第75話 帰還の手掛かり


「眩しっ!」


 ダンジョンからショートカットを利用して帰還後の手続きを終えたアキラは、岩山跡地オラクルのギルドから出て日の光を浴びる。久しぶりに肌を刺激する熱の暖かさに癒やされつつ、眩しそうに手をかざして空を見上げた。


「日の光ってこんなに暖かかったんだな」


 日光浴を楽しみながらタクリュー停留所に向かい、アジーンへと戻る手続きをする。アキラはナシロとメラニーに早く顔を見せたいがために、急いで戻った。




「風が気持ちいい! はぁ、あそこに比べたら何もかもが違う……。そうだ、ニュースチェックしとこ」


 タクリューに揺られながら開放感を堪能しつつ最近の情勢を知るためメニューからニュースを開く。タイトルで何か気になる物が無いか物色する。


【※重要※ 大規模クエスト募集開始】

【ダンジョンパイオニアの攻略情報】

【悪徳ユニオンにご注意を】

【パーティの注意事項 ソロ必見!】

【奇妙なオルター使い】

【今日のお面美女、Sさんと猫】

【野球のチームメイト募集のお知らせ】

     ・

     ・

     ・




「気になるのがこの大規模クエストって位か、前も思ったけどお面美女って顔見えてないのになんで美女ってわかるんだ? 記事もゴシップ的なのから真面目なことまで色々あるし……野球ってなんだよ」


 アキラが移動の暇つぶしのため、大規模クエストの記事を見ることにした。


【※重要※ 大規模クエスト募集開始】

集合都市テラで封印されていたダンジョンが遂に解禁だ!

多人数で突入してボスを倒せば【悪食流動カワズ】へのショートカット利用権が手に入るぞ!

[94]日以内に集合都市テラで手続きを済まそう!


※難易度はジュニア固定


記事作成者 ブンブン



「……内容の知らされないアプデみたいな記事だな、他のも見てみるか」


 暇つぶしに他の記事も読んでアキラは時間を潰していった。






「ルパご苦労、よくやったね」


 ユニオン【リターナ】のユニオンマスターであるミィルがライオンのワービースト、ルパを労っている。


「もう二度としねぇよ、ダンジョン何十周させやがったんだ?」

「3桁に行かないだけ君は運がいいんだ。誇りなさい」

「はいはいそうかよ、リッジの野郎は最初だけで気がつけば居なくなるしよ!」

「彼は君を監視する必要が無いと聞いて喜んでどこかへ消えたよ」

「ったく……」


 ルパは案外堪え性があるのか、それとも交わした約束は守る義理堅い性格なのか、通常なら同じダンジョンを何十周もする作業はただの苦行でしかないが、こなしてしまった。


 世の中には何百周、何千周と周回する常識では計れない猛者も居るが、それは別次元の話なので置いておこう。


「もう二度としないからな!」

「それは君次第だ。さ、ユニオンライドの手続きに行こうじゃないか!」

「これで行ったことのある場所にはホームを通じて好きに行けるんだよな?」

「その筈だよ」

「よし、早速あの時のヒューマンを探しに……」

「……」

「今回は止めるなよ? しっかり手続き踏んで戦えば文句ないだろ?」

「ハァ、仕方ないね。手伝ってくれた手前拒否しにくい」

「っし! そーこなくちゃな、あのヒューマン待ってろよ!」


 ルパは未だにアキラのことを探している。死んだ可能性を微塵も考えていないことから、何かを感じ取っているのかもしれない。もしかすれば何も考えていないだけかもしれないが、探られるアキラからすれば勘弁して欲しい所なのだが……。


 世の中は自分の思う通りには中々回らない物なので仕方が無い。


 勿論、ルパも見つけることが出来るかはまだ不明だ。






「あぁ~もう! なんで俺チキっちまったんだよ!」


 作務衣を上下に身に着けて鉄下駄を履いているのは、ゴーレム・キングとの戦いで力尽きたアキラを運ぶのに一役買った葉桐はぎりだ。アキラとは馬が合った彼だが、ワービーストのはじまりの街【パニック】のギルドで頭を抱えていた。


アキラあいつはアニマ修練場をクリアしたってのか? その情報だけはわからなかったから行ってみたらこれだ……」


 アキラの助言と事前の情報収集で、なんとかデバフ[器の崩壊]を耐えれる環境を自身で構築してダンジョンのパイオニアに挑んだ葉桐だったが、アニマ修練場をクリア出来ずにダンジョンをクリアしてしまう。


「そんな気を落とすなよ……他の奴はトラウマもらちまった奴も居るんだ。俺等はまだましさ」


 葉桐のパーティメンバーがなんとか宥めようとして声を掛ける。


「ああ、あいつがあれだけ時間掛けて戻ってきた理由がわかっただけでも収穫か……」

「一旦集合都市テラに行こうぜ? もしかしたら、ニュースには載って無い何か強くなる方法があるかもしれない」

「そう、だな」

(あいつもダンジョンを超えたみたいだな、どうやったか詳しく聞いてやる)


 フレンドリストから状態を把握した葉桐は、連絡を取るために集合都市テラに着いたらメッセージを送る決意をする。


 アキラは集合都市テラまでダンジョンを二つ残しているが、当然葉桐はそれを知らない。






「ナシロー!」

「ナャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 アキラはナシロを抱きかかえ、揉むように身体を捏ねていた。ナシロはこの世の終わりとでも言うような鳴き声を上げる。正確にはアキラが捏ねたせいで喉に手が当たってしまっただけなのだが、ナシロは気にしていない。アキラはアキラで鳴き声から身体に伝わる振動を堪能している風にも見える。


「メラニー!」

「アキラー!」

「いてっ」


 メラニーが感極まってアキラに飛び込み、顔に直接足の爪を立て、無理矢理頬の皮を掴む。


「ちょっ、離せメラニー」

「イヤ!」

「こら、突くなよ。悪かったって」

「…メラニー……嬉しそう」

「お前は笑ってないで説得してくれよ」


 ナシロが目を細めて楽しげに笑っている。メラニーも攻撃的だが、懐いているのは誰の目にもわかる。


「ダンジョンはどうしても長くなるんだから仕方が無いだろ?」

「フン!」

「済まなかったって」


 ナシロは兎も角、メラニーはご機嫌斜めらしい。メラニーをある程度宥めた後、アキラは自室に向かう。ダンジョンで落ち着いて眠れなかったため、静かに眠りたいのだ。


(後で翠火さんにお礼言っとくか)


 アキラは休むためにその場を後にした。




 アキラが消えるのを確認すると、フードを被った隅のテーブルで酒を呷る一人のドラゴニュートが呟く。


「やっぱり……」


 帰ってきたアキラが、ナシロとメラニーのたわむれる姿を思いだして不満が募ったのか、一瞬声を荒げる。


「あいつっ! やっぱり生きてやがったか……」


 すぐに声音を抑えるフードの人物は、自分勝手な振る舞いで自滅したドラゴニュートのダンミルだった。彼のアキラを見る目は殺意に満ちている。


 完膚なきまでにやられている筈だが、自分の手に負える相手ではないということが理解出来ないのか、ただならぬ雰囲気を匂わせていた。


「仕込みをしといて良かったぜ……必ずぶっ殺してやるからな! グフフ」


 暗い決意をしたダンミルの思いが、アキラの壁となって立ち塞がろうとしていた。手に負えない相手でも、それは考え無しでぶつかった場合の話である。


 残った酒を呷り、ダンミルは自分を待つ三人パーティの元へと向かった。






「あら? ナシロとメラニー?」

「居ない? どうしたんだろ?」

「帰ってきたんだよ!」

「「……え?」」


 アキラと入れ違いで翠火のホームに招かれていた華と夢衣がラウンジに出てきた。ご飯を食べにいくことにした三人は、ナシロとメラニーが居なくなったことに気づく。今まで居なくなったことなど無いのだ。


 常にホームのラウンジでアキラの帰りを待っていた二匹が居ないということは、自分でラウンジから動かないことを考えると、連れ去られた以外無い。


 無理に連れ帰ろうとすればメラニーがナシロを天井へと運ぶので、連れ去ることが出来る人物は限られる。飼い主のアキラが帰ってきたと思うのは当然だった。


「誰もフレンド登録してないんですよね?」

「えぇ……」

「しとけばメッセージ送れたのにー!」


 今更になってフレンド登録していないことを後悔し始める彼女達だが、出来ない物は出来ないので待つしか無い。


「暫く羽を伸ばすつもりだったんだからすぐに会えるわよ」

「んーそっかぁ、それもそうだよね!」

「会えないのは残念ですけど、いつまでも待つわけにはいきませんしご飯に行きませんか?」

「そうだった! あそこのランチ限定のメロンパン買いに行きましょ!」

「華ちゃん甘いの好きだねぇ」

「出来たてで凄く柔らかいので楽しみにしててくださいね」

「行くわよ!」


 まさかのアキラが生きていた可能性に若干安堵しつつ、彼女達は昼ご飯を食べに向かった。






「……へぇ、海洋漁港エステリアか」


 アキラは自室に炬燵こたつとベッドがあるだけの殺風景な部屋で寝ようとしていたが、ベッドで横になっているのに眠気がやってこない。


 ナシロとメラニーは既に睡眠中で、いつもの段ボールのベッドと止まり木で寝息を立てている。ただ、ナシロは目を開けっ放しで寝ているかどうかがわからないが、それはいつものことだ。


(そういえば寿司食ってなかったよな……海鮮丼あるかな。ウニとかいくらとか食いたいな……)


 疲れているはずだが、一向に眠れないアキラはギルドの帰還報告後に現れたクエストを見ていた。それとは別にふと思い出す。


(あれ? そういえば元の世界に帰るための手掛かりが手に入るんじゃ無いのか?)


 テラと始めて話した場所で、その話題がイベントとして出ていたのをアキラはふと思い出す。


(……アイテムボックスか?)


 見ていなかったアイテムボックスのリストから最後のボス部屋で戦った【寄生寄虫クリプトス】から出たアイテムボックスを見る。



【寄生寄中クリプトス】

【限界突破の書I】、【オルターの書・中】、【帰還のしるべ~模索編~】が入手できる。



「……素直に教えろよ。はぁ、なんかすっげぇ怠くなってきた」


 タイトルを読むだけで先が見えないことが見えてしまったアキラに漸く眠りが訪れた。帰還の方法を記す本が複数あるのも予測が付いてしまい、その内容を思うと気が遠くなったのだろう。


 久々にぐっすりと睡眠を謳歌出来たアキラだった。







【ご挨拶】

 この度はオンラインゲーム Soul Alter をご購入いただきありがとうございます。当ゲームはVRシステムを活用した大規模多人数型オンラインロールプレイングゲーム通称MMORPGです。


 表向きはそのようになっていますが、現状は仮想現実VR等ではなく現実の世界となっています。ここまで読み進める程ゲームを進行されている方は、この世界で何らかの覚悟をした方達だと愚考致します。


【帰還への道標】

 元の世界に帰りたい、この世界で生きる覚悟を決めた、ゲームだからクエストをこなしたりただ強くなる。


 人によって様々な考えがありますが、大まかに分けてこの3つに別れるでしょう。日常の過ごし方は、飢えを凌ぐために日々の仕事を糧にして生きる人、魔物と戦って富んだ生活を手に入れる人、仲間のために助け合う立派な志を持つ人と様々です。


 この様々な人に共通して言えることはただ一つ。


 強くなることです。


 これは単純に受け取っていただいて構いません。レベルを上げる、スキルの熟練度を上げる、ステータスを強化する、オルターを鍛える。


 他にも強くなる方法は沢山ありますが、それは自身で探しましょう。


 そうすることで、帰還へ繋がる道が開けます。この世界で生きる覚悟を決めた方が居るのならば、その方達は必ず強くなる必要が出てきます。ゲームとして過ごす方は誰よりも上を目指していただきたい。


 この世界はMMORPGを模して作られています。奮ってご参加ください。協力して Soul Alter をクリアしていただかなければこの世界に未来はありません。


 そして、この世界で培った強さは元の世界に戻っても無くなりはしません。鍛えられた力は新しい人としての可能性、資格ある者は必然と世界に求められるでしょう。


 帰還への道標としてクエストを頼りに進めてください。幸運を祈ります。


【必須事項】

エゴに至れない状態で現実世界に帰ると死ぬ。帰る場合は必ずエゴにしろ。




「これが【帰還の標】の探索編……」


 アキラはその日の夜に目が覚めてしまい、気になっていた帰還の方法について調べていた。その記述内容はタイトル通り帰る方法の具体案は存在しない。


「んー……この必ず“エゴ”にしろってオルターのことだよな? 何か文章も急におかしくなったし、普通強くなる理由として書かれるべき物だろ、なんでこんな後ろの方に書かれてるんだ?」


 探索編と書かれた、あまりにもその通りな内容は当然当てにならない。後半の内容に注目するのは自然だろう。


「今までと特にやることが変わらないってことはわかったな」

「…アキラ」

「どうした? ナシロ」

「…また……行く?」

「ああ、だけど暫くはホームに帰ってくるから心配するな。迷惑掛けて悪いな」

『ナァ』


 ナシロの一鳴きでこの会話は終わる。アキラはナシロに読み終えた【帰還の標】を投げ、その後を見送らずベッドに入った。本はナシロに当たる直前で消え、収納される。


(結局は今まで通りやることは変わらないってことか……でも強くなる、ね)


 アキラの頭の中には引っかかりがあるのか、漠然と一つの予感があった。


(アニマ修練場でこれ以上強くなれない気がする)


 修練場で無意識に何かを感じたのか、己の成長に限界を感じてならなかった。


 その不安は集合都市テラへの道程ではっきりする。

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