第116話 最長記録


 閑静な住宅街が並ぶありふれた街並み、まだ日が昇りきっていないため若干の暗さと冷たく穏やかな空気が流れている。そんな早朝だがちらほらと外を歩く人影が見え始めていた。全ての人が身を震わせながらコート等で身を包んで駅へ向かう。


 その内の一軒家の二階建てといったありふれた家にアキラは住んでおり、丁度家から外出する所だった。


「ねえ、兄さん。今日のご飯は昨日から漬け込んでた唐揚げがメインだからね。ご飯が進みすぎて困っちゃうからちゃんとおなかすかせといてよ?」

「ああ、わかったよ」

「それじゃ気をつけてね~」

「いってきます……そうだ、俺が居ないのに外 出るなよ? 欲しいもんあったら帰りに買ってくるからメールしてくれ」

「わかってるって――」


 そして突如その見ていた映像・・は途切れた。夢を夢であると自覚しているかのように意識だけははっきりしているアキラは、ただただその現象に身を委ねる。


(あれは俺が受験で家を留守にしたときの? 確かあの時の唐揚げは本当に上手かったよな、また深緑の料理……食えるかな…………)


 場面は変わって明かりが落ちた電気街、とある某有名家電量販機販売店の列に並ぶアキラが居た。


「……寒ぃ」


 ポケットに両手を入れてただただ寒さに耐える。予約しているにも関わらず、万が一購入出来ない可能性を考えて深夜にさしかかる大分前に並んだのだ。数ヶ月前から予約していた予約券はポケットの中で萎れている。


 諦と目的を同じくした者達が多く、その列を係員が拡声器を持って横切りながらはっきりと、しかし小さく伝わるように話す。


『お客様ー! もうそろそろ深夜12時の限定営業開始となります! 限定商品は新発売のヘッドマウントディスプレイHMDのみです! 事前に整理券又は予約票をお持ちの方のみのご購入となります! お持ちいただいていない場合は購入することが出来ない可能性が非常に高いです! 申し訳ありませんがご了承ください! その他の商品は事前にご予約いただいている商品のみとなります! それ以外はご購入出来ませんのでご注意ください! それでは営業開始致しますので押し合わず――」


 途中でまた映像が途切れる。


(……今思えば、俺はゲームにのめり込んで深緑との接触を避けてたんだよな。そんでこのソウルオルターに時間も忘れて熱中するつもりだった……結局深緑が出かけるときは引っ付くんだから意味なんてないのに……我ながら面倒くさい奴だ)


 家で交わすコミュニケーションは全くのゼロ、というわけではなく普通に交わしている。諦はそのつもりだったが今思えば気がつく。


(覇気のない顔、深緑を元気にしたのがゲームだってのにそのゲームに夢中になって逃避、挙げ句深緑を1人にしないよう付きまとうように動いて気味悪かっただろうに……そんな俺にあいつは毎日笑顔で、飯作ってくれて、一緒に食べるときは静かな俺に嫌な顔一つしないで足しそうに話しかけて……なのに俺はそれが居心地悪くて……挙げ句1人で食うときは気まずさもなく心置きなく料理を堪能してた……クソ野郎だな)


 そしてこの世界クロスに来てから現在に至るまで走馬燈のように映像が一瞬で流れていく。命の危機に幾度もあい、自分が持ってた醜い部分を知り、例え記憶を失おうとも負けん気だけは人一倍あることも知る。


 そしてアニマ修練場をクリア出来るまで何ヶ月もかけて挑み続けた思い、そんな過酷な経験は自身の血となり肉となっていることを改めて再認識している。


(絶対に帰るんだ。なんのために命を危険に晒してまでダンジョンに来たのかよく思い出せ、どんな理不尽だって跳ね返せると思ったから、力が手に入ると思ったから来たんだ。だったらいつまでも寝てなんていられない。さっさと起きて、しっかりしないとな)


 無意識に感じていた苦痛に苛まれる日常は返っては来ないが、その暗くも眩しかった日常を新しく、よりよい物にするためにアキラは日が開けるような心持ちに引き摺られてか、身体の感覚がゆっくりと戻っていくのを感じる。




「……水?」


 身体の感覚が完全に戻り、目を見開くと真っ暗な天井が見える。仰向けで水に揺蕩いながら自身の手を見て濡れているのに気づく。中指に付いているゼフトから詫びの印としてもらった指輪が水に濡れて一瞬輝く。


「なんで凍ってないんだ?」


 ただの水たまりが凍っていないことに違和感を覚える。越冬隧道サハニエンテの全てを凍らせる環境とはとても思えない場所で濡れることが出来ることにアキラは疑問符を浮かべながら、膝下までしかない水位に更に驚く。


「ここに落ちたんだよな? そういえば記憶も戻ってあの4つのデバフも全部消えてる……もしかして回帰の泉か?」


 アキラが落下した地点はダンジョンの区切りとして目印にもなる回帰の泉だった。この泉は飲んでよし、浴びてよしの万能飲料で身体を、正確にはアニマをダンジョン開始直前の状態に戻す効力を持っている。難点として持ち出すことが出来ないのが唯一ネックだ。


「そうだ、本は一応持って帰っとくか」


 泉に落ちていた氷の王子物語を拾ってバッグに仕舞い、泉から出て身体の調子を確かめたアキラはどの程度の時間が経っているのか確認する。


 クロス経過時間[70日] ダンジョン経過時間[210日]


「え゙……俺どんだけ歩いて――いや寝てた? どっちにしろおかしいな、この世界じゃなきゃとっくに死んでるぞ?」


 これまでのダンジョン攻略に掛かった時間の最長記録を更新し続けるアキラは戸惑いながらも出て行くために扉を目指す。


(なんかダンジョンで過ごす時間多いけど俺の身体大丈夫か?)


 身体の成長や老化を気にするがそれを調べる方法は現時点でわからないため、歯に物が挟まったような微妙な気持ちを抱える。


「あれ? そっか、回帰の泉が入口なのか……」


 普段なら3方向へと分岐するはずの分かれ道は2通りしかないが、入ってきた場所を考えればそれも当然だろう。そして回帰の泉までしか引き返せなくなっていることも理解出来る。


「ま、あそこに戻ってもどうしようもないか……あ! 飯!」


 それから久々に人らしい食事をアキラは取れた。数百日ぶりの食事という常軌を逸した日数だが、屋台で購入したさらさらとあっさりした温かいスープをゆっくりと飲む。牛骨で取れた出汁とタマネギとニンニクを刻んで放り込み、塩と胡椒がまぶされたシンプルで真っ白なスープは身も心も温めてくれる。


「はぁ~次はっと」


 紙コップに入ったスープ飲み終え、バッグの中のゴミ箱に放り込んだアキラは続けてお好み焼きを取り出す。鉄板で焼かれた肉が少なく、野菜多めの歯ごたえ重視でソースが効いたスパイシーな味わいが食欲をそそる。片手サイズしかないためあっという間に完食し、最後に肉がたっぷりと詰まったドネルケバブを取り出す。


 肉から漂う湯気は肉汁の旨さを知らせ、漂う香りは人の理性を消し飛ばす。一口かぶりつけば胡椒の効いた肉がピリ辛のチリソースとマヨネーズを携えインパクトたっぷりの演出でアキラを出迎える。


 肉だけ食べていれば濃い味に旨味を味わいながらも顔をしかめてしまうだろう。しかし、それは素人のやることだ。


 間に挟まるキャベツが歯ごたえとその水分で適度な味わいに変化させ、トマト特有の濃い味わいと酸味が新たな化学反応を呼び覚ます。一欠片混じるピクルスはしつこく脂まみれで重かった口当たりをさっぱりとさせた。


(足りん!)


 粉物をそれなりに食べても満たされないアキラは結局スープをおかわりしてケバブを3個食べ、合間に冷えた森のミルクを挟むことでステータスとは別にある。ひっそりと感じていた胃の空虚な感覚、本当の飢えを満たした。




「はぁ~俺こんな大食いじゃなかったと思ったんだけどこの世界来てからどんどん食う量が増えてる……でもずっとなんも食ってなかったのにあんな重いもん食って体調崩さねぇかな」


 満たされた腹を撫でながら左と前方に別れたT字路を真っ直ぐ進み、アニマ修練場を目指す。


「ん? アニマ修練場……きわみ?」


 見上げた先には【アニマ修練場・極】と書かれたネームプレートがあった。いつもなら[極]という文字はないはずだが、やることは変わらないためそのまま入る。


「あれ?」


 普段なら4席ある椅子が1つしかなく、その椅子の横には四角い窪みが付いたサイドテーブルが鎮座していた。アキラが近づくと半透明でプレート型のシステムメッセージが表示される。



【HELP】

アニマ修練場・極は魂魄の限界を迎えた状態、尚且つパイオニアダンジョンにのみ現れる特殊な修練場です。限界突破の書を指定位置に収めることで修練終了後にアニマの変質を行います。

※一度収めた限界突破の書は消失し、修練が完了、またはダンジョンから離脱するまで効果は続きます。



「へぇ~あの本なんも書いてなかったから何かと思ったらここで使うのか、よいしょっと」


 説明を読んだアキラはいつもとは違う1席のみ用意された椅子に座る。すぐに意識が飛ばないことに違和感を覚えるも、バッグから神殿迷宮シーレンのボスのアイテムボックスから手に入れた【限界突破の書I】を取り出してサイドテーブルに置く。


 すると一瞬で自身の虚構の存在が別の種族として待ち受ける所へと向かった。


 この虚構の自分自身と戦えるのは難易度パイオニア限定だがクリアは困難であり、何度も挑める。しかし、失敗すると意識だけとはいえ死ぬ程の苦痛と痛み、そして恐怖を植え付けられてしまうのだ。そのためパイオニア仕様のダンジョンをクリア出来る猛者のみが、パイオニア仕様のアニマ修練場を受ける資格がある。


 強制ではないため完全に自由意志となるが、当初この世界に来たアキラはクリアを迫られていたためなんとかクリアしたが、今では自分の考えで挑戦していた。


 だが、今回はと表記されたアニマ修練場だ。そこに待ち受けるのは、そして極の意味する所がなんなのか、これからアキラは嫌という程思いすることになる。


「ドラゴニュート……」


 ダンミルと因縁がある種族、ドラゴニュートを選択した虚構の自分が居た。だがダンミルとは比べものにならない程相手のドラゴニュート特有の竜鱗は硬質に見える。生え方も隙間なくびっしりと棘のように生えていて、触れればこちらが只では済まないだろう。


 ダンミルが身体に張り付いただけのプラスチックで出来た形だけの鱗に思える程、虚構のアキラは鉄と同程度の重厚さをその見た目から感じる。人によってはボスキャラや強キャラ感といった感慨深い物を感じるだろう。


「おわっおっかない顔してんな」


 自身の影として現れたドラゴニュートは今までとやはり性格が異なる。アキラの顔を見るなりおどけた風にオーバーリアクションを取っていた。


「お前も同じ顔してるだろ」

「いやいや間違いなくお前の顔の方が怖いぜ?」


 大きく頭を振って否定するドラゴニュートに若干の苛立ちと疑問を覚える。


「どこが怖いんだよ」

「その冷め切った目と表情だ。マジで怖いわ」


 両手で自分を抱くようにビビっていますと言わんばかりに茶化したアピールをしたドラゴニュートに、アキラは無駄な問答を止めて走り出す。本来なら何かしらのデメリットが付与されるが、身体の感覚もあれば目も見える。何か不利な状態が負荷された様子はない。


「おぉいきなり? もうちっと話そうぜ?」

「……」


 前方に居る余裕な出で立ちのドラゴニュートにターゲットを設定し、駆け出すと同時にシヴァが手に収まるように現れる。久々に呼び出したせいか、怒る……ではなくとても喜んでいるのが握る手から伝わった。


「行くぞ」

『ウン!』


 ピンポイントシュートとクリティカルシュートを重ねがけして引き金を絞る。クリティカルシュートは連射が効かないが、そのデメリットも近づくための牽制目的なら問題にはならない。


(何を笑って……!)


 ドラゴニュートが一瞬だけ笑ったが、相手の動きを少しでも制限出来ればいいと考えての一手だ。そして弾丸は命中するが、それと同時に金属に弾かれたような音が鳴る。それだけで笑った理由が理解出来た。


「……」

「おお、痛い痛い――ってのは嘘だけどな、イドでもないのにスキルを使って当てにくる攻撃なんて防ぐまでも無いんだぜ? ふっ!」


 牽制は効かなかったが動かないのならと、アキラは立ち止まらずに勢いそのまま、ガンシフターでシヴァの握り方を逆手に変更して右拳を振り抜く。それに合わせてドラゴニュートの呼気と共に気がつけばアキラの身体は後方へと吹き飛んだ結果、受け身も取れず無様に床を舐めさせられた。


「っく……あれ?」

「ほら始めたんだからまた来いよ。どうした、来ないのか?」


 相手の挑発が耳に入ってこないのか、アキラは攻撃を受けたとされる場所を撫でながら気づく。


(痛みが……ない?)


 触覚はあっても痛みがない。アニマ修練場で与えられた不利な条件は痛覚の消失であった。


(まぁやりやすいって言えばやりやすい……か?)


 だがすぐにその考えは否定される。痛みを感じないということがどういうデメリットをはらんでいるのか思い知ることになる。


「すぐ終わらせてやる!」


 立ち上がったアキラはドラゴニュートである虚構の自分自身へと突撃する。




 修練場に入って日を跨ぐ位の時間が経過した頃、どうしようもない現実に打ちひしがれていたアキラが居た。


「ははは、全然ダメだな。まるで動けてない」

(か、身体が動かない……)


 虚構の自分の高いテンションが気にならない程アキラはダメージを負っている。痛みを感じないのに倦怠感のみが付きまとう身体の感覚と、自身の命令に従わない腕や足は本当に自分の物なのかと疑う程だ。


「じゃまた・・最初からだな、ヴィシュ」


 ドラゴニュートが虚構のヴィシュをその手に呼び出し、アキラへ向ける。瞬間、静かだが遠くに響く綺麗な金属音がその銃声から発せられた。


(なんでこうも反応が鈍い!?)


 その繰り返す音を聞きながら心で悔しく思うも、回復した身体とは裏腹にその瞳に力はない。


(身体の感覚がなくても動けたのとは次元が違う。痛覚がないだけでこんなにやりづらいもんなのか?)


 痛みを感じることが出来ないということは、怪我を負わないための対処法、力加減、防御反応、危機意識、所謂防衛本能が鈍ってしまう可能性が大きい。人はリスクを感じなければ対処の必要性を見いだせず、痛覚があるからこそ身体は学習し、無意識に危険を察知する機能が鍛えられ研ぎ澄まされていく。


 しかし、その学習する余地すら取り上げられていては成長する速度は極端に遅くなる。アキラはアニマ修練場・極は時間切れが無いようで、未だ殺されず痛くは無いが痛めつけられては回復を繰り返していた。死の恐怖や苦痛を感じることすら出来ない現状は心をやすりで削られているかのようだ。


(……こんな不毛なのか?)


 初めは心を砕き、痛みや死の恐怖と渡り合った。そして自分の心の醜さ、良くも悪くも人間らしい一面と向き合うことでこの世界に必要な生きる力を手に入れようとアニマ修練場を利用した。そこまで成長してきたアキラだが、死という1つの転換期さえ与えられず動けないだけで痛みがない虚無感だけがアキラの思考能力を奪っていく。


(それでも……やるんだ)


 死の危険や迫る敵意があれば攻撃を避けることは難しくない。しかしその第六感とも言うべき機能が全く働いていないせいでただのサンドバックも同様だ。今まで培ったこの感性を感じ取る力も無いのを鑑みると、痛覚の他にも奪われている可能性が極めて高い。まるでこの地に縛り付けるかのように。


 だが機械のようにそれでも挑もうとするアキラを嘲笑う虚構の自分、ドラゴニュートは硬さだけではなくそのずば抜けた攻撃力を遠慮無くアキラに行使する。


「負けるか……っぐ!」


 アキラの身体にヴィシュで強化された相手のボディブローが突き刺さる。痛みはないが、そのダメージは声も出なくなる程だというのは見て取れた。簡単には倒れず腹に埋まる腕にしがみつき、その拳部分に重心を置いて飛び上がろうとする。


「甘いって」

「……!」


 飛び上がる直前にその拳ごと地面に叩きつけられ、瞳孔の収縮で視界が明滅する。身体の動きがダメージによって鈍くなり、思うように動けない結果が声も出ない衝撃だった。


(痛みはないのに……なんで思うとおりに動けないんだ!)


 震える手で相手の腕を弱々しく掴む。竜鱗とは思えないほど刺々しい鱗はそれだけでアキラの手にダメージを与え、血まみれにする。人は痛みを感じないとダメージを推し量れない。


 無理して最高のパフォーマンスを発揮するにはその痛めているというデータが必要だ。どこにどの程度のダメージがあるか把握できるからこそ別の筋肉を使うか、または無理して痛めた箇所を動かす選択を取ることが出来る。それを把握出来なかった結果、アキラにとってそれは動きづらさになっており、学べない負の状況が続いていた。


「はは、やめやめ正直がっかりだ」


 軽く笑いながら告げるドラゴニュートのアキラだが、その表情には諦めにも似た何かを感じさせる。


「自分が存在出来ない世界ってのは虚しい。俺の経験したと思っている全てが偽物だったなんて、それを知っていたのにここに来てやっと思い出すってどんな気分だと思うよ?」

「……知った、ぅ……ことか」

「ま、そうだよな。多分立場が同じなら俺もそう言うだろうな」


 痛みが無く、それでも身体を貫かんばかりにめり込んだ拳という異物に生理的嫌悪感を感じる。


「俺がこの力・・・を手に入れるまでどれだけ辛い思いをしたか、お前にはわからないだろ? だってのにその思いも嘘だったなんて……俺はお前に当たる以外にこのやるせない気持ちを発散する方法を知らない!」


 そういいながら拳を外した瞬間、アキラの首をドラゴニュートの臀部辺りから生えている尻尾が締めていた。


「深化して得たこの姿、この力があればどんな相手にも負けない! どんな奴にも理不尽な思いをさせられずに済む! そんな思いがあったんだ」


 最初のように高いテンションが嘘だったかのように静かになる。アキラは必死で首の戒めを掴んで首の絞まる不快感から抵抗していたが、それを無視して相手は続けた。


「進化じゃなく深化なんだぜ? だってのに、世の中の理不尽って奴は思いもよらない所からいきなりやってくる。あんなのは反則だ、あれこそチートって奴だ。……まぁ? プレイヤーじゃないからそうかもしんないけどよ、ナシロとメラニーを失った俺に立ち直る力はもう残ってねぇよ……」

(ナシロとメラニーを失った? どいつもこいつも、未来の俺はどうなってんだよ)


 どの修練場でも出会う相手は自身と同じ存在の筈なのに何もかもが違う。別人と言っても過言では無く、虚構の存在だというのにあまりにも無視出来ない言葉が多すぎる。そんな思いを胸に、どうにか脱出を試みようとするが、尻尾にさえアキラは勝てない。


「俺の記憶はそこまでだ。後はこの修練場で役目を果たせばいいんだけど……お前はなんでヒューマンなんて選んでんだ? どこまで失望させる?」

「ぐっ……」


 締まる尻尾に嘔吐えずくアキラは心で悪態を吐きながら必死に抵抗する。


(俺は……ただ、楽しくゲームがしたくて……ヒューマンを…………)


 頭に酸素がいっていないのか、乱暴で理不尽な指摘についてアキラは素直に考えてしまう。シヴァを使って尻尾を吹き飛ばすことすら考えが及ばなくなっている。


「強くならなくちゃ何もかも失うってのに! どうして最弱の種族なんて選んでんだ! 可能性の種族だぁ!? 可能性があっても手に入れられなきゃ意味ねぇだろ! この世界で俺は最強の存在に慣れたと思った! そんな力を引っさげてトップ層に加わったが、ヒューマンなんて居なかったんだよ! なのに只でさえ敬遠されて序盤が不利なシューターだってのにヒューマン!? なんでそんな選択をしたぁ!」


 決壊したダムのように吹き出る罵声は止まらない。最初のおちゃらけた雰囲気はある意味この嫌な感情を抑えるための一種の自己暗示だったのかもしれない。「相手はヒューマン、自分より弱いから安心出来る」そう思わなければやっていられないのだろう。


(わけ……わかんねぇ…………こいつはほんとに俺……か?)

「なんだその目は?」

「っ! ゲホッゴホ……はぁ、はぁ」


 尻尾を叩き付けてアキラの拘束を解いたドラゴニュート、アキラは涙目に形ながら必死に呼吸をする。


「お、お前……本当に俺なのか?」

「はっ当たり前だろ。妹の記憶だってご丁寧に持ってるさ」

「俺は、ソウルオルターゲームを楽しみにしてたんだ。最強の種族とか、最強のジョブとかどうでもいい。楽しみ方は人それぞれだろ? なんで頭ごなしにこんな方法しか無いって決めつける」

「この世界でまだそんなこと言ってんのかよ! 強くなるためにここに来てる奴が矛盾したこと言ってんじゃねぇ!」

「強くなるためにここに来るのと、楽しむためにゲームを始めるのをごちゃ混ぜにすんな! 誰がこんな事態を予測出来る!? 人生は配られたカードで戦うしか無いのは、自分が一番わかってることだろ! だったら種族に拘るな!」


 互いにヒートアップしながら意見をぶつけ合う。アニマ修練場なのにどちらも感情を優先するという異様な事態になっていた。


「トップ層の雑魚共でさえヒューマンなんて居なかった! 最強の種族を選ばなかった時点で詰んでるんだよ!」

「何が最強だ! ゲームと現実を混合にしてんじゃねぇ! お前は本当に俺かよ!? ジョブがどうとか、種族がどうとか言ってることが小物臭くって見てられねぇよ。お前はどんな思いで強くなれた? その手に入れた強さは本当に種族のお陰なのか?」

「……俺は」

「凝り固まったお前の考え方はハッキリ言って見てられない。オンゲー始めて相手に八つ当たりして文句を言う。そんな黒歴史を量産してどうなる? ゲームだったら本当に強い奴はプレイヤースキルが物を言うし、種族とかジョブは些細なもんだろ! この世界で俺は最弱種族の雑魚ジョブなのかもしれない! それでも俺はどんな相手だろうと、どんな理不尽な状況が迫ってこようと絶対に負けるつもりはない。その力を手に入れるために、俺はここに居るんだ!」


 言葉にすることで自分が何をしたくてここに来たのかをハッキリと意識する。そして同時に思う。


(こんな理不尽な環境だって絶対覆せる筈だ。多少のハンデがあるぐらいでこいつに屈したら、こいつの言葉を受け入れることになる。虚構うその自分に勝てないで現実に抗えるわけもない! 俺は絶対に諦めないぞ!)


 アキラの死んでいた瞳に力が甦る。虚構の自分の言葉を否定しなければ自分は誰にも勝てないことになってしまう。そんな未来はあってはならないし肯定してはいけない。アキラが未来をその手に掴むかどうかの転換点とも言える修練が本当の意味で幕を開けた。

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