第78話 乗船許可証
ギルドの総合受付で受付嬢とアキラの話し声が聞こえる。どうやら定期便について聞いているようだが、受付嬢が申し訳なさそうにしている所を見るに、雲行きはよろしくないようだ。
「ですので、合計3つの依頼とダンジョン入場資格の試験を受けていただかないことには……」
「今更な気もするけど仕方が無い、か」
「申し訳ありませんがよろしくお願いします。これも【ルール】なので」
「あいよ」
アキラがギルドの総合受付で受付嬢から仕入れた情報によると、海洋漁港エステリアの【ルール】はシンプルだ。港を利用する場合は一定以上の実力、又はマネーパワーで示す必要があるとのことだ。
持ち合わせもそれほど余裕の無いアキラは戦闘系の依頼を受けて実力を示す他ない。
そのため戦闘と書かれた掲示板へとアキラが向かうのは自然の流れだろう。勿論戦闘の依頼以外でも定期便に乗る方法は存在する。
(そっちを選ぶ気は全く無いけどな)
メンバーで戦闘に向かない者が定期便を利用する場合、定期便に乗るに値する実力を見せなければならない。その方法は単純に生産の依頼をこなすか、採集の依頼をこなして自身の有用性を証明することだ。
示した有用性は乗船する船でその技能を生かすことになる。
戦闘の場合は船の護衛、生産の場合は料理なら料理、荷物運びなら荷物運びでその人物に合った仕事、採集なら必要な燃料の確保や船の上で生活する上で必要な資材や材料の確保などがある。
船を利用する度にそれらの仕事をこなせば乗船にお金は掛からない。
因みに金に物を言わせて乗船することも出来るが、その金額は一回ごとに掛かる。その金額も……。
(全く、たかが船で高すぎるだろ。5万Gってなんだ? 無料になるならそっち選ぶっての。にしてもダンジョン入場資格ねぇ……)
アキラは掲示板の討伐依頼を眺めながら、もう一つの提示された条件について考える。
(受付の話ならダンジョンに行く前にするべきことなんだろうな)
本来ならチュートリアルでダンジョンへ行く前に、アキラは海洋漁港エステリアに行ってダンジョン入場資格と呼ばれる試験を受ける予定だった。それもテラがダンジョンを強制したために流れてしまい、現在までなし崩しでダンジョンの挑戦権を獲得していた。
しかし、戦闘系で船を利用するにはダンジョンへ突入する腕も必要らしく、ダンジョンをクリア済みのアキラでも突入用の資格を持っていなければエステリアの【ルール】に抵触するらしい。
(お堅いよな。おっ、このロット依頼よさそうだな……安いけど)
【ガニワタリの駆除】
達成難度:☆
達成条件:ガニワタリ50匹の駆除。
失敗条件:受託後1日経過しても達成条件を満たしていない。
受託期限:なし
詳細:【ソロ受託料300G】【パーティ受託料一人100G】
報酬:1000G
(数は多いけどロット依頼だし依頼料と難易度、期限を考慮すれば難しくは無いはず。それに討伐じゃなくて駆除って点を考えればそんな難しい依頼じゃないんだろうな)
アキラはカードを依頼書にかざして依頼を受ける準備をした。
「やっぱ百聞は一見に如かずって言うけど、調べた内容じゃ俺の想像力でカバー出来なかったぜ……きもすぎる。そりゃ、駆除しないと大変なことになるよな」
依頼を受けたアキラは近くの海辺に来ていた。不穏な感想を漏らす位には、ガニワタリを好意的には見れないのだろう。
そもそもガニワタリは体長30cm程しか無い。普通に考えれば十分大きいのだが、この世界では小さい部類だ。見た目は現実で見るカニの甲殻が楕円形をより広げた形状で手足も鋏も短い。なぜか色は茹でた後のように真っ赤だ。
通常なら踏みつぶせる程度なので恐れることも無いのだが、それは単体で見ればの話だ。現状アキラの視界には海岸を覆い尽くす程の数が映っている。
敵を表すネームプレートも数が多すぎるため、一定の範囲外のガニワタリは表示すらされない。
「赤い斑点みたいだ……」
現実逃避気味身に海に浮かぶガニワタリの大群を眺めているアキラは、ギルドで調べた内容を思い返す。
(確か、こいつら
ガニワタリが駆除対象になっている理由は船に関連する。ガニワタリは普段地中に生息するが、ある時期になると互いに鋏で甲羅を掴み合い、浮きを作る。作った浮きは別の大陸に渡るためとあるが、理由は諸説ある。
浮きの安定を図るためなのか、更に大きな浮力を求めて船に張り付いてしまうらしい。そのためギルドは時期限定のロット依頼を出している。
(安全な産卵場所に行くためとか言われてるけど……ほっとけばどんどん数が増えて重量が増して船旅に多大な影響が出るって言ってたな、それ考えると何もしないお荷物は金を払うべきって理由もわかる気がする)
目の前で広がるガニワタリを見渡すが、アキラと同じくメンバーと思われる人達がガニワタリを倒しては光の粒子に変えている。同じロット依頼を受けたのだろう。
「俺もやりますか! っと」
目の前を堂々と横切るガニワタリを踏みつけて消滅させると、オルターを出さずにコンバットブーツで歩くように仕留めていく。ガニワタリは甲殻の耐久力が強く、その程度で仕留めるのは難しい筈だが、それをお構いなく潰していく。
勿論それ相応の力を込めて踏み抜いているのとレベルの上がったパッシブスキルの武術が多大な影響を及ぼしている。アキラの足跡はまるで天から拳大の石が降ってきたかのように砂地に穴を開けている。
それを遠目から見ているメンバーが居た。
「全く、お偉いさんは暇つぶしか?」
「まぁまぁ、俺達からしたらやってくれるだけありがたいだろ? 船員の負担が減ってくんだからさ」
「それもそうか」
上位のメンバーがロット依頼を暇つぶしでこなしているようにも見えるのだろう。アキラに気づく他のメンバーの視線はやや呆れ気味だった。しかし、その暇も無いらしく、すぐにガニワタリの処理に戻る。
視界に表示されたカウントが上限に達し、リペアで足下を綺麗にしたアキラはギルドで衝撃の事実を聞く。
「は!? それマジか!」
「え、ええ」
アキラのリアクションにたじろぐ受付嬢は、申し訳なさそうにしていた。
「……はぁ」
「申し訳ありません」
「もういいよ他の依頼受けるから実力を示すのに必要な依頼って何か教えてもらえる?」
「はい! それはですね……」
依頼を達成したアキラは受領所で駆除のロット依頼を10回クリアしないと実力を示した依頼にはならないと説明を受けていた。驚いて少し落ち込むが、気を取り直して実力を示すのに必要な依頼を今度はしっかり調べる。
(たしかにあんな依頼で実力が示されるわけもないか、ってか気づいてて言ってなかったりするのか? ダメだダメだ、勘繰りすぎだな)
例えギルド側に事情があっても、実力を示すためアキラにとって踏みつけるだけで済む程度の依頼なのを考慮しなかったアキラ側にも非はある。逆にその程度で実力が示されるのも問題だろう。
当人が納得いくかは別の話なので、受付嬢から聞いた話を元に依頼を再び吟味する。
「渡り蟹が出たから苦労ばかりってわけじゃないけどな」
ガニワタリを倒した時にレアドロップなのか、2個アイテムボックスが現れた。中身は渡り蟹と一種類しか書かれていないためレア度は決して低くないと考えられる。
(もしかしたらカニの味噌汁がいつか飲めるかもな)
ガニワタリの駆除依頼を受けて内心はそこまで後悔をしていないアキラは、一つの依頼に目が止まる。何か考える素振りで意思が固まったのか、受付まで戻る。
「お姉さんちょっといい?」
「はい、なんでしょう?」
「規定の戦闘依頼を3つこなせば、乗船許可降りるんだよね?」
「そうです」
「もし☆2の戦闘依頼クリアしたら1回で済んだりする?」
「その場合はパーティではなく、ソロで尚且つ討伐証明が必要になります」
「おお! 出来るならいいや、ありがと」
そう言うとアキラは踵を返して戦闘系の依頼掲示板に戻っていった。
「え? ☆2をソロでやるのは……」
「大丈夫大丈夫」
受付嬢の言葉に耳を貸さずに振り返りもせず手を振っている。アキラはすぐに依頼を待機状態にして受領所で手続きを済ませる。
「……こちらはお一人で?」
「問題ある?」
「いえ、ありませんが命の保証は致しかねます。また、随時募集するタイプの依頼ですので、先に現場に到着予定のメンバーが一組居ます。トラブル無きようよろしくお願いします」
「あいよ。さて、平地だよなさっさと済ませるか」
アキラが依頼を待機状態にしても依頼書は消えなかった。受付嬢が言うように小規模ながらオンラインゲームらしく、途中でも参加出来るタイプの依頼なのだろう。
【クラスモンスターの討伐】※随時募集
達成難度:☆☆
達成条件:シーサイドベアー・ジェネラルの討伐。
失敗条件:死亡、または依頼の破棄
受託期限:なし
詳細:海岸に居るクラスモンスターの世代交代が発生した。この魔物により甚大な被害が発生している。また、魔法を使用してくるので注意して欲しい。
【ソロ受託料5000G】【パーティ受託料一人1000G】
報酬:100000G
アキラは良い思い出の無いゴーレム・キングより少し劣るジェネラルをターゲットにした依頼を受けたのだ。
「コロッケの歌は~2番も歌詞は要らない~♪」
アキラは独自の歌を口ずさみながら海沿いを機嫌良く進んでいた。目的地はシーサイドベアー・ジェネラルが出現する予測地点なのだが、テレビでしか見たことの無い透き通るような海と静かなさざ波の音、背後の港を除けば周囲には何も無い。
気がつけば散歩気分で進む内に気分は癒やされ、心の赴くままに歌っていた。毎日休み無く行動し、身も心もいいコンディションとは言えないせいなのだが、アキラはそれには気づかない。そしてその短い癒やしの時間も終わりを告げる。
「1番で~作り方は~……ん?」
『ヴォオオオ……』
獣の低く唸るような声が聞こえるが、近くには見当たらない。大気から伝わる振動が肌を伝う感覚のみが届く。
「なんだ? ……うぉっ! すげ~」
訝しんで周囲を警戒していると、遠くで柱のような水しぶきが上がっているのが見えた。自然災害では起こりえない現象なので感嘆の声を上げ、すぐに唸り声との関連性があると当たりをつけることが出来た。
「きっとあそこで先に来てるパーティが戦ってるんだよな。折角だから偵察からしようかな」
癒やしの終わりを告げた元凶を観察するためにアキラは歌うのを止めて急いで目的地へと向かった。
『ヴォオオオ……』
低く唸る獣の声は青い毛玉から聞こえている。身体を丸めてるせいで毛玉に見えるが、その大きさは人一人分では収まらない。
「クソ、チャージに入った! また“あれ”が来るぞ! 急いで防御姿勢を取れ!」
「さっきしてきたばかりだろ!? ……もう何回目なんだ?」
「いいから後ろへ回れ、碌な防具もないお前があれを食らえば一発だ」
「わ、わかったよ」
弓を持った青年を促すのは、長年使ったであろう手入れの行き届いた甲冑を着た男性だ。ブロードソードを片手に左手に固定した中型のカイトシールドで壁を作って防御態勢を取る。
その他にも仲間らしき人物が4人居て、それぞれ窪地を利用する者、距離を取る者と各々の防御態勢に回っている。
そのタイミングを見計らったかのように、シーサイドベアー・ジェネラルが立ち上がる。4足歩行で移動するのが常の獣だが、2本の足で立つことも出来た。その姿勢から来る威圧感にパーティの面々は息を呑んでいる。
立ち上がった全長は3m超えるだろう。小さな小屋なら一瞬で残骸に変えることが出来そうな暴威を持ち合わせていることは簡単にイメージさせられる。
パーティメンバーの一人、カイトシールドに守られている弓を持ったヒューマンの青年は完全に腰が引けていた。
(あんなの戦車を持ち出しても絶対勝てっこないよ! なんでこんなことに……)
現実逃避気味に目を瞑り、襲ってくるであろう衝撃に備える。目を瞑っていても敵が使用してくるスキル名は見えてしまうのだ。視界に飛び込む赤いテロップを見て、弓の青年は身体を強張らせた。
【フラッシュフラッド】
その瞬間天から大量の水がシーサイドベアー・ジェネラルの目の前へと降り注ぐ。だが、その大量の水は指向性を持っているかのように6人のパーティに向かって流れ出した。落下した水の勢いもなぜか殺されず、その水流を浴びたら生存は絶望的だ。
しかし、時を同じくしてジェネラルが魔法を使用するのと同時に甲冑を着た男性が大声で怒鳴る。
「
『アクアベール!』
アクアベールは水属性から受けるダメージを10秒間半減させる効果を持つ。局地的に使用するため、発動タイミングが肝心な魔法だ。
長い杖を持った女性が唱えた魔法の影響でパーティ6人を水の玉が包み込む。それと同時に強烈な水の奔流が襲いかかるが、勢いが収まる頃にはアクアベールも解除された。
「攻めるぞ! お前は最初の援護射撃を頼む、さっきと同じだ」
「わ、わかった!」
甲冑の男がリーダーなのだろう。それなりに息の合った連携が見られるも、一部に役割を割り振るためか、弓を持った青年に声を掛けているのを見ればまだこのパーティに入って日が浅いということがわかる。
青年は恐怖と後悔をしつつも戦うのを止めていない。戦意は維持できているのを見れば、リーダーの優秀さが際立っているためか、または戦わなければならない事情があるのか。
声を掛け終えると同時に前へと出る甲冑のリーダーは、タンクの役割を担っているのだろう。気合いを入れてジェネラルに斬りかかった。
「ハッ!」
足に向かって刃を立てられるが、ジェネラルはただそれを見下ろすだけだった。ダメージは受けているので全く歯が立たないわけではないらしいが、ジェネラルが見下ろすのを止めて前に視線を向け始める。
頭上付近に援護射撃が飛んでくるため、それを鬱陶しそうにしている。援護は上手くいっているため、それに紛れて短剣を持った男がジェネラルの背後に回って切りつけている。
『アタックライド!』
「サンキュー!」
『ディフェンスライド!』
「助かる!」
レジストを成功させた魔法使いがナックルを装着した武闘家らしき男に攻撃力上昇のバフ、アタックライドを掛ける。甲冑の男は盾でジェネラルの攻撃を逸らして
アタックライドは1分間攻撃力を、ディフェンスライドは1分間防御力を上げるバフだ。連続して効果の高い魔法を使い続けたせいなのか、バフを使った魔法使いの額には汗が滲んでいる。武闘家はバフの時間を惜しむようにジェネラルに接近した。
「ハァ、ハァ、お願い……」
「はい」
白衣姿で本を持った女性が魔法使いの言葉に頷く。
『エナジーリカバー』
体力の回復を促す魔法を使用してサポートに回る。時折ダメージを受けた甲冑姿のリーダーに回復魔法を使用しており、各々の役割を十全に果たしてジェネラルと対峙していた。
それを遠目から見つめるアキラは感心して眺めている。
「へぇ~、戦いやすそうだな……でもあれは失敗出来ないよな」
呼吸の合ったパーティ戦を見ていてどうも腑に落ちない点があるのか、不穏な呟きを漏らす。
(逆に言えばあの連携が崩れた時、そこがパーティとして勝負の分かれ目になるな)
見るからに圧倒して戦いを繰り広げているが、どれか一つでも欠ければパーティが壊滅するのは予想できる。その程度は想定出来るはずだが、甲冑のリーダーらしき男は撤退を選択しない。
アキラはその点が気になっているのだ。これ程上手くことが運べているリーダーがなぜ撤退の道を選ばないのかがわからなかった。
「そんであの弓を持った奴……戦い方がなんというか、ぎこちないし腰が引けてる。この世界で戦い慣れてない奴がなんであんな大物と戦ってんだ?」
それぞれ理由がありそうなパーティとジェネラルの戦いを観察し続けた。
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