第72話 シヴァの可能性


クロス経過時間[18日] ダンジョン経過時間[54日]


「最初にやられてから一週間とちょっとか……」


 元気なく漏らすような呟きは、回帰の泉で心の傷を癒やしているアキラからだ。その原因は未だアニマ修練場の終わりが見えないのと、もう一つの原因にある。


「あれが“エゴ”って奴なのか? あれは本当にシヴァだったのか?」


 未だに見た光景が信じられないのか、疑問を声に出している原因はエルフが持っていたシヴァの変わった姿だった。修練場でエルフに対応出来るようになると、遂に強化したパターンを見ることが出来たのだが、それについては困惑しか無かった。


「……これ一般的なハンドガンのデザイン弄りすぎじゃね?」


 アキラはシヴァを取り出して切れ目や溝が無いか探している。


『チガウ!』

「ご、ごめん、怒るなよ」

『……』


 例え無機物の身体だとしても、いきなりまさぐられるように触られていい気分はしない。触れているシヴァの声から伝わる感情には「何してるんだ!」と言わんばかりに怒りの感情がアキラの手に伝わってくる。


 シヴァはまだ許せないのか、黙ったままだ。


「もういきなりはしないって」

『ウン』


 許しを得たと判断したアキラは取り敢えずシヴァと別れの挨拶をして仕舞う。調べるのをやめたアキラは今後のため、必死に情報を頭の中で整理して反省会を始めた。





「あんたほんと強いね、っていても? おれだから当然なんだよなー」

「お、お前らは、一定以上は強くならないんだ。な、なら俺がお前らを超えるのも、はぁ、はぁ、時間の問題だぞ」

「それはどうかな?」


 瞬間、互いの間にあった軽い空気がその一言で歪む。修練場内でエルフと互角の戦いに持ち込んでいた合間の会話だったが、アキラの一言はエルフの疑問より否定に近い返事だった。


「君はあれだけ死んだのに、まだ知らないんだね。感情のコントロールもままならない“本能”から脱した程度の“イド”と自我を手に入れた“エゴ”の違いを」

「確かに強さは段違いに上がったが……」

「ダメだね、全然ダメだ。その身で受けてまだわかってない。まさかとは思うけど、本能から多少強くなったイドと同程度しか強くなった。なんて思ってない?」

「……」

「あらら、図星かー」


 相手は確かに狂気を孕んではいるが、理性的な面も垣間見られる。性格の波が激しいが、自然と口から発せられる言動には経験から得た知性が感じられた。


「確かにお前の言う通り俺はその程度の認識しか無かった。でも、いずれは俺もそこに行くんだ。知るのが早いか遅いかの違いしか無い」

「……やっぱりわかってないんだね」

「呼吸も整った、もうお喋りは終わりだ」

「フフッフ、そうだね。ちょっとお喋りも退屈してきたことだし続きを始めようね!」


 言い終わるや否や、アキラは即座に射撃で急所のみを狙う。防ぐ場所を集中して狙えば防御せざるを得ないため時間が稼げるからだ。積み重ねた10日あまりは戦い方から無駄を省き、洗練された物になっていった。


 防戦一方だったエルフも途中で防ぐのを止め、正攻法に切り替える。アキラの射撃と同時にエルフもそれに合わせて銃弾を鏡合わせのように当てる。初手エルフのインパクトドライブを迎撃するためにアキラが編み出した防御法だったのだが、エルフには最初から出来ていた。


(やっぱ同じ結果に行き着いてるよな、どう見ても俺より使いこなしてる)


 アキラはアバウトにしか狙えないため、弾丸を逸らすので精一杯だが虚構のエルフは違う。正確に一発一発を弾丸の先端である中央に当てている。その証拠にエルフが迎撃する弾丸はアキラと違って背後には飛ばない。


 どれ程の修練を積めばそんな芸当が可能なのか、ピンポイントシュートを使う時間が無いのを考えれば、スキルでは無く純粋な技量なのだろう。


 近距離ブレイブが【球弾き】のスキルを頼らないで使用可能にするのと同様に、遠距離シューターが【ピンポイントシュート】に頼らずとも、状況に左右されない正確無比の狙撃をこのエルフは使用可能にしているらしい。


(まだまだ遠い……こいつは“どこまで”成長した俺なんだ?)


 虚構の未来から作り出された自分の影は、虚構の人生を歩んでいる。即ち、アキラが進む未来の強さを秘めていることになる。


 修練の性質上仕方が無いと言えるが、今回の影はその強さを身につけていても精神を病んでしまう出来事があったらしい。


(ここまで強さに開きがあるっていうのか? 魔人の俺なんか目じゃない。それ程の差を感じる)


 近接格闘ではアキラが劣勢だが殆ど互角の戦いを繰り広げている。エルフはその耐久性の低さ故にダメージ量は多い。だからなのか、対策のレベルがアキラの比ではない。


 相手に攻撃を防御させて死角を作り出すテクニックや、その死角を作る傍ら敢えて殴られてから反撃を確実に成功させる実行力がある。


 本来なら意味の無いオルターを投げることで視線を上下に揺さぶり、余計な情報を与えて目的を隠す行動は明らかに対人戦に慣れすぎている。今のアキラには備わっていない技術だ。


(くっ、ここまで防いでた癖にカウンターかよ)


 同じ攻撃は完璧に防ぎ、他の攻撃は微妙な防ぎ方をしているかと思えば、完璧に防いでいた攻撃をわざと食らってカウンターをアキラに入れる。


 アキラの無意識に出来た“必ず防御するだろう”と思い込ませた状態で違う行動をする。これだけで一瞬の戸惑いを作り出したのだ。放たれるカウンターでアキラは防御できずに仰け反ってしまった。


 非力な一撃だが、それならまだいい。問題は既に長時間戦闘していることにあった。仰け反った隙にバックステップし、アキラから距離を取る。


「はい、時間切れ~“使える”ようになったし一回終わらせるからな。……エゴ」


 言い終わると同時にエルフの、いや“オルター”の雰囲気が変わる。エルフの表情は笑顔そのままだが、持っていたシヴァを見ていると異変が起こり始めた。


(またか!)


 銃口から撃鉄ハンマーのスライド部分が膨張し始めたのだ。だがそれも一瞬で金属の組み立てるような心地よい音と共にその形状を整えていく。時間にして数秒でその姿を変えた。


 正面から見ればテーザー銃のように、正方形の銃口と横から伸びる三本の赤いラインが上下にも追加されている。形を変えたのはシヴァだけでヴィシュは変わっていない。だが、この修練場では未だこのシヴァで撃たれるだけで“終わって”しまうのだ。


「まだ終わってない!」

「やっぱり理解してないね。引き金を引くだけでお前は死んじゃうんだから終わる終わらないは君に関係ないよ。さぁ行くよ!」

「くっそ!」


 エルフは自身の銃口を左手で塞ぎ、インパクトドライブを撃つ時と同じようにトリガーを絞るが、今回はスキル名を口に出した。


「【エグゾーストブレイカー】」

「くっ!!」


 瞬間、エルフの持つエゴになったシヴァから伸びている赤いラインが全て真っ赤に染まる。撃鉄から煙が吹き出し、グレネードのように広がっている銃口から聞こえるのか、何かが破裂しそうな嫌な音が聞こえる。


 アキラが全速力で駆けつけようとしても、その遙か前に攻撃準備は終わっていた。エゴが唱えられた時点でアキラの負けは確定していたのだが、足掻けずにはいられない。


 撃ち出される銃声からは破裂音は聞こえない。音が聞こえる前に発生した衝撃波のせいで遅れて聞こえるのだ。その音も、ガスボンベの中の圧縮された空気が放出される時に聞く音と似ている。


 銃弾はアキラの真横を通り過ぎ、アキラの鼓膜をつんざく。感覚の無い身体だが、衝撃波で押されていることは理解できた。


 同時にそれを感じ取る前に上下の感覚さえ覚束なくなってしまう。なぜなら着弾地点からは爆発が広がり、アキラの身体は吹き飛ばされてしまったからだ。


(くっそ! 身体の感覚が未だに無いせいで落ちてる感覚も不安定だ!)


 ただでさえ強い相手に自分は更にハンデを課せられる。その不利な状況から提示されている唯一のアドバンテージは何度でも挑めることだ。しかし、アキラはアニマ修練場へ挑戦するのを躊躇し始める。


 勝てるヴィジョンが浮かばないどころでは無い。取っ掛かりにすら辿り着ける気配が無いからだ。ここまで弱気になっているのにも訳がある。実はただの爆風の一撃だけで、アキラはdying状態になってしまったからだ。


(くっそ……体中の骨が折れてるみたいだ)


 至近距離からの爆発は、ある程度丈夫になったアキラの身体中の骨さえも打ち砕く威力を誇っていた。直撃すれば間違いなく身体はバラバラだろう。今は背中は焼け焦げ、皮膚からは裂傷のせいで血を流している。


(また、死ぬのを待つだけなのか?)


 既に何度も体験している死を待つだけの状況は、最早拷問に等しい。


 魔人はすぐに殺しに来るので精神的苦痛は死のストレスのみだが、エルフは時間を掛けて来る。長く一人で過ごさなくてもいいからという理由だが、相手のことを考慮しない倫理観は一般の人から逸脱しているとよく理解できる。


 当然左手は肩から先が消滅しており、腕の周りは身体を巻き込んで怪我をしている。


「動けなさそうだね、またお喋りしよっか」

「……く…………たば……れ」

「悪い言葉遣いだな! そんなんじゃあの娘と会った時に怒られちゃうじゃ無いか!」


 どうやらエルフで始めた虚構のアキラには好意を抱いている相手が居るらしい。アキラから言わせればその時点で本当に自分なのかと疑わしかったが、何か事情でもあるのだろう。


「この世界はいいなぁー、あんたが来るだけで暇は潰せるし嫌なことを考えなくても済む。嫌な現実にはもう戻ることは無いだろうし、生きるのも限界だったんだ~。約束だから死なないようにはしたんだけど、それって酷いよね!」

「……」

「おれの心は完璧に無視だもん! そりゃあんだけ長く生きてたら壊れるって、世界が滅びても私はただただ辛かったよ」

(は? なんでいきなり世界が滅びてんだ?)


 アキラは喋れないのだが、エルフを無視していても耳には入る。やはり正気を失っているとしか思えない発言だが、不安を煽る文面は読んできた本でも出てきているのだ。状況が正気を失った発言と捉えることも難しい。


「あ、おれなんの話してたっけ? ……そうだそうだ。ノートリアスモンスターの生態についてだったよね」


 通常なら不自然な話題転換なのだが、このエルフからはそれを感じさせない程の自然さがあった。


(こいつは本当になんなんだ……)


 アキラの身体はダメージが深刻だ。痛みは感じないが意識を落とそうとしていることには気づく。その流れに身を委ねた。どうせ死ぬのだ、もう余計な事は考えない。




「あれ? 意識無いの? おーい……寝ちゃったのかーじゃ一回起こそうかな。綺麗にしといた方がいいから一回殺しとこう。……ほんとに寝ちゃったみたい、つまんないのー」


 突然無言になり、シヴァを頭に突き付けて、引き金に指を掛けた。エルフの表情は本当に狂気に満ちているのかという程落ち着き払っている。しかし、その目は悲しそうな哀愁を感じる。意識を失ったアキラへと告げるように言葉を発する。


「俺を超えられないなら虚構の世界であるアニマ修練場の意味は無い。偽りの現実さえ超えられないなら、本当に先は無いんだ。このダンジョンは精神を試される場所、だからお願いだ、絶対に俺を倒せる力を身につけ、狂気を乗り越えてくれ。……それだけの強さが無いと、救えるものも救えない」


 彼は本当に狂っているのか、狂っているからこそ理性が一瞬顔を出したのか? アキラは本当に地雷を踏んでしまったのか? 正確な所はわからない。


 だが、このアニマ修練場は真の意味で試される場所だということは、はっきりしているようだ。力だけじゃ足りない、技だけでも足りない。


 心が強くなければ、いずれ力尽きてしまう。なんのためにこれ程人間を追い詰める修練場が存在しているかは未だわからない。


 ただ確かなことは、アキラは自分の未来のため、弱気になることはあっても諦めることだけは二度としないということだけだ。

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