第123話 集合都市テラへ


「ありがとう、ここでいい」

『ヒュー!』


 成人男性より大きな体躯、人の顔程の足を持つ鳥のアニマルヘルパーにアキラは一声掛けるとそれに一鳴き返して降ろす。そっと降ろされたのはリキッドマシン・ペリメウスと戦ってから数分は上昇した位置、最初に訪れたボスのエリアを更に上昇して跨いだ先にある1カ所しか無い氷の出口だった。


『ゥー……』

「おうっ止めろって」


 自身も着陸したアニマルヘルパーは名残惜しそうにアキラに頬ずりしている。別れが近いことを察しているのか、少し寂しげだった。言われてすぐ首を引っ込め、アキラ素直に言うことを聞いてくれたことに疲れた笑みを浮かべて顎を撫でる。


「お前のお陰で助かった。やたら鳥押しだったこのエリアも終わりだけど、お前のお陰で無事抜けられそうだよ」

『ヒュ!』


 得意げに翼を広げて短い尾を震わす。すると尾羽から一枚の羽根がこぼれるように落ちた。


(これ羽根か? 綺麗――)


 氷のように白く透き通る羽根を拾い上げる。



【友好の証・鳥】

越冬隧道サハニエンテで協力したアニマルヘルパーと無事契約を果たした証、羽根のような見た目をしているが、特殊な鉱石で出来たシンボル。



『ヒュ!』

「あ、ああ。ありがとう」


 出てきた説明を読んでいると鳴き声で我に返り、落とした尾羽はアニマルヘルパーが契約完了の証として用意したシンボルだと気づく。


(確か雛から始まってこいつ専用の餌? を食わせてたらあっという間に大きくなったんだよな、そんでボスを倒したから契約完了ってこと……でいいのか? でも灼熱神殿エルグランデにも居たアニマルヘルパーからは何も――あ)


 そこでアキラは一つの共通項に気づく。


(もしかしてこのシンボルってパイオニア限定なのか? パイオニア以下の難易度かアニマルヘルパーが居ないともらえない? きっと何かの役に立つんだろ)


 そう言ってバッグに仕舞い「ありがとうな」と言って首元を撫でる。


「それじゃ俺はもう行くよ、あまりにもこのダンジョンに長く居すぎた……」

『ピュー』


 悲しそうな鳴き声の後、元来た道へと振り返り俯く。そんな仕草に若干心を痛めるが、時間的にも問題があるためアキラは静かに飛び立つアニマルヘルパーを見送った。


(もしかしたら育てた俺を親代わりだと思ってるのかもしれないな……おし! 行くか!)


 そんな感傷に浸るが、ダンジョンに突入し既に半年以上経過している。タイムポリューションのお陰でダンジョン外の経過時間は2ヶ月半程度に抑えられているがそれでも長期に渡ってナシロとメラニーを待たせていた。いくら翠火やその仲間に世話を任せているとはいえ、流石のアキラも近くに居もしない相手に気まずさを覚えてしまう。


 そしてアキラは知らないが、翠火達はアキラを待っているのだ。アキラがダンジョンに篭もっている間にイベントは発生している。


(んじゃ俺も帰るか)


 そんなことは露知らず、右手に握る可変中のシヴァを握り締め、左手は空を掴むように握る。ヴィシュは仕舞っているのになぜシヴァは出しっ放しなのか? それはアキラが未だにエゴを解除していないのが原因だ。


(何が起こるのか気が気じゃない……)


 だがそろそろエゴを維持する時間も限界が近いため、解除する前に何が来てもいいと心構えの準備をしていた。エゴの使用後、形を変えたソウルは元に戻る際魄アニマに多大な影響を与える。そして2連発したエグゾーストブレイカーの代償により、倍増した負担が自身の身を苛むことを思えばアキラは気が気では無い。


(……行くぞ! ……よし! ……さぁ、来い! …………来るぞ来るぞ! ………………うぉお――お?)


 準備を終えてからとっくに解除していたが、思っていた負担が一向に来る気配が無い。気合いを入れていたが、あまりにも来るのが遅いので無駄に長く身構えてしまっていた。


「あれ?」


 そもそも未体験の苦痛をどうしてアキラが想像出来ていたかだがダンジョンのパイオニアには[器の崩壊]というデバフが存在している。そして初めて味わった身動きすら取れない苦しみをアキラはその身体で覚えていたのだ。そのせいで返ってくる反動もその苦しみに匹敵する物だと考慮していたのだが、身体が若干重くなっただけで問題なく身動きが取れている。


「っかしいな? 身体がちょっと重くなった位……だよな? 反動なんか大したこと無かったのか」

「それは貴方がアニマソウルを鍛え続けていたからですわ」

「あ゙ぁあああああああ!?」

「きゃあああああああ!?」


 それは何も来ないと思い込み、身構えた状態から緊張を緩和させた瞬間の出来事だ。突如聞こえたのは綺麗な白髪のボブカットと深紅のドレスを身に纏ったロキの声、だがそのすぐ後に驚いたアキラの絶叫に驚き、ロキも釣られて悲鳴を上げてしまう。


「俺はホラーNGだつってんだろ!」


 憤慨したアキラだが、それに納得していない顔をしたロキは言う。


「後ろから声を掛けただけでホラー扱いはあんまりでは!?」

「だったらタイミング考えろや! 絶対俺の気が抜けた瞬間を狙っただろ!」

「いえ、何やらただならぬ雰囲気を感じたのでそれが落ち着くまで待っていたのです。そうして暫くしましたら疑問の声が聞こえたのでお答えしただけなのですが……」


 ロキにもロキの言い分があった。ただ不幸にも間が悪かっただけなのだが、2人がそのことに気づく様子は無く、アキラは気を取り直してロキに告げる。


「はぁ……まぁいいや、俺も驚かせて悪かったな」

「いえ私こそはしたない声を上げてしまい申し訳ありません」

「んでアニマソウルを鍛え続けたって?」


 アキラの質問に申し訳なさそうな表情から花開く明るい笑顔に変わったロキは機嫌良く話す。


「貴方の魂魄を観察してわかったのですが、ソウルを一時的に変質させる術を身に着けたと察します。そんなことをすれば多大なる反動がアニマの負担になりますが、これまで魂魄を鍛えたお陰でその反動を物ともしない。それ程貴方のアニマは強化されていると言うことです」

(器の崩壊デバフもなんとも無いし……それのお陰か?)


 初めてダンジョンに入ったときは器の崩壊、その影響だけで死ぬのかと恐怖に震えた。それ程に器の崩壊はアキラの心に傷を残している。だがその苦痛と恐怖は無茶を押し通す上でアキラにとって必要な物でもあった。翠火やリョウのように動けなくなるか気絶するということも無いこの状況はその違いを如実に現している。


「ですが、いくら反動が無いからと言ってすぐソウルを変質させてはいけませんよ?」

「なんでだ?」

「そんなの当然です! 反動が掛かっているのはアニマだけではありませんのよ? 体調に現れづらいだけでソウルも相応に摩耗しています。少し時間をおいてソウルを休ませなくてはいけません。アニマ基、身体も同様です」

「へぇ、でも状況的にそんなこと言ってられない場合はどうしようもなくないか?」

「確かにそういう場合もあるかもしれません。1回や2回でどうにかなったりはしませんが後がきついと言うのは覚えておいてくださいまし」

「勉強になる」

「本当の限界になればソウルが自然と教えてくれますわ。そこから先は絶対に変質させてはなりません」

「……わかった」


 真剣な物言いに慎重に返すと、ロキは笑顔になってすぐ何かに気づく素振りを見せると気まずげな表情で両手の人差し指を合わせて唸っている。


「あのぉ……ですね?」

「ん?」

「その……なんと言いますか」

「あ、なぁロキ」

「は、はい?」


 何かに気づいたアキラはこのダンジョンに突入前にあったロキとのやり取りを再現するため、にんまりといい笑顔で一言告げる。


また・・会ったな!」

「は、はい……会いました」


 アキラはなるべくロキに気を使わないようにしたつもりで笑顔で言ったのだが、ロキの表情は晴れない。


「怒ってませんの?」

「ちょっと意見が食い違っただけだろ? ちょっとは不満もあったけどそれだけだ。それにダンジョンの中で記憶を無くしてから戻るまでの間でどうでもよくなったしな」

「……私は、私の忠告を無視した貴方が確実に死ぬ。そう思っていましたの」

「ああ」

「ボスまで辿り着いた時点で既に予想は覆されましたわ。道中で記憶を無くす程の環境で仲間さえ居ないのにも関わらず1人で生きてること自体驚愕でした。ですが、流石にボスだけは装備の整っていない貴方ではどうにも出来ない状況が来る。それを、知っていましたの……」


 ダンジョンの攻略情報を自身で語れないロキに出来る精一杯の助言が、灼熱神殿エルグランデをパイオニアで再攻略することだった。


「ですから……それを知ってて……」

「気にすんなって、別にお前を俺を嵌めようとしたわけでもないだろ? ましてや救おうと対策を教えてくれた。それがわかっただけで今回突っ走った俺が悪いのは十分理解してる」

「……」


 ドレスの端を落ち着かずに弄るロキに、アキラは続ける。


「今回よりやばい目に遭うかもしれない。そのせいで学習能力が無いアホだって馬鹿にされるかもしれない。」

「アキラさん……」

「でも俺はこれからもこの生き方を変えない。この世界での歩き方を絶対に妥協しない。今回みたいに助言されても俺が、俺自身が納得のいく歩き方を最後まで貫く」

「……」


 アキラのその目は力強く感じられた。だがロキは力強さ以外にもある種直感に近い物を感じる。


(貴方は先程のような目にあってもその考え方を変えないのはどうして? それ程愚鈍な方ならとっくに死んでいてもおかしくない。ですが死ぬことを許容している節すら感じられるのはどうしてですの?)


 力強い瞳だがどこか死を受け入れていると感じてしまうロキの直感がこのまま行かせてもいいのか疑問に思うが、先にアキラが動いてしまう。


「心配掛けて悪かったな、今回はダンジョンに長く潜り続けてたからそろそろ行くよ。またな」

「え、ええ。それではまたお会い致しましょう」


 そんなロキの考えを打ち切るかのように声を掛けたアキラに対して慌てながらも別れの挨拶を交わす。今回は消えずに歩くアキラの後ろ姿を見送りながらロキは胸に感じる疑問を考え続けた。やがて外へと出る条件を満たしたため開かれた出口を潜り、アキラの背は氷のドアに遮られて見えなくなる。




 アキラは越冬隧道サハニエンテから出口へと通じる氷で出来た一本道を歩きながら反省している。


(今回もやばかったのは俺の情報収集が甘かったせいだ。この難易度に挑む奴が殆ど居ないからっておざなりにして油断したせいもある。もっとヒントはあったかもしれないのにな)


 歩きながら一つ大きく呼吸を吐き出して落ち着く。


(深緑の所に戻るまで、まだ死ぬわけにはいかない。我が儘だって、愚かだってわかってる。急いでいいことが無いのもわかってるが、ダンジョンにこれだけ時間を掛けてるんだ。こっちの世界に来て結構経つし、引き返して別のダンジョンのパイオニアに挑む時間なんてとてもじゃないがない)


 アキラにはアキラの事情がある。そして無謀な突撃は死に至ると今回の件で十分理解した。


(でも次はしっかりと事前準備しなきゃな。その方が結果的に早くなるならやるべきだし)


 反省を終え、ダンジョンを出るためネームプレートに何も記載されていないドアを押し開ける。中は氷で出来た箱の内部になっていて、中央にあるサークル以外何も無い。白と青の玉があり、アキラは青の転移球を手に取って砕きダンジョンから脱出した。






 自分の居ない間に何が起こっていたのか、これから向かう集合都市テラには何が待ち受けているのか、アキラはこのダンジョンの外で待ち受ける危機に自ら飛び込みむことになる。


 だがそれは災いをもたらす者のみが知り得ることであり、アキラはただその苦難を受け入れ続けるしか無かった。

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