第74話 集まる人々


 レンガのような石で覆われた四角形の何も無い殺風景な通路を進むアキラは、その風景さえも懐かしさを覚えていた。


(アニマ修練場あそこは互いの姿は見えても基本真っ暗だからな、それに比べてこの遺跡みたいな風景があるだけでなんか安心感あるな)


 戦いにばかり没頭してきたアキラだ、当然気分が明るいとは言えない。殺風景な景色は何回も見ていが、新鮮にさえ感じている。


「さて、とっとと外に出るとしますか」


 懐かしむのもそこそこに、ダンジョンをクリアするため歩き出す。今アキラはバフを付与せずに出歩いているが、既にデバフの一つ[器の崩壊]が消えている。なので身体の痛みに悩まされることもない。そしてそれは、ダンジョンでの成長限界を意味している。


 最初のダンジョンと同様、修練場で肉体の器であるアニマを限界まで満たせばこのデバフは消えるのでアキラとしては今更でもある。ダンジョンも終盤と考えているアキラはここから出られると思っている分その足取りは軽い。


 ボスを残しているのもわかってはいるが、ゴーレム・キング程では無いだろうと考えているのだ。まさか顔見知りがボスだとは露程にも思っていない。アキラはその相手を忘れているのだから。






 アキラがアニマ修練場をクリアするのと同時期に、翠火は“最後の臨時パーティ”で活動していた。場所は植物が生い茂る密林だ。その植物特有の魔物相手に翠火とパーティメンバーは戦っている。


『フュシュルル』

「フッ!」


 食人植物とネームプレートで表示された口と牙を模した葉っぱの付いた相手に、翠火のほむらが赤い刀身から煙を帯びて突き刺さる。突きに特化した片刃直答タイプの剣、シュバイツァーサーベルが致命の一撃となり、光の粒子となって食人植物は消えた。


 それを認めた中距離ウィザード役の女性が翠火に駆け寄ってくる。


「翠火さん、やっと終わりましたね」

「……はい、ボスもこれで終わりですからね。私はこの後予定がありますので戦利品を分配したら失礼します」


 妙な間が翠火から漂ったが、すぐにいつも通りの対応で返した。戦利品を分配して早く帰ろうと翠火が宝箱を開けるため近づく。


 パーティの時宝箱を開ける時は、一定のレア度がある宝箱は自動で戦利品を“平等”に分配する仕組みになっている。なので誰が開けようと関係がない。更に一定以上のレア度のアイテムはまた別の方法でやり取りされる。


 通常なら翠火の行動を見守る筈だが、それを後ろで見ていたもう一人の近距離ブレイブ役が待ったを掛けた。


「ちょっと開けるのは待ってくれ、翠火さんがそのまま開けるとすぐ分配されて平等に行き渡ってしまう」

「? 失礼ですが、それの何が問題なのでしょう。平等に分配するのはパーティに入る前にしっかりと確認したではありませんか?」


 こういう報酬案件は揉め事が起こるため、事前に取り決めてそれに従うのが当然だ。翠火は確認したのに何が問題なのかと説いているのだが、ブレイブのワービーストは驚くべき持論を展開してくる。


「翠火さんは臨時で入ったんだ。普段のチームワークとは動きが異なって上手く力を発揮できたとは言えない。俺は本来ならもっと活躍できたんだが、あんたが前に出すぎて上手く攻撃に参加できなかったんだ」

「はぁ……だからなんです?」


 いきなりのアピールに困惑を隠せなかった翠火が、思わず意味の不明さに呆れる返事をしそうになるのを慌てて堪えて疑問を返す。


「だからこの後、俺等で改めて分配するんだが俺の取り分は間違いなく減る。あんたのせいでな」

「例え私のせいで貴方の取り分が減ったとしても、臨時参加の私にはやはり関係ないことです。それに活躍の機会が欲しいのならなぜ事前に言わなかったのですか?」

「関係ないってなんだ! 臨時とはいえパーティだったんだからこっちの意見を聞いてくれても良いだろ!」


 ワービーストの彼は自分の言っている矛盾には気づいていない。その矛盾を突くように翠火は言葉を返す。


「お言葉ですが、臨時とはいえパーティなら私の評価分を加えて報酬をいただけるなら兎も角、一方的に減らされるのは納得いきませんね」

「なんだと! 事前の話し合いで決めた額ならまだいいが上乗せを寄越せだなんて! どこまで厚かましいんだ!」


 こういう自分の話を聞かずに都合のいい部分だけを聞き分け、破綻した理論を展開するやからはどこにでも居るが、ここまで酷いのは翠火も初めて見た。言っていることに一貫性所か、子供でもそのような理不尽は言わない。


 それにおかしいのはパーティの他の面子すら何も言わないことだ。


 翠火は最初に駆け寄ってきた女性のウィザードにも目を向けるが、こちらを見ていない。


「なるほど、そういうことですか。なら報酬は結構です。今後はこのパーティとのお付き合いは御免願います。あなた方も私をブラックリストに登録していただけると余計な手間が省けるのでお願いします。私も全員させていただきますので」


 この世界はゲームの機能が組み込まれた世界だ。なのでオンラインゲームなら大抵は存在する機能ブラックリストがある。


 通称BLと呼ばれるこの機能は、通常のゲームなら登録された相手にはチャットが届かず、また登録者からもチャットが届かない、所謂連絡手段の遮断や、パーティの募集を見せなくする等、コミュニケーションの部類にまで影響することがある。


 勿論ゲームによってそれは様々だが、ソウルオルターの世界で使用する場合は生身での接触を断つことは出来ない。そのため、フレンドリストのメッセージ受け取り拒否とパーティを組む際に警告が出る程度なのと、後はオークションの利用に関することのみだ。


 メッセージ機能はそもそも親しい間柄でしか出来ないため、あまりこの世界では強くBLを活用できない。なので、相手にBL登録すると宣言することで、金輪際関わらないで欲しいと暗喩する意味としてBL機能は使用される。


「この女! ブスだからってそのお面で顔を隠しても性格までは隠せないようだな! 本性見せやがったぜ」

「翠火さん酷いです!」

「……」


 翠火は目を瞑って雑音を聞かないようにしている。パーティのリーダーは沈黙しているが、ウィザードの女性とブレイブのワービーストの一方的な物言いに言葉も出ない。訳では無く、この異常な状態が気がかりになっていた。


(明らかにおかしいですね。事前の取り決めで多少揉めたことはありましたが、ここまで一方的な状況はおかしい……それに)


 翠火はもう一つ気がかりなことがあった。ウィザードの女性がボスを倒して駆け寄ってきて一緒に達成した感じを演出していたが、明らかに攻撃の手を抜いていたのだ。リーダーのウィザードも回復と付与がメインだが、翠火には付与を寄越しても回復は必要最低限しか寄越さなかった。


(戻ったら印象操作もされそうですね……)


 ここまで悪い出来事が重なるのだ。普段は自身の評価に頓着していないが、鈍いわけでは無い。最悪、一人で報酬を独り占めにしたと噂されても仕方が無い。


 当然そういう方法も無くは無いが、ソロでパーティ相手にその方法を実戦するのは得策では無い。


 普段ならギルドから介入される案件になるが、このダンジョンはショートカット不可で、直接の行き来しか出来ない。その特殊なダンジョンは脱出後に確認すべきギルド員は付かないのだ。


 それ故に報酬としてはおいしい物があるため人気のダンジョンにもなっている。翠火も戦利品目当てにこのダンジョンへと来ていた。万が一を考えてソロで挑戦するのは控えていたのだが、今回はそれが裏目に出てしまった。


 臨時パーティに参加している理由は安全のためなのだが、当然デメリットもある。その一つが、今のように元から存在しているパーティに一人だけ混じることだ。問題を後にした場合、ソロ故に言葉の説得力が無いため、他の意見に封殺されてしまう。


 チャットでは無いため、会話ログは残らないので益々不利になる。だから翠火は報酬を全て断り、貴方達とは関係が無いと示すことしか出来ない。


(本当にこういうのは嫌な気持ちにさせられますね……)


 数回経験しているが、その度に話し合いになる。事前に話したことを特殊なケース以外で反故にさせられるのはやはり気持ちのいい物では無い。余程自分で何かをやらかさない限りは自分から申し出ることも無い。


 翠火がこの臨時パーティに参加したことを後悔していると、沈黙を守っていたリーダーのウィザードが急に翠火への態度を朗らかにして告げる。


「まぁまぁ、でも翠火さんだって報酬は欲しいんじゃ無いですか?」

「いいえ、結構です」

「……でもここまで時間が結構かかるし、無報酬って言うのもね?」

「今回は犬に噛まれたと思って諦めます。私のことは気にしないでください」

「いえいえ、そんなこと言わず」


 このダンジョンは稼ぎの場として優秀なだけで、どうしても欲しいアイテムがあるわけでは無い。翠火は運が悪かったと諦めようとしていたが、リーダーのダンピールはやたらしつこく話を続けようとする。


「しつこいです」


 戦利品をパーティで独り占めしようとしていたのではなかったのか? と翠火が疑問に思っていたのだが、リーダーのダンピールは中々引かない。無視してさっさと帰ってもいいかと考え始めた翠火に対して告げた言葉は、理解しがたい物だった。


「そりゃ、このまま帰したのではお互いに印象が悪いままですからね……そうだ! 次回も一緒に組みましょう! そこで今度こそちゃんと報酬を分け合おうではないですか!」

「……あなたは何を言っているのですか?」

「ん~これでもご不満なんですか? 強欲な方だ」

「ここまで酷い考え方は初めてです。勘違いされては困るので言っておきます。どれだけ報酬を優遇されても辞退させていただきます。話にならないので私は帰りますね」


 リーダーの呼び止める声を無視して、翠火はそのまま奥の帰還ゲートへと向かった。




「はぁ」


 ホームに戻った翠火はラウンジでナシロを抱きかかえて溜息を吐く。当然ナシロはなすがままだ。


「最後の臨時パーティがあんな終わりだなんて……」


 ナシロの首の後ろに顔を埋めながら呟く翠火に対して、ナシロがボソッと呟く。


「…せめて……お面取って」

「あ、ごめんなさい」


 口元しか毛の感触を味わっていなかったが、ナシロの頭にはお面が当たっている。流石に口に出したナシロだが、嫌がっている風には感じない。アキラが頼った相手なのと短くない時間が小さい絆を育んでいたからだろう。


 そもそもが、なぜ翠火は最後の臨時パーティと謳っているのか?


 翠火は夢衣と華に出会ってから目標にしていた、合流が目前に迫っていたからだ。つい昨日、越冬隧道サハニエンテを攻略したとの知らせを夢衣と華から受け取っていた。


 灼熱神殿エルグランデを超えて更にもう一つのダンジョンを超えたのだ。それ程時間が経過しているとも言える。


 そのため、最後のソロ活動として臨時パーティのブレイブを募集していた所に行ったのだが、良い終わり方ではなかったことに嘆息していたのだ。


 マイナス思考は連鎖して次々に嫌なことを思い出す。肩に飛んできたメラニーの、重さを感じさせない感触に頬を緩める。ふと、その元の飼い主であるアキラを思い出した。


(アキラさんが居なくなって2ヶ月、流石に……)


 翠火は口には出さないように気を使っていたが、夢衣と華を助けてくれた恩人でもある。忘れていたわけではないが、思い出すことも少なくなっていた。経過した時間も時間で、とても生きている扱いは出来なかった。


(この子達はそれでもあの人を待ち続けている。動物は愛情が深いと聞きますけど、アキラさんとの間に何があってここまで慕っているのか……気になりますね)


 いつか聞ければ良いなと思いながら、精神的に疲れた翠火は夢衣と華の帰りを待つこと無く、先に寝る旨をメッセージにして送る。




「ああ! 翠火ちゃん先に寝るって!」

「夢衣が街中動き回るからよ?」

「華ちゃんだって楽しんでたじゃん~」

「まぁね」


 翠火のメッセージを受け取った華と夢衣は、いつもの掛け合いを機に相談を始める。


「集合都市テラって眠らない街って聞いてたけど、ほんとだよねぇ」

「そうね、普通なら暗くなってる筈なのに一向に店が閉まる気配がないわね」

「まだまだ見て回りたいけど、明日もあるから今日は帰る?」

「そうね、そうしましょっか」

「ゴーホーム!」


 華は夢衣の元気そうな姿を見て胸を撫で下ろしていた。というのも、夢衣の苦手な寒いダンジョンはイマジナリーブリザードの恐怖を彷彿とさせ、中々進行も思うようにいかないせいか、夢衣のテンションは下がる傾向にあったのだ。


 アキラが戻らないことも影響している。心配していないと口で言ってはいたが、時間が経つ程にその思いは影を差していた。命の恩人が戻らないことは、感情豊かな夢衣にとっては辛いことだ。華も不安に思ってはいても、夢衣のことでアキラへの不安は逸れていた。


(夢衣が元気になってよかった……最近動きっぱなしだったからしばらくはここで羽でも伸ばしますか)

「華ちゃ~ん行くよ~」

「もう子供じゃ無いんだからはしゃがないの」

「お姉ちゃん遅い!」

「私達タメでしょ!」




 時を同じくして、一人のマントを被った人物と一人のヒューマンにしては綺麗すぎで、エルフにしては特徴である耳が無く、魔人にしては肌の特徴が現れておらず、人形のような綺麗すぎる美丈夫が集合都市テラにやって来ていた。


『ここが私の街ですか』

「ちょっと、君が居なくなったらオレが困るし、オレが居なくなったら君も困るんだから先に行かないでよ」

『それは失礼しました。ですが、この周辺は安全域です。敵性勢力は確認されていません』

「君にわかってもオレにはわからないんだって、全く、オレのオルターなのにどうしてこんなことに……」


 女性のような綺麗な声と、多少歌うようなブレスを残す喋り方をした機械音声が美丈夫から聞こえる。落ち込んだ声音で愚痴る女性のような声に、美丈夫は考えた末に反応を返す。


『……丁度良かったから、ではダメでしょうか?』

「逆に聞くけど、良いと思う?」

『同じ立場なら私は間違いなく許可を出します』

「ここまで願望ダダ漏れだなんて……本当に君機械なの?」

『今は貴方のオルターです』

「それも疑わしい気がするよ」


 二人の仲良しコンビが、漸く到着した集合都市テラの中へと進んでいく。






 場所は戻り、アキラは“帰還ゲート”前に居る。


(あのボスなんだったんだ……やたら触手やらビームやら滅茶苦茶な攻撃してきたけど)


 神殿迷宮シーレンのボスはアキラがナーガの体内で倒し損ねた寄生寄虫クリプトスだったのだが、アキラが貝柱と称した台座だけはそのままに、元の形とは掛け離れた化け物になっていた。


 見覚えの無い相手から何かしら怒りを感じていたが、アキラはその相手の攻撃を鍛え抜かれた観察眼と、自身の理想通りの動きを体現できる技術をもってすれば、迫り来る触手の束も針に糸を通すようなギリギリの動きで躱すことが出来た。


 不意打ちから来るビームも予備動作を見て、躱す体勢を整えていたため、殺気の反応に頼らずとも危なげなく回避していた。ノーマルスキルで習得していたスキルも【武術LV.14】【射撃LV.17】【クイックドロウLV.9】と大幅に変わっているのも大きく影響しているだろう。


(あいつのエグゾーストブレイカーってのに比べれば、避けれるってだけで大したことも無い。今回はロキのボーナスステージも無いようだし、あの時は本当に特別だったんだろう。……帰ろう)


 戦利品のアイテムボックスを回収して帰還ゲート前に居たアキラは、ロキに会えないことを若干寂しく思いながら、次のダンジョンで再会するだろう予感を抱きながら、帰還ゲートの中へ入り、備え付けられた帰還用の玉を地面に叩きつける。


 アキラは無事、ダンジョンからの帰還を果たした。

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