第127話 思惑渦巻く大規模クエスト開始

週に一度って言いましたけど目安にしてください。進行が進むときと進まない時の差が激しくてペースを守れる自信がなくて……


こんな自分ですけどこれからも宜しくお願いします。









 既にギルド前では張り詰めた空気が最高潮に達し、突けば破裂するとのではないかと感じ取れる空気の中ギルドの受付嬢が姿を現す。ざわめきは完全に途絶え、2人現れた受付嬢は一枚の大きく硬質で白く薄い板を持ち上げながらギルドの建物脇にある雛壇へと上っていく。期待や不安が入り交じる中翠火達はそれを見ているが、ふと前にいる会話が耳に入る。


「でっかい依頼書だ」

「お前は大規模クエストは初めてだったな」

「そうなんだよ、初めてだけど腕が鳴るぜ!」

「まぁ俺らは大分後だから今気張っても疲れるだけだぜ?」

「は? な、なんでだ?」

「物に寄るが今回の大規模クエストってのは全員でたった一匹のボスを攻略する依頼だ。ホワイトカードの俺らは入場が後回しになるんだよ」

「まじかよ!?」


 今回が初の挑戦なため意気込んでいた男は呆気カランと言い放つ経験豊富な男の物言いに毒牙を抜かれる。


「ホワイトってホームカードのことだよな? なんでそんな理由で後回しにされるんだ?」

「それはどんぐりカード所持者が優先して入場するからだよ」

「どんぐりカード……テラ様に認められなきゃ貰えないどんぐりの刻印が入った青いカードか」

「ああ、その色からブルーカードって呼ぶ奴も居るがな」

「なんだよそれ! 狡いじゃねぇか!」

「まぁそう腐るなって、俺らはどうせボスまでは行けないんだ。それに普通のダンジョンと違って大きな違いが3つある」

「は? どういうことだ?」


 落ち着いた口調を崩さずに続けた男に損得関係なく疑問が吐いて出た。


「1つは中に入ればボスが死ぬまで出られない。まぁいずれは出れるからそこはあんまり気にするな。そんでもう1つは奥に行けば行くほど魔物が段違いに強くなるってことだ。勿論ダンジョンの比じゃねぇからな? まぁ一種の選別だな」

「選別?」

「ああそうだ。ボスに挑むに相応しい力がなきゃ奥へは進めないってことだ」

「お、おい! それじゃここまで準備に費やしたら赤字に……」

「まぁまぁ待て待て、普通のダンジョンじゃないって言ったろ? 中には倒されれば即出現する雑魚がかなり多いんだ。そして何より嬉しいのが雑魚を倒せば倒すだけ金が貰えるんだぜ? これは生きてクエストが終わればその戦果によって貰えるんだ。要は倒せば倒すだけ金になるってことだ」

「なら、いいのか? まぁ確かにダンジョンとはちげぇな。最後は?」

「中の雑魚はただのアイテムボックスを落とさないってことだ」

「げ、戦利品無いのかよ? 最悪じゃねぇか」

「ただのアイテムボックスは落とさないんだぜ? ただの・・・!」

「ん? ってことは――ブロンズやシルバーも出るのか!?」

「それだけじゃなくてな、ゴールドやそれ以上のアイテムボックスが出る可能性もある。まぁ見たこと無いけどな、そこはあれだ噂だ」


 噂と聞いても男のやる気は萎えるどころか膨れあがっていくのか、拳を強く握ってやる気に満ちあふれた目つきへと変わる。


「噂……けどよ! やっぱ冒険はそういう夢がねぇとな!」

「違いない!」


 2人は片腕同士をぶつけて話の内容がロマン溢れる世間話に変化していく。それを見て翠火達は勉強になると頷きながら彼らの邪魔をしないように少し距離を取った。


「情報集めだと進み方ばかりでしたけど普通のアイテムボックスが出ないとは知りませんでした。もしかしたら想像以上に豪華な景品も用意されているようですね」

「翠火ちゃんも何か欲しかったりするの?」

「もってことは夢衣さんも何かあるんですか? 因みに私は新しいお面があれば欲しいです」

「お面かぁ翠火ちゃんいつもキツネだもんね~あたしは美味しい食材がいい!」

「あんたはブレないわね?」

「フフッ全くですね」

「皆、ギルドから誰か出てきたよ」


 楽しげな会話が一段落したすると丁度リョウが場の変化を告げる。ギルドに併設された少し広めの空間に用意された雛壇に血色の悪そうな男性が立つ。ここまで焦らされたせいで一部を除いて静まっていた場がどよめきだす。いよいよ始まると雰囲気で感じ取った人々が落ち着き無くざわめき、その喧噪は静まる様子を見せない。


「あれはダンピールかな?」

『はい、この集合都市のギルド支部を任されたギルドマスターです』

「ダンピールってどうしてああも血色悪そうなんだ?」

『種族的特徴の副作用です。暗い場所では明るく栄える青い肌が日の本に晒されるとあのように見えてしまうだけで体調を崩しているわけではありません。ベストコンディションというわけでもありませんが』


 トリトスの機械音声が手早く解説を終えるとギルドマスターが拡声器を手に持った。


『冒険者の諸君……聞こえるか?』


 あれ程落ち着きの無かったざわめきはその一言であっさりと形を潜める。威厳があるわけでもなくギルドマスターの雰囲気に気圧されたわけでも無いが、拡声器から発せられた声はそれだけで喧噪を静まらせるのには十分な威力があった。騒ぎ出す前より静かに感じられるのは気のせいではない。


『聞こえているな。様々な種族が集まるこの都市で、これから大イベントが起こるって時にその輪を乱す奴らがいないことを嬉しく思う。私は集合都市テラのギルド責任者であるマスターのクルーロ、では大規模クエストの説明に入ろう』


 クルーロには迫力こそ無い物のその淡々と告げるペースは他者の介在を許さない独特のテンポを持っている。


『今回の大規模クエストは討伐となっている。だがただの討伐ではない――特定敵対種の討伐だ』


 一瞬溜を作った後に告げられた言葉で辺りは更に静まる。例え静かになっていても呼吸音や身じろぎによる些細な音は聞こえてくる物だ。だが今訪れている静寂はそのどれもが活動をやめていた。


「嘘だろ……ノートリアスモンスターが居るのか?」


 まだ日が昇ったばかりでギルドや冒険者達を照らす日の光のみが刺す世界で、ぽつりと声が聞こえる。


「大規模クエストにかこつけて、俺らにノートリアスモンスターを狩らせるつもりだろ!」

『なんのために?』

「お、俺らの命を使って弱らせ――」

『お前はノートリアスモンスターまで辿り着けるのか?』

「そぁ……それ、は」


 言外にお前には関係の無い話だろと言わんばかりの態度に、彼は言葉を紡げなくなる。クルーロが『続ける』と静かに言い放つと元の喧噪に戻った。


『誤解の無いように言っておく。特定敵対種――ノートリアスモンスターと言った方がわかりやすいだろう。これの討伐は前から依頼書が発行されている。だが今日まで討伐されなかったため大規模クエストに指定された。知らん者も居ると思うが、大規模クエストはテラ様が指定する物でありギルドは仲介をしているに過ぎない。命が惜しければ挑むのを止めればいい……ただそれだけだ』


 クルーロが辺りを見回し落ち着きのないメンバーの面々を見回していく。物静かなまま青い顔色を変えること無く咳払いをして再び話し始めた。


『確かにノートリアスモンスターが居る場合、内部のモンスターは強くなるだろう。だが限られた場所と限られた相手なら事前に情報を集め、対策を講じれば然程問題は無い筈だ。緊張を持つのは大切だが過度な怯えに意味は無い。今回の大規模クエストが終わるまで静かに待っていることだ。以上』

「ではどんぐりカード所有の方はこの依頼ボードにカードをかざしてください! どんぐりカード以外のカードは反応しませんのでご注意を! どんぐりカード所持者以外の方は順次案内しますのでお待ちください!」


 そう言ってクルーロは雛壇から降りて退場する。入れ替わるようにギルドの受付嬢が大声で呼びかけ始め、それに倣って青いカードを持ったメンバーが続々とボードの前へと出てきて手続きを進めていく。


「……多いな?」

「そりゃそうでしょ、どっからかわんさかやって来たブルーカード持ちがやって来て来ちまってるんだから」

「フイルか、そういえばそうだったな」


 早々と挨拶と伝達事項を終えたクルーロがポツリと漏らし、その声に対して気軽に返した1人のエルフの男性フイルが言う。


「まぁそんなことぁどうでもいいって、特種狩らせるために俺ら呼んだってことっしょ?」

「そうだ、上位ハイメンバーの数は多ければ多いほどいいからな。それに大規模クエストが失敗すればどれ程の被害が出るかわかったものではない」

「へいへいって言ってもブルー達が狩っちまえそうなら、それはそれで済む話だろ?」

「無いな」

「どしてよ」

「見ろ彼らを」

「ん~?」


 良く見ようと手で日を遮りながらフイルがボードの前で手続きを済ませるメンバーを眺める。そこには緊張感を漂わせながらも期待に満ち溢れた顔でカードを滑らせる者ばかりだ。時折厳しい顔や険しい顔で手続きをしている者も居るが、それは数える程度しかいない。


「へぁ~ありゃりゃりゃ」


 額に手を当てなんとも言えない様子のフイルにクルーロは言う。


「わかっただろう、奴らには覚悟が感じられない。どこか楽しみにしている節すらある。人数が多ければいいと言う物でも無い、これではいたずらに死者を増やすだけだ。事前の情報では神命教が動いている情報も出ている。今回は相当厳しいことになる筈だ」

「ったく俺らはお守りじゃねぇってのによぉお?」

「だが理由はそれだけではない」

「だとしてもよ? さっきクルーロさん言ってたじゃんさ、対策すれば問題ねぇって」


 青い顔を歪ませてうんざりするように言葉を吐く。


「そうだが聞け、今回は対策する条件にとんでもない物が――正確にはとんでもない物になってしまった物がある」

「なにさ?」

「ポンダエルの泥濘袋だ」

「聞いたこともねぇな?」

「レアモンスターのドロップ品だ」

「……俺らがもらったあれかぁ聞いたことねぇアイテムだったけど、ただのレアだろ? 何が問題なん?」

「お前らの分だけ確保するのがやっとだったんだ、どんぐりカード所有者が張り付いて所構わず狩ってしまってな。神命教も動いていたらしく、何も出来なかったのだ」

「あんれまぁ……じゃ守る間もなくって感じかい?」


 渋面のまま頷くクルーロにフイルは信じられないと言う風に頭を振った。


「魔物っつっても1匹残らず倒しちまったら復活するのに時間が掛かるに決まってんじゃん。いつからそんなマナー悪い奴らばっかりに……にしてはやたらブルー持ちが多く参加してっけど?」

「やはり気づくか、全滅すれば再度現れるのにやたら時間が掛かり、レアモンスターの品が出回り辛くなる。そしてどう考えてもアイテムと参加人数が釣り合っていない。参加者はパーティ単位で登録しているはずだからな、今登録していった者達と比べればその差は明かだ」

「おいおいクルーロさん冗談きちぃって」

「冗談では無い。明らかにアイテムが足りていないのだ。事前にサクラまで用意して演出し、対策を講じなかった者を省こうとしたのだが効果は無かったようだ」

「……」


 フイルは胸中で「あれは煽りだろ」と思うも口には出さない。既に自分達のやることが変わらないのだからうだうだ言っても仕方が無いと考えているからだろう。


「こりゃ守りに特化した方がいいなぁ」

「それで問題ない、必ず応援は寄越す。対策すら必要が無い者をな」

「ぉお期待させてくれるねぇ、で誰よ?」

「ヒーローさ」

「ほっほ~来てくれんのか!」

「ああ、だから呉呉くれぐれも無茶はするなよ」

「わぁってるって、んじゃこっちも準備を変えないと行けないから行くわ」

「頼んだ」


 フイルはパーティメンバーに方針を伝えるためその場を離れる。


「それではこの後すぐに全員の手続きを開始致します! 転移球は受付では無くゲート前で渡されますので慌てず待機していてください!」


 クルーロは登録が一段落した様子を声で確認するとギルドの中へ入っていきほぼ自室の執務室へと向かった。






「おし! 終わったぞ!」

「ここにかざせばいいのかな?」

「怖いけど楽しみだ」

「なんかノートリアスモンスターってのが出るのにほんとに行ってもいいのか?」

「ニュースじゃかなり煽ってるしな」

「そんなに遭遇してたなら情報持って帰ってるだろ」


 ギルド前に置かれたボードでプレイヤー達が手続きを済ましていくのとざわつきが続く。人の並ぶ流れに乗りながらすぐ登録手続きを終えたリョウが翠火達の元へと戻って来た。


「プレイヤーってあんな居たっけ?」

『集合都市テラは他種族も集う地です。普段ホームで見る数とは比べ物にならないでしょう』

「それに一カ所に人が集まることも少ないですからね。ホームで見る人も常に居るわけではないですし部屋も自分なりに弄れば快適です。部屋以外は利用しない人もそれなりに居ると思います。後ユニオンに入っていればハウスに常駐している人も居るので、それなりに人は散っているようですね。案外人が集まる機会は貴重かもしれません」

「確か翠火はユニオンに入ってたわよね?」


 翠火の考察が一段落した所で華がふと疑問を口にした。


「はい、リターナと言います」

「合流してからはいつも私達と居るけど大丈夫?」

「そこは気にしなくても問題ありません。リーダーの方針が元の世界に帰るための協力を怠らなければ普段は自由にしてていいそうなので」

「帰るための協力?」

「この大規模クエストもそうですが、基本的にはダンジョンの攻略やレベル上げ、スキルに磨きを掛けたりクラスモンスターやストーリーを進める等ですね」

「翠火ちゃん翠火ちゃん」

「はい?」

「それって普通にゲームしてるのと同じじゃないのかな?」

「そうですね」

「だよね! ならいつも一緒に居られるから、変な気とか使わなくてもいいかも!」


 夢衣は嬉しそうに両手を合わせ、機嫌良さそうに笑顔を浮かべた。


「あんたそんな事気にしてたの? 結構前にその話きいたじゃない」

「あれ? そだっけ?」

「これから行く所は間違いなく命の危険だってあるんだから、油断してボスの所にふらふら行くんじゃないわよ?」

「う、あ、あたしは中距離ウィザードだからそんなに行かない、と……思うょ」

「前衛の私達が安心して戦えるように補助はしっかり頼んだわよ?」

「うん! そこは任せてオッケーだよぉ!」

「それではそろそろ行きましょう。私達はどうやら最後の方になっているようですし」

「オレ達はノートリアスモンスターには挑まないようにしとかないとね。命は惜しいし」

『はい、あのような存在は出来る人に任せるべきです。この世界に現存する生物災害と好んで争う必要はありません』


 彼女らはノートリアスモンスターの存在を認知した瞬間方針転換を図っていた。事前に情報を調べてボスまで行くつもりではあったが、華と夢衣が一度ノートリアスモンスターの恐ろしさの一旦に触れている。当然その情報は共有されているため事前情報を集め、挑むための準備を終えていた。しかしその苦労が徒労に終わってしまうのを承知で方針を変える。どれ程準備していても命には変えられないのだ。


「出ぱ~つ!」

「あんたはトリトスさんの前!」

「ぁぃ……でもまだ突入して――」

「からじゃ遅いから言ってんの!」

「ぅう……」

「フフ」

「翠火ちゃん笑わないでよ……」

「それはそれは、失礼しました」


 口元を綻ばせて夢衣と華のいつものやり取りを終えて遂に大規模クエストへと突入する。






「行ったな」


 以前翠火達を付けていたヒューマンがぼそりと言う。


「あのふざけたお面の情報を使えば誘導なんてお手のもんだ」

「だがあの女だけは殺さないでくれよ、天に導くのは俺の役目だからよ」


 続けてヒューマンが喋るとフードを被ったドラゴニュートが釘を刺す。


「わかってるって、あんたにはどんぐりカード所持者にしか出来ないお布施を施していただいたんだ。金以上に役立つ情報のお陰で使徒様の仇と新しい使徒様のお姿を拝謁出来るってもんだ」

「そうだな」


 ドラゴニュートが頷きつつ前へと出てボードの前に立ってどんぐりの刻印がされたブルーカードをかざす。


(何が天に導くだ、自分で言って反吐が出るぜ。それに使徒様使徒様うぜぇ、頭がおかしくなりそうだ。……苛つくな苛つくな、ここまで入念に仕込んできたんだ! 今度こそ翠火をこの手に抱いてやる! そのためだったら誰が何人死のうが構うもんかよ、それに……今は居なかったが奴は必ず来る。あのクソ仮面野郎は必ず俺の手で殺してやらねぇと気が済まねぇんだ。へっ神命教風に言うなら天に導くってか? だがアキラ・・・が来ないなら翠火に集中すりゃいい、それだけなんだからなぁ)


 フードを外して以前より鍛え上げられた龍鱗を覗かせるのは、以前アキラに手を出して報復を受けた者、歪んだ欲望を携えたダンミルが居た。様々な思惑が大規模クエストを中心に渦を巻く。最早何事もなく終了することは有り得ないことだけは確定していた。

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