情報がわか――」

『誰か来たようですね』


 華が手に入れた情報を伝え終える直前、トリトスが一言呟く。その瞬間彼女達は一斉に話すのを止めて全員唯一の出入り口である襖に意識を向ける。


「失礼しまーす! ご注文の品をお持ちしました!」


 元気な声が洋風の一室には似合わない襖の向こう側から聞こえた。リョウが「注文したのが来ただけか」と呟くと襖に近いトリトスが出迎える。彼女達が居る場所は女性、又はカップル向けの居酒屋であり、大小様々な個室が選択出来るためプライベートな話をするのにはもってこいの店だ。


「ありがとうございます!」


 お礼を言いつつ入ったのはこの居酒屋の女性店員だが、服装はウェイトレスその物だ。洋風の台車を引っ張る形で室内に入り料理の入った皿をテーブルに並べる。クロッシュと言う銀色で半ドーム状の蓋を被せていて中身がわからないが、店員は構わずテーブルに並べていく。一通りの作業を終えると再び台車を引いて「ごゆっくりどうぞ!」と言って去ってしまう。


「……この蓋取っていかなかったわね」

「冷めないように客のタイミングで取るんじゃ無いか?」


 華とリョウが情報を置いて世間話をしていると夢衣がテキパキと動き始める。


「牛肉の切り落としぃ! お肉お肉~」

「夢衣さんは本当にお肉がお好きですね?」

「あたしの元気の源だもん!」

『先に食べてしまいましょう。準備が整いました』

「はや」

「はは、トリトスも食いしん坊だからな」


 それは夢衣が翠火に向き直り話している間だった。慌ただしさすら感じさせず横切る風さえもコントロールしたトリトスが金属音1つ立てずに全てのクロッシュを取り外し、壁際のサイドテーブルに置く。それを見た華とリョウが驚きと呆れを抱いて料理を見つめる。


「美味しそうですね」

「皆で協力して取り分けよぉ!」

「あんたこんな時ばっかり率先して動いて……」

「例え華ちゃんでもあたしのご飯は邪魔させないんだから!」

「はいはい、にしても凄い量よね」


 翠火は付けていたお面をバッグに仕舞いながら夢衣と華のやり取りを見て口元を緩め、リョウがトリトスに疑問をぶつける。


「ここって居酒屋だよな? なんで日本料理しか置いてないんだよ」

『なにか問題でも?』

「いや問題は無いけど洋風でおしゃれな店だろ? なのに出入り口が襖だったり皿と蓋がコース風なのに中身全部日本料理ってミスマッチ過ぎない? おまけに全部一斉に並べちゃうし」

『サワラの西京焼き、牛頬肉の切り落とし、だし巻き卵、五目ご飯、切り干し大根、肉じゃがにつくね、アサリの酒蒸し、ふろふき大根、ほうれん草のおひたしに大根とタマネギの和風サラダ……どれも美味しそうですね』

「……そだな、どれも超盛りに目を瞑ればな」


 トリトスが料理を読み上げている途中でリョウの質問に答えずに自分の感想を述べ始める。このやり取りが初めてでは無いのでリョウもジト目を向けながら同意した。彼女の述べた料理は一品一品量が多く、とても一人前の量ではない。夢衣とトリトスが大食漢というのもあるが、彼女達は日本に居た頃より明らかに一度の食事量が増えている。最初は太ることを気にして抑えていた食欲も、日々の戦闘が影響してか太らないと理解すると今ではその抑えた食欲を解放して食べたいものを食べたいだけ食べるようになっていた。


「話の続きは食べてからにしましょ? 夢衣じゃないけど私も歩き回ったからお預けはごめんよ」

「オレもお預けはごめんだな」

『では取り分けましょう』


 精密動作で正確にトングを使って取り分ける。汁も跳ねないよう限界の速度を維持しながら誰にも迷惑を掛けずテーブルも汚さず綺麗な皿の上にすら染み1つ作らない。当然配置にも気を使って一品の料理のような盛り付けを終え、全員に料理が回った。


「……量多くないか?」

『何を言うのです。エネルギーを補給するつもりなら限界まで入れるのは当然です』

「いただきまぁす!」

『負けません!』


 元気に遊び終えた子供のような声を上げ、トリトスもそれに続く。リョウは嘆息して笑顔で料理を頬張る夢衣や口をいっぱいに膨らませたトリトスを見て食前の挨拶を済ます。それに合わせて他の2人続いた。




 そんな彼女達のやり取りを聞く・・人物が居る。


「随分暢気な娘達ね」


 そう気怠げに言ったのはワービーストの女性だ。白く大きな特徴的な兎の耳を翠火達の方へと向けていた。


「こっちは何言ってるか聞こえないんだ。早く内容を教えてくれよ」

「はいはい」


 そう急かすのはヒューマンの男性だ。急かされながらもペースを崩さない彼女は手に持つ指揮棒を一瞬で消して向き直る。


「どうやらあの娘達、情報収集は終わったようね。詳しくはご飯の後にするみたいだけど」

「はぁ~……やっぱそうだよな」

「なんでそんな大きな溜息ついてるの? 大規模クエストの情報収集はパーティ組んでるならどれだけ怠けてても1週間あれば終わるわよ」


 気怠げながら話す彼女に、男はテーブルを指でコツコツと叩きながら言う。


「集め終わってんのはわかったって、確認しただけだよ」

「あらそう、じゃなんでそんな苛ついてるの?」

「お前は情報収集だからいいけどこっちは情報収集の妨害を頼まれてたんだ」

「それは……お気の毒に」

「ったくよ」


 そんなこと出来るわけが無いと心で思いながら告げるとそれをわかってか、不満げな返しをする。


「あんたらプレイヤーってのはどうなってんだ? 誰とも話してない筈なのに、ピンポイントで情報を持ってる奴から物を抜いてやがる」

「そう言われてもね、私達プレイヤーは情報を共有する方法があるから仕方が無いわよ」

「ほんとにな、でもこっちが言いたいのはそれだけじゃねぇ」


 ヒューマンは背もたれに背中を預けて投げやりに言う。


「雑魚とは言え送った冒険者を物ともせず、凶暴化させた・・・クラスモンスターを実質2人で葬りやがった。ありえねぇだろ?」


 翠火達が閉鎖的な環境で食事をしているのには訳があった。それがここ最近起こっている異常事態なのだが、その原因の一端をこのヒューマンが握っている。


「私からすれば人の命をなんとも思わないやり方をどうかと思うけどね」

「何言ってんだ。多少とはいえ命を神に捧げられたんだ。文句を言われる筋合いはねぇよ」

(ほんとに……那庭治兌なばちた教のような穏健宗派もあれば、神に命を捧げるなんて狂った宗教観、神命みこと教みたいな過激派も居るんだから嫌になっちゃう)

「このままじゃぁ使徒様がやられちまう」

「私はお金が貰えればそれでいいわよ、お金が貰えればね」

「そうかよ」


 会話が一段落すると襖の方からノックの音が聞こえる。


「失礼しまーす!」

「料理も来たみたいだし、先に済ましましょう」

「そうだな」


 それからも情報を集めるために休憩を入れる。この男性は普通にしていればただのヒューマンに見えるが、その裏では一般とは掛け離れた思想を持つ危険人物だ。協力関係である内は安全でもあるが、ワービーストの女性はいつこちらに牙を剥くか気が気では無い。


(彼女達も面倒なのに付け狙われてるわね……私もいつまで使われ続けるんだかわからないのに)

「――ぃ、おい!」

「え、何?」

「何じゃねぇよ、やることもないなら情報収集の続きをしてくれ。お前を雇うのもタダじゃねぇんだからよ」

「はいはい」


 気がつけば食事も終わり、適当に返事を返す。騒いでいる翠火達に同情を寄せるが自分も似たような物だとすぐに思い直して思考を打ち切って仕事に戻る。彼女は気怠げに“指揮棒のオルター”と兎の耳を翠火達に向けて翠火達の方に向けるが、気がつかない内に後悔の思いが自然と過去を思い起こさせてしまう。


(なんで……どうしてこんなことになっちゃったんだろ。ただゲームがしたかっただけなのに――はぁ、何回後悔したって仕方がないわよね。私に比べればヒューマンを選んだ人はもっと酷いって聞くし……私はまだ運がいい方、よね)


 ただゲームをやろうとしただけで必死に毎日を過ごすことになった今の自分に何が起こったのか、過去を変えられないと知りながら割り切った風に逃避するが、変えられず、忘れられない過去を思い返してしまう。あの日ヘッドマウントディスプレイHMDを被ってから起こった悲惨な事件の数々を彼女だけでなくこの世界に来てしまったプレイヤーは決して忘れることはないだろう。

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