第71話 アニマ修練場再び
回帰の泉で身も心も装備さえも整えたアキラはナーガが残した宝箱を開け、子蛇が残した鱗をバッグで調べていた。
「……布? なんだこれ、鱗みたいだけど肌触りは悪くないな」
ナーガの残した宝箱を開けると、蛇の鱗で出来た布状の物が入っていた。それをバッグに入れて詳細を調べる。
【絶酸の肌着】クラス:シニア
神殿迷宮シーレンに住まうナーガの抜け殻から出来た服、酸に対する絶対的な耐性を持っており、溶けることが無い。また、気温の高いエリアでの活動を円滑にする効果がある。
「これ抜け殻で出来た肌着かよ! でも、肌触りは悪くないんだよな……よし、折角だし着とくか。鱗も見とこっと」
【友好の証・蛇】
神殿迷宮シーレンで協力したアニマルヘルパーと無事契約を果たした証、鱗のような見た目をしているが、特殊な鉱石で出来たシンボル。
(あれ、なんだ。子蛇が渡したのは鱗じゃなかったんだな。所持品枠とは別の所に入ってるけど、今気にしても仕方が無いか)
「やばい、着心地すっごくいいな、抜け殻って感じがなんか複雑だけど」
防具の装備とは別枠らしく、装備されたことになっていない。ただの衣服のようだ。
「ただの衣服がシニアって、俺すごくね?」
大蛇に呑み込まれ、命を懸けて敵を倒し、死にかけて脱出した結果を考慮した状態での感想がそれなら大分感覚がズレているが、目の前のアイテムに喜んでいるアキラがそれを考慮しているとは言い辛い。
装備らしい装備は壊れてしまい、ただの衣服のみの状態から豪華な服が手に入った状況が堪らなく嬉しいのだろう。
「そうだ!」
ついでに開けていなかったゴーレム・キングのアイテムボックスの説明を見る。
【ゴーレム・キング】
アイアンコア、シグナロック、ゴーレムの型・表
「シグナロック以外わかんないけど、所持品圧迫するし開けなくていいか。なんでバッグに制限あんだよ……いや普通はあるけど、それくらい……」
戦利品の整理が終わったアキラは文句を言いつつ、ヴィシュで自身を強化して器の崩壊対策をしてから回帰の泉から出て行く。いよいよ本番なのだ。
「やっぱりここにもあるよな」
わかりきっていたアキラの声が辛い物を堪える雰囲気を滲ませていた。回帰の泉から真っ直ぐ進むだけで3方向の通路が存在していて、曲がらずに進んだ結果【アニマ修練場】が見えてきた。
(アニマ修練場、あったかもしれない虚構の自分と戦う場所だったな。俺はファーストコーズとかなんとかで、パイオニア限定になってる筈だったな。気にしてもしょうが無い)
意を決して中に入り、4個並んだ椅子の一つへと自棄気味に座る。瞬間、アキラの視界が切り替わった。
「今回は最初から目が見えてるのか、声も出るし多少は動きづらいけど身体が動く」
「あれ? ……そっか、ここがアニマ修練場だっけ? ほんとに居るよ、ハハハ」
(な、なんだ? あれ)
アキラは魔人を選択した時の自分がまた現れると思い込んでいた。あったかもしれない自分がどうして魔人だけだと思い込んでしまっていたのか、目の前に居る“エルフ”を見て不思議に感じていた。だが、アキラが不信に思ったのはそれだけじゃない。
「あれ? 殺んないの? いつでも初めていいよー」
(待てよ、あれが本当に俺なのか?)
見た目は確かにアキラ自身だ。しかし、喋り方や弛緩しきった態度に陽気に感じる言動。顔以外、アキラ本人とは似ても似つかないのだ。最初の魔人は問答無用に近い状態で殺しにかかってきたのに、このエルフからは殺気らしき物も感じられない。
「な、なぁ」
「何?」
アキラは話が通じるならと、会話を試みようとする。
「お前は何があったんだ?」
「?」
「前の修練場とは全然やる気が違うなと思ってさ」
「んー、わたしは俺自身と会うの初めてだけど? 何々、前の修練場ってそんなにおっかなかったの? 笑えるねーフフフ」
(やっぱ別人って言っていいのか、別の俺だな)
アキラは最初に出会った魔人とは違うと確認できたが、ここまで感じた印象に違和感を抱いていた。
「元からそんな性格だったのか?」
「ハハハ! そんなわけないじゃん!」
「……」
「おれってさ、エルフ選んでシヴァとヴィシュと共にどこまでも行ける! そう思ったんだよ? でもねぇー現実ってクソみたいに残酷でさ」
(俺は精神的に壁を乗り越えてきた筈だ。こいつは違かったのか?)
「ぼくはなんてことしたんだろうなー、もうどうでもいいや……」
(さっきから一人称が定まってない。虚構の自分を理解している筈だが、これが俺とは違う道を歩んで来た結果、個人としての感情ってことなのか?)
アキラは違和感が狂気に近い物だと漸く理解した。そして、魔人とは比較にならない存在感もその肌に伝わっていた。
「なんで気づけなかったのかなぁ、虚構の自分を“最後”まで受け入れられなかったからかなーあの頃からやり直したい……」
エルフの姿をした虚構のアキラは手で顔を覆って泣き始めてしまう。だが、それもすぐ止める。
「でもね! ここに来てわかったよ! ここにさえ居れば、時間は永遠に進まない! 死んだ“あの娘”を引きずって生きなくてもいいんだ!」
(いきなり泣いたと思ったら元気になったり、精神を完全に病んでる。何があったかはしらないが、理論が破綻している)
自分とは既に別の存在と成り果てたエルフをアキラは悲しそうに見ている。仮面のせいで表情は見えないはずだが、エルフは自分を見ている視線に気づく。
「ヘヘヘ、哀れんでくれるの? 嬉しいねー、私は君だからね。ここを必ずクリアするまでやめないのはわかってるよ、そうだろ?」
「……ああ」
「よかった! 僕は一人だと寂しいからねぇ、君を殺し続ければ君は永遠にここに居るってことだろ!? だから俺も永遠に止まった世界で引きずらずに生きていける! だから、君を、絶対に、勝たせたくないな!」
「!」
アキラは会話などするべきではなかったと気づいた。所詮は虚構、話し合いは避けてただ戦えばいいだけの世界で対話を選んだアキラは取り返しの付かないことをしたと理解する。
(永遠にここに居るって、この互いしか見えない真っ暗な世界で永遠に居るって言うのか!? アニマ修練場の本に、クリア不能になるかもしれない条件が書いてあったがまさか……)
本に書いてあった一個人として接しましょうという記述は、特殊なケースについては触れていない。
精神を病んでしまっている相手の地雷を踏み抜けば、問答無用でクリア不能になるかもしれないケースがあるのだ。アキラは今正に、その一番やってはいけないことをしてしまったらしい。
「いっくよ!」
「シヴァ!ヴィシュ!」
「「イド!」」
アキラは相手のかけ声で戦闘に意識を切り替える。両者の召喚したオルターがイドへと変わってすぐに修練場に入ってキャンセルされたバフ[賦活]と[クイックII]を付与する。だが、その選択はアキラの常識を覆す方法で即座に後悔させられる。
「シヴァー、インパクトドライブいくから!」
「!?」
その声を聞いてアキラは凍り付く。相手はイドにしたばかりでインパクトドライブを使用すると言った。対象が近くに居ない状態でインパクトドライブを使用する場合、自身の身体の一部を利用して放つことは出来る。
エルフならヒューマンと比べてそこまで身体は丈夫じゃないため、イドの状態なら身体の頑強さを超えて身体の一部を吹き飛ばすことも可能だろう。だが、戦闘開始の最初にいきなりやるのはどう考えても悪手だ。
当然アキラも相手の失策に気づいている。単純に避けられると思っていたが、まだエルフに比べて戦闘経験が豊富では無いアキラは判断を誤ってしまう。
『ドォォォン!!』
轟く轟音が、その軌道上に居ない筈のアキラを突き抜ける。
「ぐ! 一体何が……」
アキラは自分の身体を見下ろし、胸に空いた穴を発見する。
(感覚が……無い)
触覚が働いていないことに気づく。アニマ修練場に入った時には既に触った感覚や、痛覚が遮断されていたのだが、銃弾を食らった後に漸く己の感覚が無くなっていることに気づく。
そして左手を吹き飛ばして居るにも関わらず、笑顔でアキラに迫るその表情は狂気にすら感じる。すぐに体勢を整えるために起き上がろうとしたが、それは敵わなかった。
執拗に【ピンポイントシュート】を使っているのか、威力の下がった銃弾を放つエルフはアキラの起き上がろうとしている手の肘や、オルターの握る指を執拗に狙っている。
「まだ死んじゃダメだぞ! 少しでも長く一緒に居て貰わなきゃ俺が悲しい」
「……言ってろ」
「おっと」
アキラは抵抗を止めない。近づいたエルフの足を刈り取ろうと寝転んだ状態で蹴りを放つが、それを簡単に避けてしまう。
アキラはその隙と勢いを利用して起き上がると、オルターの持てなくなった手で殴りかかる。だが、当たり前のように迫る拳に対してエルフは額を当てて防ぐ。血が流れるが、一切笑みは崩れない。
「元気だね~、俺もそうだったよ。どんな時でも諦めない! 最高だね!」
「うるせぇよ」
魔人の時より簡単にダメージを与えている筈なのにアキラはこのエルフの存在がどんどん遠くなるのを感じる。
それに答えるかのようにエルフはアキラの拳を額で横にずらし、アキラの体勢を一瞬だけ崩すと、無事な右手でアキラの腕を抱え込み巻き込むように体重をかける。
「こ、こいつ!」
アキラの腕から乾いた音が身体を伝わる。エルフはアキラの腕をあっさりへし折ってしまった。痛覚は無いが、身体の力が抜け落ちていく感覚は感じ取れた。
「暴れるから……一回殺しとこっかな」
「なっ!」
頭部に押し込まれた銃口でインパクトドライブを放たれ、アキラは気絶する。
当然dying状態になった。
どれ程の威力であろうとも、特殊なパターンを除いて最終的に命の防衛ラインは守られる。気絶していては意味は無いが。
「喋らなくなっちゃった? んー取り敢えず消えてもらって、また来てもらおう!」
再びエルフからインパクトドライブが撃ち出されるが、アキラはそれに気がつくこと無く死んでしまった。
「……狂ってやがる」
アニマ修練場から戻ってきたアキラは、静かに目を開きながら虚構の自分自身に対して思った以上に抱く恐れを吐き出すように悪態を吐く。既に死に慣れているアキラもそのことに触れず起きている時点で相当な物だが、それは修練の
何かが切っ掛けで壊れた物では無い。死の苦しみを表に出していないだけだ。
「あいつはなんだったんだ? 魔人のように強化状態を使ってこなかった……追い詰められない限り、使わない可能性もあるよな」
魔人だった自分の時と違い、エルフは既に自分の中の常識から逸脱している。予測も出来ないため仕方が無い。
「にしても一緒に居るって言って、最終的に俺を殺してどうすんだよ。感触的に頭撃たれたんだろうけど、アニマ修練場の奴らはどいつもこいつも容赦がなさ過ぎる」
一度休憩を入れてから、再びアキラは修練場へと突入するのだった。
「おぉおぉ、お前もやるな! 自滅戦法はもう使えないかぁ」
狂ったような
「はぁ、はぁ」
荒い呼吸を整えながらエルフのアキラを見据える。数回死んで学習したアキラは、まだ成功率の低い防御法を習得しようとしていたが、感覚の無い身体では勝手が違うせいで未だタイミングを合わせられずに居た。
(今のは偶々成功しただけだ。次は無い)
「にしてもさぁ、インパクトドライブってほんと頭おかしいと思う」
「はぁ、お、おかしいのは、はぁ、お前だろ」
片手が吹き飛んだ状態で話しかけてくるエルフは、痛覚が無いのかと疑う程にいつも通りに見える。それが不気味で仕方が無い。
「だってオルターで弾いても威力が高すぎてダメージ負うだろ? 避けてもピンポイント付ければ当たるだろ? 当たれば大抵勝ちなんだから、シューターにしては破格の攻撃性能だよねー」
アキラは理由を聞かずにエルフを非難した筈が、そんなのはお構いなしに自身の考えを並べ始める。アキラは当然話した内容の根本的問題を突き付ける。
「当たっても相手を倒せなかったらお終いだろ! 肉体の一部を失うんだぞ!? そんなハンデを自ら背負うなんてどうかしてる!」
「ハンデ? 身体失う位で大袈裟だよ。
やはりエルフのアキラは既に狂っているのだろう。根本的な問題点の解釈を間違えている。
(やっぱこいつはおかしい! 痛みや苦しみでまともに活動なんて出来るわけ無いだろ!)
言っても無駄だと理解したアキラは片腕が無い状態のエルフに銃弾を放ちながら突っ込む。驚いたことに、避ける素振りすら見せずにアキラを待ち構えている。
頭の一撃と心臓がある部分だけを守っている。
(このままじゃ“時間切れ”と同じように強化される!)
アキラは遠距離からdying状態になってしまうのを察し、攻撃を止めて接近戦に切り替える。更に突っ込む速度を上げた。クイックIIの効果は常人の目で捉えるのが難しい程の速度を出せるが、相手はヴィシュが出していないのでクイックを付与していないはずだ。
それなのにアキラを視線で追っていた。
(あれはおかしい。もしかして、あいつはヴィシュを仕舞った状態でもクイックが切れていないのか?)
その考えを肯定するように[クイックII]程の動きでは無いが、アキラが近づくと素早くエルフも動き始めていた。比べるまでも無くアキラの方が早いのだが、それにしてもその速度はやはりクイックI程度の速度は出ている。
(見えていても早さはこっちの方が上だ。このまま終わらせてやる!)
エルフは未だにシヴァを持ったままだ。ヴィシュに切り替えて速度を上げる選択を取らない理由は不明だが、恐らく何かを仕掛けるつもりなのだろう。
(油断するな……ん?)
「ニィー」
エルフが声を出しながら顔を歪める。唇が裂け、少し出血しているがそれに構わずに持っているシヴァを上空に放り投げた。
(唯一の攻撃手段だろ? 筋力だって……くっそわかんねぇ、取り敢えずピンポイントで……いやダメだ。オルターはすぐに召喚できるから意味が無い)
相手の考えが読めずにそのまま衝突するその瞬間、今更エルフがヴィシュを召喚して逆手に握り込み、アキラに殴りかかる。アキラも当然顔面を撃ち抜くために拳を振り抜きながら左手でガードする。
予想通りエルフの顔は殴れたが、異変を察知する。
(あれ、殴ってこない?)
自身の手でガードをしている筈の腕に感触が来ないのを不信に思っていたが、地面に向かって落ちるヴィシュが見えた。エルフが取り落としたのだろう。
対人戦に慣れていないアキラは、このことを後に反省する。
『ドォォォン!!』
(な! なん……で)
アキラのガードしていた腕がインパクトドライブによって吹き飛ぶ。
「ダメじゃ無いか! こんな攻撃食らうなんて~」
楽しそうな笑顔を浮かべながらエルフはアキラに気をつけるように促す。
エルフはヴィシュを落として視線を誘導し、投げたシヴァを即座に呼び戻しただけのシンプルな方法だった。
だが、有り得ないことばかりとヴィシュを握っている筈の手でシヴァを使うとアキラは想像も出来なかった。固定観念に囚われた思考を縫うように突いて、アキラの得ていたアドバンテージが無くなってしまった。
まだまだ修練が終わる気配は見えない。
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