第73話 修練場の有効活用
空気が歪む程の熱気が立ち上る大地に二人の女の子が居る。一人はしゃがみ込み、一人はそれを心配そうに見ている。
「華ちゃん大丈夫?」
「ちょっと休憩させて……」
「うん、あっちの方が気温低いからあっちに行こ?」
「えぇ」
ここ灼熱神殿エルグランデでは、普段とは立ち位置が真逆な二人が居た。いつもなら先にギブアップをするのは夢衣で、それを気遣うのが華だ。
ダンジョンの性質上、常に地面からは熱が発せられており、通路外はマグマが流れている。マグマで囲われているせいでその熱気も気温を上げる役を買っている。
「火傷はどうかな?」
「この身体は傷なんかも治っちゃうから
「そうじゃないよぉ……」
「わかってるわよ、冗談。どっちかって言うとこのダンジョンの環境に参ってるわ」
「華ちゃん暑さに弱いんだね」
「あんたは寒さに弱いけどね」
「ふふ、反対だね」
「似てないようで私達似てるからね」
夢衣が楽しそうにする傍ら、華も楽しげだが体調は良く無さそうだ。
「ここほんと暑いわね、おかげで【球弾き】の発動タイミング間違えちゃったし」
「あのタツノオトシゴみたいな魔物の攻撃?」
「ドランペッターね」
「そそ! 球弾きってタイミング間違えるとどうなるの?」
「見てたからわかると思うけど、力負けして受け流しきれなくなっちゃったせいでこれよ」
華が自分の足を指さして治りかけている火傷の痕を示す。
「タイミング間違えただけでそんなんになっちゃうんだぁ」
「正確にはステータスが足りてないのよ」
「ステータス?」
「球弾きって相手のDEX値より使用者のSTRとDEXの合計が高ければ問題なく弾けるのよ、ただ……」
「ただ?」
「タイミングを大きく間違えると大幅に相手のDEX値に補正がかかるらしいのよ。だからタイミングを間違えた私は攻撃を弾くのに失敗したって訳」
「らしいって、華ちゃんはどこでそれ知ったの?」
「ニュースに書いてた」
「あ、そっかぁ! あたしも見たことあるぅ」
ニュースに出ている記事の中には、定期的に常用スキルの検証報告をしている集まりがある。どの世界にも疑問を追求するために、検証結果の報告を誰に頼まれたわけでも無く行う者が一定数居る。他に報告する場所が無いため、ニュースを利用するのは自然なことだった。
「精度が高いから信用して良さそうだし、ちょこちょこ暇な時間に読んでるのよ」
「あたし変わった可愛い動物特集よく見てる!」
「あれ魔物よ?」
「でも可愛いんだもん」
「見る分ならね」
「ペットにして飼いたいなぁ」
「ニュースでそんな方法あったわよ?」
「え!?」
攻略もそれなりに進んでいる二人だが、マイペースなのでその進み具合はゆったりとしたものだ。だが、彼女達はほぼ8割方ダンジョンを攻略し終えている。これを意味していることは、アキラが未だ戻らずそれなりの時間が経過していることを指している。
(見るんじゃ無い、予測するんだ)
一方アキラは、修練場のエルフと懲りずに戦い続けている。
(見てから撃つんじゃ遅い。防御とはタイミングが違うんだ、身体の感覚が無くても正確に動かせるようにするんだ)
エルフとは互いに距離を取った状態で銃撃戦を行っている。今しようとしていることはエルフのインパクトドライブ対策でも行った、射撃に射撃を合わせる訓練だ。アキラは我武者羅に倒そうとしても魔人と同じようにいかないことに気づき、その方針を変えた。
(あいつの動き全てを学んでモノにするんだ)
その結果、今は通常の射撃すら同様に弾こうとしている。
「ぐっ!」
「あ! 間違えたね! おれの勝ち~」
だが、そんな曲芸の域をちょっと練習しただけで使用できるわけも無く、その身に弾丸を受けながら練習していく。アキラが倒そうとしないせいで時間制限が来てもエルフはエゴを使う様子が無い。
「も、もう一回だ」
「いいよ~あんたが俺に付き合ってくれるなら殺しもしないさ! こういう形でならいくらでも時間を潰せそうだよ!」
「……始めるぞ」
「こいこい!」
狂人との付き合い方を見出したアキラは盗める技量を駆け引きから何まで吸収すべく、必ずこの修練場をクリアすることを胸に、今日も銃弾の恐怖と戦っていく。
この世界での
それから相手の死角を作り出す技術を体験して学び、それをエルフ相手に実行するが、更に反撃を食らってしまう。反撃についても学習し、吸収していく。虚構の世界で学んだことを現実の世界でうまく活用していくことで、戦いで死にながらもアキラはステータスでは得られない力を身につけていった。
相手より自分が遅くても対処法がいくらでもあるのを学び、その方法を実戦で学ぶため敢えて[クイックI]の状態でエルフに[クイックII]の使用を強いる。その時エルフから発せられた言葉は……。
「わざと不利な状況で戦い続けるなんて、お前ちょっとおかしいんじゃないの?」
エルフもアキラが成長しようとしていることを知っているのにこの発言だ。アキラも狂った奴に変人扱いされるのは癪に触ったが、自分の理論が通じない相手と言い合っても仕方が無いと折り合いを付ける。
それから至近距離でシヴァを使った打撃の向上法と、このエルフから学ぶことは沢山あった。
(こいつ……)
だが、沢山学ぶことがあるということは、虚構の世界のエルフはそれ程長い時間を生きてきたということだ。見た目が自分とあまり変わらない相手が、自分の思った以上に長い時を生きているのでは無いかと疑いを持った。
年齢が気になり尋ねてみても「お前より上だ! だからお前は俺の下なんだ!」と具体的な数字を述べずにはぐらかすように言ってくる。
そうしてアキラの時間は過ぎていった。
クロス経過時間[54日] ダンジョン経過時間[162日]
アニマ修練場で数日過ごすことも珍しくなくなったアキラだが、その成長には目覚ましい物がある。というのも、ウルフ・リーダーを倒した時に手に入れたアイテムボックスにあった。
それを使用することで、広がった
最早アキラは、既に一般人とは言えないのかもしれない。
「はぁ、はぁ、ま、全く、嫌になっちゃうよ」
「……」
「こっちは成長しないんだからさ、はぁ、はぁ、狡いっての」
「今までありがとうな、助かったよ」
「はぁ、はぁ、散々殺してきた相手に、うっ、よくもまぁ、言えたもんだね」
「こんだけ長く過ごしてきたんだ。お前のおかしな態度は全部が全部本当って訳じゃ無かったんだろ?」
「はぁ……はぁ……」
変わり果てたと言っても、アキラ自身のあったかもしれない未来なのだ。そんな相手と奇妙な生活をしていれば気づくこともある。その言葉と同時に、エルフは一息で呼吸を整えると別人のようにアキラを見据える。
「ふぅ、そんなことないさ。狂った自分を抑えることは出来ない」
「でも理性的な面もあった」
「虚構の世界にも色々あるんだよ、アニマ修練場に始めて出てきた時は狂ってたさ、でも理性が一瞬戻るようになった瞬間は確かにあった。今みたいにな」
そう言って自身の胸を見下ろすエルフは、自身の胸に空いた穴を穏やかな表情で見ている。どうやら狂気は完全に消えているようだ。
「あのインパクトドライブの使い方はしたことがなかった。意味が無いからな、でもこうやって結果を見れば有りかもしれない。俺が負けた理由になった、あの肘鉄……効いた」
「……今までありがとう」
「こっちも感謝してる。狂ってた時はこの時間を引き延ばそうと必死だったが、死が確定して終わりが来るとわかれば安心出来た。向こうに戻ってもなんとかやっていけそうだ。って言っても俺は虚構の存在で、作られた現実で、あれも偽りなら……救いがある」
あれ程死を引き延ばそうとしてたエルフはもう居ない。終わったことに喜びすら感じている節がある。アキラは終わりが近いことを確信し、質問するが……。
「質問していいか? あの娘を救えなかったってのは」
「狂った俺が言った言葉は本来なら告げることは出来ない筈だ。狂ってるからこそ言えたんだろ。そのことについてなら答えられないんだ、済まない」
「そうか。いいさ、これ以上は贅沢だ」
「ぐ、そろそろお別れだ。やってくれ」
仰向けに倒れるエルフは、力を抜いて大の字になっている。もはや抵抗もする気が無いらしい。それも当然で、起き上がれる程の力が入らないのだ。肘と膝という身体を支える上で大事な関節部分を折られているため、体勢を整えようにも為す術が無い。
「いいか、諦めないのもいいけどな、大事な人を“諦めさせる”のだけは絶対にさせちゃいけない。もしさせたなら」
「させたなら?」
「死ぬ気でその判断を撤回させろ」
「それは……お前の」
「いやいや、何か勘違いしてるみたいだな。なんとなくそう思っただけだ」
「そう、か、俺の勘違いみたいだ。わかったよ」
「じゃあな」
「ああ……さようなら」
アキラは前に進むため、シヴァのトリガーに指を掛けた。
「あれ、ここは……修練場の椅子だよな? 今回はエゴってのにはなれなかったっぽいな。ま、十分強くなれたし、悔しいけど早く先に進めよう。宝箱はちゃんとあるみたいだし」
前回のイドに進めたような展開にはならず、修練場に行く時の椅子に戻されていた。目の前にはミリタリーグローブと本を手に入れた時と同様の宝箱がある。
「これブーツか?」
ブーツを取り出し、バッグに入れて説明を読む。
【コンバットブーツ】クラス:シニア
軍事工房ヨランダで製作されたブーツ。耐久性に優れ、地形によるダメージを最小限に抑える。着地の衝撃を分散し、落下ダメージを抑える。
「なるほどな」
説明を読み終えたアキラは当然のように履く。一通り歩き回り、履き心地を確かめる。
「思ったより履き心地いいな、なんか凄く足に馴染むぞ? よし、回帰の泉行ったら早くここをおさらばするか」
すっかり忘れているが、先に待ち受けているボスはアキラのことを知っている。当然アキラも知っている存在だ。ただ、それが今のアキラの障害になるとはとても思えないのが悲しい所だ。
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